【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第五十一話【S駅の怪⓷】

 ◆

 

 数日後、片倉は静岡県に飛んでいた。

 

 目的はもちろんS駅から行けるというダンジョンの攻略だ。

 

 S駅周辺はそれなりに発展しており、S駅そのものも大きな駅ビルであった。

 

 駅前の広場には半透明の素材で作られたドーム型のテントが幾つも並んでいる。

 

 テントの表面には薄く数値が浮かび上がっており、内部の温度や気圧を自動で調整しているようだった。

 

 片倉は周囲の様子を観察する。

 

 テントの間を縫うように探索者たちが行き交い、中には重装備の者も見受けられた。

 

 明らかに並の探索者ではない雰囲気を漂わせる者も混じっている。

 

 これだけの探索者が集まっているということは、やはり何か問題が起きているのだろう。

 

 一般人たちは遠巻きに探索者たちを眺めている。

 

 顔色は一様に不安そうな様子だった。

 

 普段つかっている駅がダンジョンに繋がっているとあれば、不安になってしまうというのも仕方がないだろう。

 

 駅の入り口では長い列が作られていた。

 

 探索者たちが整然と並び、入場を待っている。

 

 その光景を眺めていると、後ろから声がかかった。

 

「片倉さん、ウチらも並びますか?」

 

 振り向くと、AKEBIとアリサが立っていた。

 

 片倉は無言で頷く。

 

 AKEBIは相変わらず明るい表情を見せているが、アリサは露骨に不機嫌そうだ。

 

「アリサさん、AKEBIさんもだが、別に無理についてくる必要はないんだ」

 

 片倉の言葉にAKEBIは激しく首を振って否定した。

 

「さっきも言ったけどアリサの勘って結構当たるんですよ! だからこのダンジョンは絶対ヤバいんですってば! でも片倉さんに幾ら言っても無駄じゃないですか、だから私心配になって──」

 

 AKEBIは片倉がS駅ダンジョンへ向かう事を知って、公然とストーキングを始めたのだ。

 

『目的地がたまたま同じなだけですから!』などと言って、離れようとしない。

 

 一方のアリサは本来なら行きたくもない場所だったし、片倉に対して特別な思い入れもなかった。

 

 だが親友のAKEBIが行くというのなら、話は別だ。

 

 アリサにとってAKEBIはただの友人という範疇を超え、家族のような存在だった。

 

 AKEBIが危険にさらされることはアリサには許容できない。

 

「ここがどれだけ危険かは正直入ってみない事にはわからない。それでもついてくるんだな?」片倉は二人に確認するように言う。

 

 ダンジョンでどれだけの犠牲者が出たかという情報は、通常公表されない。

 

 これにはいくつかの理由がある。

 

 まず、他の探索者たちに不安を拡散しないためだ。

 

 ダンジョンは探索者の試練の場であり、挑戦の心なくして成長はない。

 

 犠牲者が多いという事実は探索者たちの士気を下げ、探索への恐怖を植え付けることになり、挑戦の母数を大きく減らしてしまうだろう。

 

 国は強い探索者を必要としている。

 

 ダンジョンから得られる資源や情報は国家の発展や安全保障に直結するため、探索者たちがダンジョンに挑戦する勇気を失わせることは、国の長期的な利益に反する。

 

 したがって犠牲者の数は内部で管理され、必要最小限の情報しか公開されない。

 

 こうすることで、国は強力な探索者を育成する環境を維持している。

 

 ◆

 

「片倉さん、 "行き方" は覚えてますか? 」アリサが尋ねる。

 

 S駅ダンジョンは特殊な入場方法があり、いくつかの手順を踏まないと入場できないようになっているのだ。

 

 ただ、実の所そういった特殊な入場方法を持つダンジョンはそれなりにあり、S駅ダンジョンについては探索者としての経験を積んだ県の調査チームが入場方法を解明していた。

 

 まあその調査チームも一人しか帰ってこなかった上に、入場方法を伝えた後はなぜか自殺をしてしまったのだが。

 

 その入場方法だが、まずはS駅の改札を通り抜け、各駅停車の上り線に乗って二つ先の駅まで移動する。

 

 列車を降りたら、そこで急行電車を待つ必要がある。

 

 急行がやってきたら“奇数の番号”の車両を選び、そこに乗り込む。もし何らかの理由で偶数番号の車両に乗ってしまえば、ただ普通の旅程で終わるか、あるいはダンジョンへ辿り着くための一連の手続きが無効化されるとされている。

 

 四つ先のK駅に到着したら、今度は各駅停車を使ってS駅に戻らなければならない。

 

 そうしてS駅に向かう途中、いつもなら見慣れた沿線の風景が車窓を流れるところだが、その行程のさなかで“不自然な”トンネルに差しかかるという。

 

 来るときには存在しなかったはずのトンネルが、突如として路線の延長上に姿を現すのだ。

 

 このトンネルはやたらと長く、十数分ほど経っても抜ける気配がない。

 

 そのうち車内の照明が微妙に揺らぎはじめ、激しい眠気が押し寄せてくる。

 

 その眠気は抗いがたく、理性を総動員しなければ耐えられないほど強烈なものだ。

 

 もし本当にS駅ダンジョンへ行きたいのなら、無理に眠気と戦ってはならない。

 

 ここで我慢をしてしまうと電車は通常通りS駅へと到着してしまう。

 

 そして深い眠りに落ちると、列車がいつの間にか停止しているだろう。

 

 ・

 ・

 

「そうして目を覚ましてみれば、異世界が広がってましたーって事ね!」

 

 AKEBIが元気よく言ったあと、片倉は周囲をぐるりと見渡した。

 

 そこは明らかにこれまでのS駅でも、ましてや駅周辺でもない。片倉たちがいるのは典型的な田舎駅のホームだ。ベンチが一つ、ぽつんと設置してある。

 

 目の前には線路がひとつだけ伸びていて、その向こうに広がっているのは絵に描いたような田園風景だった。

 

 青い空が遠くまで広がり、空気が澄み渡っているせいか都会のような雑多な匂いはまるで感じられず、まるで現実世界から切り離されたような錯覚を覚える。

 

 線路はホームの先でどこまでも続いているが、果たしてどこへ繋がっているのか見当もつかない。

 

 ホームの壁面には駅名のプレート設置してあるが、そこには大きく「S駅」と書かれているだけで、前後の駅名や路線情報の類は一切書き込まれていない。

 

「本当にここ、あのS駅なのかな……」

 

 AKEBIがぽつりと呟く。

 

 彼女のすぐ隣にはアリサが立っていて、その視線は看板の文字をじっと見つめていた。

 

 片倉はそんな二人の様子を横目で確かめながら、さらにあたりを見回す。

 

 どうやら片倉たち以外にも、ホームの片隅に複数の男女が立っていた。

 

 若い者もいれば中年らしき者もいるが、いずれも探索者と思しき装備を身につけている。

 

 どうやら合計で六人がこちら側の「S駅」へと入場したらしく、それ以上の姿は見当たらない。

 

「六人、か」

 

 偶然なのか、それともダンジョンのシステム的な制限なのかは分からない。

 

 六という数字に深い意味があるのかもしれないし、たまたまそうなっただけかもしれないが、今は考えても答えは出そうになかった。

 

 片倉は一つ息をついて、もう一度駅のまわりを見渡す。

 

 荒涼としているわけでもないが、どこか寂寞とした空気が漂っている。

 

 線路の先に見える小高い丘の影、あるいは草木のざわめきの奥に何が潜んでいるかは分からない。

 

「とりあえず……探索ですかね? でもせっかくだしあの人たちに話しかけてみませんか?」

 

 AKEBIの言う "あの人たち"とは勿論、片倉らと共にS駅へとやってきた三人の探索者たちのことだ。

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