【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第七十五話【龍華寺②】

 ◆

 

「俺たちが前線に出るのは明日ですよね」

 

 片倉がスケジュール表を眺めている山田に確認をとると、山田はわずかに頷きながら指先で紙を叩いた。

 

「そうだな。今日は装備の最終点検と情報の共有に当てる。明朝一番に第一陣が寺の外周を攻略する予定だ。そこに協会や桜花征機の精鋭が加わる形になる」

 

「わかりました。準備は万端にしておきます」

 

 片倉の言葉に、城戸が横から低い声で口を挟んだ。

 

「お前、慣れない大人数の指揮系統に振り回されるなよ。単独探索者の癖が抜けきらないと、いざという時に連携が取りづらい」

 

「ご心配ありがとうございます」

 

 そう返す片倉を、城戸は鼻で笑うように見た。

 

「勘違いするな。お前がトチれば、こっちも被害を被るだけだ」

 

 会話はそこで一旦途切れ、同席していた他の探索者たちは苦笑まじりに視線を交わす。城戸の言葉こそ刺々しいが、それが彼なりの気遣いだということを察しているのだろう。ただ、城戸が時々薫子に向ける探るような視線には、不穏なものが混じっていた。

 

 夜が更けると、ベースキャンプの各所で焚き火の光が揺らめき始めた。

 

 大きなテントでは班長クラスの探索者が集まり、地図や作戦書を突き合わせて最終的な隊列や進行ルートを煮詰めている。

 

 その合間を縫うように、片倉は外に出て夜の空気を吸い込んだ。しっとりと肌にまとわりつく風が、木々のかすかなざわめきとともに夜特有の匂いを運んでくる。

 

 しばらく黙って空を見上げていると、背後から人の気配が近づく。

 

 振り返れば薫子がそこにいた。口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。

 

「夜風にあたる余裕があるなんて、意外と落ち着いているんですね」

 

「まあ、焦ったところで何かが変わるわけじゃないんで」

 

 片倉は冷えた指先を軽く握り直す。薫子はそんな片倉の横顔をそっと眺め、それから夜空に視線を戻した。

 

「明日は本格的に動くようですね。私は素材採取を兼ねて後衛気味の配置を任されています」

 

「そうですね。怪我しないように」

 

 薫子が一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐにいつもの落ち着きへと戻った。片倉も再び夜の闇に目を向け、わずかに息を吐く。

 

 翌朝。薄霧が山を包む中、探索隊は三つのグループに分割された。

 

 越前探索者連盟の現地メンバーと協会の精鋭メンバーがそれぞれ隊長を務め、企業探索者らが火力や機動力を補う。

 

 第一陣は寺の外周の掃討を担当する。童子型モンスターが頻繁に出没するとの情報があるため、迅速かつ集中的に制圧する必要がある。

 

 第二陣は回廊の出口付近を押さえつつ、物資輸送や後方支援を担当。

 

 第三陣は安全が確保されてから本堂へ進み、如来型や明王型のモンスターと交戦しながら素材を回収する段取りだ。

 

 片倉と城戸、そして薫子は第一陣のメンバーに配属されていた。入口付近とはいえ油断はできない。童子型は視界や隙を突き、素早く襲撃してくる類だからだ。

 

 苔むした参道を抜け、朽ちかけた山門が見えてきた。

 

 黒ずんだ木材がそびえ立つ様は、巨大な墓標のようで薄気味が悪い。

 

「この先に並んでいる石仏のあたりに、童子型がいるかもしれないっすね」

 

 先頭を行く越前探索者連盟の若手がそう呟き、端末をちらと確認する。

 

 背には肩掛けタイプの大剣があるが、その刀身は独自合金で作られており、周囲の気温や使用者の体温を検知する小型センサーが付いていた。とはいえ攻撃力を大幅に増すような仕掛けはなく、純粋に重さと切れ味──すなわち使い手の力量がものを言う武器だ。

 

 後ろには城戸が続く。

 

 彼は柄にバイタルモニタが組み込まれた短剣を腰に差していた。

 

 これもあくまで自分の握力や動きを数値化するだけの補助機能で、直接的な攻撃力強化は伴わない。

 

 さらにその後方に薫子、そして片倉が続く。片倉の持つ片刃の刀剣も桜花征機の新型合金ブレードだ。

 

 腕力を余すことなく使えるよう重量バランスを調整しているが、切れ味や威力自体は持ち主の身体能力に左右される。

 

 霧で白んだ視界の中、林の奥から耳障りな鳥の鳴き声のような音が断続的に響いてくる。

 

 やがて前列が不意に止まった。

 

 山門の脇にある半壊した小さな祠の周囲に、幼子を象った仏像──童子型が複数じっと佇んでいるのが見える。

 

 金箔を施された木肌が霧の中で鈍い光を帯び、ただならぬ気配を放っている。

 

「……嫌な感じですね」

 

 城戸が低く呟いた。

 

 童子型の丸い目が、探索者たちの動きをしっかり追っている。

 

 片倉が剣の柄を握り直した瞬間、童子型たちは一斉に跳躍した。

 

 鋭い衝突音が鳴り響き、先頭の若手がまともに弾き飛ばされる。

 

「くっ……!」

 

 尻餅をついた若手をかばうように、城戸が童子型の背へ短剣を振り下ろす。

 

 短剣の柄には活動データの読み出し画面が映し出されていたが、それどころではない。

 

 思いのほか木肌は硬く、刀身が弾かれたような重い衝撃が返ってきた。

 

 さらに別の童子型が城戸の背後を狙い、彼はギリギリで身を伏せて回避する。

 

 その隙を縫うように、片倉が一気に距離を詰めた。

 

「城戸さん、右をカバーします!」

 

 駆け寄りながら童子型の背を大きく斬りつける。

 

 合金ブレードが木材を断ち割る際の振動が手にじんと伝わった。

 

 周囲の探索者たちも連携して包囲網を狭めていく。

 

 一方、薫子は黒髪をするすると伸ばして別の童子型を捕捉していた。

 

 硬質ワイヤーのような髪で締め上げられた童子型は甲高い声をあげ、激しく身を捩るが、薫子の髪が顎を砕く勢いで制圧する。

 

 そこへ味方が斧を振り下ろし、首を一気に叩き割った。

 

 斧の刃にも簡易振動機構が仕込まれているが、威力を増すほど強力ではない。

 

 あくまで切り込みやすいよう補助する程度だ。

 

 こうして童子型三体を仕留めたが、周囲の木立からはさらなる足音が響き始めている。霧もいっそう濃くなった気がした。

 

「奥にはまだ厄介そうなのがいるな……」

 

 城戸が舌打ち混じりに言う。だがそう簡単に引ける状況でもない。

 

 遠くから、童子型と思しき小さな影がいくつも動き回っているのが見えた。

 

 片倉は剣を握り直し、じりじりと迫る霧の中で小さく息を吐いた。

 

「さて……まだ出てくるか」

 

 片倉たちは立ち止まることなく慎重に奥へ奥へと歩を進める。

 

 

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