【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第四十七話【超都会】

 ◆

 

 片倉はその日、朝から協会を訪れていた。

 

 というのも──

 

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「それでは片倉さん、再検査の受付は完了しましたので、こちらの準備が整い次第端末にご連絡差し上げますね」

 

 例の読心受付嬢が言った。

 

 相変わらず作った様な、内心を一切窺わせない隙の無い笑みを浮かべている。

 

「ええ、お願いします」

 

「片倉さんは以前にも検査を受けておりますよね。その時には適正無しという結果が出ています。まあ、PSI能力は後天的に発現する事も珍しくありません、が」

 

 が、と受付嬢は半歩距離を詰め、片倉の事をマジマジと見た。

 

 皮膚を通して、体の内側までを見通すような透徹した視線に、流石の片倉も居心地が悪くなる。

 

「ええと……」

 

 余り見ないでくださいというのもちょっとどうかと思い、言い淀む。

 

 すると受付嬢は悪戯がバレた様な表情を浮かべ「あ、ごめんなさい♪」と舌を出した。

 

「確かに何かこう、違いますね。ぺらぺら透け透けの窓ガラスが、きちんとしたメーカーのすりガラスに変わったっていうか」

 

「やっぱりですか」

 

「自覚はあるんですか?」

 

 受付嬢の問いに片倉は「もう大分前から」と頷いた。

 

 片倉が自分にはPSI能力があるのかも、と思い始めたのはもう2年近く前だ。

 

 沖島 瑞樹の死を契機として片倉は単独探索に明け暮れる様になったのだが、その時から能力の発現らしき出来事が頻発した。

 

 具体的には、対面する相手が何を考えているのか、酷く抽象的ではあるが分かるようになったりとか。

 

 明確にそれと分かるわけではない。

 

 例えば赤くて丸いモノがあるとする。

 

 ある者はそれが林檎だと言うかもしれないし、またある者はそれを赤信号だと言う者もいるかもしれない。

 

 しかしそれがティラノサウルスだと言う者はいないだろう。

 

 色と大まかな形がぼんやりと視えるだけで、それが何か正確に分かるわけではない。

 

 精度としてはそんなものだが、それでも探索の役には立っていた。

 

「もっと早く検査をしてほしいですね、協会としても所属する探索者のデータは正確に把握しておきたいんですから」

 

「それは……すみません。探索、探索、探索でつい後回しにしてしまいました」

 

 これは事実だ。

 

 とはいえ、それでも探索の合間に検査の申請が出来た事は否めない。

 

 それから片倉は受付嬢に色々と小言も貰いながら、協会を後にした。

 

 ◆

 

「よう、片倉」

 

 声と同時に叩かれる肩。

 

 振り返ると、そこには赤毛の青年がいた。

 

 彫刻の様に整った顔立ちと焔にも似た色の派手な髪色、それらをより際立たせる様な黒いトレンチコート。

 

 単独探索者、城戸 晃である。

 

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「……ってぇわけよ」

 

 城戸はそう言いながらジョッキを傾けた。

 

 片倉は黙ってつまみ──きゅうりの漬物を口に運び、それをビールで流し込みながら話を聞いている。

 

 二人は今、池袋某所の居酒屋に来ていた。

 

 池袋北口からそれこそ数十歩という距離に、『超都会』という安居酒屋がある。

 

 元探索者が店主をやっている24時間営業の個人店だ。

 

 誰しも探索者になりたての頃は一般人とそう大差がない身体能力で、それでいて人外の化け物たちと戦わなければならない。

 

 となると大事になるのは装備で、多くの新米探索者は大抵素寒貧であり、飯に回す金などろくにない。

 

 だが人間、食わねば力は出ないのだ。

 

 だからこの居酒屋『超都会』は安く美味い飯──ついでに酒も提供する。

 

 それで採算が取れるのかといえば全く取れるはずがないのだが、『超都会』で食生活を救われた脱初心者探索者の面々がことあるごとに支援をしており、店はそれで回っている。

 

 まあ店の質はお察しで、あちらこちらガタが来ているというか、とにかくボロい。

 

 毎日清掃はしているようで不潔ではないのだが、あらゆる調度品が限界まで使い込まれていると言った感じであった。

 

 改装くらいすれば良いのだが、 "あの頃は" という回顧感を味わいにくる探索者も多いため、完全に壊れるまでは使い込むつもり──というのが店主の弁である。

 

 城戸の話の内容はほとんどが自分語りだ。

 

 隙あらば自分語りという揶揄の言があるが、城戸の場合は隙があろうとなかろうと自分語りをする。

 

 この男は自己顕示欲の塊なのだ。

 

 そういった性格が災いしてか、友人はいない。

 

 実力主義の探索者界隈と言えど、顔を合わせる度に自慢話をされるというのは不快だと思う者が殆どだった。

 

 ただ、片倉はその辺りには頓着しない。

 

 城戸の自慢話はよくよく聞けば探索のヒントとなりうる情報が多くあったし、人間関係を構築する目的というものが他者とは異なっていたからだ。

 

 片倉はまるでマシーンの様だ。

 

 探索のみを目的とした血の通わぬマシーン。

 

 やたらと馴れ馴れしい城戸と違って、片倉は真逆の意味で他の者たちから避けられていた。

 

 しかし城戸は片倉を避けない。

 

 城戸という男は無頼に見えるが、無頼は無頼でもファッション無頼なのだ。

 

 強い自己顕示欲は常に周囲からの賞賛を求めていたし、生来の構われたがりの気質を大きく補強していた。

 

 だから自分を避けない片倉を構い倒し、ことあるごとに飲みに誘ったりなどする。

 

『超都会』はそんな時の行きつけの店の一つで、基本的には大衆向けの店が多かった。

 

 1日あたりの稼ぎが平気で一桁億……調子が良い時で二桁億を超える城戸だが、余りお高い店は好まない。

 

 ◆

 

「単独探索も大分板についてきたじゃねえか」

 

 城戸が言うと、片倉は曖昧に頷いた。

 

 確かに慣れてはきた。

 

 無理すべき時に無理し、退くべき時には退く事が出来ている。

 

 片倉の場合は単なる攻略(ダンジョンから一定量の資源を持ち帰る事)や、踏破(ダンジョン内の未踏査地域や要素を明らかにする事)が目的なのではなく、死線の先にある "山" を乗り越える事が目的なので、ある程度の無理は必須条件となっている。

 

 ただ、無理をしすぎて死んでしまっては意味がないため、その辺のギリギリのラインをどう見極めるかがミソだ。

 

「で、どうだ。目的には近づけてるのかよ?」

 

 この時すでに、片倉は "山" の事を城戸に話している。

 

 城戸は "山" や "啓示" の事を聞いても馬鹿にするような事はなかった。

 

 死線を乗り越えてきた探索者が、何らかの超常的な経験をする事はままある。

 

「いえ。でも地道にやっていくつもりです」

 

 片倉が答えると、城戸は頷く。

 

「まあここ最近は色々とダンジョン周りの環境も変わってきてるからな……変動の時代ってやつだ。焦る事はねぇよ」

 

 ここ最近、ダンジョンを巡るアレコレの常識が覆りつつある。

 

「そう言えば京都の話聞いたか?」

 

 片倉は頷いた。

 

 京都でとあるダンジョンが崩壊し、そこから大量のモンスターがあふれ出てきたのだ。

 

 小豆洗い、座敷わらし、一反木綿、木霊、猫又、鳴釜、ぬらりひょん、鵺といった妖怪の類が跋扈し、『陰陽寮』と呼ばれる地元の探索者組織と国がこの鎮圧にあたった。

 

 最終的にはモンスターの駆逐に成功したものの、100を超える民間探索者、国家探索者が犠牲になった。

 

 崩壊した理由は不明で、国やなんらかの組織、あるいは個人が動いた様子もない。

 

 極々自然といったら変な話だが、極自然に崩壊してしまった。

 

 まるで老朽化の限界を迎えた様に……実際にそのダンジョンは難易度と実入りのバランスが悪く、長く放置されてきたダンジョンだった。

 

「幸い都内ではそういう事態は起きてないがな、これからもずっとそうだっていう保証はねえ」

 

 あるいは市街戦なんて言う事もあるかもしれない。

 

 城戸が身を乗り出し、声を潜めた。

 

「ここだけの話だがな」

 

 片倉は無意識に城戸の方へと視線を向ける。

 

「外には出てきちゃいねえが、やばい兆候を見せてるダンジョンがあるらしい」

 

 城戸は周囲を確認してから、更に声を落とした。

 

「"協会"が極秘裏に動いてるんだ。複数のチームを編成して、念入りに調査させてる」

 

 片倉は黙ってジョッキに手を伸ばす。

 

「京都の二の舞いになったら目も当てられねえからな」

 

 確かにその通りだった。

 

 単純な人口密度という点で、都内でダンジョン崩壊が起これば被害は計り知れない。

 

「まあ "協会" は金があるからな。やばいダンジョンは早期に対応するだろうが、他の地域ではどうだろうな……」

 

 国もダンジョンの管理にやっきになっているが、正直後手後手だ。

 

 基本的には地域ごとの民間探索者団体や企業の力を借りる事が多い。

 

 国家探索者の数は限られており、各地域のダンジョンの特性を把握しきれていない。

 

 それに比べて地元の探索者たちは、そのダンジョンの特徴や危険度を熟知している。

 

 国が民間の力を頼らざるを得ないのは、そういった事情があるからだ。

 

「都内のダンジョンはなんだかんだで実入りが大きいですからね」

 

 片倉はそういってイカキムチを摘まんだ。

 

 相変わらず味は酷く薄い。

 

「そうそう、家電量販店系のダンジョンとかな。一時期の秋葉原なんてそれ系ばっかりだったなあ」

 

 理由が明らかになってはいないが、なぜか家電量販店はダンジョンになりやすいのだ。

 

 ダンジョン化の条件は色々と嘯かれているが、確かな情報はどこにもない。

 

 人の情念が凝り固まる場所がダンジョンになりやすいという説が有力だが、ただの家電量販店に "情念" といったものが集まるかどうかは疑問である。

 

 また、家電量販店のダンジョンから持ち帰れる資源の大半はオーバーテクノロジーの結晶とも言えるものだった。

 

 一見すると普通の家電製品に見えるが、その内部構造は現代の技術水準を遥かに超えている。

 

 そのため、資源としての価値が極めて高い。

 

 たとえ製品として使えなくても、その素材自体が貴重なものとして取引される。

 

 特に金属資源としての価値は群を抜いており、いわゆるレアメタルと呼ばれる希少金属類が豊富に含まれているのだ。

 

 その割に、ダンジョンとしての難易度はそれほど高くない。

 

 出現するモンスターの多くは家電製品が擬人化したようなものが主体で、他のダンジョンと比べると対処が容易だった。

 

 これは、もともとの場所が一般の買い物客向けの店舗だったことと無関係ではないのかもしれない。

 

 このようにリスクの割に報酬が大きいことから、多くの探索者たちにとって家電量販店系のダンジョンはうまみのある案件として認識されていた。

 

 城戸はグラスを一気に傾け、片倉を見る。

 

「そういえばお前、女いるのか?」

 

 いきなり何を言い出すのかと思えば、と片倉は首を振った。

 

「なんだ、童貞か?」

 

 素面(シラフ)の城戸はノンデリの権化だが、酔った城戸はそれに拍車が掛かる。

 

 片倉は再び首を振った。

 

「ふうん、そうか」

 

「城戸さんはいるんですか?」

 

 別に興味があるわけではないが片倉は逆に聞き返した。

 

 人間関係を構築・維持していく為に、相手に興味を示すということが大事というのが知識の上では分かっていたからだ。

 

 そう、()()だから聞いている。

 

 この辺の思考回路が、なんというか片倉を()()人間に見せていた。

 

 情が薄い、冷たい──ここ最近の片倉は周囲からそんな風に見られている。

 

 まあこじれてるにはこじれてるが、実際に片倉にはダンジョン探索以外の事に興味を示す感情的リソースがないのだ。

 

「俺はもちろん居る。金がかかる女だが、イイ女だ」

 

 城戸は今の恋人とは、単独探索者となって暫くしてから恋仲になった。

 

「じゃあダンジョン探索をするのは、その人のためでもある?」

 

 片倉の問いに城戸は「まあな」と頷く。

 

「支えの一つだ。支え、フック。ポイント。楔。なんでもいいが、そういうものの一つだよ。人間が頑張り続けるにはそういうものが必要なんだ。力を込められる支えがないと、頑張りっていうのは長くは続かない。片倉、お前もそれがあるから単独探索者なんてやってこれてるんだろ?」

 

「そうかもしれないです、ね」

 

 そう言って片倉はジョッキに口をつけた。

 

 相変わらず味はしない。

 

 ──澪を取り戻す。でも、その後はどうする。どう生きる

 

 片倉は何となくそんな事を思った。

 

 "その先" の事を考えたのは、澪を喪って以来初めての事だ。

 

「ん? どうした、いきなりしょぼくれやがって」

 

 敏感に雰囲気を察したのか、城戸が言う。

 

「いえ、ちょっと先の事を考えるとちょっと気分が滅入ったというか……」

 

 片倉はそう言って、素直に自身が抱いた疑問を話す。

 

「目的を達成した"その先" ねえ。まあそんなもんは人それぞれだろうよ。ただ、誰しもいずれは探索者から足を洗うもんだ。理由は色々あるけどな。先の事をある程度考えておくのは悪くねえと思うぜ」

 

 でもまぁ、と城戸はジョッキをもう一杯頼み、すぐに出てきたそれを片倉の前に置く。

 

「気鬱になったりだとかそういう気分を味わうってのは、俺らにとって悪い事じゃねえ。チャンスになるからな── "挑戦" するための。 心を鍛えるチャンスだ。ここ最近のお前はなんだか人形みたいだったからなあ、それじゃあ強くなれねえんじゃねえかと思っていたが……。まあせいぜい悩むこった。というわけで、飲め。厭な気分っていうのは酒と混じるとイイ感じになるんだよ」

 

「イイ感じというのは?」

 

 片倉の問いに、城戸はにやりと笑みを浮かべる。

 

「もっと厭な気分になる。つまり、チャンスってことだ。ほら、のめ!」

 

 どういう理屈だ、と片倉は苦笑を浮かべ、喉を鳴らして一気酒を飲みほした。

 

 ──不味いな、酷い味だ

 

 城戸の言う通り、厭な気分が更に膨れ上がった。

 

 ◆

 

 翌朝、片倉はのっそりと自室のベッドから起き上がった。

 

 隣には見知らぬ美女が──なんて事はない。

 

 少なくとも今の片倉は女に興味がないし、城戸はといえば見た目のチャラさに反して浮気を嫌っている。

 

「……久々に飲んだな」

 

 シャワールームへと足を向けながら、片倉は昨夜の酒の残滓を感じていた。

 

 肌に張り付いた汗の不快感が、意識を完全な覚醒へと押し上げる。

 

 服を脱ぎ捨てると、そこには見事な肉体美が刻まれていた。

 

 腹部には薄く筋が浮き、背中には実践的なヒッティング・マッスルが顔を見せる。

 

 探索者は "内面の筋肉" で見た目に強さが現れにくいが、それでも体を動かしているのだからごく自然な範囲で筋肉がついていく。

 

 ただ、ダンジョンの干渉の事もあり、筋肉ゴリラみたいな外見になりたくないというような希求があれば見た目の変化は最低限に留まるが。

 

 熱いシャワーを浴びながら、片倉はふと疑問を覚えた。

 

 ──不快感? 

 

 そう、不快感だ。

 

 前日酒をしこたまのんで、アルコール混じりにも思えるような不快な汗を滲ませて目が覚める。

 

 当然気持ちが悪いため、シャワーを浴びる。

 

 それ自体はおかしい事ではないのだがしかし。

 

 これまで()()()()()()を感じた事があるだろうか? 

 

 自身の感覚の諸々が鈍くなっている事は、既に自覚出来ている。

 

 大怪我を負ったとかそういうことならまだしも、前日酒を飲んだくらいで不快感を覚えるというのは奇妙な話に思えた。

 

「いや、そもそも……」

 

 片倉は昨晩の事を思い出す。

 

 昨晩飲んだ不味い酒の事を。

 

 ビールとは名ばかりの、小便染みたドブ水の事を。

 

 ──味が

 

 片倉は手早くシャワーを浴びて、おざなりに体を拭いた後、探索者用のレーション──糧食として上等で、味を楽しむ食べ物としては下等な代物を取り出した。

 

 協会が開発した探索糧食なのだが、これが酷く不味い。

 

 腐った魚を砂糖漬けにして、更にそれを塩漬けにして、最後にもう一回腐らせたような──そんな常軌を逸した不味さだった。

 

 舌の上で溶けていく食材の一つ一つが、まるで味蕾に悪意を込めて襲いかかってくるかのようだ。

 

 しかし、その反面で体が欲するものは全て含まれている。

 

 一食で一般的な成人男性の一日分の必要栄養を賄えるという、正に "理想的" な糧食。

 

 協会の売店、もしくは通販でワンコインで購入できるのだが、よほど困窮していない限りはこんなものを好んで食べるものは居ない。

 

 ちなみに協会は敢えて不味く作っているとの事。

 

 片倉は仏頂面を浮かべながら、機械的にレーションを口に運び続けた。

 

 記憶にある味より大分パンチは弱いが、それでも味覚が戻りつつある。

 

 ──なぜ、急に

 

 片倉はしばらく考えたが、答えは出なかった。

 

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