【屍の塔~恋人を生き返らせる為、俺は100のダンジョンに挑む】   作:埴輪庭

92 / 93
第九十二話「城戸④」

 

 ◆

 

 城戸の踏み込みは鋭かった。

 

 床石を蹴る音が堂内に響く。

 

 ナイフが銀の軌跡を描き、片倉の喉元を狙う。

 

 片倉は半身を捻って躱す。

 

 髪の毛先を刃が掠め、数本が宙に舞った。

 

「やっと本気になったか、片倉」

 

 城戸が血の滲む脇腹を押さえながら言う。

 

 その声には奇妙な満足感が滲んでいた。

 

 片倉は答えず、再び斬りかかる。

 

 上段からの振り下ろし。

 

 重い一撃だが、城戸はそれを紙一重で躱す。

 

 刃が床石を叩き、火花が散った。

 

 しかしその時。

 

 城戸の目に異様な光景が映った。

 

 片倉の背後に複数の人影が立っている。

 

 眼鏡をかけた女性。

 

 人の良さそうな中年男。

 

 快活な雰囲気の若い女。

 

 他にもいる。

 

 ──なんだ、これは……

 

 幻覚か。

 

 いや、違う。

 

 城戸には分かる。

 

 これは片倉が背負っているもの。

 

 失った者たちの残像。

 

 亡霊。

 

 いや、それとも違う。

 

 片倉自身が心の奥底に刻み込んだ死者たちの記憶が、何らかの形で顕在化したものか。

 

 ダンジョンという異質な空間がそれを可能としたのだろう。

 

「はは……」

 

 城戸の口から小さな笑いが漏れた。

 

 ──なるほどな

 

 自分が片倉を誘った理由が、ようやく分かった気がした。

 

 同じだ。

 

 自分と同じように大切な者を失い、それでも前に進んでいる。

 

 そんな片倉に無意識のうちに何かを求めていたのかもしれない。

 

 ──俺は、止めてもらいたかったのか

 

 岩戸重工の犬として生きることに疲れ果てていた。

 

 玲子を失い、自分を見失い、ただ言われるままに人を殺す日々。

 

 そんな自分を誰かに止めてもらいたかった。

 

 片倉なら──同じ痛みを知る片倉なら、できるかもしれない。

 

 だがそれは甘えだ。

 

 自分で自分にケリをつけられない弱さの現れでしかない。

 

 城戸は自嘲的に口元を歪める。

 

 片倉の刃が再び迫る。

 

 横薙ぎの一閃。

 

 城戸は後方へ跳躍して距離を取った。

 

 着地と同時に前へ。

 

 ナイフを下段から跳ね上げる。

 

 片倉はそれを刀剣で弾く。

 

 金属音が堂内に響き渡る。

 

 薫子は血溜まりの中で浅い呼吸を続けていた。

 

 その瞳は朦朧としながらも、二人の戦いを見つめている。

 

 ──なぜ

 

 薫子の意識は混濁していたが、その疑問だけは明確だった。

 

 なぜ城戸は自分を刺したのか。

 

 なぜ片倉と戦っているのか。

 

 理解できない。

 

 だが体は動かない。

 

 ナノ毒という城戸の言葉が本当なら、もう助からないのかもしれない。

 

 視界が徐々に暗くなっていく。

 

 城戸と片倉の攻防は続いていた。

 

 互いに一歩も譲らない。

 

 技術的には城戸が上回っているはずだった。

 

 長年の経験と、幾多の死線をくぐり抜けてきた勘。

 

 それらが彼の動きを研ぎ澄ませている。

 

 だが片倉も負けていない。

 

 怒りが彼の身体能力を限界まで引き上げていた。

 

 普段なら躱せないはずの攻撃を、ぎりぎりで回避する。

 

 普段なら届かないはずの間合いに、刃を届かせる。

 

 ──面白い

 

 城戸は内心でそう思った。

 

 これほど張り合いのある戦いは久しぶりだ。

 

 企業の依頼で殺してきた連中は、どいつもこいつも弱すぎた。

 

 抵抗らしい抵抗もできずに死んでいく。

 

 それが仕事だから淡々とこなしてきたが、心のどこかで物足りなさを感じていた。

 

 だが片倉は違う。

 

 本気で自分を殺そうとしている。

 

 その殺意が心地よい。

 

 ナイフと刀剣が再び激突する。

 

 鍔迫り合いの状態。

 

 互いの顔が間近に迫る。

 

 城戸は片倉の瞳を覗き込んだ。

 

 怒りに燃える瞳。

 

 だがその奥に、別の感情も見えた。

 

 悲しみ。

 

 絶望。

 

 そして──

 

 諦念。

 

 また仲間を失うという諦め。

 

 守れなかったという自責。

 

 それらが混然一体となって、片倉の瞳に宿っていた。

 

 ──ああ、やっぱり同じだ

 

 城戸は確信した。

 

 この男も自分と同じように、大切な者を失い続けている。

 

 それでも前に進むことを止められない。

 

 ダンジョン探索者という生き方を選んだ者の、逃れられない宿命。

 

 鍔迫り合いを解いて、二人は同時に後方へ跳んだ。

 

 間合いが開く。

 

 城戸は肩で息をしている。

 

 脇腹の傷が思いのほか深い。

 

 血が止まらない。

 

 戦闘服が赤黒く染まっていく。

 

 片倉も息を切らしていた。

 

 額から汗が流れ、顎から滴り落ちる。

 

 握るナイフが微かに震えている。

 

 ──そろそろ潮時か

 

 城戸はそう思った。

 

 このまま戦い続けても、どちらかが死ぬまで終わらない。

 

 いや、死ぬのは自分の方だろう。

 

 脇腹の傷が致命的だ。

 

 だがそれでもいい。

 

 むしろそれを望んでいたのかもしれない。

 

 堂内に重い沈黙が降りる。

 

 血の匂いが充満している。

 

 薫子の血。

 

 城戸の血。

 

 そして恐らく、これから流れるであろう血。

 

 城戸は片倉の背後を見つめた。

 

 相変わらず人影が立っている。

 

 死者たちの幻影。

 

 片倉が背負い続けているもの。

 

 ──重いだろうな

 

 他人事ではない。

 

 自分も玲子という重荷を背負っている。

 

 いや、重荷というのは違うか。

 

 玲子は重荷ではない。

 

 自分が勝手に背負い込んでいるだけだ。

 

 玲子はきっと、こんな自分を見たら怒るだろう。

 

 ──バカじゃないの、あんた

 

 そんな声が聞こえてきそうだ。

 

 城戸は薄く笑った。

 

 その笑みを見て、片倉が眉をひそめる。

 

「何がおかしい」

 

 低い声。

 

 殺意が篭もっている。

 

 城戸は首を振った。

 

「いや、なんでもねぇよ」

 

 嘘だ。

 

 全部がおかしい。

 

 この状況も。

 

 自分の選択も。

 

 片倉の怒りも。

 

 全てが滑稽で、悲しくて、どうしようもない。

 

 だがそれが探索者の生き様だ。

 

 ダンジョンに魅入られ、ダンジョンに翻弄され、ダンジョンに殺される。

 

 直接的にせよ、間接的にせよ。

 

 城戸はナイフを構え直した。

 

 血で濡れた刃が薄暗い堂内で鈍く光る。

 

 片倉も刀剣を構える。

 

 二人の間に再び緊張が走る。

 

 先に動いたのは──

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。