【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第八十二話「念、昂じて④」

 

 ◆

 

「ぐお゙お゙お゙お゙!!!」

 

 佐々木が魔獣の咆哮をあげた。

 

 その声は広間の空気を震わせ、荒れ狂う暴風のごとき気迫を放っている。

 

 暗い堂内に立ちこめる湿った空気が震動した。

 

 天井からは埃が舞い落ち、瓦礫に積もった土砂がわずかに揺れる。

 

 城戸を狙い定めるように、佐々木が突進とともに巨腕を振り上げた。

 

 まるで樹木の幹を引き抜いたような太さの腕が、漲る膂力を誇示している。

 

 生理的嫌悪感をもよおすその不気味な腕だが、筋繊維が異常発達しており、そこから生み出されるパワーは計り知れないものがあるだろう。

 

 城戸は一瞬だけ目を細めた。

 

「──ああ、明らかにさっきより順応してやがるな」

 

 そう呟く城戸の声には、焦りというより妙な諦観に近いトーンが混ざる。

 

 佐々木という探索者は、もう引き返せない場所で行ってしまったのだという諦念。

 

 佐々木の体は、先ほどからさらに膨らんでいるように見えた。

 

 筋肉の隆起に加えて、腕の表面に淡い木目の模様が浮かび上がっている。

 

 ──時間が経てばこいつも仏像になったりしてな

 

 そんなことを思う城戸に、佐々木が拳を振り下ろす。

 

 轟音とともに石が砕け、欠片が飛散する。

 

 それが周りの仏像や壁に当たり、カラカラと不気味な音を響かせた。

 

 城戸はすれすれのタイミングで身をひねり、その剛腕を躱していた。

 

 あと一拍遅れていれば頭を叩き潰されていただろう。

 

 ──そんな雑なもんは当たらねぇけどよ

 

 髪を一瞬だけ揺らしながら、城戸は視線を鋭く走らせる。

 

「ま、でも……まともには受けたくねぇなあ」

 

 その呟きに合わせるように、佐々木の肘がかすめる形で空を薙いだ。

 

 二撃目も空振り。

 

 城戸の機敏さが上回ったかに見えたが、佐々木はすぐさま体を反転させる。

 

 その動作に無駄がない。

 

 先ほどまでは力任せの暴走に近かったが、今はわずかなタイミングを測っているような動きになっている。

 

 以前より攻撃の無駄が減っている。

 

 ごく短時間のうちに、佐々木はどんどん戦闘者として洗練されていっている事が城戸にも分かった。

 

 ──余り時間をかけるのも悪手か。手札は出来るだけ伏しておきたかったんだけどよ

 

 城戸は奥歯を噛みながら、手首を軽く回す。

 

 もしかすると、このままでは自分でも手の付けられない化け物に成長してしまうかもしれない──城戸はそう思った。

 

 ──早期決着がいいか

 

 そう思った城戸だが、気配を感じる。

 

 見れば薫子がいつの間にか佐々木の背後へ回り込んでいた。

 

 得物は持たず、正拳突きの構えを取っている。

 

 佐々木の動きを視界に収めたまま、一瞬のブレさえ見逃さない姿勢。

 

 膝を軽く曲げ、呼吸をわずかに溜め込む。

 

 薫子が静かに息を吐き──そして、腹筋を中心に弾性を集めるような動作から一気に拳を突き出した。

 

 音が破裂する。

 

 まるで空気が弾け飛ぶような炸裂音だった。

 

 堂内にこもった湿気を切り裂き、突き進む衝撃波が明確な振動を発する。

 

 音速拳だ。

 

 音の壁を越えた攻撃を生身で出せる者はそう多くない。

 

 単に身体能力が高いだけでなく、正確な打ち方を熟知しなければ音速の壁は超えられないからだ。

 

「さすが……桜花征機のエージェントってところか」

 

 城戸は内心で舌を巻く。

 

 格闘技術を極めた者にしかできない攻撃だ。

 

 しかも、それを実戦の最中に迷いなく放つ胆力がある。

 

 ドゥン、と重い衝撃が佐々木の背を貫く。

 

「ぐあああっ!」

 

 佐々木がたまらず叫ぶ。

 

 一瞬だけ上体が前のめりになり、巨腕の動きが鈍った。

 

 痛覚はあるのか、肩から背中にかけて波打つように肉が震えている。

 

 ──しかし、その隙はほんの一瞬。

 

 佐々木は痛みに快楽を混ぜ合わせるように、自分の体を無理やり動かし始める。

 

 まるで更なる苦痛を味わうほど興奮を増すように、表情に狂気がにじんでいた。

 

 衝撃に耐えつつ、獣のような唸り声をあげ、膝を踏み込んで体勢を立て直した。

 

「まげないッ!! おまえら、もんずだぁぁには!」

 

 口走る言葉ももはや意味を成していない。

 

 理性を超えた、本能的な発話に近い。

 

 薫子はすぐに後退した。

 

 臆したからではない。

 

 “追撃者”の邪魔をしないためだ。

 

 城戸の視線が横へ流れた。

 

 片倉が既にナイフを手に滑り込んできていた。

 

 先ほど見た山田の動きよりも数段鋭い戦闘機動。

 

 ダイナミックでシャープな足運びには躊躇がなく、重心移動も滑らかだ。

 

 勢いそのままに、片倉は急所を狙うようにナイフを突き出した。

 

 次の一撃も、その次の一撃も急所。

 

 全ての攻撃が確実に致命部を狙っている。

 

 喉、心窩、鎖骨下、腋下、そして首筋。

 

 どれも人間ならば命に直結する場所だ。

 

「いでぇええええええええ!! いでぇよおおおお!」

 

 佐々木が絶叫を漏らし、巨腕を振り回す。

 

 生きた嵐の様な暴虐──だが。

 

 片倉はその嵐の只中にあって、妙にぬるりとした動きでことごとく回避している。

 

 踏み込みのタイミング、上半身の捌き方、いずれも理詰めというよりは勘に近いが、的確極まりない。

 

 まるでどこから、どんな角度で腕が飛んでくるか読めているかのように、最小限の動きで攻撃を躱す。

 

 その様子を見た越前連盟のメンバーたちは、言葉も出せないまま圧倒されている。

 

「──アイツも妙な事をやってるな。まあ、単独探索者なんてのは切り札を持ってて当然だけどよ」

 

 城戸が唸るように零した。

 

 片倉の挙動は、いわゆる一般的な武術とも違う。

 

 どこか独自の勘と技術の結合した動きに見えた。

 

 その回避と攻撃の組み合わせが、佐々木の身体を少しずつ削っていく。

 

 近接での斬り込みは危険を伴うが、片倉はそれすら恐れない構えで、鋭くナイフを差し込み続けている。

 

 血のような体液が広間の床を汚している。

 そこに混ざるのはヒトの血や汗とは違う、腐った木材と獣の体臭が混ざったような、生理的嫌悪を掻き立てる匂い。

 

 それでも佐々木の叫びは途切れない。

 

「やめろやめろやめろぉッ!」

 

 痛みと怒りがない交ぜの悲鳴が反響する。

 

 連盟のメンバーは一歩も前へ出られないまま、壁際で状況を見守るしかなかった。

 

 そんな悲痛な叫びにさすがに哀れになったのだろう、城戸はハァと大きくため息をつく。

 

「……さっさと終わらせてやるか。まだまだ“仕事”もあるからな……」

 

 城戸は吐き捨てるように言うと、持っていたナイフを床へ捨てた。

 

 金属が鳴る短い音が広間に響く。

 

 キンと乾いたその残響が、血生臭い空間に妙な余韻を残した。

 

 続けて城戸は自分の機械化した左腕を前面へ伸ばし、掌を広げ──上腕二頭筋の部分に右手を当てる。

 

 まるで何かのスイッチでも押すかのように見える仕草だった。




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