【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第七十六話【龍華寺③】

 ◆

 

 先頭の童子型モンスターを仕留めたあと、一行はさらに奥へと進んでいった。

 

 霧は次第に濃さを増し、周囲の木々や小仏たちがぼんやりとかすむ。

 

 あちこちに倒れた枝や石段の欠片が散乱していて、ひとつ足を踏み違えただけで転倒しそうだった。

 

 片倉は合金ブレードを握りなおし、仲間たちの動きを見渡す。

 

 薫子は先ほどの戦闘で少し息を乱していたが、すでに顔色を整え、髪を束ね直している。

 

 城戸は相変わらず無言で周囲を警戒していた。

 

 越前探索者連盟の若手たちは、童子型の猛攻で少なからず気圧されていたものの、それでも地元の経験を活かして隊列を乱さずに動いている。

 

「さっきみたいな不意打ちは勘弁してくれよな……」

 

 肩をさする男のつぶやきが聞こえたが、誰も答えなかった。

 

 静寂が戻ると、空気がじっとりと肌にまとわりつき、遠くの杉林が不気味にうねる。

 

 空を見上げても、厚い雲が低く垂れこめていて、明るさは期待できそうになかった。

 

 山門をくぐり抜けたあたりから、道幅は次第に狭まり、漆喰の崩れた壁の残骸が進路を阻む。

 

 木立の間からは一瞬だけ陽光が差し込んだが、すぐに黒い影が覆い隠してしまう。

 

 先導していた若手が立ち止まり、端末で周囲の地形を確認していた。

 

「この先に古い鐘楼があるはずです。そこを越えれば、お堂に通じる小径があると聞きました」

 

 声は自信なさげだったが、ほかに確かな手段もない。

 

 片倉たちは無言で肯き、再び歩を進める。

 

 やがて鐘楼に差し掛かると、朽ちかけた梁が見えた。

 

 そこに小柄な童子型が二体、じっと身を潜めているのがわかる。

 

 すでにこちらを見つけている様子で、黒い瞳が怪しく光った。

 

 風が止み、奇妙な静寂が耳を塞ぐ。

 

 次の瞬間、童子型の一体が梁の上から飛び降りてきた。

 

 鋭い爪のような木片を振りかざし、連盟の若手へ襲いかかる。

 

「来るぞ!」

 

 城戸が声を張り上げると同時に、若手が大剣を振りかぶる。

 

 刃は童子型の体表を抉ったが、すぐに相手の腕が横殴りに反撃してくる。

 

 若手は必死にかわそうとしたが、背後にもう一体が回り込み、意表を突く動きで太腿を斬りつけられた。

 

「くそっ、いつの間に……!」

 

 呻く彼をかばうように、城戸が反撃の短剣を振るう。

 

 今度は木肌を深く断ち割り、童子型を斜めに切り裂いた。

 

 体がバラバラに崩れ落ちると、木屑が舞い上がる。

 

 もう一体も、合流してきた連盟メンバーが手際よく仕留めた。

 

 打ち落とされた木片がごとりと地面に転がり、霧の中へじわりと沈んでいく。

 

「大丈夫ですか?」

 

 薫子が太腿を負傷した若手に駆け寄り、応急処置を始める。

 

 髪の毛が鞭のように伸び、手早く止血用の布を引き寄せていた。

 

「すみません……油断しました」

 

 若手は苦い顔をしながら布を巻かれ、痛みに耐えている。

 

 まだ歩けそうだが、深追いは禁物だ。

 

 山田が後方支援班へ通信を入れ、回収を依頼している声が聞こえた。

 

 手際の早さから、こうした事故が起こるのは想定内だったのかもしれない。

 

 やがて応急処置が落ち着くと、片倉たちは先へ進むべく陣形を立て直す。

 

「行きましょう」

 

 薫子が目で片倉に合図する。

 

 片倉はうなずき、城戸や連盟メンバーと共に鐘楼の裏手へ足を向けた。

 

 そこを抜けると、突然視界が開けた。

 

 古びた墓石が並ぶ一角があり、ざらざらとした土の地面が雨上がりの湿気を帯びている。

 

「地図には載っていないな」

 

 城戸が小声で呟く。

 

 連盟のメンバーも戸惑いの色を見せ、端末のマップを拡大する。

 

「おかしいですね……ここは寺院の裏手になるはずですが、こんな墓所は記録にありません」

 

 まるでダンジョンの歪んだ空間が、過去の亡霊を引き寄せているようだった。

 

 だが寄り道をしている場合ではない。

 

 山田からの指示で周囲の安全確認だけ迅速に済ませ、本来のルートへ戻る。

 

 湿った空気に、わずかに血と木の匂いが混じる気がして、片倉は鼻をしかめた。

 

 しばらく雑木林の中を進み、苔むした道標を越えたあたりで、片倉が突然立ち止まる。

 

「……どうしました?」

 

 すぐ後ろにいた薫子が声をかける。

 

 片倉は黙って前方を睨み、呼吸を整えている。

 

 まるで断崖絶壁の端に立たされたような息苦しさを覚えたのだ。

 

 足元がぐらりと揺れたように感じ、思わず木の幹に手をついて踏みとどまる。

 

「この先にやばいのがいるかもしれないです」

 

 片倉の呟きに、近くの連盟メンバーが首をかしげた。

 

「何かって……また童子型か? さっきのが終わったばかりだろう」

 

 片倉は確信を持てなかったが、厄介な気配が迫っていることだけははっきり感じる。

 

 一方、城戸は片倉の顔色を見てすぐに察したようだ。

 

「山田さん、警戒しておいたほうがいい。あいつの勘は悪くない」

 

「わかった」

 

 山田は短く答え、部下たちへ手信号を送った。

 

 すると連盟のメンバーたちが手際よく三列陣形に移行し、左右の斥候を前に出す。

 

 だが、さきほどの若手と思しき男が怪訝そうな顔をしながら口を開く。

 

「……ビビったのかよ。童子型は手ごわいが、十分倒せる相手だっただろう」

 

 その言葉はやや苛立ちを帯びているようだったが、城戸は一瞥もくれずに先を急ぐ。

 

 山田も黙ったまま無視を決め込み、隊列は粛々と進行を続けた。

 

 霧が少しだけ晴れかけたところに、傾きかけの門柱が見える。

 

 門柱の先には、黒ずんだ瓦屋根の大きなお堂が鎮座していた。

 

 バブル期に華美な装飾を施したのだろう、大きな唐破風が空を覆うように反っていて、装飾の軒下には豪奢な彫刻が残されている。

 

 金色の彫り物や乱れ牡丹の意匠が、今もなお奇妙な光を宿している。

 

「派手ですね……」

 

 薫子が小声で漏らす。

 

 しかし片倉には、その堂がまるで巨大な生き物の口のように見えた。

 

 軒下の飾りは猛獣の牙のように歪み、闇の中へ探索者を呑み込もうと待ち構えているかのようだ。

 

 周囲の木立は、ちょうどこのお堂だけを避けるように斜面を切り取られていた。

 

 山田が前に出て、第一陣の意図を改めて口にする。

 

「ここまでで道中の童子型はほぼ処理できているはずだ。だが、堂の内部には如来型や明王型が潜んでいる可能性が高い。俺たちの役割は掃討と安全確保。採取班があとから来ても大丈夫なよう、戦闘を前提に一気に進むぞ」

 

 片倉や城戸、薫子を含めた隊員たちは一斉に武器を構える。

 

 霧の中で金具が触れ合う音が重なり、辺りの静寂を切り裂いていく。

 

 堂の扉は閉ざされているように見えるが、遠目にもどこか壊れかけている箇所があるのがわかる。

 

 太い柱の根元や軒下にはいくつかの仏像が置かれているが、それらが動き出す気配は今のところ感じられない。

 

 しかし油断はできない。

 

 片倉の内側には、言い知れぬ重苦しさが漂っていた。

 

 まるで巨大な怪物の喉元へ、自ら足を踏み入れようとしているような感覚だ。

 

「行くぞ」

 

 山田が合図を送ると、最前列のメンバーが慎重に堂の前へ進む。

 

 足元にはひび割れた石畳が敷かれ、金泥が剥がれ落ちた仏看板の欠片が転がっていた。

 

 薄暗い雲を背景に、この堂だけが奇妙な輝きをまとっている。

 

 だが、その輝きの底には不気味な闇が巣くっているように見えてならない。

 

 片倉にはその正体が何なのか、まだはっきりとは言葉にできない。

 

 ──ひとまず、戦うしかないか

 

 心に浮かぶ一抹の不安を飲み込み、片倉は剣を握り直す。

 

 後続の探索者たちも動揺を抑えながら、ゆっくりと前進を始める。

 

「堂内に突入する前に、周辺の仏像を確実に確認しておきます。何か動きがあったらすぐ報告を」

 

 山田の指示が飛び、隊員たちは散開する。

 

 薫子は後衛を任されており、髪を静かに揺らしながら周囲を警戒している。

 

 城戸は短剣を腰のホルスターに抜き差ししながら、黙々と陣形の死角を埋めにかかる。

 

 片倉は山田と共に正面へ回り、扉の隙間を探るように視線を送り込んだ。

 

 内部は予想以上に暗そうで、天井の梁が強調された独特の造りが見える。

 

「くぐもった音が聞こえませんか?」

 

 片倉がそう言うと、山田も目を細め、耳を澄ます。

 

 確かに、何か低い唸りのようなものが断続的に響いている気がした。

 

 それが風の音なのか、モンスターの鳴き声なのかは判断がつかない。

 

「ここまで来た以上、引き返すことはできん。ここを制圧してこそ、後続の採取班が役目を果たせるんだ」

 

 山田が言った。

 

 資源獲得という現実的な目的がありながらも、ダンジョンの闇に挑む緊張感は誰にとっても慣れがたいものだ。

 

「第一陣、堂内へ突入するぞ。気を抜くな」

 

 山田の号令に応じ、探索者たちは一斉に武器を構え直した。

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