【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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きさらぎ駅じゃないです


第五十話【S駅の怪②】

 ◆

 

「毎日毎日、落ち着いて報告を待てないのか、連中は……」

 

 静岡県知事、古賀 太郎は異領管制省との長い通話を終え、疲れた様子で椅子に深く腰を沈めた。

 

 異領管制省──ダンジョンに関する全てを管理統括する省庁だ。

 

 新規ダンジョンの発見から調査、そして認定までを一手に担う。

 

「小林、どう思う?」

 

 古賀の質問に、秘書の小林は暫時思案した。

 

「単純にモンスターの強さの問題とも限らないかと」

 

 小林の言葉に、古賀は目を向ける。

 

「唯一の生還者は発狂していて、まともな会話が成立しませんが……もしかすると、このダンジョンには特殊な脱出条件があるのではないでしょうか」

 

 古賀は頷く。

 

 自身も同じような推測に至っていた。

 

 ただし、その条件が具体的に何なのかを突き止めるのは容易ではない。

 

 古賀は僅かに眉を寄せる。

 

 できることなら県の問題は県で解決したい。

 

 余計な介入は事態を複雑にする可能性もある。

 

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

「確か県内に協会の支部があったな? 繋ぎを取ってくれ」

 

 ・

 ・

 ・

 

 ビュー・ルーム内の大きなモニターに、緊急依頼を示す赤いテロップが流れた。

 

 内容は静岡県のS駅周辺に出現した新規ダンジョンの "踏破" データ収集に関するものだ。

 

 片倉は丁度その時、ここビュー・ルームで過去のダンジョンデータを確認していた。

 

 広い部屋には端末が整然と並び、各所で探索者たちが黙々と作業に没頭している。

 

 まるでハローワークの求人検索コーナーのような佇まいだが、ここではダンジョンに関する膨大なデータを閲覧できる。

 

 協会が貸与しているウォーカー端末でもデータ閲覧は出来るのだが、単純にサイズが小さいために不便だったりする。

 

 その点、ビュー・ルームの大型端末なら効率的に調べることができた。

 

 赤く点滅するテロップをクリックすると、画面いっぱいに依頼の詳細が表示される。

 

 静岡県からの要請を受け、協会本部が動いたという経緯が簡潔に記されていた。

 

 探索者の未帰還が相次ぎ、県独自での対応が難しくなったことも書かれている。

 

 片倉は先日のニュースを思い出していた。

 

 あの時から何か引っかかるものを感じ、気になってはいたのだ。

 

 そして今、この緊急依頼が舞い込んでくる。

 

 これは単なる偶然ではない気がした。

 

 まるで何かに導かれているような──そんな感覚がある。

 

 ◆

 

 ──さて、どうするか

 

 そう思った片倉だが、既に静岡行きの意思は固まりつつある。

 

 出発日と必要な装備、物資の手配など、色々と頭の中で計算していく。

 

 そうしていると、ふと耳に隣のブースの会話が飛び込んきた。

 

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 ・

 ・

 

「私たちには関係ないですね」

 

 冷静で落ち着いた声音。

 

 どこか距離を置くような言い方だ。

 

「アリサ~! そんな事いって、挑戦を避けると弱くなっちゃうよ?」

 

 もう一人の声に、片倉は聞き覚えがあった。

 

 先日アームズ・コンフォートで見かけた女だ。

 

「五月蠅いですね、AKEBIだって別に行きたいわけじゃないでしょう?」

 

「まあね、っていうかなんだか厭な予感がするっていうかさ~」

 

「厭な予感? ……ああ、勘ですか。結構当たりますもんね、AKEBIの勘って」

 

「そうそう」

 

 片倉は無意識に耳を傾けていた。

 

 "勘" は案外馬鹿にできない。

 

 勘とは要するに、言語化出来ない情報の残滓であるからだ。

 

 視界の片隅に入る情報、耳に入る音、皮膚が感じ取る空気の流れ、匂いから得られる情報──これらの大半は意識にまで昇ってこない。

 

 だが、その情報は確かに脳に蓄積されている。

 

 そういった情報を無意識のうちに処理する能力が高い者を、俗に "勘が良い"と評したりする。

 

 ──彼女はもしかしたら、記事を読んで何か違和感に気付いたのかもしれないな

 

 片倉は胸中でそんな事を思う。

 

 だが、自分は行く。

 

 片倉がブースを出ようとしたその時、隣のブースからも人影が見えた。

 

 同じタイミングで出てきたのは、先ほどまで会話が聞こえていたAKEBIとアリサという名の女性だった。

 

「あっ……!」

 

 AKEBIが突然大きな声を出す。

 

 片倉が目を向けると、AKEBIが固まっていた。

 

 その横には落ち着いた雰囲気の女性──アリサが立っている。

 

「あれ?」

 

 アリサは意外そうな表情を浮かべ、AKEBIの方を見た。

 

「いつの間に知り合ったんですか? なんだか怖くて話しかけられないとか言ってませんでしたっけ」

 

 からかうような口調に、AKEBIは顔を真っ赤にしてアリサの腕をつねる。

 

「も、もう! そんな事言わないでよ!」

 

 AKEBIは完全に動揺していた。だが、ここで黙っているわけにもいかない。深く息を吸い、片倉に向き直る。

 

「あ、あの、片倉さん、ですよね」

 

 声が震えている。

 

 先ほどまでの会話で聞こえていた砕けた感じは欠片もない。

 

 手の指を無意味に絡ませながら、AKEBIは片倉の反応を待っていた。

 

「……そうだ。君はあの時の」

 

 片倉が言いかけると、AKEBIは慌てて深々と頭を下げた。

 

「あ、あとをつけてたわけじゃないんです! いや、その、つけてたのかもしれないけど、でも違うんです!」

 

 アリサは呆れたように目を白黒させている。

 

 後をつけていた? 

 

 ストーキングしてたって事? 

 

 やばいと噂の単独探索者になんてことを……とアリサは内心で頭を抱える。

 

 一方の片倉は、小首を傾げながらそんなAKEBIの様子を眺めていた。

 

「あー……とりあえず、場所を移しましょうか」

 

 アリサが言うと、片倉は頷く。

 

 ◆

 

 協会本部である "センター" は飲食店街も備えている。

 

 どの店も探索者向けで、中には即効性のドーピング効果を持つ食材を扱う店も珍しくはない。

 

 勿論、そういった店は協会所属の探索者以外には利用できないようになっているが。

 

 片倉たち三人は、そんな飲食店街の一角にあるカフェに入った。

 

 扉を開けると、落ち着いた照明と木目を基調とした内装が目に入る。

 

 店員の案内に従って、四人掛けの席に案内され、各々席へとついた。

 

「私はアリサです。こちらが友人のAKEBIです」

 

 アリサが自己紹介をする。AKEBIは相変わらず俯いたままだ。

 

「片倉だ」

 

 片倉も簡単に名乗るが、そこから先は誰も口を開かず重たい沈黙が流れた。

 

 片倉としては相手の話を待つ身だったし、アリサらとしてはストーキング疑惑についての釈明をしなければいけないからと口が重い。

 

 ややあって、仕方ないなとばかりに片倉が「そういえば」と口火を切った。

 

「AKEBIさんは厭な予感がすると言っていたが」

 

 片倉からしてみればつけられていたとかストーキングがどうとか、どうでもいいのだ。

 

 気になる事は他にあった。

 

「えっ!?」

 

 ストーキング行為を責められるかと思っていたAKEBIが驚いて顔を上げる。

 

 AKEBIはアリサに肘でつつかれ先を促され、慌てながらも話し始めた。

 

「私たちなんていうか、そもそも余り都内から出たくなくて、でもあの依頼をみたとき、なんだかちょっとやってみてもいいかなっておもったんです。だけどなんていうか、"思わされた"って気がして。そしたらなんかこう、厭な感じがして」

 

「誘われているような?」

 

 片倉の言葉に、AKEBIは何度も頷いた。

 

「私は考えすぎなんじゃないかなと思っています。単なる依頼説明を読んでの感想ですから。でもAKEBIは昔から勘が良くて。ダンジョンの中でも、こっちには行きたくない、あっちには行きたくないって我がままなんですけど、AKEBIが嫌がる方向には不思議と罠とか強いモンスターが待ち構えていたりするんです」

 

 片倉何となくトー横ダンジョンの事を思い出しながらアリサの話を聞いていた。

 

 ──ダンジョンが、 "誘う"

 

 無い事でもないな、と片倉は思う。

 

 この2年でトー横ダンジョンについての調べは随分と進み、現在では乙-2指定のダンジョンだ。

 

 立ち入った者の "過去"を覗き、今はもう会えない、しかし再会したいと渇望している相手の姿を取って取り込もうとしてくる。

 

 出現するモンスター自体は大した事はないが、非常にタチが悪いダンジョンだ。

 

 そんなトー横ダンジョンはいまでは多くの探索者に、相当危険なダンジョンとして認識されている。

 

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