【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第七十八話【密やかな声】

 ◆

 

「それにしても……やけに静かだな」

 

 城戸が警戒を解かぬまま、周囲を見やる。

 

 大勢でここまで踏み込んできたのに、何も起こらない。

 

 何も起こらないという事それ自体が、ダンジョンという空間では異常な事なのだ。

 

 薫子は金箔が浮き立つように光る仏像を凝視する。

 

「本当に動かないなら、それはそれで助かりますけど……」

 

 片倉もうなずき、背後を振り返った。

 

 仲間たちは周囲に散り、目立った仕掛けがないかを調べている。

 

 足音は控えめで、皆が息を詰めている様子が見て取れた。

 

 山田も表情を厳しくしながら、金色の仏像を睨みつける。

 

「どうも拍子抜けだな」

 

 彼はそう呟き、短く息を吐いた。

 

 確かに部屋全体を覆う沈黙は重いが、仏像は沈黙を破ることなく、まるでただの置物のように佇んでいる。

 

 山田はさらに念を押すように、周囲へ指示を出した。

 

「皆、あの仏像から少し距離を取りつつ警戒を続けてくれ。……撃ってみるぞ。一応確認をしてみる」

 

 そう言うなり、山田は身近にいた若手に目配せをした。

 

 若手はすぐに合点し、背負っていた小型ケースを床に下ろす。

 

 そこから取り出したのは“投射機”と呼ばれる道具だった。

 

 火器が使えないダンジョンも多い中、この手巻き式のスリングショットは一定の威力を保つ便利な装備とされている。

 

 身体能力でゴムやワイヤーを引き絞るため、ダンジョンの干渉を受けづらいという利点があるのだ。

 

 若手は脚を軽く開き、両腕で投射機を構える。

 

 ポケットから硬質の鉄球を取り出し、ゴムベルト状のバンドに装填した。

 

 そして深く引き絞る。

 

「……撃ちます」

 

 彼は短くそう告げ、金色の仏像めがけて鉄球を放った。

 

 空気を切り裂く軽い破裂音。

 

 次の瞬間、鉄球は仏像の胸部に衝突した。

 

 硬質な衝撃音が部屋に反響し、金属のかすかな残響が尾を引く。

 

 しかし仏像はびくとも動かない。

 

 余計な仕掛けが起動するような気配もない。

 

「反応無しか……」

 

 若手が投射機を抱え直す。

 

 山田が首をひねりながら仏像に近づいた。

 

「勘違い──だったか?」

 

 彼は柄にもなく弱々しい声を漏らし、仏像の真正面まで進む。

 

 周囲の探索者は、その一挙手一投足を見守っていた。

 

 山田は仏像の台座を覗き込み、全身を眺め回す。

 

 ひび割れや剥がれも確認できない。

 

 仏像特有の木目もほとんど見えず、やたらと金箔の層が厚い。

 

 だが、何も起こらない。

 

「…………」

 

 山田は喉をならして一歩下がる。

 

 周囲も少しずつ緊張を解いた。

 

 金色の薬師如来は静かなまま、辺りを睥睨する風情すらない。

 

 城戸が少し距離を詰めようとしたが、山田が手を挙げて制した。

 

「大丈夫そうだが、下手に近づく理由もない。……警戒だけは続けろ」

 

 そう言い捨てると、山田は背を向けて大きく息を吐いた。

 

「さて。他の仏像も軽く見てまわろう。素材の回収は、後続の専門班が来てからでいい」

 

 山田の視線を合図に、探索者たちは部屋の左右に散らばる。

 

 崩れかけた仏像が群れを成している場所や、壁面に貼り付くように倒れている物がないかを一通り探す。

 

 しかし大方の予想通り、それらはただの破損した仏像でしかなかった。

 

 童子型や如来型、あるいは明王型のように動き出す形跡は見当たらない。

 

 片倉も壁の隅に積み上げられた瓦礫を調べてみるが、崩れた柱の残骸に古びた装飾が付着しているだけだった。

 

 城戸は鼻歌まじりに足元を蹴りながら、無数の仏像の間を縫って進む。

 

「おい、片倉。どう思う?」

 

 城戸が小声で問いかける。

 

 片倉はブレードを持ち直し、黙って首を振る。

 

「何もない、という事はないと思うんですけどね」

 

「同感だな」

 

 城戸は軽く肩をすくめ、仏像の列をぐるりと回るように歩き続けた。

 

 城戸にせよ片倉にせよ、この場からある種の圧──意思を感じている。

 

 ただ、それが敵意や殺意かというと疑問だった。

 

 片倉は特にその手の感情に敏感なのだが、その片倉をして判然としない気配の質。

 

 一方、山田も別の場所に積まれた大きな仏頭を見下ろす。

 

 しかしそこにも動きはない。

 

「何もないなら、それはそれで結構なことだが。……じゃあ採取班に丸投げだな」

 

 山田は腰につけた端末を確認し、時間を見やる。

 

 思ったより時間を食ったが、危険がなかったのは幸いだ。

 

 これだけの規模の部屋を見て回るのに、全員が細心の注意を払っていた。

 

 だが何事も起こらず、皆がほっとするような空気になりかけていた。

 

「よし、一旦戻ろう」

 

 山田がそう宣言し、中心部にいた探索者たちが続々と合流する。

 

「素材は回収班に任せよう。俺たちは奥の区画を探ってくるぞ。まだ他にも空間がありそうだしな」

 

 山田は周囲を見渡し、全員が集まったのを確認する。

 

 城戸や片倉、薫子も姿を確認し合い、次の移動に備える。

 

「では撤収だ。慌てるなよ。油断せずに帰るんだぞ」

 

 山田が無線機に向けて指示を飛ばそうとした、そのときだった。

 

「うわっ……!」

 

 列の後ろのほうから小さな悲鳴が上がり、どさりと物音が響く。

 

 視線を向ければ、若手の一人が転んで尻餅をついている。

 

「おいおい……トラップでもあるまいし。足元には気をつけろ」

 

 山田が苦笑まじりに声をかけようとしたが、その目が一瞬ぎくりと強張る。

 

 若手の掌に、鋭く尖った木片が半分ほど埋まっていたのだ。

 

「あちゃー……やっちまったか」

 

 メンバーの一人が駆け寄り、若手の手をそっと持ち上げる。

 

 掌に斜めの角度で刺さっており、血がにじんでいる。

 

 若手は痛みをこらえるように顔をしかめるが、命に関わる怪我ではなさそうだ。

 

「運がないやつだな」

 

 山田が少し呆れたように首を振る。

 

「大した傷じゃないだろうが……」

 

 山田が木片を眺める。

 

 何の変哲もない木片で、これでどうやって掌を貫くほどの大怪我を負ったのか疑問ですらある。

 

「すみません、見てなかったです……」

 

 彼は申し訳なさそうにうなだれ、薫子の応急処置を受けている。

 

 止血しながら、薫子がふと耳を澄ませた。

 

 何かを感じ取ったのか、その瞳が戸惑いを帯びる。

 

「……どうしました?」

 

 片倉が低い声で尋ねると、薫子はそっと口を開いた。

 

「いえ……何か、聞こえませんか?」

 

 そう言われて、他の探索者たちも静かに耳を澄ませる。

 

 足音や息遣いを抑え、部屋の隅へ意識を配る。

 

 霧の奥でかすれる風のような音がする。

 

 しかし、それだけではなかった。

 

 ──『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』

 

 囁くような声。

 

 耳元でかすれるように響き、言葉の意味すら判然としない。

 

 しかし確かに、何者かが経の様なものを唱えている。

 

 探索者たちは一様に顔を強張らせた。

 

「……今のは、何だ?」

 

 山田が低く問いかけると、薫子はきつく眉を寄せる。

 

「真言ですね」

 

「真言? ああ、密教だかの……」

 

 声の発生源はすぐ近くなのか、あるいは遥か遠くなのか。

 

 それすらはっきりしない。

 

 ただ部屋の空気が揺らぎ、どこかから奇妙な振動を伴って声が届いてくる。

 

 ──『おん ころころ せんだり まとうぎ そわか』

 

 先ほどまで静まり返っていた広間にはないはずの音。

 

 山田は額を押さえて小さく息を吐き、周囲を見渡した。

 

 だが、誰も唱えている形跡はない。

 

 隊員の数を数えると、全員がそろっている。

 

 この部屋にほかの人影は見当たらない。

 

「どうやら、何か仕掛けがあるようだな。全員、警戒を続けろ」

 

 囁くような声は続いている。

 

 まるで誰かが部屋全体に念を込めているかのような、不気味な響きだった。

 

 焦燥に駆られた探索者たちは、再び武器を持つ手に力を込める。

 

「撤退するか? それとも先へ進むか……」

 

 山田は葛藤を抱えた様子で周囲を見回した。

 

 だが一瞬、あの金色の仏像がかすかに光を揺らめかせたように見えた。

 

 気のせいかもしれない。

 

 しかし片倉の胸には、言いようのない不安が込み上げてくる。

 

 薫子も視線を仏像へ戻し、息を詰めた。

 

『動くなら、このタイミングだ』

 

 そんな予感を誰もが胸に抱く。

 

「撤退準備だ」

 

 山田が短く命じた。

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