【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第三十三話【佐野 以蔵という男】

 ◆

 

 "協会"には単独探索者といえばこの人、という人物がいる。

 

「ああ、以蔵さんですか? ええと、そうですね、三日前に遠征から帰ってきましたよ」

 

 以蔵──フルネームは佐野 以蔵、甲ー2認定の探索者だ。

 

 甲ー2認定と言えば一言で言えば完全に人間をやめていると言ってもいい。

 

 最新鋭戦車の砲撃を腹筋で受け止めるような者は、もはや人間ではなく"探索者"という新種の生物にカテゴライズしても構わないだろう。

 

「以蔵さんに何かご用でも?」

 

「ええ、少し話がしたいと思っていまして」

 

 片倉が言うと、受付嬢は胡乱げな目で片倉を見た。

 

「もしかして……片倉さんも単独探索なんて馬鹿な事を考えていたりしませんよね? シャイで鳴る以蔵さんとわざわざ話そうなんて、単独探索についての事を聞きたいとしか思えませんから」

 

「いや、まあ……」

 

 片倉は肯定も否定もしない。

 

 どうせ嘘ついたところでPSI能力で看破されてしまうし、PSI能力を使うなんて釘を刺そうにも、未熟だった瑞樹とは違い片倉の感覚を透過して作用してしまう以上、しらばっくれられたらそこで話が終わる。

 

 受付嬢は呆れたように大きくため息をついた。

 

 この仕草は盛った部分もあるが、彼女の本心の大部分を示していたりもする。

 

「勘弁してくださいよ。単独探索者なんて自殺志願者と同じですよ。片倉さんがそれを理解していないわけがないですよね? まあ魅力が一切ないわけではありません。本来分配するわけ前も独り占めできるし、たった一人でダンジョンを攻略したという自負は探索者を大きく成長させます」

 

 そう、探索者は死線を超える度に強くなる。

 

 精神論的なものではない。

 

 筋力や持久力、直感力や精神力といったものが向上する。

 

 その伸び方はまるでゲームのように目に見えてわかる。

 

 しかし単純に死にかけただけでは強くはなれない。

 

 生きるか死ぬかの瀬戸際で全身と全霊を懸けて山を越えた者だけが得られる何よりの報酬である。

 

 ほとんどの探索者は探索するようになると最低でも1回はそういった危機的状況に陥る。

 

 それを一度でも乗り越えた数割程の生存者が、世間一般で言う"探索者"として認知される。

 

 ただ、かなりの割合の者がそこで止まってしまう。

 

 なぜなら安心と安全は何よりの甘露だと気づいてしまうからだ。

 

 この感覚は死にかけた者にしかわからないだろう。

 

 そういう意味で、単独探索者は例外なく恐ろしく強い。

 

「単独探索者となって成功を納めても、次の探索、その次の探索と繰り返していく内に擦り減り、いずれは未帰還となります。日本全国を見渡しても単独探索者の数が30人に満たないのは、それだけ過酷な道だからですよ。悪いことは言いませんから変なことは考えないでくださいね」

 

「何かあったんですか?」

 

「あったも何も、ここ最近若い人たちの間で単独探索が流行ってるんですよ。ブームだかなんだか知らないですけど、無茶するのがかっこいいなんて風潮があるんです。それで結構な数の未帰還者が出てるっていうのに……」

 

 受付嬢は憤懣やる方ないといった様子で言った。

 

 動画投稿サイト『MYUTUBE』では今、空前の探索動画ブームがやってきており、探索者のみならず一般人も多く視聴している。

 

 あくまで投稿だ、配信ではない。

 

 というのも、リアルタイムでの配信は異空間ともいえるダンジョン内では()()()では不可能だからだ。

 

 また各種コンプライアンスもある。

 

 投稿するにせよ、過度にグロテスクな内容は規制されてしまったりと案外にお行儀が良い。

 

 まあ、その辺は国の施策──ダンジョンに対してネガティブな感情を国民に与えないようにという思惑が関係していたりする。

 

「実際俺も単独探索をすると決めたわけではなくて、どういうものか聞いてみたいって言う気持ちが大きいので……可能なら繋いでほしいのですが」

 これは事実だ。

 

 片倉は確かに単独探索に対して一定の魅力を感じてはいるが、それでも絶対に道半ばで斃れるわけには行かないということもあり、ある程度どんなものかを聞いてから決めようと思っていた。

 

 当事者の経験からしか得られないものというモノもあるのだ。

 

「まあ……そういうことなら別に構いませんが……以蔵さんはびっくりするかもしれませんね。あの人は何というか、ユニークなので」

 

 受付嬢の言には何か含むものがあった。

 

「ああ、まあ交流は好まない人なんだろうなと思っていたので。でもなるべく気分を害さないようにはしたいと思います」

 

 片倉が以蔵の話を聞こうと思ったのは、単純に一度挨拶をしたからというのと、他の単独探索者とは何の面識もないからというのもある。

 

「以蔵さんは滅多な事じゃ機嫌を悪くしたりはしないとは思いますよ。でも一応釘を刺しておきますが、普通はこういうことはしないんです。片倉さんのこれまでの働き、信頼があるからこういった便宜を図っている事をお忘れなく」

 

「助かります。でも俺は一度六道建設へ移籍をした身ですが……」

 

 ケースバイケースだが裏切り者と判断されて疎まれるという事もないではない。

 

 しかし受付嬢は、というか"協会"は事情を考慮する程度には片倉の心情に配慮してくれていた。

 

「六道建設への移籍に関してはその信頼に多少瑕はついてしまいましたが、事情はこちらでも把握しておりますので。協会はそこまで問題とは考えていません。それにこうして戻ってきてくれましたしね。最近はもうどこの馬の骨ともつかない良く分からない団体にヘッドハンティングされてしまう探索者が多くて多くて……」

 

 受付嬢は嘆いて見せているが、この女のしたたかさを知っている片倉としては怪しいものだと思う。

 

「それにしても再登録の時も思いましたが、随分腕が上がったんですね」

 

 片倉の問いに、受付嬢は薄い笑みを浮かべた。

 

 片倉をして察知させないほどの繊細な意志力操作──PSI能力の行使は、六道建設に移籍する前には見られなかったものだ。

 

「変わったと感じたのは()()だけですか? 以前に比べて随分と大人っぽくなったと自分では思っているんですが」

 

「まあ、美人にはなったと思いますよ」

 

 片倉は慣れないリップサービスをした。

 

 ただ、その声色には残念ながら心情がこもっているとは言い難いものがある。

 

 実は受付嬢の見目が悪いからというわけではなく、そういったモノに対しての感性が擦り切れてしまっているからだ。

 

 特に色、恋、女関係は軒並みダメだった。

 

 片倉は異性を異性ではなく、()()として見ている。

 

 新しい女を探せというようなノンデリな事を言われた事もないではないが、脳裏に元恋人の無残な死に様がチラついてしまうようでは恋どころではないだろう。

 

 そして、女というものは何故だかこうした口だけのセリフの真意を容易く見抜く。

 

「はいはい、そうですね。美人になったかもしれませんね」

 

 露骨に機嫌を降下させる受付嬢を見た片倉は、女心とやらに内心辟易としながら「そういえばこの子は昔からこんな面倒くさいところがあったな。心の中でも読めればなんと答えれば良いか分かって楽なのに」などと考え──

 

 ──……は、私の……全然

 

 ふと、そんな声が()()()様な気がした。

 

 気付けば、件の受付嬢が怪訝な顔をして片倉の事を眺めている。

 

「ええと、どうしました?」

 

 片倉が尋ねると、受付嬢は首を振る。

 

「いえ、うーん。勘違いかな。あの、片倉さんってPSI能力者でしたっけ?」

 

「まさか。適正検査は受けましたけど、俺は適正がないみたいです」

 

「そう、ですか。じゃあうん、勘違いかな……まあいいです。とにかく、何の話でしたっけ。そうだ、以蔵さんとのつなぎですね。連絡は取ってみますが余り期待しないでください。先方の都合が合う様なら片倉さんにも連絡をしますから」

 

「助かります。それじゃあまた」

 

 片倉はそれだけ言ってさっさとその場を立ち去る。

 

 背に強い視線が刺さっているような気がしたが、それは努めて無視をした。

 

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