【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第六十九話【廃寺の妄執】

 ◆

 

 匂いというのは、粒子だと言われている。

 

 細かな粒子が空気中を漂い、それを人が嗅ぎ取ることで初めて匂いとして認識される。

 

 分子レベルの微小な物質が嗅覚受容体と結びつき、電気信号へと変換される。それはごく自然な生理現象だ。

 

 だが最近では、思いもまた粒子のような存在ではないかという仮説がある。

 

 科学的な検証は不十分だが、古くから伝わる「場の記憶」という概念に現代的な解釈を加えた理論だ。

 

 人の強い想いや感情が残留粒子として場に残り、それが積み重なると『いわくつきの場所』になるというのだ。

 

 感情のエネルギーが物理的な痕跡として残るという考え方は、量子物理学の一部の理論とも共鳴する。

 

 心霊スポットと呼ばれるような場所には、こうした粒子が通常よりも多く漂っているのだという。

 

 目には見えなくとも、皮膚感覚として「冷たさ」や「重さ」を感じるのは、そうした粒子の作用かもしれない。

 

 強い執念や欲望は消えることなくその場に留まり、年月とともに濃度を増していく。

 

 それはちょうどカレー鍋の匂いが壁に染み込むように、建物の木材や石材に吸収されていくのだろう。

 

 やがてそれが何らかの条件と結びついたとき、『ダンジョン』という形をとって顕在化する。

 

 このプロセスは完全には解明されていないが、少なくとも世界各地で同様の現象が確認されている。

 

 人々の強い思いが結晶化し、異空間を形成する——それがダンジョンの誕生だ。

 

 ◆

 

 福井県某所の山間部にとある廃寺がある。

 

 檜皮葺きの屋根は一部が崩れ落ち、苔むした石段は長い間人の訪れがないことを物語っていた。

 

 周囲の杉林は手入れされずうっそうと茂り、寺院の全貌を覆い隠すように成長している。

 

 その寺はかつてバブルの絶頂期に実業家が建立したものだった。

 

 1980年代末、土地と株と金が溢れていた時代──福井出身の実業家・高橋誠一郎は東京での不動産投資で巨万の富を得た。

 

 故郷に錦を飾りたいという衝動は、寺院という形で具現化した。

 

 信仰のためではなく、あくまで自身の富と権力の誇示が目的だったという。

 

「龍華寺」と名付けられたその寺院は、完成時には福井県内随一の規模を誇った。

 

 巨額の資金を投じて建てられたその寺は、金箔をふんだんに使った仏像や精巧な彫刻を施した柱が立ち並び、寺院というより豪華な美術館のような趣を持っていた。

 

 高橋は建設中、何度も設計を変更し、より豪華に、より壮麗になるよう指示を出し続けた。

 

 だが、そのような豪奢な施設に本当の信仰が根付くことはなかった。

 

 寺院は観光地として一時期脚光を浴びたものの、所詮は一実業家の自己満足から生まれた建物に過ぎなかった。

 

 高橋自身も熱心な仏教徒ではなく、寺院の管理には興味を示さなかった。

 

 次第に人の訪れも次第に途絶え、実業家の没後は寺院も荒廃の一途を辿った。

 

 残されたのは実業家自身の名声や富への執念がこびりついた建物と、豪華な仏具ばかりだった。

 

 龍華寺は建立から数十年を経て、完全に忘れ去られた存在となっていた。

 

 地元の人々でさえ、その場所を訪れることはなくなった。

 

 しかし年月を経て、それらの『想い』が何らかの作用を引き起こしたのだろう。

 

 地元の噂によれば、特定の夜には寺院から金色の光が漏れ出し、不思議な音楽のような響きが聞こえるという。

 

 そう、寺はある日突然ダンジョンとして覚醒したのだ。

 

 もっとも、これは一部の探索者にとっては朗報でもあった。

 

 新たなダンジョンの出現は、新たな資源の発見を意味する。

 

 危険と同時に大きな機会が訪れたのだ。

 

 ◆

 

 ダンジョンというものは、一般には危険な場所だというイメージが強い。

 

 メディアの報道もそれを助長している。

 

 モンスターによる被害や、無謀な探索者の死亡事故が頻繁に取り上げられるからだ。

 

 確かに危険は伴うが、それ以上に得られるものも多い。

 

 素材や宝物、希少な資源を供給する重要な拠点でもある。

 

 世界各地に出現するダンジョンは、人類に新たな物質や技術をもたらしてきた。

 

 耐熱性の高い金属から、不思議な治癒効果を持つ植物まで、ダンジョン内でしか採取できない資源は数多い。

 

 そのため、危険を冒してでも探索する価値があると考える人々が後を絶たない。

 

 彼らは「探索者」と呼ばれ、特殊な訓練と装備を身につけてダンジョンに挑む。

 

 その福井の寺院ダンジョンも例外ではなかった。

 

 ダンジョン化して間もないにもかかわらず、その特性はすでに探索者コミュニティの間で評判になっていた。

 

 特にその寺院内部に存在するモンスターは、地元の探索者から注目されていた。

 

 それらは仏像の姿をとった無機物系モンスターである。

 

 大きさは様々だがいずれも金色に輝いているとの事。

 

 倒すのは簡単ではないが、素材としては非常に優秀だという評価を受けている。

 

 特に仏像を構成する『木材』は高品質で耐久性にも優れており、建築資材や高級な家具などに用いられることが多かった。

 

 また、表面を覆う金箔も希少価値が高く、美術品や装飾品の素材として重宝される。

 

 これもまた通常の金箔ではないことは言うまでもない。

 

 地元の探索者たちもこの資源を目当てに探索を繰り返していたが、モンスターがあまりにも強力で、十分な成果を得ることは難しかった。

 

 一度に採集できる資源量が限られているため、探索と採集を効率的に行うことが重要な課題となっている。

 

 福井県内で最大規模の探索者団体『越前探索者連盟』は次第に限界を感じ始めていた。

 

 彼らは地元のダンジョンに関しては豊富な経験を持っていたが、この龍華寺ダンジョンは別格だった。

 

 特に難しいのは素材として損傷させずに倒す必要があることだった。

 

 通常の戦闘方法では素材が傷つきやすく、価値が下がってしまう。

 

 越前探索者連盟は福井を拠点とするベテラン探索者が多数所属する団体である。

 

 創設以来、福井県内のダンジョンの管理や攻略を一手に担い、県や市町村からも信頼を置かれている組織だ。

 

 会長の山田耕造は元自衛官で、規律と効率を重んじる経営方針で連盟を牽引してきた。

 

 しかしこの廃寺ダンジョンに関しては、彼らの熟練した技術をもってしても攻略が思うように進まなかった。

 

 特に仏像モンスターの動きが予測不能で、通常の戦術が通用しないことが大きな障壁となっていた。

 

「あのダンジョンの資源を有効活用したいが、我々の力だけでは難しい」

 

 山田会長はそう判断し、連盟の幹部会で外部協力の必要性を訴えた。

 

 全会一致で決議が通り、関東に拠点を構える大規模組織──探索者協会に連携を打診したのだ。

 

 探索者協会は関東有数の大規模組織であり、多数の優秀な探索者を抱えている。

 

 創設は越前探索者連盟よりも古く、全国レベルでの活動実績がある。

 

 また、以前から越前探索者連盟とは友好関係にあり、合同の攻略作戦を何度か成功させていた。

 

 特に2年前の北陸地方でのダンジョン攻略では、両組織の緊密な連携が高く評価された。

 

 探索者協会側も快く応じ、精鋭部隊の派遣を約束した。

 

 こうして越前探索者連盟から探索者協会へと協力要請が届き、今回の福井寺院ダンジョン攻略に繋がったというわけだ。

 

 ◆

 

「それで状況は理解できたか?」

 

 電話の向こうから城戸の低い声が響く。

 

 MAYAについて尋ねた日の夜、城戸は約束通り夜に連絡をしてきた。

 

 改めて城戸から説明を受けた片倉は、そうした事情を理解して頷く。

 

「つまり今回は資源採集がメインなんですね」

 

「ああ、そうだ。無機物系モンスター、特に仏像タイプは素材としての価値が非常に高い。手強い相手だが、その分見返りも大きい」

 

 城戸の口調には余裕があった。

 

 彼にしてみれば、この手のダンジョンは何度も経験済みなのだろう。

 

 天然木から作られた仏像は、ダンジョン化によってさらに特殊な性質を獲得する。

 

 耐火性や強度が増すだけでなく、時に不思議な効果を持つようになる。

 

「越前探索者連盟のメンバーもかなりの腕前だが、今回はモンスターの力が上回ったようだ。今も地元勢は攻略を進めているが、正直言って進捗はよくないらしい」

 

 城戸は続ける。

 

 彼の声には若干の疲れが混じっていた。

 

 協会内での調整や、福井側との打ち合わせで多忙を極めているのだろう。

 

「モンスターが強すぎて?」

 

 片倉は端的に質問した。

 

「そうだな。資源を確保するには、モンスターを倒す必要がある。しかし倒すだけの力が不足している。だからこそ協会に声がかかったんだ」

 

 城戸の説明によれば、龍華寺の仏像モンスターには大きく分けて三種類ある。

 

 小型で俊敏な「童子型」、中型で均衡の取れた「如来型」、そして巨大で破壊力に優れた「明王型」だ。

 

 それぞれに異なる攻撃パターンを持ち、協調して行動することもある。

 

「関東の探索者を招集して、一気に攻略を進めたいと」

 

「その通り。攻略は地元探索者との連携が必須になるだろう。協会からも多数の探索者が参加する予定だ」

 

 城戸は今回の作戦概要を簡潔に説明した。

 

 協会からは12名の探索者が参加し、越前連盟の15名と合同で攻略チームを編成する。

 

 期間は2週間を予定しているが、状況次第で延長も可能だという。

 

 モンスターと戦いながら、いかに効率よく素材を収集するか──そのためには戦力の分配や、現場の采配が非常に重要になる。

 

 戦闘班、採集班、後方支援班など、役割分担も慎重に行う必要があるだろう。

 

 単独探索者としての経験も長く、さまざまな状況判断ができる城戸や片倉のような探索者が必要とされる理由はそこにある。

 

「そういうわけだ。一週間後に向かうが、準備はできるか?」

 

「問題ないです。装備と必要な道具を整えておきます」

 

 無機物系モンスターからの素材採取には専用の特殊工具が必要になることもある。

 

「頼むぞ。採集用の道具もしっかり揃えておいてくれ」

 

 片倉は了解の返事をして通話を終えた。

 

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