【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第四十五話【2年】

 ◆

 

 片倉はそれから何度も単独探索を繰り返した。

 

 一人きりでダンジョンに潜っては、死にかけて還ってくる。

 

 そして病院で療養し、再びダンジョンに潜る。

 

 なるほど、"山だ"と片倉は思う。

 

 それもとびきりの峻険だ。

 

 登山で例えるならば谷川岳の様な。

 

 1977mと、高度だけでいうならエベレストの半分程度だと言うのに、遭難死者数では倍を行く谷川岳は"魔の山"として恐れられている。

 

 モンスターの強さだけが探索者の未帰還率に繋がるわけではない事を、片倉はトー横ダンジョンで嫌というほど思い知った。

 

 ダンジョンは探索者の体だけではなく、心も試してくる。

 

 その試しを乗り越えられなければ死あるのみだ。

 

 それでも片倉は単独探索をやめはしなかった。

 

 なぜならば仲間を喪わずに済む上に、探索者としてより強くなれるからだ。

 

 これまでの経験で、"山"は簡単には越える事ができないと理解している。

 

 だからそれに備えるべく、片倉は何にも勝る力を必要としていた。

 

 そんな片倉にとって、単独探索はうってつけだろう。

 

 とはいえ単独探索の代償は重い。

 

 無傷、あるいは軽傷で帰還できたことは一度もなかった。

 

 骨折で済めば恩の字だ。

 

 部位欠損は日常茶飯事と言っていいだろう。

 

 だが見返りも大きい。

 

 7回目か8回目の探索を半死半生で終えた時、片倉はふと思い立って協会のトレーニング・ルームでウェイトリフティングをしてみた。

 

 結果はスナッチで60000kgだ。これは戦車十台以上の加重となる。

 

 スナッチとはウェイトリフティングの種目の一つで、床に置いてあるバーベルを一息で一気に頭上まで持ち上げる形式を指す。

 

 一般人のスナッチの世界記録が225kgである事を考えると、片倉の身体能力がどれだけ馬鹿げたものか想像に難くない。

 

 ちなみに協会のトレーニング・ルームで使われている器具はどれも特殊なダンジョン素材で出来ている。

 

 片倉が使用したバーベルは、特定の周波数の電磁波を流すと際限なく重量が増え続けるといった性質のもので、探索者たちは探索に行かずともトレーニングが出来るという寸法になっている。

 

 普通ならとうに死んでいてもおかしくない無理、無茶、無謀な行動を片倉は続け、その結果がこの身体能力だ。

 

 しかしそれでも片倉は不満だった。

 

 なぜなら、単独探索を始めて最初の数回は"山"を越えたが、単独探索行を重ねるに従ってその回数は減っていった。

 

 間違いなく死地を何度も超えているにも関わらずだ。

 

 肉体的には間違いなく強くはなっていた。

 

 外見的に大きな変化があるわけではないが、"探索者の筋肉"と呼ばれる内なる筋骨は硬度と靭性を大幅に増強している。

 

 "探索者の筋肉"とは目には見えない、言ってみれば魂の筋肉、骨だ。

 

 一見すれば筋肉などどこにもついていないような華奢な美少女でも、探索者としての階梯が高ければ平然と軽自動車で手ごねハンバーグを作るというような事が出来る。

 

 片倉のそれに至っては、彼の肉体のその内面にみっちりと詰まっており、単純な身体能力は単独探索者となる以前よりも比較にならない。

 

 だが、山を越える事ができない。

 

 それは、"山"とは単なる死線を死闘をくぐり抜けるだけではない事を意味していた。

 

 しかし人間とは不思議なもので、絶望に対して立ち向かう気概がある者でも、希望、あるいは希望に見えるモノを捨て去る気概がある者は早々いない。

 

 それは片倉でさえも例外ではなかった。

 

 痛いのは自分、苦しいのも自分だ。

 

 それで完結が出来る上に、普通に探索するよりよほど強くなれるとあってはやらない理由がなかった。

 

『山も死線をかいくぐっているうちに越えられるだろう』そう見込んで片倉はダンジョンに潜る、潜る、潜る。

 

 そんな日々を重ねる事──2年。

 

 いつしか片倉真祐という探索者は「イカレ野郎」というありがたいあだ名を受ける事になった。

 

 ちなみに名づけたのは他ならぬ城戸だ。

 

 ◆

 

 新宿Lタワー、協会本部──通称"センター"の20階、買い取りフロアに一人の男が姿を表した。

 

 片倉であった。

 

 黒く煤けたボディスーツは所々破け、そこから覗く肌は擦り傷や裂傷で赤黒く染まり、そのまま医務室へ直行するべきだろうに、本人はまるで気にする素振りもない。

 

 フロアの片隅、カウンター前のベンチに腰掛けていた二人の探索者、AKEBIとアリサがその姿を認めるやいなや、声を潜めてべしゃり始める。

 

「あっ、片倉さんじゃん」

 

 丙-2指定の黒ギャル探索者、AKEBIが嬉々として言う。

 

 健康的に焼けた小麦色の肌がまぶしい、妙に肉感的な女だ。

 

 肉感的と言っても肥満体というわけではない。

 

 出るところは出ているが、引き締まっているべきところは引き締まっている。

 

「推してるんでしたっけ?」

 

 隣のアリサは無表情のまま、興味なさそうに視線だけを片倉へ向けた。

 

 AKEBIとは対照的に、アリサは白雪を思わせるような白い肌が特徴の白ギャルである。

 

 全体的にすらっと細く、可愛いという言葉よりは綺麗という言葉が似あう人形のような整った女だ。

 

 AKEBIと同じく丙-2指定の探索者で、二人は幼馴染だった。

 

 何をするにも一緒──探索者稼業をするのも一緒だ。

 

 ちなみに探索者となった動機はカジュアルなもので、

 

「そうそう! だってああいうデキるおぢって感じ、良くない? 好き~」

 

 AKEBIは頬杖をついて夢見がちに呟く。

 

「……話したことあるんです?」

 

 アリサの問いに、AKEBIは急に目を泳がせながら曖昧な笑みを浮かべた。

 

「ない! てか、なんか話しかけづらくってさぁ~」

 

 まあ確かにとアリサは片倉の姿を一瞥しながら、一つ溜息をつく。

 

 AKEBIと喧嘩はしたくないのではっきりとは言わないが、アリサは片倉のことはそこまで好きではない。

 

 というより苦手なタイプだ。

 

 ──なんか辛気臭すぎるんですよね

 

 そう、辛気臭いのだ、片倉は。

 

 単独探索は探索者の華である。それを一度ならず二度三度と繰り返して毎回生還してくる片倉は、探索者としては間違いなく成功しているというのに──

 

 ──全然嬉しそうじゃないですし

 

 どれほど大きな利益を持ち帰っても、どれほど強くなっても、片倉の表情は変わらない。

 

 やや俯きながら、歯を食いしばっているような──そんな辛気臭い表情のままだ。

 

 ──っていうか、単独探索って変人にしかできないのかな

 

 アリサはそう思う。

 

 協会所属の単独探索者といえば、佐野以蔵、城戸晃、そして2年前に頭角を現した片倉真祐の三人だが、アリサが知る限り三人とも奇人変人だ。

 

 ──凄いとは思いますけど

 

 リスペクトはしている。

 

 ただし探索者として。

 

「もう少し明るくすれば良いとおもうんですけどね」

 

 アリサは本心からそう言った。

 

 奇人変人三人衆の中では片倉は一番マシだが、それでもとにかく辛気臭さが目立つのだ。

 

 片倉の周囲だけ重力が増してるような、そんな気さえしてくる。

 

「アリサは分かってないなー! そこがいいんじゃん! なんか支えてあげたくなるってゆーかさ」

 

 AKEBIの小麦色の肌が、心なしか赤らんで見える──ような気がした。

 

 アリサはハアと大きくため息をつき「また変なのに引っかからないでくださいよ?」などと言う。

 

 アリサが言う()()()とは、最近までAKEBIがつき合っていた男の事だ。

 

 その男も探索者なのだが、これがまた酷い男だった。

 

 AKEBIがかつて付き合っていた男──加世田修二。

 

 探索者としてのランクは丙-3。

 

 彫刻のように整った顔立ちで、誰もが振り返るほどのイケメンっぷりだった。

 

 探索者というのはダンジョンの干渉の影響で基本的に美男美女が多いのだが、それを加味しても加世田の容姿は優れていた。これは彼の美意識の高さが大きく影響している。

 

 ダンジョンの干渉の恩恵が身体能力や感覚の強化といった方面ではなく、自分の理想の外見という整形方面へと注がれた結果だ。

 

 そう、加世田という男はとにかく自分大好きのナルシストだったのだ。

 

 そして、自分の次に好きなのは女である。

 

 いや、女というより女体が好きといってもいいかもしれない。

 

 同じ探索者はもちろん、一般人の女性にまで手を出すほどの極度の女体好きだった。

 

 ──「俺に落とせない女はいない」

 

 そう言い切るほどの自信があるのか、振る舞いには迷いがなく堂々としていた。

 

 加世田は初対面の女性相手でも平然と口説き、言葉巧みに関係を持つ。

 

 どれだけ関係を乱立させようとも、言い訳ひとつで相手を丸め込むその話術は呆れるほどの巧妙さだった。

 

 AKEBIもまさにその顔の良さと謎の自信に引き込まれた一人だった。

 

 多くの女の例に漏れず、AKEBIも強い男が好きだ。

 

 肉体的、精神的──強さにはいろいろあるが、種類を問わない。

 

 そういう意味で加世田はAKEBIにうまく()()を示すことができたと言えるだろう。

 

 良い(ツラ)はダンジョンの干渉によるもので、それはつまりそれだけ多くの死線をかいくぐった事になるし、それを誇ると言うのも自分への自信への顕れだ。

 

 それはそれで間違っていないのだが、ただただ強いだけでは良い男とは言えない。

 

 浮気を重ねても文句を言わないAKEBIを見て図に乗ったのか、加世田は段々とサディスティックな本性を隠さない様になってきた。

 

 夜の営みではAKEBIが泣きを入れるほどに痛めつけ、翌朝には優しくし、つまり典型的DV彼氏然とした振る舞いを繰り返した。

 

 おかげで当時のAKEBIのメンタルはボロボロだ。

 

 アリサは友人としてAKEBIに加世田と別れるように強く言ったが──

 

「でも……彼がいないとダメなんだよね私」

 

「私がもっと我慢すれば、彼も変わってくれるかも……」

 

 と、半ば洗脳下にあったAKEBIは聞く耳を持たなかった。

 

 そんな日々はある日突然終わりを迎える。

 

 加世田の浮気相手である一般人女性が、交合中に死亡したのだ。

 

 探索者と一般人はその身体能力差から交際が非推奨とされている。

 

 だが加世田はその危険性を無視し、繰り返し一般人に手を出してきた。

 

 挙句の果てに、それを隠ぺいしようとし、それもかなわないとみるや逃亡したのだ。

 

 一般人女性の死と加世田の卑劣な行為は警察と協会を巻き込む大事となり、加世田は探索者新法に基づき追手を差し向けられ、そして逮捕された。

 

 その報せを聞いたAKEBIも、ようやく目を覚ますことになった──筈なのだが。

 

 ──結局あれからも付き合う男という男、みーんなダメンズでしたからね

 

 恐らくはダメンズを察知するPSI能力かなにかに覚醒したのだろう、とアリサは考えている。

 

 AKEBIは現在、片倉に夢中の様だ。

 

 アリサはきっと片倉もダメンズなんだろうとは思うが、あれをしろこれをしろと指図されるのが嫌なアリサは、他人にも極力それをしたくはなかった。

 

「……そんなに気になるなら話しかけてみてはどうですか? 探索のコツを教えてもらうとか、適当に理由をつけてお茶にでも誘ってみるとか」

 

 アリサが言うと「え、ええ~っ!? そ、そんなの無理だよ……断られたら私こんどこそ立ち直れないかも……」などとAKEBIがイヤイヤをするように首を振りながら答える。

 

 それを見たアリサは、またぞろ大きくため息をつくのだった。

 

 

  

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