【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第七十七話【大医王】

 

 ◆

 

 堂の扉がきしんだ音を立て、内部へ冷たい空気が流れ込んだ。

 

 通路は異様なまでに長く、まるで外見からは想像できないほど奥行きがあるように見える。

 

 その幅も広大で、大人十人が横になって歩けそうなほどだった。

 

 足元に敷かれた石床はひび割れ、ところどころに瓦礫が散らばっている。

 

 壁際には背の低い仏壇がいくつも崩れかけの形で並び、まばらに蝋燭立ての残骸が転がっていた。

 

 通路の両脇には人型の仏像が左右対称に配置されているが、その多くは腕が折れ、頭部が傾いている。

 

 金箔らしきものが剥がれ、薄暗い木肌がむき出しになっている仏像も多かった。

 

 まるで荒廃した芸術品の博物館を彷徨っているかのような光景だった。

 

 先頭を行く連盟の若手が足を止め、慎重に周囲を窺う。

 

「ひとまず、仏像が動いてくる様子はありませんね」

 

 彼の呟きに、城戸は短剣の柄を軽く叩きながら通路を観察した。

 

 薫子は髪の束をゆるく揺らし、後衛のメンバーと連携を取っている。

 

 片倉はブレードを握る手にわずかな緊張を込め、天井のほうを見上げた。

 

 そこには幾筋もの梁が走っていて、所々に剥落した漆が垂れた跡が見える。

 

 湿気を孕んだ空気に、かすかに土と木が混じった匂いを感じた。

 

「行こう」

 

 山田が短く号令をかけると、一行は足音を殺して進み出す。

 

 濁った薄明かりだけが、遠くへ続く通路をほのかに照らしていた。

 

 しばらく歩いたところで、連盟メンバーの一人が片隅に立つ仏像へ近づいた。

 

 その仏像は肩口から先がぽっきり折れ、腕が床に転がったままになっている。

 

「少しだけ切り取ってみます」

 

 彼は腰の小型ノコギリを取り出し、仏像の脇腹あたりをこつこつと削り始めた。

 

 周囲の誰もが緊張しながら見守るが、仏像はぴくりとも動かない。

 

 やがて指ほどの大きさの木片が切り出され、男はそれを手に取る。

 

「なんてことない普通の木だな……」

 

 彼はそう呟いて苦笑し、欠片をポケットへしまう。

 

「そうと見せかけて実は希少な素材という事もありますから。持ち帰って調べる価値はありそうですね」

 

 薫子が控えめな声で言うと、山田も頷く。

 

「うむ、後の分析に回そう」

 

 通路は相変わらず奥へと伸びていて、一行はさらに慎重に歩みを進める。

 

 木造の柱がいびつに歪んでおり、床の傾きも少しだけ斜めにずれている。

 

 堂全体の時空が歪んでいるのか、外観からは想像できないほど広大に感じられた。

 

 薄暗い天井裏で何かが動く気配がするが、それが鼠なのか、あるいは別の生き物かはわからない。

 

 城戸は立ち止まり、片倉のほうをちらりと見る。

 

 片倉はわずかに眉を寄せ、その視線を前方へ据えたまま小さく唇を動かす。

 

「最奥……ですね」

 

 その言葉に、山田と周囲の探索者たちも意識を集中させる。

 

 ここまで進んでも大きな襲撃はなかったが、むしろ不自然な静けさが不安をかき立てる。

 

「急がず、けれど止まらず……だな」

 

 城戸が低く呟き、一行は左右の仏像を警戒しながら奥へと向かった。

 

 やがて通路の突き当たりが広く開け、見上げるほど高い天井を持つ部屋に出る。

 

 そこはまるで広間というよりは講堂のような空間だった。

 

 床面は先ほどの通路よりも平坦で、中央部には粗末な絨毯が敷かれている。

 

 しかし、その絨毯も端が焼け焦げていて、しみのような跡がいくつも残っていた。

 

 壁際には仏像がずらりと並んでいた。

 

 それも数が尋常ではない。

 

 何十、何百体という単位であるかもしれないほどの仏像が、幾重にも折り重なるように並列している。

 

 多くは損壊が激しく、頭部や腕を失っているものが目についた。

 

 中には胴体だけが崩れかけているものもあって、金箔の片鱗すらほとんど残っていない。

 

 朽ちかけた顔がこちらを睨んでいるようにも見え、思わず身構えるメンバーが数名いた。

 

「すごい数だな……」

 

 連盟の若手が息を呑むと、薫子は髪をそっと揺らしながら周囲を見回した。

 

「これだけあって、まだ動くものがいないっていうのも逆に怖いですね」

 

 城戸も短剣の柄を押さえ、鋭い視線を巡らせる。

 

「何が潜んでいるかわからん」

 

 片倉は合金ブレードの先をわずかに下げ、いつでも動けるよう足の重心を意識する。

 

 そのとき、部屋の奥のほうから一筋の光が漏れるように反射して見えた。

 

「……あれは?」

 

 山田がそちらを指差すと、皆の視線が一点に集まる。

 

 部屋の最奥、幾体もの損壊した仏像に囲まれる形で、一体だけ金色に輝く仏像が座していた。

 

 ほかの仏像のように破損した痕跡は見当たらず、全身が金箔に覆われているように見える。

 

 まるで堂内の闇を切り裂くかのように、眩い煌めきを宿していた。

 

「随分と立派ですね……」

 

 薫子の声には戸惑いと警戒が混ざっていた。

 

 左手に薬壺を持ち、右手を軽く胸の前へ上げたまま印を結んでいる。

 

 肩や膝の曲線は流麗で、顔立ちはどこか慈悲を湛えたような微笑みを残していた。

 

 周囲にある朽ちた仏像とは明らかに異なる気配を放ち、その存在感は際立っている。

 

 金箔が一部も剥がれず、仏台からすら一切動かされた形跡がなかった。

 

「他の像はボロボロなのに傷ひとつないなんて、どう考えてもおかしいな……」

 

 城戸が静かに唇を引き結ぶ。

 

「相当な難物かもな」

 

 山田も低く答え、周囲へ警戒を促すように手で合図をした。

 

 片倉は金色の仏像から目を逸らさない。

 

 全身を覆う鋭い緊迫感が、肌の上をゆっくり這い回る。

 

「まるでこの部屋の主みたいだ」

 

 連盟メンバーの一人が息を呑み、そう呟いた。

 

 

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