宴が終わったのに中々寝付けずにいたアレンとキーファはテントの外で聞こえた物音に反応して様子を見る。
物取りや逸れのモンスターではない事にホッと一息するのも束の間、休息地の出入り口へ静かに歩みを進める男の姿あった。
そこには儀式の後から目を覚まさなかったジャンが旅支度を済ませており、その表情は一族との訣別を決意した固い表情だった。
「ジャンさん……」
「っ!? 起こしてしまったか……?」
「いいや、丁度寝付けなかったから……」
「そうか……」
「その格好……」
「あぁ、お察しの通りだ。俺は一族から離れる事にした」
悲しそうで、それでいて自らの行いを悔いながら自嘲する様にジャンが呟く。その姿を見てキーファは苛つき隠しきれずに噛みついた。
「っ!? みんなに別れの挨拶をしなくて良いのかよ……」
「出来る訳が無いさ……。それと改めて、儀式の時は世話になったな。あんな結果になったけど、礼をするのを忘れていたよ……」
「っ!? 俺達にじゃない……! ジャンさんが居なくなったら、これからライラはどうなるんだ?
神を復活されるユバール族の宿命ってやつをあの子1人に背負わせるつもりなのか?」
アレンはジャンの胸ぐらを掴み今にも殴りかかろうとするキーファを止めて落ち着かせた。
「キーファ……。ジャンさん、本当にこれで後悔はありませんか?」
「後悔はあるに決まっているさ……。生まれてからずっと一緒に過ごして来た家族なんだ。いや、だからこそ、だな……。
それにな、キーファ。俺は初めから彼女を裏切り続けていたんだよ。これを見てくれ……」
「その、アザはっ……!?」
「大地の精霊の紋章……。やはり、ジャンさんも持っていましたか……」
「アレン、やっぱりってどう言う事だ……」
「精霊の紋章を半分しか持っていないアルスはまだ細かな制御が出来ていないから気が付いて居なかったけど、俺はジャンさんを見て何となく俺達と同類に感じていた。
ただ、ジャンさんの紋章の気配はとても薄かった。ライラさんとは比べる事もなく、他のユバール族の民と比べてもその差はほんの少ししかなくて俺も勘違いだと思っていたんだ……」
「ハハッ……。本当に凄いな、アレンは……。ユバール族には鉄の掟があってな。紋章を持つもの同士は絶対に結婚してはならないと言う掟だ。
俺はライラとは違って生まれた時は紋章が無かったけど、2年前に彼女と婚約した頃から突然浮かび上がって来てな……。
最初は気のせいだと思っていたけど次第にアザがくっきりとなった頃には、俺はライラを心から愛してしまっていた……。だから、ずっと隠していたんだ……」
力無く笑うジャンを見て同情していたアレン。しかし、仲裁した彼を押し退けて怒りを露わにするキーファが再度ジャンの胸ぐらを掴んで静かに怒鳴った。
「……さっきから聞いていりゃ一体何なんだよ。族長もベレッタさんも、ダーツさんもアンタもっ……!
掟だ宿命だと勝手に雁字搦めになってライラの気持ちは無視なのか!? あの子はそれでずっと苦しんでいた!
自分を押し殺して来た! 何で婚約者であるアンタが寄り添ってやれないんだよ!! ライラを愛していたんだろうがよ!!」
「……そう言う処だよ。アンタの好き勝手に物を言う処が俺は最初っから大嫌いなんだ。
だけど、ライラの心も守りあの子を本当に支えてやれるのは、俺ではなくきっとアンタだけだと思うんだ。
無理にとは言わない。世界を救う旅をしているアンタにこんな事を間違っているのかもしれない……。
でも、俺以上にライラをここまで思ってくれているアンタにしか頼めない事なんだ。あの子を支えてやって欲しい。頼む、キーファ」
「っ!? ジャンさん……」
キーファに力強く願うジャンの瞳を見て、キーファは掴んでいた彼の胸ぐらから手を離した。
「アンタも付き合わせて悪かったな、アレン」
「ううん。そんな事はないよ、ジャンさん。これから、貴方はどうするんだ?」
「世界各地を巡って自分なりに人を助けようと思う」
「そうか……。それなら、これを受け取って欲しい」
「ん? これは……」
アレンがジャンに近付くと自身の指から外した指輪と懐から出した1000G入った小袋を手渡した。
「旅先で得た祈りの指輪と少しばかりの軍資金。事情や経緯はどうあれ使命に苦しみ、生きた者が先立つんだからこれくらいは受け取って欲しい」
「いや、しかしだな……」
ジャンはアレンからの贈り物に対して嬉しさ半分、自身がこんな高価な品々を貰って良いのだろうかと困惑していた。だけど、アレンはそんな彼を置いて続けて言った。
「俺はさ、儀式で演奏したジャンさんのトゥーラを聞いて感動した。初めてだった、あんなに音楽の力に魅了されたのは……」
同じトゥーラの弾き手としてジャンの技量は本当に凄かった。アレンも王族に聞かせられる程に一流の技量はあるが、彼の演奏はそれ以上の神を相手にする意味を理解させられた。
彼の演奏は正にその生涯を懸けて一族の悲願を叶えると言う気迫と熱量がその音に込められていた。
アレンは心の奥底から湧き上がる感情に自身ですら気が付かない内に、感動のあまり涙がこぼれ落ちた程の衝撃を受けていたと彼に知って欲しかったのだった。
「アレン……」
「もしかしたら、ジャンさんは死にたがっているかもしれないけど俺は貴方に生きて欲しい。
そして、またいつか何処かでどんな形でも良いから貴方のトゥーラを聞きたいと思ったんだ」
「……ありがとう。俺なんかの演奏にそう言って貰えなんて……。これは有り難く受け取るよ」
「それと、もしも旅している時に火の精霊の紋章を額に持つ赤髪のグレンと言う男に会ったら、俺やアルスの事を伝えればきっと手を貸してくれる筈だ」
「分かった。何か困った時はその人を頼ろう。それじゃ、俺は行くよ。ライラや一族のみんなを助けてくれてありがとう。またな」
少しだけ、ほんの少しだけ話す前よりも穏やかな表情になったジャンはユバール族の休息地から旅立った。
グレンがこの時代に居るのかは正直分からない。でも、彼が魔王軍の目を引きつけているからこそ、アレン達は静かに島の封印を解除する事が出来ているのだ。
だから、きっとこの選択は悪い物ではないと思ってジャンに伝えた。同じ精霊の聖刻を受けた者同士、いつかは巡り会うと信じてアレンは見送ったのだった。
火の精霊の紋章を持つグレンは魔王軍に対してマール・デ・ドラゴーン達の様にゲリラ戦を行なっています。
魔王軍としても精霊の紋章を持つ強き者の存在は看過出来ず、自然とマークが強まりますがそれは彼の本意でもある。
そう言う理由もあってアレン達の被害が最小限になっておりますので、ご了承の程よろしくお願いします。