【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第四十四話【城戸 晃という男③】 

 ◆

 

 城戸に連れて行かれたのは、渋谷は宇田川町の一角にある薄暗く寂れた中華料理店だった。

 

 入口の看板は色褪せ、店内はほとんど客の姿もない。

 

 埃がうっすらと積もる窓から微かに日差しが差し込んでいるが、それがむしろ店の古びた様子を際立たせていた。

 

「良い店だろ」と城戸が軽く言うが、片倉は肩を竦めて答えるに留める。

 

 席につくと、腰の曲がった老人が水を運んできた。

 

「天津飯2つくれ」

 

 城戸が言うと、老人は無言で立ち去っていく。

 

「勝手に頼んで悪いが、この店は天津飯以外はクソなんだ。食いログにもそう書いてある」

 

 ガラスに微かな曇りが残る使い込まれたコップは、潔癖症であれば手に取ることすらためらうだろう。

 

 だが城戸は全く気にする様子もなく水を一口飲み、「相変わらずドブみたいな味の水だぜ」と率直な感想を言う。

 

 片倉も一口飲んでみる。

 

「小便よりはマシですね」

 

 と一言。

 

 実際片倉は自分の小便を飲んだことがある。

 

 ダンジョン探索中に迷い、持ってきた物資も失い、水分補給のために自分の小便を飲んだのだ。

 

 老若男女、探索者であるかぎりこういった経験をした者は少なくない。

 

「そりゃそうだろうけどよ。まあいい……ここはな、俺がまだクソだった頃によく通っていた店だ。今もよく通っているんだ」

 

 城戸は懐かしむように言った。

 

「それで、なぜ俺をここに?」と片倉が尋ねると、城戸は口元に薄く笑みを浮かべ「まあ、話を聞け」とだけ言って、しばし黙りこくる。

 

 沈黙は数秒か、数十秒か、それとも数分か。

 

 ややあって城戸は口を開いた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 俺は昔今よりもう少しだけ冴えてなかったんだ。

 

 体も心もな。

 

 そして探索者に限らず、冴えてないやつは舐められる。

 

 俺も舐められていた──大分な。

 

 でもそんな俺のことを好きだって言う物好きな女がいた。

 

 幼馴染だった。

 

 よくいるだろう? どうしようもない、救いようもない様な奴を支えたがる女ってのが。

 

 その女も多分その類だったんだろう。

 

 でも応援してくれる女がいればよ、男っていうのはどうしても頑張っちまうだろ? 

 

 俺もそうだ。

 

 当時俺はフツーのクソみたいな仕事をしてたんだけどよ、クソみたいな仕事だよ、色々と天引きされてな。

 

 手取りは月10万か、11万か……まあはした金だ。冴えねえだろ? 

 

 さらに冴えねえのが、女にも大分助けられていてな。

 

 でな、ある時俺は一念発起して探索者になろうとおもった。

 

 探索者になれば変わる事が出来るだろ? 色んな意味でな。

 

 でも探索者になったからって、冴えない奴がいきなり冴える様になるわけじゃあない。

 

 案の定俺は最初の探索で死にかけた。

 

 女は泣いたよ、泣いたどころかキレ散らかした。

 

 俺はびっくりしたね。何年もその女と付き合ってきたが、俺に対して怒鳴りつけるようなことはしてこなかったんだからな。

 

 でもよ、だからって俺は探索者を辞めたりはしなかった。

 

 って当たり前だろ? 探索者になって成功すれば女を楽にさせてやれるんだからな。

 

 そして2回目の探索でも3回目の探索でも死にかけた。

 

 4回目も、5回目も、6回目もな。

 

 でも10回目だかその辺だったかな、死にかけずにダンジョンを"攻略"出来るようになってきた。

 

 それが20回、30回と重なっていくと、これまで簡単に俺を殺しかけたモンスターを軽く捻る事が出来るようになった。

 

 それだけじゃねえぞ、肌がな、綺麗になったんだ。

 

 重度のアトピーでボロボロだった肌が、ピカピカのツルツルにな。

 

 ゴミ虫みてえだった俺は強くなり、外見もどんどん磨かれていった。

 

 でもある時、女が言ったんだ。

 

 "あなたは変わっちゃったね、私の想いをあなたも味わって"ってな。

 

 つまり、女も探索者になっちまったんだよ。

 

 俺は気が気じゃなかった。

 

 最初は言葉で、次に泣きついて、最後は怒鳴り散らした。

 

 探索者の死傷率の高さはお前も知ってるだろう? 

 

 でも女は言った。

 

 "あなたが私の気持ちを理解できるまで、私はやめない" と。

 

 案の定女は──玲子は最初の探索で死んだよ。

 

 トロくさい女だった。

 

 "協会" じゃあ戦闘訓練を受ける事が出来るけどな、それだけじゃとてもモンスター共と戦う事なんて出来ない。

 

 ん? 話が分からないってツラしてるな。

 

 俺が言いたいのはな、()()()って事だ。

 

 ダンジョンは人を変える。

 

 強く、美しく、理想の自分へと変わる事が出来る。

 

 単独探索はその速度を早める。

 

 良い事だろ? 

 

 だが良い事ばかりじゃない。

 

 それを片倉、お前にも分かっておいてもらいたくてな。

 

 ◆

 

「城戸さんは何がどう変わってしまったんです?」

 

 片倉が尋ねると城戸は黙って目を瞑り、そして「知らねぇ」と言った。

 

 片倉は忠告してくれたんじゃないのかと首をかしげる。

 

「俺が変わった事は確かなんだろう。だから玲子は探索者になっちまった。俺になんというか、残された側の気持ちってやつをわからせるためにな。問題は──」

 

「問題は?」

 

「俺自身が俺の事を良く分からねぇってことだ。俺は自分がどう変わったのかわからねえ、外見の事じゃあないぞ。俺は()()()()()()()()()()()()。そしてこの先、どう変わっていくかもわからねえ。もしお前が単独探索者になるなら、その辺は意識した方が良いぞ。気付いた時にはモンスターが人間か、区別がつかないなんて事になっているかもしれねぇからな。……大切なものを失ってからじゃあ遅いんだ。俺がこの店に通うのは、初心を忘れないためだ。(くさび)ってやつだ」

 

 片倉は神妙に頷いた。

 

 しかし片倉には城戸の言っている事の意味は分かっているが、ただそれだけだった。

 

 二人はすれちがっている。

 

 片倉はもうとっくに大切なものを失っているのだ。

 

 それを取り戻すために、自分がどう変わろうが知った事ではないとも思っている。

 

 しかしそれを城戸に言った所でどうなるというわけでもなかった。

 

「楔は大事だぜ。ステップアップをするのなら踏み台に。その場に留まるっていうなら錨にもなってくれる。片倉、俺はお前が結構気に入った。タフな所がいい。片腕を無くしたお前が、いつかの俺に重なった。だから助けてやった」

 

「助かりました。俺にも目的がありますから。ところで城戸さんが探索者を続ける理由は──」

 

「証明するためさ」

 

 証明、と城戸は言った。

 

「そう、証明だ。俺が間違ってなかったという証明。俺が探索者になった事で、そして()()()事で玲子が死んだ事が間違ってなかったという証明だ」

 

「 "達成者" になればそれが証明できると?」

 

「知らねえな。もし "達成者" になっても証明できなければ、もっとダンジョンに潜るつもりだ。もっと沢山のモンスターをぶち殺して、もっともっと変わってやる。証明できたと分かるまでやる。イカれてると思うか? 支離滅裂だと? 俺もそう思ってる。でもゴール地点は必要なんだよ。ゴールが見えないと俺は狂っちまう」

 

 城戸は玲子の死を受けいれてはいる。

 

 しかし、その死が無駄だったとは思いたくはなかった。

 

 その死には意味があったのだと()()したい──そう思っている。

 

 もうとっくに後戻りなどは出来ないのだ。

 

 そしてそれは片倉も同じだった。

 

「城戸さんが俺を助けた理由が何となく分かった気がします」

 

「そうか? 俺にはまだ良く分からないけどな」

 

 城戸はそんな事を言いながら丁度届いた天津飯をレンゲで口に運び、オエっと吐く真似をした。

 

 片倉も一口食べてみる。

 

 ポンコツとなった味覚にさえガツンくる不味さ。

 

 片倉は──噛まずに飲みこもうと決めた。

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