【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第五十四話【S駅の怪⑥】

 ◆

 

 それは果たして言い争いと言えるのだろうか? 

 

 トウヤがミキハルの尻を蹴り飛ばすと、ミキハルがくぐもった呻き声をあげて線路の上に倒れた。

 

「てめぇ! さっきから俺らの事を気持ち悪ィ目で見てたよな!?」

 

「み、見てなんか……」

 

「嘘つくんじゃねえ! なんだ? まだ根に持ってんのか? 俺がマオと付き合った事をよ。勘違いするなよ? そもそもてめぇはマオの何でもねぇんだ!」

 

 何でもない何てことはないよ、とミキハルは思う。

 

 助けを求めるようにちらとマオを見るが──マオの視線に色はなかった。

 

 冷たいとかそういう話ですらない。

 

 マオはミキハルの事を、その辺の石ころを見るような目で見ていたのだ。

 

 ──トウヤがいなければ

 

 ミキハルは胸中でトウヤを呪詛する。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ミキハルとマオは幼馴染だ。

 

 陰キャのミキハルに陽キャのマオ。

 

 性格は正反対だが、反発しあうこともなく関係は続いた。

 

 頼りない感じのミキハルに対してマオは何かと世話を焼き──高校卒業後は何となくそろって今流行りの探索者になった。

 

 そうして探索を重ねていく中で等級も上がっていき、やがて当然の如く壁へとぶつかる。

 

 命からがらの敗走と、折れる自信。

 

 自分達の探索者としての才能に疑問を感じていた所でトウヤが加入したのだ──マッチングアプリで。

 

 マッチングアプリと言えば男女の出会いを想起させるものだが、探索者の世界にも専用のマッチングサービスが存在していた。

 

 ただまあ、色気のある話ではない。

 

 それは純粋に探索チームを組むためのツールとして機能していた。

 

 トウヤが加入した当初、この男は絵に描いた様な好青年だった。

 

 礼儀正しく、実力も確かで、チームワークを重視する。

 

 ミキハルとマオは極々自然とトウヤを信用するようになった。

 

 とりわけミキハルは初めて心から信頼できる同性の友人を得たように感じ、やがて長年胸の内に秘めていたマオへの想いまでも打ち明けるようになる。

 

 ミキハルはマオが好きだった。

 

 だが告白までには至っていない。

 

 拒絶されたらとおもうと一歩を踏み出せないのだ。

 

 そんなミキハルの話を、トウヤは熱心に聞いた。

 

 マオの好きな食べ物、服の色の趣味、休日の過ごし方。

 

 そして半年が経ち、マオから「トウヤさんと付き合うことになったの」と聞いた時、ミキハルは世界が壊れる音を聞いた。

 

 "それ" は どぉん、どぉん、と音だ。

 

 何かを壊すような、或いは叩くような。

 

 日常という殻が破壊されていく、そんな音。

 

 ・

 ・

 ・

 

 "その音" を今再び、ミキハルは聴いた。

 

 どぉん

 

 どぉん

 

 トウヤに蹴り飛ばされたミキハルは倒れたまま周囲を見渡す。

 

「おい! どこ見てやがる! てめぇ話聞いてるのか?」

 

 そんなミキハルにトウヤは更に蹴りを一発見舞い、怒声を浴びせかけた。

 

 最初は好青年だったトウヤがなぜミキハルに強く当たるのかと言えば、それはトウヤがハナから "そういう男だから" だったに過ぎない。

 

 基本的に己の欲求を優先して動く男なのだ。

 

 たまたま入ったチームに、たまたま手頃な女──マオがいた。

 

 だから手を出した。

 

 それだけの話である。

 

 まあ何でもかんでも感情的に行動するケダモノというわけでもなく、最初良い奴風に装って警戒心を解くくらいの小賢しさはあるが。

 

 そんなトウヤだが、ミキハルに関してはひたすら見下していた。

 

 というのも、もしマオに惚れていたのならばのんべんだらりと構えていないでさっさと自分の女にしてしまっていれば良いではないか、という思いがあったからだ。

 

 ──どうせ、告白してフラれたらどうしようなんて考えていたんだろうな

 

 そんなミキハルを、くだらないとトウヤは嗤う。

 

 自分の心の弱さを他人に押し付け逆恨みした挙句、いつまでも未練たらしくチームに残り続けているなんて──そんな恥を晒すくらいなら死んだほうがマシだとトウヤは思う。

 

 ──まあ、お前がチームから出て行かないならテイよく使ってやるよ

 

 そう、トウヤはミキハルに対してそんな事を思い、とことん見下している──だからこそそのミキハルが、自分を無視するような態度を取っていたら激怒する。

 

 ・

 ・

 ・

 

 どぉん

 

 どぉん

 

 "それ" は太鼓の音にも思えた。

 

 どこかで祭りでもやっているのだろうか? ──ミキハルはなぜかその音が気になって仕方がない。

 

 どぉん

 

 どぉん

 

 いや、これは祭りの時の太鼓の音ではないとミキハルは思う。

 

 ──これは、この音はきっと

 

 ◆

 

「きゃああああッ!!」

 

 マオの甲高い叫び声。

 

「お、おい!! な、な、なんだよ、お前……何が……」

 

 狼狽えたトウヤはじりりと後退った。

 

 ──『縺ゥ縺? @縺溘??』

 

 "ミキハルだったもの" が発した言葉はもはや如何なる言語体系にも属していない、ただの音に過ぎなかった。

 

 ぼこり、ぼこりとミキハルの肉が膨らんでいった。

 

 皮膚が内側から押し上げられ、布地が裂けるように引き延ばされていく。

 

 膨らんだ肉はたちまち皮膚を破り、その下から覗くのは生々しい赤と紫が混ざり合った肉だ。

 

 肉はまるで風船を膨らませる様に体積を増していき、ついには強靭な繊維で作られている筈のボディスーツをも破ってしまい、それでもなおぶくぶくと膨れていく。

 

「あっ……あ……」

 

 トウヤは後退り、マオはその場でへたり込んでしまっている。

 

 この姿を見て人間だと思う者はいないだろう。

 

 ミキハルにはもはやかつての面影はどこにもない──人型の肉の塊と化していた。

 

 それだけではない、いくつもの "目" が肉の塊の各所に埋め込まれている。

 

 日本には全身に無数または百個の目を有する百目という妖怪の伝承が存在するが、もし実在するとすればこういった姿になるのではないだろうか。

 

「マ、お゙ォォォォ」

 

 ミキハルは唸る様な声を発しながら手を伸ばし、その肉の指の先端がマオに触れるか触れないかという所で──

 

 マオとミキハルの間を黒い塊が通り過ぎた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「お、おっさん……」

 

 トウヤの声からは当初に威勢の良さがすっかり喪われている。

 

 黒い塊の正体は片倉だ。

 

 右脚についた肉の欠片に目を向けることもせず、ミキハルを見ている。

 

 そう、片倉は自身とトウヤらの間に広がる距離を爆発的な脚力で駆け抜け、勢いそのままにミキハルの肉の腕を蹴り斬ったのだ。

 

 

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