【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第六十七話【MAYA】

 

 ◆

 

 朝の光が薄くカーテンを透かしていた。

 

 片倉はベッドに横になったまま、微かなまぶしさを感じる。

 

 疲労感はまだしつこく残っていて、右腕の奥に鈍い痛みがあった。

 

 黙って深呼吸をしてから、いつものようにゆっくりと身体を起こしふと枕元を見ると──

 

 置いていた端末のディスプレイにはメッセージを受信したことを通知を示すアイコン。

 

「誰だ……?」

 

 送り主の名前は“MAYA”。

 

 ああ、と内容を見てみればちょっと会おうくらいのノリのお茶の誘いだった。

 

 MAYAという女はいつもそうだ。

 

 タイミングを見計らった様に連絡をよこしてくる。

 

 片倉は昔からMAYAには世話になっており、誘いとあらばよほどの事情がない限りは断り辛い空気が醸成されていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

「それで、何かと思えば本当にお茶なんですね」

 

 片倉が言う。

 

 ここは新宿区役所向かいにある小さなカフェだ。

 

 テーブルの向こうにはMAYAが座っていた。

 

 相変わらずの淡い紫のワンピースに長い黒髪をナチュラルに垂らしている。

 

「私はここのオーナーですもの。最近はお店にも全然お客が入らなくてねぇ。売上貢献してもらいたくって──というのは冗談だけど」

 

 MAYAはそんなことを言いながら店内を見渡す。

 

 客入りは0だった。

 

「ここへ入って来れそうで、誘えば来てくれる子って言うとやっぱりマサちゃんになっちゃうから」

 

 随分意味深な言い方をするな、と片倉は思う。

 

 ──大方、何か仕掛けを施しているのだろうが

 

 片倉はMAYAを認識阻害系のPSI能力者だと考えている──それもかなり強力な。

 

「俺に何をさせようとしてるんです?」

 

 MAYAが探索者に何かさせたがっているというのはなんとなくわかる。

 

 しかしそれがどんな事だか見当もつかないのだ。

 

「探索よ、簡単に言えばね。難しく言ったとしても探索なんだけれど」

 

「どこか攻略してほしいダンジョンでもあるんですか?」

 

 片倉が尋ねると、MAYAは「う~ん」とあざとげに顎に指をあて悩んでいる素振りを見せる。

 

「あると言えばあるし、ないと言えばないかしら。でもいずれは挑んでもらいたいと思っているトコはいくつかあるわ。大変な場所だけれど、そこを超えれば大分閉塞感もなくなってくるだろうし」

 

「閉塞感?」

 

 片倉が訪ねる。

 

 MAYAの言っている事はさっぱりわからない。

 

 しかしダンジョンに関する重要な何かを言っているのだろうというのはなんとなく分かる。

 

「そう、閉塞感」

 

 MAYAは頷いて笑みを浮かべた。

 

「個人個人を見れば結構見どころがある子はいるけれど、全体を見渡せばまだまだ……それじゃあやっぱり“寂しい”んですって」

 

 寂しい? 

 

 誰が、あるいは何が寂しいのだろうか

 

 片倉がそんなことを思っていると──

 

「だからね、ちゃんとご褒美をあげるからしっかり今の調子でやってね、って励まそうとおもったのよ、今日は」

 

「ご褒美、ですか」

 

 片倉は“山”の事を考えた。

 

 静岡のS駅ダンジョンから脱出してその次の日の夜、夢で“山”を超えたという声が聞こえたのだ。

 

 ──それで何がどう変わったという実感はないが

 

 片倉はそんなことを思い、ふとMAYAの目を見る。

 

 爛々と輝くその瞳は、どうにも妖しい気配がある。

 

 魔に見初められたかの様な感覚に、片倉の背筋がぶると震えた。

 

「……静岡は大変だったみたいね」

 

 MAYAの言葉に片倉は頷く。

 

「本当はね。乗り越えられたとしても、マサちゃんが一人だけで帰ってくるはずだった──そんな気がしていたんだけど、一人も欠けずに戻ってこられた」

 

 静岡のS駅ダンジョンの事をどこまで知っているのだろうか、と片倉はMAYAを訝し気に見る。

 

「マサちゃん、もっともっと頑張って頂戴ね」

 

 片倉は言われるまでもないと頷く。

 

 ◆

 

 雨がぱらつき始めていた。

 

 片倉はMAYAが営むカフェを出て、駅へと向かう途中で空を見上げる。

 

 灰色の雲が低く垂れ込め、東京の喧騒すら飲み込みそうな圧迫感がある。

 

「あの人は何なんだろう……」

 

 MAYAとの会話が頭の中でぐるぐると回る。

 

 閉塞感、寂しい、ご褒美──それらの言葉の真意は曖昧なままだった。

 

 片倉は信号待ちの人混みに紛れながら、思考を整理しようとする。

 

 MAYAからは、言葉にできない違和感を常に感じていた。

 

 人としての温かさがあるようで、どこか遠く冷たい。

 

 まるで人の形をした何か別のものが、人間の振りをしているような。

 

「人じゃないとか……?」

 

 その言葉を口にした瞬間、片倉はまさかなと思う。

 

 しかしMAYAから感じる気配は何かまがい物じみている。

 

 かといってダンジョンのモンスターのそれとも異なっていた。

 

 モンスターには本能的な欲求や暴力性が渦巻いているものだ。

 

 一方でMAYAは知性に満ちていて、何か大きな目的のために動いているような印象だ。

 

「あの声に近い……」

 

 片倉の脳裏に浮かんだのは、"山"を超えた時に聞こえた声のことだった。

 

 同じではないが、似た種類の存在感がある。

 

 この世界の外側から覗き込んでいるような、そんな異質さを持っている。

 

 ふと雨粒が頬に当たり、片倉は現実に引き戻された。

 

 端末を取り出し、連絡先リストをスクロールする。

 

「城戸さんなら何か知ってるかもしれない」

 

 城戸はダンジョンに関する知識が豊富だ。

 

 昔ながらの探索者として、表には出てこない情報網も持っているはずだ。

 

 片倉は迷わず城戸の名前をタップし、通話ボタンを押した。

 

 呼び出し音が鳴る間、片倉は雨を避けるために近くのビルの軒下に移動する。

 

「なんだ?」

 

 少し疲れた声が聞こえてきた。

 

「片倉です。少し聞きたいことがあるんですが、お時間よろしいですか?」

 

「ああ、片倉か。いいぜ」

 

 片倉は軒下から雨の降る街を見つめながら、深呼吸をした。

 

「MAYAという人物について、何か知っていますか?」

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