【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第五十五話【S駅の怪⑦】

 ◆

 

 ──痛覚はあるのか。だが

 

 腕を切断されたにも関わらず、眼前の肉の化け物──ミキハルだったものから感じられる生命力が衰えた様には見えない。

 

 肉塊は切断された腕の断面から、再び肉を盛り上げさせた。

 

 それはまるで傷口から新しい腕が生えてくるかのようだ。

 

 トウヤは悲鳴を上げながら後退り、マオは尻もちをついたまま動かない。

 

 肉塊の再生速度を見て、片倉は少し眉をあげる。

 

 肉塊は片倉に向き直り、複数の目を一斉に向けた。

 

 それぞれの目の全てが片倉を捉えている。

 

 目の奥には苦痛を与えた張本人である片倉への憎悪の炎が揺らめいている。

 

 つまり、肉塊の全身に埋め込まれた目の数々は飾りではなく、しっかり機能しているということだろう。

 

 肉塊は再び唸り声を上げ、切断されたはずの腕を再生させながら、よろめきながらも片倉に突進してきた。

 

 片倉は迫り来る肉塊を冷静に見据え、最小限の動きでそれをかわす。

 

 不退転の決意と信念による突撃──とは片倉には思えない。

 

 反射的な行動というか、どちらかといえば本能に根差している様に見える。

 

 肉塊の巨体が通り過ぎる際に肉塊の側面に蹴りを叩き込むと、硬いゴムの感触。

 

 片倉はなるほどと納得する。

 

 ──先ほどもそうだったが、この肉。全て筋肉か

 

 肉塊は大きく体勢を崩したが、それでも動きを止めない。

 

 再生した腕が鞭のようにしなり、片倉を捉えようと迫る。

 

 片倉はそれを殴りつけるようにして雑に軌道を逸らし、効率的な攻撃を加える事が出来ないで居る事に内心で舌打ちした。

 

 ◆

 

 片倉の体質、それは相手の殺意を敏感に感じ取るという特異な感覚だった。

 

 殺意とは文字通り、殺す意思。

 

 しかし、相手を殺そうと意識が極限まで集中する瞬間、それは同時に最も大きな隙を晒すことにもなる。

 

 研ぎ澄まされた刃が、その切っ先を向けるべき対象以外を一切視界に入れないように。

 

 片倉は殺意の最も濃密な箇所をまるで逆探知するように察知し、痛烈な逆撃を加えることを得意としていた。

 

 それは熟練の剣士が相手の剣の軌道を寸分違わず見切り、逆に致命の一撃を叩き込むのに似ている。

 

 しかし眼前の肉塊、かつてミキハルと呼ばれていたそれは、片倉のその能力を大いに狂わせた。

 

 肉塊からは確かに敵意、あるいはもっと根源的な、捕食者としての衝動のようなものは感じ取れる。

 

 だが、それは殺意とは明らかに異質のものだった。

 

 殺意は、明確な目的と意志を持った行為に付随する感情だ。相手をどのように殺すか、その後の状況はどうなるか、そういった計算や思惑が入り混じった、複雑な情報を含んでいる。

 

 対照的に肉塊から発せられるのはもっと原始的で、混沌としたエネルギーの奔流だった。

 

 それは、明確な殺意というよりも生存本能──あるいは自己保存のための反射的な行動に近い。

 

 腹を空かせた獣が、目の前の獲物に飛びかかる。

 

 そこに策略や計算はない。あるのは、剥き出しの衝動だけだ。

 

 さらにこれはもっとも大きな点なのだが、肉塊の攻撃には片倉を殺し切るだけの力が欠けていた。

 

 例えるなら、子供が癇癪を起こして手足をバタつかせているようなものだ。

 

 当たれば痛いが、致命傷にはなり得ない。

 

 ・

 ・

 ・

 

「片倉さん!」

 

 AKEBIとアリサが駆け寄ろうとするのを、片倉は目で制した。

 

「トウヤさん、マオさん、ひとまず退くぞ」

 

 片倉がそう言うより早く、トウヤは既に背を向けて逃げ出していた。

 

 マオは尻もちをついたまま、呆然とトウヤの背中を見つめている。

 

 片倉は大きく舌打ちをした。

 

 マオを見る。

 

 するとマオも片倉を見ながら、縋るような目で「た、助けて……」と言うのだが──

 

 助けるもなにも、立ち上がって逃げればいいではないか、と片倉は思った。

 

 しかしマオが足が竦んで立ち上がれないのを見ると、片倉はそれと分からない程度に溜息をつき、まるで荷物を抱えるように、片倉はマオを担ぎ上げる。

 

 マオの身体が小柄で軽かったのがせめてもの救いか。

 

「一旦逃げるぞ! キリがない!」

 

 片倉はAKEBIたちに叫んだ。

 

 AKEBIとアリサは片倉の言葉に頷き、体を翻して線路を駆け出す。

 

 その背後では肉塊が唸り声を上げている。

 

 ちなみに、トウヤだが──既にAKEBIたちの遥か前方を走っていた。

 

 意外にも足は早く、ぐんぐんとその姿が小さくなっていく。

 

 逃げ足は探索者にとって大切なものだが、「せめて仲間くらいは連れていけ」と思う片倉。

 

 トウヤは後ろを振り返ることすらしなかった。

 

 ◆

 

 片倉とAKEBI、そしてアリサは走りに走り、やがて足を止めた。

 

 既に肉塊は遠く引き離しており、更には線路のレールに腰かけて休んでいるトウヤの姿が見えたからだ。

 

 AKEBIがキッと鋭い目つきをトウヤに向け、つかつかと近づいていく。

 

「あんたさぁ!」

 

 AKEBIが怒声を上げた。

 

 眼輪筋がピクピクと痙攣し、頭に血が昇っているのだろう、クラシックな黒ギャルであるにもかかわらず、AKEBIの顔が紅潮しているのが見て取れる。

 

 今にも手に持ったハンドランスで殴りかからんばかりの勢いだ。

 

 アリサはそんなトウヤを軽蔑した目で見下ろしていた。

 

 視線は冷たい。

 

 朝の繁華街で路上にぶちまけられた吐しゃ物を見るかのような、そんな目つきだった。

 

 マオは俯いていた。

 

 顔色は青白く、今にも泣き出しそうな表情だ。

 

 トウヤの言が確かならば二人は付き合っていたわけで、恋人に見捨てられたと言うショックが尾を引いているのだろう。

 

 ちなみに片倉はと言えば、周囲を警戒しつつとりあえず様子を見ていた。

 

 片倉個人としてはトウヤの行動は、当たり前だが手放しに褒められたものではない。

 

 マオという仲間を見捨てたわけだから、最低限の探索者の仁義を心得ていない事になる。

 

 片倉たち三人を見捨てるという事については何とも思っていなかった。

 

 そして肝心のトウヤだが。

 

 一言で言えば不貞腐れた感じだった。

 

 AKEBIの剣幕に気圧されているのか、言い返す言葉も見つからないようだ。口をへの字に曲げ、視線をそらしている。

 

 まるで子供が叱られている時のように、落ち着かない様子で足先で地面を弄んでいた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「何か言いなさいよね! あんた、この女の子は仲間じゃないわけ!?」

 

 AKEBIが立て続けにトウヤを責め立てていると、段々とトウヤの目つきが剣呑なものになってきた。

 

 ──これ以上は

 

 そう思ったアリサが「その辺にしておきましょう」とAKEBIの袖を掴むが、一歩遅くトウヤが檄発する。

 

「うるっせぇーな!! 仲間だから助け合えってか!? そんな温い考えで探索者やってるのかよテメェは!」

 

 確かに、探索者の世界では仲間であっても絶対的な信頼関係で結ばれているとは限らない。

 

 むしろ、利害が一致している間だけ行動を共にするという関係性のほうが多い。

 

 いざとなれば仲間を見捨てることも厭わない、そういった非情さがなければ生き残れない世界なのだ。

 

 トウヤの言い分も一概に間違いとは言えない。

 

 ◆

 

 しかし、そうは言ったものの、トウヤは内心では自身の行為がどういうものかを理解してもいた。

 

 マオはトウヤの仲間だが、恋人でもあるのだ。

 

 別に愛しているとは言えないものの、とりあえず恋人であるということには変わりはない。

 

 それを人前で公然と見捨てたとあっては、問題が全くないとはいえないと理解していた。

 

 マオに悪いという感情はなく、今後の自分の評価に関わるという保身の念が先の言葉を吐かせた。

 

 トウヤは片倉を見て

 

「あんたはどう思うんだ! 探索者が自分の命を優先して何が悪い! あんたは上級の探索者なんだろ? だったら俺の言ってる事が間違っていないって理解できてるはずだぜ!」と捲し立てた。

 

 片倉がトウヤの目を見る。

 

 トウヤは一瞬びくりとし、半歩後退った。

 

 片倉の目はまるでガラス玉のようで、トウヤは自分が"観察"されていると感じた。

 

 感情は全く窺がえない。

 

 レンズのように光を反射するその奥に、トウヤは自分自身の姿が歪んで映り込んでいるのを見た。

 

 それはひどく矮小で滑稽で──そして見苦しい姿だ。

 

 醜い、みっともない、かっこ悪い── "本当の自分"はこんな姿じゃない。

 

 そんな想いを抱くトウヤ。

 

 そして何とはなしに、脳裏に一匹の芋虫の姿を描く。

 

 瞬間──

 

 どぉん

 

 どぉん

 

 そんな音が──()()()()()に聞こえた。




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