【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第六十六話【祭りの後】

 ◆

 

「……終わった、の?」

 

 AKEBIが呆然と声を漏らす。

 

 アリサは尻餅をついたまま酷く憔悴した様子だ。

 

 トウヤやマオ、そしてミキハルが辿った末路を思い、アリサはどうにもやりきれなかった。

 

 ──探索者、やめよっかなぁ

 

 そんな思いも抱いてしまうほど。

 

「中々、大変だったな」

 

 片倉がぽつりとつぶやき、大きくため息をついた。

 

 自分たちをここまで苦しめたミキハルは、もはや塵すら残さず消えた。

 

 だが、だからといって安心できるわけではないのだが。

 

 ◆

 

「倒せたのは良いんですけど……ここ、どうやって出ればいいんですか?」

 

 アリサがようやく体を起こし、辺りを見回しながら言う。

 

 先ほどまであったゲートは、ミキハルごと炎に巻かれて消えてしまった。

 

 静まり返った広場には、鳥居と社殿、そして雑木林。

 

 どこをどう探しても新たな出口になりそうなものは見当たらない。

 

「俺はまだ動くのが辛いが……この社殿を調べてみるか」

 

 片倉は左腕で脇腹を押さえながら立ち上がる。

 

 血でべっとりと汚れてはいるが、致命傷は何とか避けたようだ。

 

 AKEBIとアリサは顔を見合わせ、こくりと頷いた。

 

 生き延びるためには、この場を隅々まで調べるしかないのだ。

 

 三人が社殿へと近づき始めたとき、不意に辺りから太鼓のような音が鳴り響きだした。

 

 ぼん、と低く、腹の底に響く重低音。

 

 まるで祭のときに打ち鳴らす大太鼓のようにも聞こえるが、それは不吉な響きを帯びている。

 

「ま、またこの音……!」

 

 AKEBIが動揺して、アリサの腕をとっさに掴んだ。

 

 アリサも同じく顔を強張らせてあたりを見回すが、どこにも人影はない。

 

 鳥居の向こう側、あるいは木々の隙間から太鼓を叩く誰かが覗いているわけでもない。

 

「も、もうやなんだけどっ……!」

 

 AKEBIは小声で震えながらそう呟く。

 

 その声に対し、片倉は静かに首を振った。

 

「俺には分からない。けどな……なんだか悲しげに聞こえるよ。まあ危険はなさそうだ──勘だけどな」

 

「悲しげ……ですか?」

 

 意外そうにアリサが片倉の横顔を覗き込む。

 

 さっきまでの戦闘で疲弊しているはずなのに、片倉の瞳はどこか遠くを見ているようだった。

 

「ああ、ただ本当に安全かどうかは保証ができない。心構えだけはしておけよ」

 

 いいつつも、片倉は“勘”で特に危険はないと感じていた。

 

 片倉は鳥居の向こうにある社殿へ目を向け、何かを思い巡らせるように言葉を続ける。

 

「どんな由来でこの場所が出来たのかは分からん。けど、人の祈りなり想いなり、そういうものが溜まってダンジョンになったとしたら……」

 

 神社の遺構が残るこの場所には、かつて何らかの祭礼や祈願があったのかもしれない。

 

 太鼓のリズムはゆったりとしていて、耳を澄ますと何かを悼むようでもあった。

 

「……なったとしたら?」

 

 アリサの言葉に片倉が答える。

 

「こんな姿は自分じゃない、なんて思うかもしれないな」

 

 AKEBIとアリサは無言のまま、社殿へ視線を走らせる。

 

 ◆

 

 社殿はさほど大きな建物ではない。

 

 木造の拝殿と小さな本殿が一体化しており、どちらもずいぶん古びている。

 

 扉らしきものは既に崩れ、床は腐って穴が開いていた。

 

 片倉が慎重に足を踏み入れると、古い畳か板のようなものが軋んだ。

 

 しかし崩れはしない。

 

「俺たちが知らないだけで、この土地には昔から何らかの言い伝えがあったのかもな……。たとえば死者の魂を弔うとか、災厄からの救済を願うとか……」

 

 アリサは片倉の言葉に微かに頷く。

 

 ダンジョンは「由来もなければ想いもない場所」には発生しないとされている。

 

 つまり、この地には由緒や思い入れが積み重なっていた可能性が高い。

 

 ただ、それが具体的にどのようなものだったのかまでは分からない。

 

「見て……」

 

 奥へと進んでいたAKEBIが低い声で呼んだ。

 

 本殿の奥側には、色あせた掛け軸のようなものが飾られている。

 

 文字も絵柄も、もはやほとんど消えているが、一部だけ判読できる部分がある。

 

 何度も雨風に晒されたのか、紙がボロボロだ。

 

 AKEBIは手袋をはめた指先で、慎重に掛け軸を捲り上げる。

 

 するとそこには古めかしい筆文字で「塞ノ神」と書かれている箇所がうっすらと残っていた。

 

「……塞ノ神。何かの神様?」

 

「道祖神みたいなやつかな。もともと、道を護る神とか災いを塞ぐ神とか……そういう意味合いがあるらしいが」

 

 片倉が静かに呟く。

 

「でもさっきの怪物たちを見る限り、災いどころか……」

 

 AKEBIが嫌そうに眉をしかめる。

 

 神社そのものがダンジョン化している以上、かつての守護が歪んだ形で残留しているのかもしれない。

 

 あるいは、その「塞ぐ」は人間を閉じ込めるという意味なのか──。

 

 アリサは掛け軸を一瞥したあと、一歩退きつつ周囲を見渡す。

 

 祭具らしきものは既に朽ち、割れてしまっている。

 

 ここが出口ではないのだろうと、すぐに悟る。

 

 息を吐き出そうとした時、あたりの空気が僅かに揺れた。

 

 薄暗い社殿のなかで、色彩がほんのりと褪せていく。

 

「な、なに……?」

 

 AKEBIが辺りを見回し、アリサも不安げに首を振る。

 

 片倉は肌をざわつかせるような感覚を覚え、「まさか……」と小さく呟いた。

 

 それは探索者が知っている現象だ。

 

 ダンジョンに潜った探索者が「押し出される」時、空間が溶けていくように視界から色彩が失われる。

 

 ダンジョンの干渉が解かれ、現実世界へ帰還するときに起こる現象に似ていた。

 

「色が消えていく……」

 

 アリサも戸惑いながら、自分の手の甲を眺める。

 

 その手が半透明になったわけではないが、周囲の背景が白黒写真のように変化しているのが分かる。

 

 AKEBIは慌てた様子で片倉に詰め寄った。

 

「これって……出口に戻されるってこと……ですか?」

 

「そうかもな。いや、間違いない」

 

 片倉は一度大きく息をつく。

 

 まだダンジョン内には気がかりな点がいくらでもあるが、今はそれどころではない。

 

「大丈夫だ。慌てるな」

 

 AKEBIの肩に手を置いて落ち着かせると、片倉はアリサにも小さく頷きを送る。

 

「なるようになる……少なくとも、ここでまだ死ぬことはないらしい」

 

 そう言った瞬間、社殿の床や柱が淡く溶けるように霧散していった。

 

 音もなく、いきなり視界が暗転する。

 

 ◆

 

 気づけば三人は椅子に座っていた。

 

「……ん? ここ……」

 

 目を凝らすと周囲は電車の車内だ。

 

 ロングシートには何人かの乗客が座ってスマートフォンを眺めたり、うたた寝をしている。

 

 外は暗いが、街の灯りがところどころに見える。

 

「S駅……行き?」

 

 アリサが車窓のディスプレイを確認して、そう呟いた。

 

 電車の行き先表示は、さも当然のように「S駅」となっていた。

 

 現実に戻されたのだと気づいてから、三人は無言で互いの顔を見合わせる。

 

「……みんな、生きてる」

 

 AKEBIが泣きそうな声でアリサの腕をつつくと、アリサもうっすら笑みを浮かべながら「うん……」と答える。

 

 片倉は口元を結んだまま、深く息を吐き出した。

 

 そして街の灯りが見える窓の外を、じっと見つめている。

 

 トウヤやマオ、ミキハルの末路を思うと、やりきれない。

 

 だが、彼らは戻ってこないし、もしかしたらこのダンジョンの底にはまだ無数の犠牲が埋もれているかもしれない。

 

 人はどこまでも愚かで、しかし、それでも前へ進むしかない生き物なのだ。

 

 電車の振動がごとりごとりと穏やかに響き、三人の胸中を複雑に揺り動かす。

 

 静寂のなかで、AKEBIとアリサは小さく肩を寄せ合い、片倉はふと右腕の痛みを確かめて、それから瞼を閉じた。

 

 そしてS駅へ到着するまで一言も発さないまま、それぞれがそれぞれの思いを胸に抱いていた。

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