Key,boardman   作:rocket

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身を以て知ること

 

 

 

「おはようございます」

 

昨日と同じく翌日も学校が終わればバイトの為に下北沢のスターリーへ。まだ働き始めて二日目だが、初日と違い仕事場の働き方や雰囲気を知り、ライブスタッフとして働いた経験によって自信が付いた。仕事のやり方を掴んだこともあってバイト先へ行く足取りは昨日より軽い。

 

もっとも足取りが軽い一番の理由は、いつも背中に引っ付けている妹が不在であることなのだが。

 

 

昨日の初バイトが終わってすぐにひとりが体調を崩し、帰宅して体温を計ると高熱を出していたことがわかった。ひとりは数年ぶりに風邪を引いてしまったようだ。慣れないバイトで無理が祟ったのか前日の氷風呂の影響が遅れて来たのか原因は分からないが、今朝になっても熱は下がらず、学校には登校できずバイトも出られる状態ではなかったので僕は身一つで家を出た。

 思えばひとりを連れずに登校するのも今まで無かったことなので、隣にひとりがいない2時間の電車通学はなんだか落ち着かない気分だった。

 

「おはようございます」

「おう、お前は……優一だよな?」

 

僕の声に反応したのは店長さんとPAさんだけで、他の人はまだ来ていないようだ。店長さんはドリンクカウンターに座ってジュースを飲みながらノートパソコンを置いて事務仕事をしていた。

 店長さんが飲んでる児童アニメのキャラデザの紙パックジュース、あれって店長さんみたいな大人でも好んで飲む人いるんだ。ふたりも好きなんだよなあれ

 

「正解です。ひとりは休みだって虹夏さんから聞いてませんか?」

「いや、それは聞いたけど、それでも確かめないと分からん。それよりぼっちちゃん熱出したんだって?大丈夫か?」

「心配要りません、おそらくただの風邪なので。家で専業主婦の母が看ているので大丈夫です」

「そうか……なら良いけど……」

 

こうやってひとりのことを心配してくれる人が家族以外にもいることが自分のことのように嬉しい。バイトを始めてよかったと思う

 

「今日はなにからすればいいですか?」

「そうだな、あっちに今日業者から仕入れた商品が置いてあるから、それ全部2階に運んでくれ」

「はい」

「えっ……」

 

近くで機材を触っていたPAさんが反応した。

 

「2階上がったら業者に回収させる空き瓶まとめて置いてあるからついでに持って降りてこい。全部な」

「わかりました」

「あの店長、それを一人にやらせるのは……」

「せっかく入った男手なんだから使わねーと勿体ねーだろ。あたしは虹夏と違って甘くはねーからな」

「でも……」

 

PAさんが心配そうにこちらを見る。ピアスいっぱい付けててちょっと怖いイメージあったけど、実は優しい人なんだな。帰ったらひとりに教えてあげよう。

 

「男なら泣き言言わずに黙ってやれ。できるよな?」

「優一くん、無理しないでくださいね?虹夏さんとリョウさんが来るのを待ってもいいですし、なんなら私も手伝いますから」

「いいえ、先輩方の手を煩わせるわけにはいきません。店長さんの言う通りこのための男手でもありますから」

 

PAさんの気遣いはありがたいが、店長直々の命令だ。まだ言われたことしかできない新人なんだから与えられたお仕事はちゃんとやろう。物を運ぶだけの簡単な仕事ならむしろ進んでやるべきことなんだから

 

ーーーーーーーーー

 

「店長さん、終わりました」

「え!?もう!?」

「早いな。結構量あったと思ったが」

 

確かに箱詰めされたドリンク類や何段も積み重なった酒瓶のケースを見た時は圧倒されたが、やることは手に持って階段を往復するだけだ。重かったが無理と言うほどでもない。

 

「これくらいじゃへこたれませんよ。次は何すればいいですか?」

「じゃトイレ掃除な。昨日よりも美しくを心がけろ」

「昨日よりも美しくですね。分かりました」

 

ーーーーーーーーー

 

「トイレ掃除終わりました」

「昨日よりも綺麗にしたか?」

「はい、昨日よりも気合い入れてやりました。チェックしますか?」

「いや、ならいい……」

「……? それじゃ次はなにを」

「あー、今はいい、いいからちょっと座れ」

「? はい」 

 

そう言われて店長さんが座っているカウンターの隣の席に座る

 

「ん、ほれ」

 

店長さんは自分が飲んでいるものと同じ可愛いパッケージのリンゴジュースをくれた。

店長さんからもらったリンゴジュースにストローを差して口につける。甘くて美味しい。労働のあとの喉に沁みる。でも幼児用のちっちゃい紙パックだから吸いすぎるとすぐに無くなりそうだ。だからちびちびと飲むことにしよう

 

「うまいか?」

「あ、はい」

「そうか」

 

そう言うと店長さんはちょっと嬉しそうに口角を上げた。その表情に少しだけ虹夏さんの面影が見えた気がする。

歳上の人に言うのも失礼だけどこのジュースといいなんか可愛くない?この人。歳は知らないけど

 

「ありがとうございます。でもお仕事はいいんですか?」

「気にすんな。それにこれ以上やられたら虹夏とリョウにやらせる仕事がなくなる」

 

そうか……せっかく来てもやる事もなく暇だったら困るもんな。いや、リョウさんならむしろラッキーくらいに思いそうだけど

 

「ま、頑張ってもらったし小休憩だ。あたしも一息つくから暇つぶしに話付き合え」

「はぁ」

 

予想外にも店長さんとおしゃべりすることになった。

 

 

「ぼっちちゃんと仲は良いのか?」

「そうですね、小さい頃からずっと一緒です。今日みたいに離れてる時のほうが珍しいくらいですね」

「べったりじゃねーか」

 

自覚してます。

 

「ひとりは引っ込み思案なので、僕が付いていてあげないと人に話しかけることもできませんし、僕もひとりのそばにいることが普通になりました」

「あたしに男の兄弟はいないから分かんねーけど、普通男女の兄妹ってもっと距離空けたり喧嘩したりするもんじゃないのか?」

「ひとりと喧嘩はできません。ひとりはすぐに謝る子ですし、その上自己嫌悪に陥るので。僕もそんなひとりを見るのは嫌ですから」

「ふーん……ぼっちちゃんのこと大事にしてるんだな」

「それにひとりを責めると弱いものいじめみたいで潰れそうなほどの罪悪感に襲われるので喧嘩はやりたくないです」

「そこまでか?」

 

ひとりを咎めることは極たまにしかないが、双子の妹が足元で土下座して「ごめんなさい……ごめんなさい……」と延々と繰り返す様を見るのは結構心に来ます。というか怖いです。

 

「店長さんは虹夏さんと喧嘩することはあるんですか?」

「あーいや、喧嘩というか……」

「こないだ皿洗いしてなかったことで虹夏さんに怒られてましたよね」

 

そちらの仕事もひと段落ついたのか、僕らの話に割り込んできたのはPAさんだった。

 

「おい余計なこと言うな!黙ってろ!」

「いいじゃないですか。私も新人くんとお話したいですよ」

「皿洗い?」

「その日はずっと虹夏さんにそっぽ向かれて落ち込んでたんですよ。それで店長がお高めのお菓子買ってきて許してもらってから一緒に食べたんですよね」

「テメェ……」

 

なにそのエピソード、可愛いすぎない?一緒にお菓子食べて仲直りとか字面だけで可愛いんだけど。

 

家事をし忘れたってことが原因なら店長さんが悪いけど、店長さんって妹に嫌われて落ち込んじゃう人なんだ。リョウさんが言っていたシスコンというのは正直半信半疑だったが、その話が本当なら信憑性が増したな。

 

「あんま外で言いふらすんじゃねーぞ。お前も給料減らされたくなきゃ下手なこと口走んじゃねぇ」

「ふふっ、こわいこわい」

 

言葉づかいはキツいが、顔赤くしながら言っても強がってるのが丸わかりだ。やっぱり可愛い人だな?この人

 

 

「お前ちょっと素直すぎねーか?なんつーか、毒が無さすぎるんだよ」

「そうでしょうか」

「重い物運ぶ仕事も一人で終わらせちまうし、トイレ掃除も文句一つ言わずに丁寧にやるし、少しくらい嫌な顔すると思ったのに拍子抜けしたわ」

 

そうなの?昨日リョウさんにも同じようなことを言われたが、別に嫌がられるような仕事を引き受けたつもりはないんだけど

 

「バイトって上の人に言われたことは素直にやるものだと思いますけど」

「いや、それで合ってるしそっちのほうが助かるんだけどな。あたしがお前くらいの頃はバイト先の店長にもムカつく客にも普通に逆らってたから」

「そうなんですか?」

「ハゲとかクソ野郎とか言ってたな」

「そういうことを僕も言えと?」

「いや、それはあたしが困る。あたしもこの立場になってからとんでもないことしてたって気付いたよ。若気の至りってやつだ」

 

やっぱりというか見た目通りというか、随分と荒れてそうな青春送ってたみたいだな店長さん。

 

「やっぱり素直なほうがいいじゃないですか。それに僕は人に悪口は言えません」

「ほー、親から良い教育受けてんだな」

「それもありますが、そういう言葉に人一倍敏感な存在が身近にいるので、あまり言いたくないんです」

「ぼっちちゃんか……妹想いなんだな」

「ええ、ひとりを傷つけたくはないですし、ひとりのためならなんでもしますよ僕は」

「シスコンかお前」

「お互い様です」

「おい」

「ぷっ……」

 

このやりとりを聞いていたPAさんが吹き出した。

 

「リョウだな……あの野郎新人に余計なこと吹き込みやがって」

「それに虹夏さんやリョウさんがちゃんと教えてくれてるんです。それなのに嫌な顔なんてできませんよ」

 

リョウさんはマイペースだけど仕事のやり方は丁寧に教えてくれたし、虹夏さんはキョドるひとりの面倒を根気強く見てくれた。それに昨日虹夏さんが言っていた言葉を思い出したら、仕事に手を抜こうなんて思えない。

 

「丁寧な接客もトイレの掃除も、お客さんが楽しんでいってくれるためなら頑張れます。僕もお客さんにスターリーを良い箱だと思って欲しいですから」

「……生意気言ってんじゃねーまだ二日目のくせに」

「わっ……」

 

そう言うと店長さんは僕の頭をガシガシと乱暴な手つきで掻き回し、僕の髪を乱した。

 

「……でもま、店長としては悪い気はしねぇ。その気持ち大事にしろよ」

「ツンデレ……」

「黙れ」

 

PAさんの呟きに店長がドスの効いた声で返すもPAさんは微塵も恐がっていない。仲が良いんだなこの二人。

 

「それにしても達観してんなお前……あたしは昔そんなこと考えてながらバイトしてなかったけどな。お前歳いくつだよ」

「15です」

「15……そうか……もう倍か……」

 

倍……?もしかして歳のことか?え、まさか

 

「失礼ですが店長、おいくつで」

「あ゛?」

「申し訳ありません」

 

こっちに向けられるヤンキーの睨みこっわ!これがメンチってやつか!?ひとりが見たら泡吹いて倒れそうだ

 

「店長は今年30の29歳ですよ」

「テメェ勝手に教えんな!」

「いいじゃないですか。ここで働くなら黙っててもそのうちバレるんですから」

「えっ…29……?」

「なんだよ」

「いえ、もっとお若いかと……虹夏さんのお姉さんだしまだ20歳超えたくらいかと思ってました」

 

お世辞ではない。実際店長さんはかなり綺麗な女性で高校生とは言えずとも大学生と言われても違和感のない容姿だ。というか妹の虹夏さんが高二だからかなり歳の離れた姉妹なんだな

 

「……お前口説いてんのかそりゃ」

「あらあら」

 

しまった。今の言い方は下心があると思われてしまっただろうか。でも今さら嘘と言うのもなんだか違う気がする。それにこうやってお喋りしてるうちに店長さんと打ち解けてきたと思うし、ちょっと茶化してもいいだろうか

 

「今の店長さん的には何点くらいですかね?」

「0点だバーカ。そういうのはもっと男らしくなってからやれガキが」

 

店長さんはまた僕の頭をガシガシと掻き乱した。でも嫌な気はしない。むしろちょっと嬉しい。かわいがられてるみたいで

 

「お前のことちょっと分かってきたわ。ぼっちちゃんと違って生意気だってことがな」

「すみません、今後直します」

「あー待て待て、それはいい。むしろあたし的にはまだまだ物足りないくらいだ」

「でも生意気なのは良くないのでは?」

「言っただろ、お前は毒が無さすぎるって。男子高校生なんてちょっとヤンチャなくらいがちょうど良いんだよ。あたしが高校の頃の同級生男子なんて先公に隠れてタバコ吸ってるような奴ばっかだったぞ」

 

それはちょっとの言葉で収まるヤンチャ具合なのだろうか?昔っていろいろ緩いところがあったらしいし、店長さんの世代では普通だったのだろうか。どのみち僕に未成年喫煙なんてやる度胸はないが、

 

「それにお前仮にもロックバンドのメンバーだろうが。ロッカーが素直な良い子ちゃんで収まってんじゃねぇ。もっとこう、反骨精神持って生きろ」

「店長に逆らえということですか?」

「違うそうじゃねぇ、なんつーか……そうだ、お前あたしに悪口言ってみろ」

「わ、悪口?店長さんの?」

 

いきなり何を言うんだこの人は。さっき人の悪口は言いたくないと言ったのを忘れたのだろうか

 

「いいからロッカーになるための練習だと思って言ってみろ。バイト先の店長の悪口の一つも言えねー奴がロックだなんて鼻で笑われんぞ」

「で、でもそれでもし店長さんを怒らせたら給料減らされるか最悪クビに……」

「そこでビビるからロックじゃねぇんだよ。ロッカーなら怖い物知らずになれ。それにあたしも昔は通った道だ。多少のことじゃ怒らないから安心しろ」

 

なるほど、過去の自分がバイト先でやっていたことを、時が経って今は自分が店長の立場になって悪口を言われる側になる……なんかヤンキーの世代交代とか伝統の継承みたいだな。

店長も言う側だったから理解してくれるみたいだし、ロックのための練習というのならせっかくだから乗らせてもらおうかな。

でも僕は女子に間違われるほど声が高いし、店長さんのようにドスの効いた声は出せない。とりあえず低めの声を意識してみようか。

 

「お、おいコラァ!」

「ぶふっ…!」

「か、かわいい……」

 

ほらこうなる。だって言えないし、人の悪口なんて。できることはせいぜいひとりのことをメンタル紙耐久クソ雑魚陰キャとか言うくらいだ。ひとりの前で口には出さないけど

 

「笑わないでくださいよ……」

「ああすまん……いやこれも悪くないけどな、啖呵切るんじゃなくてちゃんと怒らせるワードでいけ」

 

もっと怒らせるってどうすれば……

そうだ、サボり常習犯らしいリョウさんにはおそらく店長さんも手を焼いているはずだ。もしリョウさんが店長さんを怒らせるとすれば……

 

「お、おいこのシスコン店長!あまりこき使うな!給料増やせ!お昼寝時間寄越せ!」

「お前リョウのこと考えてるだろ」

 

お見通しですか。さすが店長さん

 

「確かにムカつくけどあいつは参考にすんな。いっそもっとストレートに行け。あたしはハゲの客にハゲって言って怒らせたりしてたぞ」

 

他人の身体的特徴は言っちゃダメなんじゃないかな……でも店長さんがロッカーになるための練習だって言うし、多少のことじゃ怒らないと言ってくれた。ならばもう少し踏み込んでみるか。店長さんは美人だし、見た目を悪く言うのは無理そうだ。ならば女性があまり言われたくないことで、店長さんも気にしてそうな……

 

「おい年増」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございまー……ってゴミ箱に誰か入ってる!?ぼっちちゃんいくら狭い場所が好きだからってゴミ箱は……ってあれ?ぼっちちゃん今日休みじゃなかったっけ?」

「おう虹夏、ゴミ箱一杯になったからそれ捨てとけ」

「え、どうしたのお姉ちゃん。それにゆうちゃんは?来てないの?」

「虹夏……これ、ぼっちじゃない」

「え……?あっ!ほんとだ!?これよく見たらぼっちちゃんじゃなくてゆうちゃんだ!!なんでゆうちゃんがゴミ箱に……っていうか息してなくない!?」

 

「店長……怒らないんじゃなかったんですか?」

「多少のことではな。あいつはそれを超えた。今後トイレの掃除はずっとあいつにやらせる」

「もう……」

 

「ゆうちゃんしっかりしてー!スターリーで死ぬのはぼっちちゃんだけで十分だよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

死ぬってこういう感覚なんだね、ひとり。お兄ちゃんひとりのことをまた一つ理解できた気がするよ。あとゴミ箱の中って意外と落ち着くよ

 

営業時間になったら普通に叩き起こされてバイト頑張りました。起きた時には永世トイレ掃除係に任命されていて、トイレを司る神様としてリョウさんに祀られました。そして女性の年齢で冗談はもうやめようと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




店長は御茶ノ水の楽器店でバイトしていた過去がありますが、今回の話ではそこではない違うバイト先の経験として考えています。
いただいた感想は噛み締めるほどよく読んでます。今後もいただけると作者の励みになります。
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