【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第六十五話【ミキハル②】

 ◆

 

「ああ、そうかもな」

 

 片倉がそう呟いた刹那、ミキハルは雄たけびをあげ、さらに肉体を膨張させていった。

 

 皮膚が裂け、筋繊維はひときわ赤黒く肥大化してゆく。

 

 先ほどまでとは比べ物にならない圧力が身体から溢れ出していた。

 

 アリサとAKEBIはミキハルから顔を背けたくてもそれができない。

 

 生物は本能的に恐怖を感じる対象から目を離せないというが、まさにそれだった。

 

「ボグ、はァ……づよいッ……!」

 

 陶酔まじりの唸り声が、ミキハルの口元からどす黒い泡とともに溢れてくる。

 

 ミキハルは成れたのだ。

 

 あこがれていた強い自分に。

 

 これこそが本当の自分だと思える存在に。

 

「ダンジョンの干渉か……」

 

 低い声で呟きながら、片倉はわずかに顎を引く。

 

 ミキハルの両目は再生というべきか? 

 

 両の穴からは肉が盛り上がり、眼窩をふさいでいる。

 

 顔の下半分は口だ。

 

 口腔のいたるところに歯が奇形的に生えている。

 

 鼻はなく、耳もない。

 

 あまりにも醜悪で、あまりにも凶悪で、そしてあまりにも哀れな化け物であった。

 

 ◆

 

 片倉が半身に構えをとるやいなや、ミキハルが風を巻き込みながら突進をしてきた。

 

 先ほどとの違いはやはり単純な速度だろう。

 

 片倉は流れこそ読めても、その速度に対応しきれない。

 

 ステップを細かく刻み、フェイントを入れても無駄だった。

 

 ミキハルは目ではない何かしらの感覚器官で片倉を捉えているようだ。

 

 片倉が腕を十字(クロス・アーム)に組んで防御するが、その上からパンチが叩きつけられる。

 

「っ……!」

 

 十分に加速した大型トラックにはねられても少々のケガで済む片倉だが、ミキハルの猛打を受ければただでは済まない。

 

 まさに文字通り吹っ飛んでしまう。

 

 邪魔にならないようにと後方で見守っていたAKEBIとアリサまでの距離は10mはあったはずだが、その距離をまるっと跳ね飛ばされた片倉。

 

「片倉さん!」

 

 AKEBIが悲鳴をあげて片倉を抱き起こし、アリサは銃を構えてミキハルに向けて叫ぶ。

 

「こないで!」

 

 しかし警告は無視された。

 

 一歩、また一歩。

 

 三歩目でアリサが引き金を引く。

 

 数発の銃弾がミキハルの額に命中するが、いずれも皮膚を破ることすらできない。

 

 片倉は意識はあるが、立ち上がれないでいるようだ。

 

 ボディアーマーの腕甲部分が砕け散ってしまっているが、骨折は免れている。

 

「か、片倉さん……」

 

 AKEBIの顔色は蒼白で、この事態にどう対処良いのかわからないようだ。

 

 片倉の答えはない。

 

 その時、アリサが「AKEBI!」と声をかけた。

 

「な、なに!?」

 

「あの、後ろの──ゲート! まだ、開いてますよね!?」

 

 アリサの言葉にAKEBIは社殿のほうをみて、「開いてる、けど……」と答える。

 

「だったら! 逃げましょう! そこから!」

 

「で、でも出口かどうかは……」

 

 そう、出口かどうかはわからない。

 

 罠かもしれないのだ。

 

 それに──

 

「で、でも片倉さんを置いていくなんて!」

 

「そうしないと死んじゃうんですよ!?」

 

 アリサはヤケ気味に叫び返す。

 

 アリサとて好き好んで片倉を見捨てようとしているわけではないのだ。

 

 しかし、自分とAKEBIの命を天秤に掛けた時、どちらに振れるかは言うまでもなかった。

 

 AKEBIは迷う。

 

 片倉を置いていくなんて嫌だった。

 

 しかしここで死ぬのは、いや、アリサが死ぬのも嫌だった。

 

 ではどちらがマシかという話である。

 

 迷う二人にミキハルはゆっくりと近づいてくる。

 

 まるでわざと焦らしている様だ。

 

 AKEBIは頭がおかしくなりそうだった。

 

 ──やだ! やだ! どっちも選びたくないっ! 

 

 だが選ばなければ死ぬ。

 

 そんな時、片倉がかすれた声で言った。

 

「行けッ……!」

 

 と。

 

 ◆

 

「行け、って……」

 

 AKEBIが呆然とした様子で言う。

 

「あ、のゲートは……俺は、あまりいい感じが、しなかった……。なにか、“試されている”みたいで、な……だが……もう、迷っている暇は、ない。行け! ……俺は、動けん……回復はまだもう少しかかる……」

 

 片倉はミキハルを見る。

 

 ミキハルは三人の前で歩を止め、醜悪な笑みを浮かべて眺めていた。

 

 目はなくとも、何かしらの手段で三人の様子が確認できるのだろう。

 

 AKEBIたちが片倉を見捨てるのを待っているようにも見える。

 

「や、やだ……わ、わたし、私……」

 

 AKEBIがそれでも決められないでいると──

 

『ひ、ヒヒッ!』

 

 と笑い声。

 

 ミキハルのものだ。

 

 そして──

 

『ひと、ひとり、だげ、だ。あそこ、がら、出られルのはッ! お、お、おんな、お前だぢ、の、どちらか、だけ、はいっで、いい、ぞ』

 

 と言った。

 

 くそ、っと片倉は歯嚙みする。

 

 ミキハルから感じるのはドロついた薄汚い悪意。

 

 嘘は言っていないのだ、と感じる。

 

 しかし嘘を言っていないからといって悪意がないとは限らない。

 

 ミキハルは、あるいはかつてミキハルだったモノは、片倉たちが逡巡し、狼狽し、惑うのを明らかに嘲弄し、楽しんでいた。

 

 ◆

 

 ──つまり、片倉さんを見捨ててもAKEBIと私の二人は助からないってこと? 

 

 アリサは一瞬呆然とするが、しかし。

 

「だったら話は簡単ですね。AKEBI、あなたがゲートに入ってください。私は片倉さんとアイツをぶっ殺しますから。そのあとここから脱出できないか、別の手段を探します」

 

「そんなの! 嫌だよ! だったらアリサが行って! 私のほうが強いもん! だったら強いほうが残るべきじゃん!」

 

 アリサの言葉にAKEBIは応じない。

 

 アリサは溜息をついて、ちらとミキハルを見る。

 

 ──余裕のつもりか、私たちが葛藤しているのを見て楽しんでいるのか知らないですけど、随分性格が悪い……

 

 だが待ってくれているというのは正直に言ってありがたいと思うアリサ。

 

 問題はAKEBIであった。

 

 梃子でも応じそうにもない。

 

 力づくで、とも考えたが身体能力はアリサよりもAKEBIが上だ。

 

 多分組み伏せられてそのままゲートに放り込まれてしまうだろう。

 

 皮肉なことだが、ミキハルをのぞけばこの三人で今一番強いのがAKEBIである。

 

 ──片倉さんはろくに動けなさそうですし

 

 ただ、無理もないかとも思う。

 

 ミキハルのあのパンチをもしアリサがうけたら、原型をとどめていられるかも怪しい。

 

 だがここでアリサは、ふと“ある事” を思いついた。

 

 ベストな手ではない。

 

 ベストは片倉だけが犠牲となり、アリサとAKEBIが助かることだがそれは無理そうだ。

 

 だがベターな手だとアリサは思う。

 

 片倉が言っていたではないか。

 

 このダンジョンは自身を理想の姿へと変えるのだと。

 

 ──私の理想は……

 

 そう、AKEBIと一緒にいること。

 

 おそらくおぞましい変容になってしまうかもしれないが、AKEBIと一緒にいるという願いはきっと叶えてもらえる──そうアリサは考えたのだ。

 

 ──片倉さんには悪いけど、一人だけここから出てもらう。そして私とAKEBIはここでずっと一緒にいられるような姿へ変わる

 

 何者にも干渉されない、邪魔されないナニカへと。

 

 ◆

 

『だれ、が出る、が、きめ、だか? も、うまだないッ! すぐ、きめ、ろ』

 

 ミキハルが言う。

 

 力に酔っている──そんな様子だった。

 

「決めました」

 

 アリサが答える。

 

 そして片倉とAKEBIの元へ歩いていき、小声で「三人とも助かる手段が思い浮かびました」と言った。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ねえ、アリサ、三人とも助かる方法があるって本当……?」

 

 AKEBIの言葉にアリサは少し考え、ややあってうなずいた。

 

「ちょっといいですかAKEBI」

 

 そういって、片倉に聞こえないようにAKEBIの耳元で何かを話す。

 

 聞かされたAKEBIはといえば、目を見開いてアリサを凝視していた。

 

 よほど驚くような事を言われたらしい。

 

「でも……いや、そ……っか。私も、嫌だし……でも……いいの? アリサは、それで」

 

「嫌ですよ。ベストじゃないですから。まあでもこの状況で選べる手としては一番マシなのでは?」

 

「そ、っかな……でもあんな風になるのは……ああ……まあ、そうだね。探索者だもんね、うちら」

 

「探索者ですからね」

 

 話はまとまったようだ。

 

「片倉さん、アリサから作戦きいたんですけど確かにいけるとおもいました。犠牲がないとは言い切れませんけど……」

 

「なにを、言っている……?」

 

 片倉はよく話が呑み込めない。

 

「いいから! 聞いてください。片倉さんの協力も必要なんです──立てますか?」

 

 AKEBIはそう言って、片倉に肩を貸して立たせた。

 

 アリサはといえば、ミキハルに近づいていき──

 

「私がここから出る事にしました。でも片倉さんもAKEBIも、仲間なんです。最後にお別れだけ言わせてもらいたいんです。お願いできませんか」

 

 そういって頭を下げた。

 

 ◆

 

 ゲートの前に三人が立っている。

 

 片倉はAKEBIに肩を貸されている形だ。

 

 回復薬の類はすでに服用しているが、全快とはほど遠い。

 

 ──大分高い薬なんだがな……

 

 ナノマシンを利用して“肉体を修理”する最新の薬だが、これまで単独探索をしていくにあたって何度も服用してきたというのもあり、残留ナノマシンの干渉で回復が遅いのだ。

 

 片倉は自分が情けなかった。

 

 確かに無理やりついてきたのは二人である。

 

 しかしどうあれ仲間として探索をした相手だ。

 

 こんな選択をさせてしまった自分が情けなくて仕方がないと忸怩たる思いだった。

 

「安心しろ……とは言えないが。でもAKEBIの事はできるだけ守ると約束する。なに、俺も探索者だ、なんとか手持ちの札で」

 

 そう片倉が言ったその瞬間。

 

 ──『片倉さん。あの人は“ここから出ていいぞ”と言ったんですよ』

 

 そんな声が聞こえた。

 

 かつて片倉を守って死んだ、沖島 瑞樹の囁くような声だった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 悪意は感じる、嘘は言っていない。

 

 ここから出てよいという言葉。

 

 根拠はない。

 

 ないが、片倉はある事を思いついた。

 

「なあ、AKEBI、アリサ。俺が何しても邪魔しないでくれ。うまく行けば三人とも助かる」

 

 ◆

 

『は、はやぐ、いげ』

 

 さすがに焦れたのだろうか、ミキハルがいらだった様子でいう。

 

 それに対し──

 

「残念だったな、ミキハル! 逃げるのは俺だ! 馬鹿が! 脳みそまで筋肉になったのか!」

 

 片倉が大声でそんなことをいって、ゲートに足を向ける。

 

 するとミキハルは野獣のような咆哮をあげ、片倉たちに猛突進してきた。

 

 コケにされたという怒りゆえだろうか、恐ろしく速い。

 

 結論から言えば、それらは1秒とその半分程度の時間で行われた。

 

 つまり、突進してきたミキハルに正対した片倉が衝突のタイミングを見計らってひらりと躱し、あおることかミキハルをゲートに叩き込んだのである。

 

「離れろぉッ!!!!」

 

 片倉はそう叫び、AKEBIの肩を借りながら必死でゲートから距離を取る。

 

 青く神秘的なゲートがみるみるうちに血の色に染まっていく。

 

 ──絶対ろくなことにはならないだろうな

 

 片倉がどこか冷めた頭でそんなことを思っていると。

 

 ──まさにその予感は的中した。

 

 ゲートの足元から凄まじい炎が渦を巻き、火災旋風めいたそれが空高く昇っていくではないか。

 

 ゲートの奥からはミキハルのものらしき断末魔の絶叫が聞こえてくる。

 

 しかし声は次第に小さくなっていって──

 

 やがて炎が収まると同時に消えた。

 

 ゲートは跡形もない。

 

 ミキハルだったモノも燃え尽きて消えてしまった。

 

 




月木更新
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