【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第五十八話【マオ①】

 ◆

 

「本当に、殺すしかなかったの?」

 

 マオは地面に腰を落としたまま、片倉のほうを見上げて呟いた。

 

 片倉にはマオから責め立てるような色は感じられない。

 

 片倉はその視線を受け止めるように一度まばたきしてから、「ああ」とだけ短く答えた。

 

 そこでアリサが言葉を挟む。

 

「片倉さんは、彼を人として死なせたんだと思います」

 

 マオはうつむいたまま、震える声で「人として……」と何度も繰り返す。

 

 目の奥に浮かぶものが涙なのか後悔なのか、当の本人でさえ判断がつかないようだった。

 

 確かにアリサの言う通り、片倉の行動は人としての最期を残すための救済だったとも言える。

 

 だがそれだけではなかった。

 

 トウヤが変異しはじめたあの瞬間、片倉はある策を思いついた。

 

 先んじてミキハルと対峙した時、ミキハルを仕留めきれなかった事から片倉は一計を案じたのだ。

 

 ミキハルを相手にした時、片倉は殺意の研ぎ澄まされた刃が見えず、片倉の勘は大いに狂わされた。

 

 だからこそ、今回は相手にあえて明確な殺意を抱かせた。

 

 相手が意志を凝縮して“殺しに来る”瞬間を作り出し、その気配を捉えれば今度は仕留めきることができる──片倉はそう考えた。

 

 トウヤに憎悪を煽り立てたのは、他ならぬそのためだった。

 

 もっとも、そんな内情を今ここで言う必要はないと片倉もわかってはいたので、一々説明したりはしなかったが。

 

 マオは相変わらずうつむいたまま、時折声にならない嗚咽をこぼしている。

 

 アリサはそんなマオに手を伸ばしかけ、それでもどう言葉をかけたらいいのかわからないらしく──ただそっと肩に触れた。

 

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 ・

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 マオはうつむいたまま「ごめんね、ありがと……」とか細い声で言った。

 

 そうして立ち上がり片倉に向かって頭を下げ、もう一度礼を言う。

 

 片倉は「気にしないで良い」とだけ言って、周囲の様子を眺める。

 

 まだミキハルという脅威が残っているからだ。

 

 空気はやはりまだ重い──それを拭おうかとでも言う様に、AKEBIが「ところで」と声をかけ、今度はマオのほうを向いて問いかけた。

 

「マオさんはどうしてこのダンジョンに来たの?」

 

 マオは視線を落としたまま、小さく息を吐いてから答える。

 

「だからこそっていうか……未認定のダンジョンで、しかも攻略と踏破の報酬が相場の3倍以上って話を聞いたから……」

 

 アリサはその説明を聞くなり、呆れたように首を振った。

 

「どんなダンジョンかも分からないのに、よく入ろうと思いましたね。まあ確かに未認定のダンジョンの報酬は魅力的ですけど…… "干渉" も大きいですし、何か目的があれば挑んでみてもいいとは思いますけど。単なるお金稼ぎだったら、せめて難易度認定を待っていれば良かったのに」

 

 片倉は黙って話に耳を傾けていたが、ふと何か思いついたようにぽつりと「資源ダンジョンだと思ったんだろう」と呟いた。

 

 資源ダンジョンとは、入る際の手順こそ少し面倒だが、中に入ってしまえば比較的安全に素材を回収できるタイプのダンジョンのことだ。

 

 たとえば都内で有名な高尾山ダンジョンは、1号路から6号路という登山ルートをそれぞれ上り下りしないと入場できない。

 

 上り下りに要する距離は大体エベレスト登頂の1往復半なのでそれなりに体力を使う。

 

 そのかわりモンスターは存在せず、植物由来の貴重な素材が豊富に採取できるため、ある程度の体力さえあれば安定した稼ぎが得られる。

 

 そのイメージで、静岡のこのダンジョンにも軽い気持ちで足を踏み入れたのかもしれない。

 

 マオはうなだれながら、ほとんど聞こえないくらい小さな声で言い訳じみた言葉をこぼす。

 

「情報が少なかったのに……私たちはそれでも、稼ぎたいって気持ちに流されちゃって……。本当に馬鹿だよね」

 

 そこでふと思い出したように、マオはちらと片倉たちを見上げた。

 

 そして恐る恐る尋ねる。

 

「片倉さんたちは、どうして静岡まで? わざわざ東京から来た理由があるんですか」

 

 マオの問いにAKEBIとアリサが揃って片倉を見る。

 

 片倉は一瞬どう答えるか迷った。

 

 試練がどうこう、山がなんだとかそんな事を言っても伝わらないだろう。

 

 だから結局は「経験を積むためだ」とだけ言う。

 

 だがAKEBIがなぜか得意げに笑みを浮かべながら後を継いだ。

 

「片倉さんは単独探索者なんだよ。いろんなダンジョンを渡り歩いて腕を磨いてるってわけ」

 

 そう口にすると、マオは先ほど片倉が見せた戦闘力を思い出すように息を呑み、納得したように目を伏せた。

 

 ◆

 

 三人はそれぞれの装備を褒め合ったりしながら線路の上を歩いている。

 

 女性特有の連帯感とでもいうのか、自然と横に並んでぺちゃくちゃと話が盛り上がり、時折誰かが笑い声を上げてはそれに連鎖するように他の二人も笑い、まるで普通の日常を共有しているかのような錯覚さえ生まれていた。

 

 実際、戦闘力はともかくとして彼女たちのメンタルは探索者としてのたくましさを持ち合わせているのだろう。

 

 先ほどの凄惨な光景を目の当たりにしていたにもかかわらず、今こうして並んで楽し気に話していられるのだから。

 

 その少し後ろを歩く片倉は、三人の様子を見ながら一種の驚嘆を抱いていた。

 

 よくまああれだけ息継ぎもせずにしゃべり続ける事ができるものだ、と心の中で呟く。

 

 三人の話題は取り留めもなく、マオが「ええ~……AKEBIちゃんの過去の彼氏の借金の連帯保証人率100%……?」と呟けば、アリサが「まったく理解できないですけど、AKEBIは毎回そういうのと付き合うんです」と続き、AKEBIが文句を言ったかと思えばすぐに別の話題に移って。

 

 それは食べ物のことだったり、最近流行りの装備だったり、家族の話だったり──女性三人の掛け合いは余りにも目まぐるしい。

 

 片倉は少し羨ましく思う。

 

 ああして巧みにコミュニケーションを回せるのは一種の才能だろうと、自分には無いスキルを若干羨む気持ちもあった。

 

 色々と枯れ切っている片倉であるので、別に人と積極的に繋がりたいわけではない。

 

 ただ、口が回る──つまり、交渉が上手くなければ立ち入る事が出来ないダンジョンというものもあるのだ。

 

 所有者が決まっているダンジョンなどはその最たるもので、例えば六道建設は多くの鉱山系のダンジョンを所有しており、そこには所属する探索者しか立ち入る事は出来ない。

 

 まあ片倉も昔はもう少し普通に笑い、普通に言葉を交わすことができていたのだが──不幸が次々と襲いかかり、結果的に今のような暗い性格になってしまった。

 

 そんな片倉だが、ふと思い立って「あー……ちょっと良いか?」と話しかけようとすると──

 

 すると三人が一斉に振り返り。

 

「どうしましたか!? もしかして何かありました?」

 

 AKEBIが瞬時に反応して周囲を確認する。

 

「敵ですか?」とアリサは銃のグリップに手を伸ばし、マオは蒼褪めながら 「え、嘘……またっ……? もしかして、ミキハルが……」などと様子を一変させる。

 

 片倉は言い訳するように手を振って否定した。

 

「いや、そうじゃない。ああ、ええと……AKEBIさんにちょっと、聞きたいことがあってね」

 

「え、私ですか? 何でも聞いてください!」

 

「大した話じゃないんだが……ほら、この前サンシャインのショッピングモールで会っただろう。そのボディアーマーはそのとき買ったのかなと思ってね。桜花征機の最新モデルじゃないか?」

 

 ボディアーマーは人体の急所を重点的に守るよう設計されていて、素材の強靭さに頼った作りをしている。

 

 あまりにも分厚い装甲を施してしまうと動きが鈍りがちになるため、機動力と防御力のバランスが大きな課題になるらしい。

 

 似たような形状の防具としては強化スーツも挙げられるが、あちらはAIチップを全身に埋め込み、着用者の動きを最適化することを目的とした胴体防具だ。

 

 プレートタイプや、当世具足を模した一風変わったものも存在する。

 

 AKEBIのボディアーマーはオレンジ色を基調にした体にフィットするタイプだ。

 

 腰や胸部などの急所部分にはしっかりと装甲が配置されており、機能性がケアされている。

 

 一方、アリサが身につけているのは強化スーツタイプで、外見は全身タイツのように滑らかなラインを描いている。

 

 黒い繊維の下には細かなセンサーやAIチップがびっしりと埋め込まれているらしく、彼女が動くたびにスーツが微妙な力加減を自動補正してくれる。

 

 本人曰く「これに慣れちゃうと、普通の防具が重く感じる」とのこと。

 

 そしてマオの防具は、いわゆるボディアーマータイプの中でもどちらかといえば軽装寄りのものだ。

 

 パッと見はAKEBIのそれと似ているが、装甲の厚みは控えめだ。

 

 動きやすさを重視した結果、少し防御力は落ちるが本人は「これでも十分」と言っている。

 

 実際、マオがその装甲を指先で軽く叩くと、思ったよりも硬質な音が返ってきた。

 

 ともかく、そんな風に片倉から尋ねられたAKEBIはにっこりと笑顔を浮かべて頷いた。

 

 気になっている相手から自身に興味を持たれた事でご機嫌らしい。

 

「そうなんですよ~! 最初はオーダーメイドにしようと思ったんですけど、やっぱり値段が高くて……」

 

「オーダーメイドもいい事ばかりじゃないからな」

 

 AKEBIと片倉の会話に、アリサが口を挟む。

 

「オーダーメイドで失敗とか良く聞きますもんね」

 

 オーダーメイド防具の一番の利点は、素材やパーツ、構成を自分好みに指定できるところだ。

 

 例えば防御力を優先するために金属系の合金を多めに使ったり、軽さを追求して樹脂ベースのケブラー繊維を使ったりと、自由度が高いのが魅力だと言える。

 

 ただ、そのぶん相性の問題には十分注意が必要になる。

 

「私、前にオーダーメイドで大失敗したんですよ。素材はメーカーの高級品で最高の強度だったのに、なぜか着ると動きづらくて……」

 

 アリサがそんな苦い経験を語っていたが、原因は組み合わせにあったらしい。

 

 金属プレートと特殊繊維の接合部が互いに干渉し、稼働部分の動きがぎこちなくなってしまったという。

 

 素材自体はどちらも一級品なのに、相性を見誤ると既製品よりも性能がガタ落ちになってしまうという好例だ。

 

「ちなみにですけど、片倉さんはどこのを使っているんですか?」

 

 AKEBIが尋ねる。

 

「俺は六道の──」

 

 と言った所で。

 

 ──『お~い!』

 

 と、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

 片倉達が振り返ると、線路を挟むようにして立ち並ぶ木立の向こうに、一人の老人が立って手を振っている。

 

 ──『お~い! 線路を歩いちゃだめだよ~!』

 

 老人は片倉達が線路を歩いている事を注意してきているようだ。

 

 

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