【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

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第八十七話「ムトウ②」

 

 ◆

 

 ムトウの身体が内側から爆ぜるように膨張した。

 

 戦闘服の繊維が悲鳴を上げ、筋という筋が鋼鉄のワイヤーの如く隆起する。

 

 皮膚の下で血管が蚯蚓(みみず)のようにのたうち、その太さは常人の親指ほどにも達しようとしていた。

 

 両の眼(まなこ)は血走り、赤黒い炎を宿したかのようにぎらついている。

 

 全身から放たれる圧は、もはや尋常な人間のそれではない。

 

 妖気とも鬼気ともつかぬ凄まじいまでの威圧感が、堂内の空気を重く押し潰さんとばかりに満ちていく。

 

 城戸は苦々しく舌打ちした。

 

「ムトウ! てめぇが取り込まれてどうするよ、ボケが!」

 

 怒声に近い罵倒が飛ぶ。

 

 だがそれはムトウを案ずるが故の焦燥の裏返しでもあった。

 

「片倉! 押野! 他の連中もだ! ムトウは佐々木の坊主みたいにゃあいかねえぞ! 備えとけよ!」

 

 城戸の警告が、緊張で張り詰めた堂内に鋭く突き刺さる。

 

 しかし。

 

 ムトウには佐々木の時のように、見境なく仲間へ襲いかかってくる気配はなかった。

 

 その血走った眼はただ一点、金色の薬師如来を射貫いている。

 

 様子が変わったという点では佐々木と同じだが、そのベクトルがまるで異なる。

 

 先ほどよりも数段激しく、荒々しく、薬師如来への攻撃を再開したのだ。

 

 それはもはや人の動きではない。

 

 生きた嵐。

 

 荒れ狂う暴風そのものとなって、ムトウは薬師如来に襲いかかっていた。

 

 踏み込みの速さ、拳の重さ、連打の回転、その全てが先刻までとは比較にならぬほど増強されている。

 

 城戸たちですら、迂闊に間合いへ踏み込めぬほどの凄まじい気迫と手数であった。

 

「誰が取り込まれるだと!? ふざけなさんな! この! 俺が! モンスターの駒なんぞになるわけがねえだろうが、よぉッ!」

 

 咆哮。

 

 それはムトウ自身の意志の叫びか、あるいは彼に取り憑いた何者かの哄笑か。

 

 薬師如来はムトウの猛攻の前にみるみるうちにその金色の仏身を破壊されていった。

 

 もちろん、薬師如来もただやられているわけではない。

 

 振り下ろされた錫杖が、重い風切り音と共にムトウの左腕を捉えた。

 

 ゴシャッ、と骨肉が砕け散る鈍い音。

 

 ムトウの左腕が肩口から無惨にもぎ取られ宙を舞う。

 

 鮮血が噴水のように吹き上がり、堂内の床を赤黒く染めた。

 

 印を結んだ右手から放たれる瑠璃光はムトウの脇腹を抉るように照射される。

 

 と肉の焼ける音と鼻を突く焦げ臭い匂い──皮膚は爛れ、その下の肉は見るもおぞましい色へと変質していく。

 

 だが。

 

 ムトウは怯まなかった。

 

 それどころか堪えた様子すら微塵も見せない。

 

「ははははッ!」

 

 引きちぎられたはずの左腕が、肩口から瞬く間に再生を始める。

 

 肉が盛り上がり、骨が形成され、皮膚が覆っていく。

 

 それはまるで早回しの映像を見ているかのようであり、数呼吸の後には、元通り──いや、以前にも増して太く、逞しい腕がそこにはあった。

 

 瑠璃光に焼かれた脇腹も同様だ。

 

 変質し、腐りかけた皮膚がまるで古い瘡蓋(かさぶた)のように剥がれ落ち、その下からは新たな、健康的な色の皮膚が顔を覗かせている。

 

 超常的な再生能力。

 

 それはもはや人間の治癒力という範疇を遥かに逸脱していた。

 

 単に力が向上しただけではない。

 

 薬師如来の錫杖による再度の攻撃を紙一重で見切り、最小限の動きで回避する。

 

 瑠璃光の照射も予測していたかのようにステップで躱す。

 

「俺はねぇ! 現役時代は二度同じパンチは食らわない事で有名だったンだ! 

 

 そしてその回避から流れるように繋がるカウンターの拳。

 

 一撃一撃が、薬師如来の仏身を確実に破壊していく。

 

 金色の装甲が砕け、木片のようなものが飛び散り、青緑の光が傷口から漏れ出す。

 

 それはかつてムトウが渇望してやまなかった「圧倒的な強さ」そのものであった。

 

 ◆

 

 力が内から湧き上がってくる。

 

 止めどなく、際限なく。

 

 これが俺の求めていたものだ。

 

 そうだ、これこそが、俺が本当に欲しかった「強さ」なんだ。

 

 リングの上では常に計算し、相手の隙を窺い、ポイントを重ねることを強いられてきた。

 

 玄人受けする燻し銀の技巧。

 

 そんなものはクソ喰らえだ。

 

 俺が欲しかったのはそんな小賢しいものではない。

 

 観客が総立ちになり熱狂の渦に巻き込まれるような絶対的な強さ。

 

 一撃で相手を沈黙させリングの中央で勝利を誇示する、そんな圧倒的な力。

 

 今、俺の身体にはその力が満ち溢れている。

 

 腕が千切れようが、肉が焼け爛れようが関係ない。

 

 すぐに再生する。

 

 痛みすらこの高揚感の前では心地よいスパイスに過ぎない。

 

 見ていろ、城戸。

 

 他の連中も。

 

 俺をロートルだと言った奴らに今の俺を見せてやりたい。

 

 これが本当の俺の姿だ。

 

 この力で俺はこの化け物を打ち砕く。

 

 そして俺こそが最強であることを証明してやる。

 

 ◆

 

「……手がつけられねぇな」

 

 城戸は半分呆れ、半分感嘆したような声で呟いた。

 

 ムトウの戦闘は常軌を逸していた。

 

 薬師如来が錫杖を振り下ろせば、それを腕で受け止め、錫杖ごとへし折らんばかりの力で押し返す。

 

 瑠璃光が照射されれば、それに臆することなく突進し、光の奔流を拳で打ち砕く。

 

 その様はまさに阿修羅。

 

 三面六臂の闘神が仏敵を打ち滅ぼさんと顕現したかのようであった。

 

 片倉は言葉を失っていた。

 

 佐々木の変貌も異様だったが、ムトウのそれは次元が違う。

 

 佐々木は力に呑まれ狂気に陥った。

 

 だがムトウはその狂気すらも自らの力として制御し、戦闘力に昇華させているように見える。

 

 ──だが

 

 だがしかし、と片倉は思う。

 

 匂うのだ。

 

 片倉特有の感覚──死の気配、死の匂い。

 

 それをムトウから感じるのだ。

 

 ──長くはもたないな

 

 言葉には出さない。

 

 

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