【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第六十八話【城戸の誘い】

 ◆

 

 スマートフォン越しに、城戸の低い声が聞こえてくる。

 

「あの女か。悪ぃんだが、俺もあの女の事はよく知らねぇんだ。ただ──」

 

 城戸の歯切れの悪さに、片倉は眉をひそめた。

 

 はっきりものを言うのが城戸の特徴だ。

 

 これほど明言を避けるのは珍しい。

 

「ただ?」

 

 問い返すと、城戸は少し間を取った。

 

「あの女は俺が探索者になった時も、あの場所でずっとカフェのオーナーをやっていた。俺がダンジョン探索者として動き始めた頃からな。だから、少なくとも十年以上は経っていることになる。俺が知る限り、あの女はずっとあのまんまさ」

 

「あのまんま、とは?」

 

「外見だよ。まあ元探索者って話もあるからな。外見はいじってるのかもしれねぇが……」

 

 片倉は目を細めた。

 

 十年以上も変わらない容姿──確かに異質だが、それはあくまでナチュラルな状態の話である。

 

 一般人ならともかく、MAYAが一般人かどうかは大いに疑問だ。

 

 片倉は城戸の言う通り、何らかの外見維持の手を加えているのだろうと考えた。

 

「その頃からずっとあの女は気に入った奴を見つけるとすぐに声をかけていた」

 

 片倉は軽く首を傾げる。

 

「……俺みたいに?」

 

「ああ、お前のようにな。選ばれたやつは呼ばれればほいほいついていく。まあ、俺も何度か呼ばれたがな」

 

 城戸は少し自嘲気味に笑った。

 

 だがすぐに声のトーンを戻す。

 

「で、そんな連中の一部が、あの女の素性を気にし始めたことがあった」

 

 城戸の声が低くなる。

 

 周囲に人の往来があるためか、あるいはその話題自体が慎重なものだからか。

 

「俺も何度か関心を持った。だが、俺も詳しくは知らねぇんだ。ただ──」

 

 城戸は再び言葉を切る。

 

 その続きを待っていると、沈黙の後に城戸が重々しく言葉を吐き出した。

 

「探索者協会はあの女について何かを知ってる」

 

「協会が?」

 

「ああ、知っている──勘だけどな。だが協会の連中は誰も何も言わない。まるで見えないもの扱いしているみたいだぜ。妙だろ?」

 

「さっきも言ったけどよ、あの女の素性を探ろうとする奴らもいたんだよ。でももう居なくなった」

 

 ──居なくなった? 

 

 そこで再び言葉が途切れた。

 

 城戸らしくない口ごもりに、不安が胸を掠める。

 

「消されたんですか?」

 

 片倉は声を潜め、端的に尋ねた。

 

 城戸は短く息を吐く。

 

「いや。そうじゃない」

 

 はっきりと否定した声に片倉は目を伏せる。

 

「なら、どうなったんですか?」

 

 問い返すと、城戸が低い声で答えを告げた。

 

「心変わりさせられた──そうとしか言いようがないな。あいつらは揃って同じようなことを言い出した」

 

 城戸は軽く咳払いをした。

 

 そして言葉を続ける。

 

「『MAYAなんかのことより、ダンジョン探索が大事だ』ってさ。突然、探索者としての理想像みたいになっちまってさ。俺はそれを見て、正直薄気味悪かったよ」

 

 沈黙が広がった。

 

 雨粒の音が城戸の言葉を引き立てるように響く。

 

「それで城戸さんは……?」

 

「俺はMAYAについての詮索を辞めた。深入りするべきじゃねぇと思った」

 

 また短い沈黙が訪れる。

 

 片倉は目の前を通り過ぎていく人波に視線を泳がせた。

 

「……協会は、何も対策を取っていないんですか?」

 

「協会が具体的に何かしたって話は聞いたことがねぇ。逆に言えば、あの女が協会に害を及ぼしたって話も一切ないからだろうな」

 

 城戸の語気が次第に淡々としてくる。

 

 片倉はひとつ息をついた。

 

 確かにMAYAから何か害を及ぼされたという覚えはない。

 

 それに人間なら秘密の一つや二つくらいはあるだろう。

 

 そう思った片倉は「俺も城戸さんにならって変に詮索するのはやめます」と答えた。

 

 城戸は微かに笑ったようだ。

 

「それがいい。俺もそんなことより、今度の依頼に集中したいからな」

 

「次の探索、何かあるんですか?」

 

 話題を変える意味もあって、片倉は城戸に問いかけた。

 

「ああ。実は協会から声がかかってる。福井からちょっと厄介な依頼が来てるらしくてな」

 

「福井?」

 

 片倉は少し驚いた。

 

 都内や近県ならともかく、随分と遠方だ。

 

「そうだ。正確には福井県のとある寺のダンジョンだ。地元の探索者じゃ歯が立たねぇレベルらしくて、とうとう協会に直接依頼が来た」

 

 城戸の声に真剣さが滲む。

 

「……難度が高いんですか?」

 

「ああ」

 

 片倉は抗い難い高揚感が湧き上がった。

 

 それこそ探索者の本質なのだろうと感じる。

 

「単独で?」

 

「ああ。俺はもちろん──と言いたい所だが、片倉、お前もどうだ? 少し準備に時間が要るけどな」

 

「準備、ですか」

 

「そうだな。単独探索者だからってよ、無為無策で適当にどこへでも挑むってわけじゃないんだぜ? お前なら分かってるだろうけどよ。準備が整ったら改めて連絡する」

 

 城戸の言葉は歯切れが戻っていた。

 

 だが片倉の胸には、MAYAという名前が引っかかったままだった。

 

「あの女のことは、もう考えるなよ。まずは目の前の依頼をこなすだけだ」

 

「ああ……はい」

 

 そう返事をしたものの、城戸のように割り切れない自分がいる。

 

 心変わり──。

 

 それがどんな仕組みか知らないが、片倉は警戒を解けなかった。

 

 探索者としての本能か、あるいはそれ以外の理由か。

 

 どちらにしても、気を緩めてはいけないのだろう。

 

「具体的な準備期間は?」

 

 片倉が尋ねると、城戸はしばし考えた後に答えた。

 

「一週間ってところだ。何を用意するか、どんな準備が必要かは……そうだな、今夜にでも改めて連絡する」

 

「わかりました」

 

「よし。じゃあな」

 

 通話が切れた。

 

 片倉は端末を見つめ、小さくため息をついた。

 

 雨音は相変わらず小刻みに路面を叩いている。

 

 自分の心も、晴れない雲が覆っているようだ。

 

「結局、MAYAさんの正体はわからずじまいか……」

 

 小さく呟いて、駅へ向かって歩き出す。

 

 探索者にとって、ダンジョンが第一優先だ。

 

 それはわかっている。

 

 しかし、胸の奥に刺さった棘はそう簡単には消えそうにない。

 

 片倉は小さくため息をつき、雨の街路を静かに歩き続けた。

 

 

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