【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第五十七話【トウヤ②】

 ◆

 

 AKEBIとアリサは片倉がトウヤを煽るような事を言っても、片倉を制止しようとはしなかった。

 

 それは彼女たちがトウヤに対して腹を立てていたからではない。

 

 勿論ああいう形でマオを見捨てたトウヤには苛立ちを隠しきれていなかったが、それが理由ではない。

 

 マオもそうだ。

 

 トウヤを責めるような事は一切口にはしなかった。

 

 それはまだトウヤが好きだからだとか、後でトウヤから何かされるかもと恐れたからではない。

 

 三人は別の理由で片倉とトウヤに声を掛けられなかったのだ。

 

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 最初は目であった。

 

 顔の肉の奥から湧き出したかのような「目玉」が合計で八つ。

 

 乱雑に配置された八つの目はひとつひとつが勝手に瞬きを繰り返し、あちこちの方向を見ている。

 

 次は手足だ。

 

 トウヤの手足が、見る間に縮んでいったのだ。

 

 肩から肘、肘から手首へと続く骨格が折りたたまれるかのように内側へめり込み、皮膚がずるりと擦れて変形を追いかけるように付いていく。

 

 続いて胴体が急激に膨張を始めていた。

 

 ボディスーツですらその膨張率に耐えかねて縫い目の部分から裂け、そこからむき出しの肉が覗く。

 

 肉の色も尋常ではない。

 

 濁った赤紫色で──縮んだ手足、そして膨張する胴体ともあいまって、グロテスクな肉の芋虫に見える。

 

 人頭の芋虫だ。

 

 トウヤという青年の面影を残していることが、よりグロテスクさを強調していた。

 

 こんな変異を目の前で見せられてしまっては、AKEBIもアリサもマオも言葉が出ないのも当然である。

 

 彼女たちも探索者であるから、これがただのモンスターであったなら冷静に対応できただろう。

 

 しかし "これ" は元は人間だ。

 

 しかもその人間だった姿を三人とも知っているとはあっては……。

 

 アリサは青ざめた顔で後ずさりをし、AKEBIも口元を押さえている。

 

 マオは腰を抜かしたまま怯え切った瞳で見上げ、かつての恋人だという事実を一瞬でも忘れたいかのように顔を背けようとするが──しかし視線は磁力でもあるかのように肉の芋虫から離れない。

 

 そんな三人の様子を尻目に、片倉だけが相変わらずの平然とした面持ちだった。

 

 かつてミキハルが肉塊に変貌した時と同じように、冷静に観察を続け、そして煽り散らした。

 

 ◆

 

「殺してやりてえ……いや、殺す!」

 

 トウヤの八つの目に、滾るような殺意がギラついている。

 

 そしてその言葉を即座に実行しようとでもいうように、上体をまるで蛇が鎌首をもたげるように "構え" させた。

 

 恐らくは飛び掛かってくるのだろうと考えた片倉の読みは見事にあたり、トウヤは肉の体を翻して飛び掛かってくる。

 

 それを片倉は──

 

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 掛かった時間は1秒の半分ほどだった。

 

 トウヤが飛びかかると、片倉はそれを半身になって躱す。

 

 すれ違い様にトウヤの耳の辺りへと指を差し入れ、肉の奥に何かがあるとでもいうように、指の先で "それ" に触れる。

 

 そして指の間に挟み込み、力を加えて圧し潰した。

 

 なぜここを狙ったかといえば闇夜に光る星の様にはっきりと、 "そこ" から殺意が向けられている事が分かったからだ。

 

 片倉は殺意を視る。

 

 この男には一瞬ごとに拡がる殺意の波紋の、その中心点が分かるのだ。

 

 次の瞬間、トウヤは耳をつんざくような悲鳴をあげて地面に転がってのたうちまわった。

 

 AKEBIとアリサ、マオは何が起きたのか分からず茫然とする。

 

 平然としているのは片倉だけだ。

 

 片倉は悲鳴に動じることなく、淡々とトウヤの様子を見守っている。

 

 やがてトウヤの絶叫は次第にか細くなり、そして止んだ。

 

 トウヤは呼吸を乱したまま、八つの目を瞬かせながら片倉を黙って見つめる。

 

 次いでふと顔を下げ、自分の芋虫じみた肉の身体を確認した途端、泣きそうな声を洩らしはじめた。

 

 声にならない嗚咽がトウヤの喉から洩れる。

 

 悔しさとも恐怖とも後悔ともつかない涙が溢れ、ボタリボタリと地面に落ちていった。

 

 しばらくするとトウヤはすすり泣きを治め、大きく息を吐き出してから力なく笑ってから片倉を見て言う。

 

「おっさん……俺を殺してくれ……」

 

 その後に、八つの濁った眼のいくつかがマオの方を向いて「済まねえ、マオ……ミキハル」と詫びた。

 

 マオは言葉を返そうにも、震える唇から音が出ない。

 

 片倉は静かに頷くと、腰のホルスターから大振りのナイフを取り出す。

 

 するとトウヤはごろりと転がり、背を片倉に背を向けた──まるでここをやってくれとでもいわんばかりに。

 

 片倉はそれを受け、刃をトウヤの背中に突き立て、ためらう様子もなく一気に引き切った。

 

 終わりはあっけなく訪れる。

 

 トウヤの身体が二度、三度と痙攣を繰り返し、やがて動きを止めた。

 

 ◆◆◆

 

 トウヤは生まれながらにして特別な才能を持っていたわけではなかった。

 

 幼い頃はごく普通の家庭で、ごく普通に育てられ、やがて思春期に差し掛かるころ、何かを変えたい衝動に駆られ始めた。

 

 退屈な毎日から抜け出したい、もっと刺激が欲しい──そんな欲求はあったものの、具体的な行動を起こすほどの勇気があったわけでもない。

 

 学校では目立ちたがり屋のグループとつるみ、騒がしく過ごしてはいたが、トウヤ自身はそこに大きな居心地の良さを感じていたわけではなかった。

 

 しかし周囲からは「派手で元気な奴だ」と認識されていて、本人もいつのまにかそう振る舞うようになった。

 

 空っぽのまま「明るいキャラ」を演じるのは意外と楽だった。

 

 抑えきれない苛立ちやコンプレックスを騒ぎや笑いに変換するのは、お手軽な解決策だったのだ。

 

 親との折り合いは悪くなかったが、決して良くもなかった。

 

 家庭内は常に忙しなく、両親は朝から晩まで働き詰めで顔を合わせる機会が少ない。

 

 かといってトウヤも両親にべったり頼りたいとは思わなかった。

 

 隙間を埋めるように友人たちとつるむうちに、彼は外面だけを煌びやかに飾る術を身につけていく。

 

 しかし心の奥に潜む自己肯定感の薄さは、いつまでも拭えなかった。

 

 高校を出るか出ないかの時期、同級生の中にはエリートの道を選ぶ者もいれば、地元で就職する者もいた。

 

 トウヤはどちらにも馴染めなかった。

 

 大学に進んで学問を極めるなんて柄じゃないし、会社で歯車になるのもつまらない。

 

 そんな漠然とした反発心だけが先走り、彼をどこかへ突き動かそうとしていた。

 

 そこへ偶然巡ってきたのが “探索者” という選択肢だった。

 

 まだ若い彼は、大きく稼げる未来が手に入るならと安易な憧れを抱いた。

 

 未知のダンジョンを踏破し、報奨金を得て、一気に人生をひっくり返したい。

 

 そんな思いで飛び込んだ探索者の世界は、想像以上に過酷だった。

 

 それでも最初のうちは、派手な仲間たちと組んで小規模のダンジョンに潜り、運良くそこそこの成果を得られた。

 

 危険な仕事の割に金回りは悪くない。

 

 トウヤのなかで「勝手にやれる」という自信だけが不自然に膨れ上がっていく。

 

 だが、ある程度ダンジョンを踏破し、危険に直面するたびに周囲の仲間は姿を消していった。

 

 誰かが重傷を負ったり、行方不明になったりするたび、トウヤは無自覚に目を逸らした。

 

 これが探索者のリアルなのだと理解しながらも、「それは自分の責任じゃない」「あいつらは運が悪かったんだ」と心のどこかで合理化し続けた。

 

 そうでもしなければ、世界の無慈悲さに飲み込まれてしまいそうだった。

 

 人と深く付き合うのが怖くなり、表面的な「パリピ」気質だけを武器に、仲間とも利害関係で付き合うようになる。

 

 適当な相手にちょっかいを出して「仲間」だと自称しながらも、いざとなれば命を優先して逃げる。

 

 そうやって生き延びるうち、わずかな虚栄心と無根拠な自信がぐるぐる拡大しはじめた。

 

 周囲を見下す癖はその頃からだ。

 

 弱くて何もできない自分を直視するのが嫌で、むしろ他人を嘲笑うポジションに立つことで、「自分のほうが上なんだ」と心を誤魔化す。

 

 やがて彼はトウヤという存在を、自分自身ですら客観的に見つめられなくなった。

 

 裏表のある性格や誰かを踏みにじる言動は、愉快犯とはまた違う。

 

「自分が認められなくてもいい」と言い聞かせながら、一方では「本当は誰よりも注目を浴びたい」と強く願う矛盾を抱えている。

 

 そんなひどく歪んだ承認欲求が、トウヤを突き動かしていた。

 

 探索者のマッチングサービスでミキハルとマオに出会った時、トウヤは最初こそ猫をかぶった。

 

 真面目で努力家を装い、彼らに近づいたのは、他人を利用するテクニックの一種だった。

 

 ミキハルの悩みや不安を聞いてやり、さりげなくマオに色目を使って、安定したチームを築く。

 

 仲間がいれば、危険なダンジョンへ挑む時にも荷が軽くなる。

 

 さらにマオという華がいれば、周囲が自分に注目する確率も高まるだろう。

 

 その程度の打算があった。

 

 いざ付き合いはじめた時も、マオに対する愛情があったわけではない。

 

 ただ、手に入れやすい獲物がそこにあった。

 

 そしてトウヤが「自分が選んだ」という形を得ることで、存在証明になる。

 

 ミキハルへの裏切りを痛みと認識するより先に、自分の勝利を喜んでいた。

 

 人を踏みにじる行為がどれほど醜いか、トウヤは薄々わかっている。

 

 なぜなら、そうされたくなくて今のトウヤが出来上がっていったのだから。

 

 コケにされたくなくて、無下にされたくないという思いが今のトウヤを形作っていったのだから。

 

 だがトウヤはその事実──自身の卑劣さからは眼を逸らし続けた。

 

 チームとしてダンジョンを攻略する中、トウヤはますます自分に酔っていた。

 

 相手を利用して成果を得る。

 

 自分が一番上手く立ち回っていると錯覚する。

 

 自分は間違っていない、

 

 正しいのは自分のほうだと。

 

 甘い夢に浸ることで、渇きを潤している。

 

 だが本当は、いつまでも満たされない歪んだ自己愛がトウヤをむしばんでいたのだ。

 

 そんな歪みが限界を迎えたのが、今回のS駅ダンジョンでの出来事だった。

 

 追い詰められ、己が弱い存在であることを突きつけられ、その矛盾が一気に爆ぜた。

 

 かつてはどうにか誤魔化してきた罪悪感やコンプレックス、他者への嫉妬、打算の数々がダンジョンの異質な力に触れた瞬間、トウヤの内面を根こそぎ暴き出したのだ。

 

 そこに生まれたのは忌まわしい肉体の変異──たぶん、ダンジョンからすれば彼のような人間は格好の餌だったのだろう。

 

 弱くて浅はかで、それでも欲望を捨てられない者ほど、真っ先に食われるのかもしれない。

 

 トウヤという男の半生は、要するに空疎な自己愛と巧妙な欺瞞に彩られていたといえる。

 

 周囲を利用する事で得た小さな成果を自信に繋げながらも、本当は常に怯えていた。

 

 それでも、死にゆく最期の刹那、あれほど蔑ろにしてきた仲間に対してわずかでも謝罪の言葉を口にしたのは、もしかしたらトウヤに残された最後の良心が働いたのかもしれない。

 

 だがその良心は、これまでの行いを帳消しにするには余りにも弱く、儚く、そして遅すぎた。

 

 トウヤの人生はここで打ち切られた。

 

 これで終わりだ。




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