【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第六十一話【マオ④】

 ◆

 

 暗闇をしばらく進んでいくうち、アリサが立ち止まって周囲を見回した。

 

「何か変な音が聞こえませんか。泣き声みたいな……」

 

 AKEBIは肩をすくめるように身を縮こまらせ、ライトを手元に寄せる。

 

「そう言われると……っていうかやめてよ~! もう怖いのはお腹一杯だからさぁ」

 

 片倉は二人の声を聞きながら、闇をにらむように視線を凝らしている。

 

 彼の耳にもまだはっきりと音は届いていないが、何かが神経に触れる。

 

 言いようのない違和感が、先ほどからずっと胸の奥にこびりついていた。

 

「AKEBI、何か感じないか」

 

 片倉は低く問いかけるが、AKEBIは硬い表情のまま首を横に振った。

 

「ごめんなさい……いつでもわかるわけじゃないんです……」

 

 アリサは少し考えるように眉を寄せ、床に向けていたライトを正面に戻した。

 

「私もはっきり言えないですが、確かに声らしきものが混ざっている感じがします。ここはダンジョンですし、何かあるって思っておいたほうがよさそうです。進みながら警戒を続けましょう」

 

 片倉はアリサの言葉に頷くと、あたりの空気を探るように息を吸う。

 

 天井や壁から染み出した青い筋がわずかに光を反射していて、そのせいでトンネルが脈動しているような錯覚を起こす。

 

 湿度は高く、生暖かい空気が肌にまとわりつく。

 

 これといった足音も聞こえないが、何かが潜んでいる気配を振り払うことはできない。

 

 そのまま三人は足を進める。

 

 薄暗いトンネルの奥を探るようにライトを向けながら、誰も一言も発さない。

 

 しばらくすると、片倉もAKEBIもはっきりと分かる形で「泣き声」に気づいた。

 

 まるで人間のすすり泣きのように、か細く、それでも確かに耳をかすめてくる。

 

「……アリサの言っていた通りだな」

 

 片倉がぼそりと呟く。

 

 AKEBIは少し肩を震わせながら唇を噛んでいる。

 

 このAKEBIという女は、ヒグマと徒手空拳で殴り合える戦闘能力を持っているわりには不定形のモンスターを苦手としていた。

 

 不定形のモンスターとは気体や、あるいはいわゆる幽霊といったタイプのモンスターだ。

 

 ダンジョン時代以前は幽霊はあくまでフィクションの存在だと捉えられていたが、この時代にはもう完全に社会から認知されている。

 

 ダンジョンがそうさせたのだ。

 

 このトンネルには先ほどの炎の脅威に勝るとも劣らない、歪なものが潜んでいるのかもしれない。

 

「声は進行方向からですね」

 

 アリサが拳銃を握り直した。

 

 片倉もナイフの柄に触れ、AKEBIは手槍のグリップを握り締める。

 

 三人は戦闘準備を整え、そのまま声のする方向へ向かう。

 

 足を進めるごとに、泣き声は少しずつ明瞭さを増していく。

 

 最初片倉はただの幻聴かとも思ったが──

 

 ──これだけはっきりと聞こえるのなら何かいるのは間違いないな

 

 と、そう思う。

 

 ただそれが敵対的存在かどうかはまだ分からない。

 

 非常に少ない例ではあるが、中には有効的なモンスターというのも存在するのだ。

 

「もうすぐ……だと思います」

 

 アリサが小声で告げる。

 

 ライトの先には相変わらずコンクリートの壁と青い筋が続き、視界は悪い。

 

 だが、一瞬だけ通路が広がっているようにも見える場所があった。

 

 そこに踏み込んだとき、三人の視線はほぼ同時に暗がりに沈む人影へと向けられた。

 

「……あれ」

 

 AKEBIが床を見下ろすようにして足を止める。

 

 うずくまるようにして座り込む()()は、嗚咽を繰り返している様にも見える。

 

「もしかして……」

 

 アリサがゴクリと息を呑んだ。

 

 明らかに人間の体つきだったが、衣服、肌──ところどころ焼けただれている。

 

 顔の半分以上が焦げつき、ボディアーマーの残骸のようなものが辛うじて胴や腕に貼りついている。

 

 まばらな髪と爛れた皮膚、そしてところどころ剥がれ落ちた装甲の下に覗く青黒い肉の部分。

 

 見覚えのある体型──それらを総合すると、もはや見る影もなくはなったが、マオだとしか思えなかった。

 

「マオ……」

 

 AKEBIが小さく名を呼ぶ。

 

 呼ばれた相手がそれと認識したのかは定かではないが、先ほどまで続いていた泣き声がぴたりと途切れた。

 

 マオの顔は崩れかけているが、何とかこちらを見上げようとしている風だ。

 

 間違いなくマオは死んでいる。

 

 死んでいるが、生きている。

 

 迷ったか、と片倉は思った。

 

 そう、ダンジョンで出くわすのはモンスターだけではない。

 

 他の探索者と出くわす事もあるし──その成れの果てに出くわす事もある。

 

 正確に言えば、 "コレ" はモンスターとなる手前の状態だ。

 

 魂──などというものがあったとして、それがダンジョンに囚われ、変性しつつある過程の状態。

 

 要するに、幽霊である。

 

 ◆

 

「なんで……」

 

 AKEBIもアリサも言葉がない。

 

 アリサもまっすぐ拳銃を向けているが、引き金を引く様子はない。

 

「……戻ってきて、どうするつもりだったんだ」

 

 片倉が無造作にマオへ一歩近づく。

 

 するとマオの口がかすかに動き、囁くような声が漏れた。

 

 ──『なんで……私を置いて行ったの』

 

 かすかに湿った音が混じっていて、聞き取りづらい。

 

 AKEBIはぎゅっと目をつむり、やり場のない感情を押し殺すように唇を結ぶ。

 

 アリサも眉を寄せながら答えを出せないでいる。

 

 ダンジョンで起きたことを思えば、あの時マオを助ける方法はなかったはずだが、それを本人に伝えて納得してもらえるわけでもない。

 

「そうか」

 

 片倉はマオの問いには答えず、代わりにゆっくりと近づいていく。

 

「悪いな。あんたよりあの二人のほうが少しだけ付き合いが長い。だから二人の安全を優先した」

 

 片倉の言葉は淡々としていて、悲壮感も申し訳なさも滲ませていない。

 

 現実として、あの場面ではマオを助けるのは不可能だったからだ。

 

 マオはぶるりと震えた。

 

 その動きに合わせて、黒ずんだ肉の断片が床に落ちていく。

 

 片倉は視線を逸らさず、腰のホルスターからナイフを取り出した。

 

「俺はあの二人の事は知らないが、あんたの友人だろう? だったら寂しがる事はないさ、 残っている一人も送ってやる。あの世があるかは知らないが、 "あっち" でまた探索でもするといい 」

 

 片倉の台詞は如何にも悪党が言いそうなものだったが、しかしその声色は柔らかい。

 

 それを聞いたマオは喉の奥から湿ったような音を立てて──

 

 ──『トウヤもあんたが殺した。私も、殺すんだね』

 

 その言葉に片倉は「ああ」と答え、ナイフを抜いて更にマオに近づいた。

 

 ──『人殺し』

 

 その言葉にも片倉は「そうだな」と答え、更にもう一歩。

 

 しかし。

 

 AKEBIが握りしめていた手槍を勢いよくマオの胴へ突き刺した。

 

 迷いのない刺突だ。

 

「……あんたがっ!!! ……あんなやつに、無警戒に近づいて……勝手にやられるからじゃん!」

 

 声は震えているが、それが怒りなのか嘆きなのかは明確ではない。

 

 しかしAKEBIの目には涙が滲んでいる。

 

 マオの体からじわりと黒ずんだ液体が溢れ、AKEBIの足元を汚した。

 

 更に。

 

「マオを殺すのは片倉さんじゃなくて私とAKEBIですよ」

 

 そういってアリサが拳銃を構え、引き金を数度引く。

 

 銃声はトンネルの奥まで響き、一瞬だけ照明のように火花を咲かせる。

 

 弾丸を受けたマオの身体はぐらりと揺れ、さらに裂けた皮膚の隙間から黒い液体が吹き出した。

 

 アリサの顔つきは険しい。

 

『なぜそんなことを』などと片倉は尋ねなかった。

 

 三人が無言で見守る中、マオの死骸は黒くどろりととろけ──そして地面へと染み込んでいった。

 

「……悪いな」

 

 マオの末路を見届けた後、片倉はぽつりとそう言った。

 

 いいんです、とAKEBIは答える。

 

「一応仲間なので」

 

 そうアリサが付け足す。

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