【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第六十四話【ミキハル①】

 ◆

 

「片倉さん、どうしたんですか」

 

 AKEBIが、片倉に尋ねた。

 

 その声にはかすかな戸惑いが混じっている。

 

 片倉はゲートに意識を向けたまま、小さく息を吐いた。

 

「あれは──」

 

 言いかけたとき、山道のほうから低く濁った唸り声が響いてくる。

 

 まるで地の底から沸き上がってくるような、獰猛な殺気を孕んだ声だ。

 

 突如としてこの場に流れ込む敵意の波動にAKEBIとアリサは一瞬たじろぐものの、しかしそこは彼女らも探索者なのですぐに対応する。

 

 アリサがすぐさま銃のグリップに手をかけた。

 

 AKEBIははっとしたように片倉へ駆け寄り、周囲を警戒するように目を走らせる。

 

 唸り声は一度だけではなく、断続的に響いている。

 

「……もしかして、ミキハル?」

 

 AKEBIが青ざめた顔で呟く。

 

 あの赤黒い筋肉の巨躯を思い出しただけで、背筋が嫌な汗で濡れる。

 

「追ってきたんだろうな」

 

 片倉が低く言うと、遠くの木立からさらに大きな唸りが重低音を伴って迫ってくる。

 

 ダンジョン深部にあるであろうこの山頂にまで追いかけてきたのだろうか。

 

 AKEBIは唇を噛みながら、恐る恐る片倉を見上げる。

 

「か、片倉さん……」

 

 不安そうな声に片倉はわずかに首を回し、「大丈夫だ」と短く答えた。

 

 なぜかそれだけでアリサとAKEBIは不思議な安堵を感じる。

 

 ──片倉さんなら

 

 そんな風に思うAKEBIだがしかし。

 

 足音というよりも大地を踏み割るような重圧が伝わり、湿った風が腐臭を運んできた。

 

 そして──暗い木立の隙間から、赤黒い筋肉の塊が姿を現す。

 

「……ミキハル」

 

 AKEBIがそっと呟く。

 

 見れば、その身体は以前にも増して異形めいている。

 

 皮膚という皮膚が裂け、内部の筋繊維が隆起し、血管が脈動しているのが外からでもわかるほどだ。

 

 口を開けば、獣のような咆哮が轟いた。

 

 しかし片倉は極々自然体でミキハルを見つめ、「腕はもういいのか」と話しかけた。

 

 そんな片倉の様子にAKEBIは目を瞬かせる。

 

 ──片倉さんにとっては大したことがない相手なのかな? でも、あの時とは全然様子が違うっていうのに……

 

 そう、ミキハルから発される圧ときたら、彼が最初に変容した時の比ではない。

 

 トウヤなどよりも遙かに恐ろしい怪物に見える。

 

 AKEBIが思わず警告を発しようとするが──

 

「周囲を見張っていてくれ。ほかの何かが出てきてもおかしくない」

 

 その言葉にAKEBIとアリサは背後の気配を探るように位置を取り、それぞれ槍と拳銃を構え直した。

 

 唸り声が一段と大きくなるやいなや、ミキハルの巨大な足が地面を抉る。

 

 轟、と大気が震えた。

 

 ◆

 

 まるで肉の要塞が走ってくるような圧迫感。

 

 左目には殺気を、右目には狂気を滾らせてミキハルが突進してくる。

 

 しかし片倉は自然体だった。

 

 元より体系だった格闘技を習った事もない男である。

 

 何かしらの技めいた体捌きは全て自己流だ。

 

 あえて挙げるとすれば、流れに身を任せる事──武というよりは舞の境地で臨む事。

 

 それが片倉流ともいうべき白兵戦闘術であった。

 

 では流れとは何か。

 

 それは即ち──

 

 まるで巨大な暴風を正面から受け止めようとでもするかのように、片倉はだらんと両手をおろしている。

 

 その手にはナイフが握られているが、力んではいない。

 

 が、銀光一閃。

 

 捻りを加えて投擲されたナイフが、ミキハルの胸へ突き立った。

 

 回転する切っ先はより貫通能力を増しているはずだがミキハルには余り通じていないようだ。

 

 むしろ痛覚が怒りを増幅させ、赤黒い肉塊がさらに速度を上げる。

 

 衝突の瞬間、片倉は僅かに半身となってまるで凄腕の闘牛士の様にミキハルの突進を躱した。

 

 いや、躱したというより勢いという名の "風" におされてそよぐ柳と言った風情か。

 

 そしてすれ違いざまに片倉が逆手の掌打をミキハルの側頭部に打ち込む。

 

 乾いた破裂音が周囲を反響し、ミキハルの眼球が潰れるように血と液体を噴き散らした。

 

 掌打の衝撃がミキハルの頭部を駆け巡り、頭の内部をグチャグチャに攪拌したのだ。

 

 巨体が横へ流される形で転倒した。

 

「やったぁっ……!」

 

 AKEBIが叫んだ瞬間、ミキハルは再び立ち上がった。

 

 両の眼が二つ、破裂して使い物にならない状態だ。

 

 前も見えていない筈だがミキハルはまるで片倉が見えるかのように正対している。

 

 片倉はわずかに肩を竦め「だろうな」と呟いて、人差し指で "こちらへ来い"というジェスチャーを取った。

 

 あからさまな挑発。

 

 当然ながら答えなど返ってこない。

 

 ミキハルは殺意の坩堝を煮え滾らせながら再び片倉をぺしゃんこにしてやろうと突っ込む。

 

 別に片倉は余裕があって挑発したわけではない。

 

 彼の戦闘スタイルを鑑みれば、自分から仕掛けるより相手に仕掛けて貰ったほうが効率的だからである。

 

 まるで舞うように懐に潜り込む動きは、例えるなら嵐中に舞う木の葉のようでもあった。

 

 片倉はシームレスな動きで追撃を行う。

 

 いずれも掌打で、人体急所へ一撃、二撃、三撃。

 

 乙級探索者、それも単独探索を日常的に行っている探索者の身体能力から繰り出される一撃一撃は、もはや単なる打撃の枠を越えている。

 

 例えば10トントラックを殴りつけた場合、ただの一撃でエンジンや内部の構造物が粉砕され、車体全体がねじれて部分的に引き裂かれるだろう。

 

 そんなものを数発まとめて喰らったミキハルは当然タダでは済まない。

 

 胸骨が陥没し、血泡が口と鼻から噴き上がる。

 

 腕を大きく振り回して片倉を掴もうとするが、視界不良のままでは当然とらえられるはずもない。

 

 人が相手なら一撃でミンチにされるほどの凶暴な腕を軽々と躱し、片倉は再度近づいて胸板へ掌を打ち込む。

 

 正しく、サンドバッグであった。

 

 血と肉片が飛び散り、流石のミキハルも地面へ膝をつく。

 

 しかし──

 

 ──まだ立つか

 

 ミキハルの口元からはどす黒い液体がドロリと垂れ、喉を鳴らすような唸りを繰り返している。

 

 まるで敗北を認めまいとするかのように腕を突き出してくるが、その動きに力は感じられない。

 

 片倉は小さく息を吐き、最後の一撃で仕留めるべく腕を振りかぶった。

 

 その瞬間、ミキハルの口から意味のある言葉が漏れた。

 

『ぼ、ぼぐ、は、づよッ……づよイんダ……づよい゙が、ら……ド、トウヤなンて、ドウヤ、なんテ……』

 

 トウヤね、と片倉は溜息をつく。

 

 そしてこのダンジョンの質の悪さもようやくわかった。

 

「それがあんたのなりたかった姿なのか?」

 

「片倉さん、それって……」

 

 アリサの声に片倉は皮肉気に答える。

 

「このダンジョンは多分、“本当の自分”になりたいという願いを叶えてくれるダンジョンなんだろう。トウヤにもミキハルにも、理想の自分があったんだろうさ。だからダンジョンは叶えてくれた──本人が意図していた姿とは違う形だろうけどな」

 

「そんな、ことって……」

 

 片倉の言葉にミキハルは答えない。

 

 その代わりに──

 

『ボグ、は、づよイイイイィィ!』

 

 叫び、立ち上がる。

 

 ただ立ち上がっただけではない。

 

 ぼこり、ぼこりと肉が盛り上がり先ほどより二回りほど大きくなったミキハルがそこに居た。

 

『ボグ、はッ! あ、あああ、アンダより、づよっ……い゙ッ……!』

 

 そう言ってにたりと嗤った。

 

「……ああ、そうかもな」

 

 片倉がそれに応じる。

 

 強がり、虚勢ではない。

 

 片倉は殺し合いというステージではミキハルが自分よりも上だとはっきり認めていた。

 

 

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