【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第七十話【テスター】

 ◆

 

 翌日の朝、片倉はいつものようにベッドから起き上がった。

 

 疲れはそれほど残っていないが、昨日まで抱いていた漠然とした違和感がまだ胸の内にかすかにくすぶっている。

 

 片倉は枕元に置いた端末を手に取った。

 

 メッセージの着信通知が入っている。

 

 協会からだ。

 

 すぐにメッセージを開くと、PSI能力測定テストの結果が出たので連絡をくれという短い文面が記されていた。

 

 PSI能力の有無は重要な個人情報なので、口頭でしか知らされない。

 

 ああ、と片倉は頷いた。

 

 思い当たる節がある。

 

 ──そういえば前に受けたっけな

 

 通称PSI能力と呼ばれるそれは、テレパシーや念動力に近い性質を持つものから、独自の五感拡張のようなものまで多岐にわたる。

 

 協会では、新規探索者や希望者に対して定期的にPSI能力の測定テストを行っていた。

 

 もちろん能力を持つからといって必ずしも成功するわけではないが、PSI能力が高ければダンジョン攻略において優位に立てることも多い。

 

「まあ、俺には関係ない話かもしれないけど」

 

 そう独り言をつぶやきながら、片倉は協会へ連絡をする。

 

 すぐに担当者が出て軽く挨拶を交わした後、本題へと入った。

 

「テスト結果を確認しました。残念ながら数値は“0”です。片倉さんにはPSIの素質がないとの判定になりますね」

 

 担当者はそうさらりと告げる。

 

「0……まあ、仕方ないですね。わかりました」

 

 片倉は率直に受け止める。

 

 もともと期待していたわけでもない。

 

 しかし電話を切ったあと、片倉は少しだけ首を傾げた。

 

「0、か……」

 

 確かに身体や頭を使って状況判断することが大半だが、時折、言葉では説明しづらい勘が働く瞬間がある。

 

 それを“ただの直感”と片づけるならそれまでだが、まるで自分が持っているとしか思えない第六感のような感覚もある。

 

「まあ、測定結果がそうならそうなんだろう」

 

 片倉は結論を出して思考を打ち切った。

 

 探索者にとって、結果の如何よりも今後をどう行動するかのほうがずっと重要だ。

 

 ◆

 

 端末を操作していると、新しい着信がもう一件入っていることに気づいた。

 

 今度の送り主は“桜花征機”。

 

 桜花征機は国営企業で、ダンジョン探索者向けの装備品を開発・販売している大手メーカーだ。

 

 ダンジョン探索者向けの多種多様な製品を手掛けている。

 

 ただ、ピーキーな調整が好みらしく、大手企業ではあるがここの製品を選ぶ者はそこまで多いとは言えない。

 

 片蔵は端末の呼び出しログを開き、桜花征機からの留守番メッセージを再生する。

 

 すると、落ち着いた女性の声が流れ始めた。

 

『はじめまして。桜花征機の五十嵐と申します。以前、協会との合同研究で片倉さんの事をお聞きして連絡いたしました。実は新開発の軽量型ボディアーマーのテスターを探しておりまして……』

 

 どうやら片倉が協会を通じて受けた測定テストや経歴などを見た上で、直接オファーをかけてきたようだ。

 

『当社の次期フラッグシップモデルを予定している「HX-094“朧”」のテスター依頼を受けていただけないでしょうか? 詳しくはお会いした際にお話しますが、可能であれば実戦を想定したテストを行いたいのです。お時間が許せば、品川の本社まで来ていただけますか?』

 

 メッセージは大まかにそういう内容だった。

 

 片倉はこの話は悪くないと感じられた。

 

 福井のダンジョンへ向かうまでにはまだ一週間ある。

 

 テスターの仕事が1日で終わるなら、スケジュール的にも問題はない。

 

 それに企業とのパイプを作っておくことは、今後の探索生活でも大いに役立つ可能性がある。

 

「ひとまず話を聞いてみるか」

 

 ◆

 

「もしもし、桜花征機・五十嵐です」

 

 落ち着いた声が返ってくる。

 

「片倉です。先ほど留守電をいただいて。新型アーマーのテスター依頼の件を詳しく伺いたいんですが」

 

「ああ、ありがとうございます。ぜひお話をしたいので、品川の本社に来ていただけますか? 可能ならば明日。午前中でも午後でも構いません」

 

 片倉は企業からの依頼にしてはやや拙速に過ぎると思ったが、それを了承。

 

「わかりました。明日の午後に伺います」

 

 片倉はそう答えて端的に通話を終えた。

 

 細かい話は現地で聞く。

 

 やってみて合わなければ断ればいいし、条件がよければ引き受けるだけだ。

 

 翌日、片倉は品川駅で下車し、周囲を見回した。

 

 ビルが林立するオフィス街の一角に、桜花征機の本社ビルがある。

 

 ガラス張りの近代的な高層ビルで、エントランスには同社のロゴがスタイリッシュに掲げられていた。

 

 受付に声をかけると、すぐにアポイントが通されて、エレベーターで中層階の応接室へ通された。

 

「こちらへどうぞ」

 

 白いスーツを着た若い女性スタッフに案内され、片倉は重厚なドアをくぐる。

 

 会議室のような部屋には、既に五十嵐と名乗る女性が座っていた。

 

「お待ちしておりました。私は開発部の五十嵐と申します。よろしくお願いします」

 

 五十嵐は40代くらいだろうか。

 

 髪をすっきりとまとめた知的な印象で、洗練された物腰をしている。

 

「このたびは急なご連絡にもかかわらずありがとうございます。まずは簡単に、今回のアーマーについてご説明させていただきますね」

 

 そう言いながら、彼女はタブレット端末を取り出して画像を表示させる。

 

 画面には、淡い茶色を基調としつつ、金属光沢が部分的に散りばめられたボディアーマーのデザインが映し出されていた。

 

「これが“朧”こと、HX-094です。見ての通り、一般的なメタルプレートよりはるかに軽量化されていますが、内部素材には高強度繊維を使用しています。他社の同価格帯のボディアーマーと比べて耐衝撃性は79パーセントも優越しております」

 

 五十嵐は手際よくスライドを切り替えていく。

 

 アーマーの構造断面図や、社内で行った衝撃試験などの映像が次々に映し出される。

 

「実際のダンジョンで使用してこそ意味がある装備です。そこで、当社が擁する企業探索者との模擬戦を行ってもらい、フィールドでの運動性能や被弾時の衝撃度合いを確認したいのです」

 

「なるほど。実戦に即した形ですね」

 

「はい。まあ実戦とはいえ、あくまで“模擬”戦闘です。急所部分への致命的な攻撃は禁止ということで」

 

「明日一日で終わると考えていいんですか?」

 

「はい。朝から施設に入っていただいて、午後には終了予定です。報酬金額や細かい契約内容は既に端末へお送りさせていただきました。よろしければ今この場で確認していただけますか?」

 

 五十嵐はそう言うと、再びにこりと微笑む。

 

 片倉は言われた通りに端末──ウォーカーを確認し、問題がないと判断する。

 

「分かりました。引き受けましょう」

 

「お話が早くて助かります。それでは──」

 

 そうして、明日の朝にはすぐ動けるよう段取りを進めることになった。

 

 ◆

 

 契約書へのサインを終えると、五十嵐は「せっかくですから、彼女を紹介しますね」と言って部屋を出て行った。

 

 入れ替わりに部屋へ入ってきたのは、女だった。

 

 年の頃は片倉には分からない。

 

 だが、30は回ってないだろうという感じはする。

 

 長い黒髪が滑らかに流れ、その妙な艶が視線を引いた。

 

「初めまして。桜花征機で企業探索者として務めさせて頂いている押野 薫子(おしの かおるこ)といいます」

 

 そう言って、彼女は軽く頭を下げる。

 

 声は低めで、無駄のない落ち着いた雰囲気の女だ。

 

「今回は私が模擬戦闘の相手を務めさせていただきます。よろしくお願いします」

 

 彼女は一見すると、大人しいOLにも見える。

 

 しかし探索者を見た目で量ると痛い目に遭うというのは周知の事実だ。

 

 ちなみに企業探索者とは、企業に所属しながらダンジョン攻略や新装備のテストなどを任務として行う者たちを言う。

 

 その企業から優遇措置を受ける代わりに、依頼の自由などは制限されやすい。

 

「俺は片倉です。明日、よろしく宜しくお願いします」

 

 短く自己紹介すると、押野は軽く微笑んだ。

 

「こちらこそ」

 

 一言交わしただけだが、片倉は妙な圧を感じていた。

 

 PSI能力による干渉だとかそういう事ではなく、分かりやすく言えば武威だとかそういうモノだ。

 

 ──桜花征機の企業探索者、か……

 

「片倉さんも六道建設の企業探索者だったとお伺いしておりますが……」

 

 押野が小首を傾げるように言う。

 

 一見してコミュ障だと看破したのか、薫子は片倉へ話を振った。

 

 それに対して「ええまあ」と曖昧に頷く片倉。

 

「元、はつきますが。ただ、桜花征機の様に他企業の探索者としのぎを削ったりなんてことはしませんでしたよ」

 

 片倉は冗談めかして言う。

 

 企業探索者は時として他企業の探索者と戦闘になる場合がある──もっぱらダンジョンの利権絡みで。

 

 ゆえに、対モンスターのみならず、対人経験も豊富な者が多いのだ。

 

 例えば桜花征機などは、ライバル企業である岩戸重工などと相当激しくやりあっているというのは多くの探索者が知っている事であった。

 

「押野さんはもしかして、桜花機動殲隊の……?」

 

 片倉はふと思った事をそのまま口にしてみた。

 

 しかし薫子はその問いには答えず、うっすらと微笑むのみだ。

 

 桜花機動殲隊とは桜花征機が擁する特殊部隊で、特に対人に特化した訓練を受けてきた探索者たちのチームである。

 

 片倉は余り昨今の探索者界隈の事情に明るいわけではないが、六道建設の雇われだった時期に話に聞いた事があった。

 

「だったら明日は俺は殺されないように精一杯頑張って立ち回るしかありませんね」

 

 片倉が苦笑いを浮かべて言う。

 

「殺傷禁止ですから、そこはまあ信用してくだされば」

 

 薫子はコロコロと笑いながら答えた。

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