蜃気楼の塔での修行やフォロッドの式典も終えて俺達はエスタード島へ帰還した。
船乗り達や王族達、その関係者達にとっては数週間ではあったが、俺達にとっては数ヶ月にも及ぶ修行だった。
だから、一先ず石板の過去改変は一旦中止して各々が家族や友人達と過ごす為にゆっくりする時間として設けた。
「お父上、話があります」
とある日の昼過ぎ。政務が落ち着いた頃合いに真剣な表情をしたキーファがバーンズ王の元へ赴いた。
この数日の間に何かあったらしい。その変化は家族として、親子として、1人の王として何か悩んでいる事は分かっていたからそろそろだと思っていた。
「バーンズ王にお話があると言う事は、ワシは席を外した方がよろしいですな」
「いえ、大臣も残って下さい。それと、リーサにも伝えておかなくちゃならないと思うんだ……」
「私も、ですか……??」
そして、キーファは父王バーンズと妹殿下リーサ、彼らを側でずっと支えてきた宰相である大臣にも自分が経験した未来の記憶、そしてこれからの事について語っていった。
最初はキーファの話が突拍子し過ぎて冗談か何かだと笑っていたが、父王バーンズが亡き王妃と過ごした甘い日々や失った絶望感など、誰にも話した事がない事を言われて信じる他なかった。
そして、それを踏まえてキーファ自身のこれからについて語られて初めて、彼がどれほど悩んで出した結論なのかが伝わって彼らはその答えにただ呆然とするしか無かった。
「俺は……これからの旅で、きっと過去に残る様な選択をするとは思う……。だから、最初っからみんなには自分の言葉で伝えておきたかったんだ。
お父上、いや、親父……こんな馬鹿息子でごめん。大臣にも迷惑を掛ける……。リーサ、ずっと一緒に居てやれなくてごめんな……。みんな、俺を愛してくれてありがとう……」
「お兄様っ……!!」
「この、馬鹿者めっ……!!」
リーサ王女と父王バーンズはぐしゃぐしゃに泣きながらも強く大きくなったキーファを抱きしめた。
そんな中で大臣だけは呆然としていた。キーファの話を頭で理解する事を拒んでいたからだ。
「……うそだ」
「? 大臣……」
「そんなの、絶対に嘘に決まっていますっ……!!」
「大臣、貴様っ……!! っ!? 大臣っ……??」
「だって、そうじゃないとっ……!! そう、じゃないとっ……!! バーンズ王も、リーサ姫も、キーファ王子もっ……!!
何故なんですかっ!? 何故、神は私の大事な人達にっ……!! 一体に何を、こんなのってっ……!!」
「大臣、お前……」
「大臣さん……」
大臣は惨めで、それでいてまるで駄々を捏ねる子供の様に喚きながらも、床にうずくまって涙を流していた。
彼もキーファの言っている事が嘘だとは思っていない。それほど真剣な眼差しで、それは側でずっと見て来た親友と同じ王の眼差しだった。
だからこそ、キーファ王子の言う事が信じたくなかった。一体、彼らが何をしたと言うのだと神を呪うつもりで涙を流し続けた。
「大臣、ありがとう」
「……えっ?」
「俺はさ、昔からアレンとは違って大臣に迷惑ばかり掛けてきたけどさ……。
アンタが親父の側に居てくれたから、ずっと支えてきてくれたから心置きなく自分の使命を、宿命を受け入れられたんだと思う。
そうじゃなかったら、俺もこの運命を受け入れる事なんて出来なかったとは思う。だから、ありがとう。
ずっと俺達王族を支えてくれて、こんな俺の事に涙を流してくれてありがとう。
そして、辛いけどこれからも親父やリーサを頼んだぜ? アンタを残したのはさ、きっとこんな事頼めるのアンタしか居ないと思って……」
「王子……」
キーファによって蹲っていた大臣は手を差し伸べられて、その大きくて厚くなったと成長を感じさせる彼の手を握り返して立ち上がる。
「お兄様、アレン達には……??」
「……俺の口からは、言わないつもりだ」
「っ!? それはっ……!?」
視線を逸らす敬愛する兄に対して初めてリーサは怒りを覚えて、その顔を殴ろうとカァッとなったが、それは父王バーンズによって阻止された。
「よせ、リーサ」
「でも、お父様っ……!? お父、様……?」
「よすんだっ……」
バーンズは息子のキーファの想いを誰よりも理解していた。だからこそ、涙を堪えながら優しくリーサの手を掴んで離さなかった。
「キーファ、それで本当に後悔はないのか……?」
「っ!? 後悔は、あるに決まっているじゃねえかっ……!! 俺だって、俺だってっ……!!
みんなと別れたく無いっ……!! こんな事も本当は伝えたいっ……!! でも、アイツらには、アイツらの使命があるんだ……。
それを、俺は邪魔したく無い……。これ以上の重荷を背負う事だけは避けたい……。親父も分かっているんだろ?」
「そう、だな……。お前の気持ちは、確かにワシ達だけの心に秘めておく。リーサも良いな?」
「お父様っ……!? わかり、ました……」
「ごめんな、リーサ」
「謝らないで下さい。お兄様が、勝手なのはいつもの事ですから……」
「ハハッ! そう、だったな!」
そう言えばいつも実家である王城を脱走しては兵士達や大臣達を困らせていたっけと自嘲した。しかし、リーサが言いたいのはそう言うことではなかった。
「でも、これだけは忘れないで下さい。私達は、いや、アレン達もきっとお兄様と別れてもずっと心で繋がっていると思います。
ずっと想っております。その事だけは忘れないで下さい。いつか、お兄様のその時が来ても私達はずっとお兄様を想っております」
「リーサ……。ありがとう……。それと、遅くなったけど俺の責務をありがとうな。もう、お前は心配されるだけの王女じゃ無い。自信を持て。だってお前の周りには」
「ふふっ。分かっておりますわ」
「そうか、そうだな……。これ以上は野暮だ。親父、大臣、リーサ、時間を作ってくれてありがとな。これで心置きなく運命を受け入れられるよ」
キーファは思う。自分は恵まれている。こんなにも暖かくて優しい人達に想ってもらえる幸福を感じながらも自分の運命を受け入れて前に進む決意を固めたのだった。