Key,boardman   作:rocket

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リョウさんとエロトークした日

 

 

 

「機材運び終わりましたー」

 

バイト三日目、今日もひとりは家でお留守番だ。まだ熱は引いていないが昨日よりは顔色は良くなり咳もしなくなっていて、元気になりつつあるのが分かって安心した。

 体調が良くなると身体を動かす余裕もできる。そうなると暇を持て余すようになるので、家族が見ていない隙にギターに手を伸ばすであろうことは明白だった。

 

ひとりは一度ギターを持って押し入れに入ると長時間のめり込む。それこそ長時間飲まず食わずの不眠不休で弾き続けるほどだ。そんなことをすればせっかく治りかけた風邪をぶり返し、体調を悪化させてしまうかもしれない。それは避けたかったため、ギターは没収して母さんに預けた。当然ひとりはこの仕打ちに不満を洩らし、僕に文句を言ってきたのだが

 

「ゆうちゃんなんてきらっ……!!き……うぅ〜……っ」

 

反抗する言葉を言い切ることもできず布団の中に潜って降参した。こうやって「嫌い」という言葉すら言えないのだから兄妹喧嘩はしようにもできないのだ。

妹の数少ない楽しみを奪うのは心苦しいが、早く元気になってもらうためだ。どうか分かってくれひとり。そう思いながら僕は今日も一人で家を出た。

 

 

 

「おう、お疲れ様さん」

 

重労働な一仕事を終えて店長さんに報告する。今日も店長さんはリンゴジュース片手に事務仕事だ。もしコーヒーとか置いてたら割と格好良く写ると思うのだが、幼児用ジュースなんだよなぁ、よりによって。人の飲み物にケチつける気はないけど。

 

「店長さん何かやることありますか?」

「じゃ、あれの面倒見とけ」

 

店長さんが指差した方を見ると、テーブルに突っ伏して寝ている人がいた。リョウさんだ。僕が離れて機材を運んでいる間に来ていたのか。

 

「んー……」

 

リョウさんの前の席に座るもリョウさんは寝たままだ。店長さんはリョウさんの面倒を見ろとは言ったが、寝ている子に対して何かするようなこともない。きっとそういう面目で休憩を取らせてくれたんだろう。だんだん店長さんがどういう人か分かってきた気がする

 

考えてみればバイト先に来て早々眠るってめちゃくちゃ図太いなこの人。この度胸をひとりにも分けてほしいくらいだ

 

「……ゆう?」

「おはようございます、リョウさん」

 

いつのまにかリョウさんは顔を上げていた。

 

「虹夏さんは一緒じゃないんですか?」

「虹夏は日直。掃除当番」

 

ということは虹夏さんを置いて一人で下校してきたのかこの人。僕かひとりがそうなら終わるまで待ってるけど。ドライというかマイペースというかリョウさんらしい

 リョウさんが眠気の残る目で僕の顔をまじまじと見た後、何かを思いついたのか身体を起こした。

 

「寝ないんですか?」

「眠かったけど、それよりもやりたいことができた」

 

そう言うとリョウさんは背を伸ばして姿勢を直した。どうやら本当に眠る気はないようだ。

 

「ゆう、私たちは同じバンドメンバーになったけど、まだまだ知らない人同士だと思う」

「まあ、そうですね」

「そこで、ゆうと話をしてお互いを知りたい」

「リョウさんってそういうの好きな人でしたっけ?」

 

どちらかといえばそれは虹夏さんのタイプで、逆にリョウさんは面倒くさがるタイプに見えるけど

 

「普段はこんなこと言わない。でもゆうはバンドを組んだ初めての男子メンバーだから、興味が湧いた」

「私には友達と呼べる付き合いの男子は学校には一人もいない。それどころか女子でも学校で気兼ねなく話せる相手は虹夏しかいない」

「寂しくないですか?」

「全然。それにあまりたくさんの人に囲まれるのは好きじゃない」

 

なんかリョウさんのイメージ通りだな。孤高って感じで

 

「私は無愛想だけど、今まで組んだバンド内の雰囲気を悪くしない程度には愛想よく振る舞ってきたつもり」

 

リョウさんって結束バンド以前にバンドを組んでたのか。確かに初ライブの日に聴いたベースはかなり上手かったし、自信のある出立ちを見ればそれなりに経験を積んでいてもおかしくはない

 

「だから、他愛のない会話でバンドメンバーとしてお互いの親交を深めてみようと思う」

 

親睦会といえば初のバンドミーティングの日もそれを兼ねていたが、一対一でお喋りすることはなかった。

それに普段無表情で口数の少ないリョウさんのほうから意外にもこうして歩み寄ってくれているのだ、その好意を無碍にする選択肢などありはしない。

 

「良いですよ。他愛のない会話、しましょうか」

「なら早速、親交の深まる会話といえば相場が決まっている」

「好きな食べ物とか?」

「エロトークしよう」

「バカかてめぇ」

「おおう」

 

しまった。店長さんの口の悪さが移ったか。

その店長さんはエロトークと聞こえたところでこちらを見ていた。そりゃ誰だって驚くよな、急にこんなワード聞こえてきたら

 

「すみません。先輩に対して失礼な物言いでした」

「驚いた。普段はそういう話し方するの?」

「いえ、悪い大人に影響されました」

 

店長さんのほうをチラリと見て答える

 

「納得」

 

店長さんが小さく「ほざけ」と呟いて顔をパソコンに向き直した。そういうところですよ。

 

「とにかくすみません、以後気をつけます」

「いや、いいよ。逆にもっと言って欲しい」

「いいんですか?」

「そういう尖ったツッコミは虹夏くらいしかやってくれないから。マブダチみたいで良い。むしろ大好物」

 

そういえばこの人変人って言うと喜ぶって虹夏さんが言ってたな。なんだかんだでリョウさんも人との繋がりを作るのは嫌いじゃないらしい。それにしたってエロトークとは意味が分からないが

 

「それで…えっと、なぜ猥談を?」

「違う。そんな畏まった言い方じゃない。『Erotic talk』はい復唱」

「そんな声に出したくない英語もそうそうないですよ。なんでそんなネイティブに話せるんですか」

「洋楽もいっぱい聴いてるから」

 

それで身につくのか……活かせる場所はかなり間違ってるけど

 

「なぜエロトークかというと、親密になるにはまず自分をさらけ出すのが最適と考えた」

「リョウさん、僕はこう見えて男です」

「知ってる」

「百歩譲ってエロトークで親交を深め合うとしても、それは同性とするべきあって、異性でやるものではないんじゃないでしょうか」

「私は見た目がイケメンよりなのは自覚してる。実際寄ってくるのは男より女の方が多い」

 

まあ、そうだよな。僕もリョウさんと初対面の時は美人さんだとは思ったが中性的な顔立ちという印象が強かった。

 

「そしてゆう、初見では女の子に間違われることが多いよね」

「まあ、はい」

「男みたいだけど女の私、女みたいだけど男のゆう、これはもう同性と言ってもいいのでは?」

 

そうかな…?

 

「そうかも…?」

「ちげーよ」

 

店長が遠くからツッコミを入れる。あの人仕事しながらめっちゃ聞き耳立ててるじゃん。

 

「ノリでエロトークしようなんて言ったけど、もしこういうのが苦手だったらごめん」

 

こういう気遣いもできる人なんだな。ちょっと意外だ

 

「まだまだ高校上がりたてのお子様には早かったね。こういうのはもう少し大人になってからのほうがいいよね」

 

違うわ。挑発してるわこの人。やっすい挑発だな。それで乗ってくると思っているのだろうか。

 

でもここで断ったらリョウさんの興が醒めて、せっかくリョウさんとお喋りできる機会を失われそうだ。親交を深めることを拒否するくらいならあえて挑発に乗ったほうが良いかもしれない。エロトークで盛り上がるかは別として

 

「そこまで言うなら試しにやってみますか、エロトーク」

 

まさかバンドメンバーの年上の女の先輩とこんなことする日が来るとは。店長さんが「マジかこいつ……」とでも言いたげな顔してこっちを見ているが、気にしないでおこう

 

「じゃあまず、ゆうは胸は大きいのと小さいの、どっちが好み?」

「いきなりですね…どちらかといえば大きいほうかと」

「それはやっぱりぼっちの影響?」

「おっとその前に。リョウさん、僕とひとりは家族です。僕は家族のひとりをそういう目で見ることはない、それを踏まえておいてください」

「わかった」

 

こういう話をすれば一番身近な異性が引き合いに出されるのは目に見えている。エロトークというお題でひとりのことを話して妹を性的な目で見ていると誤解されては困るので先に否定しておかなければならない。

 

「ぼっちといえば普段ジャージだから目立たないけど、こないだのを見て思った。あれ、着痩せするタイプで実は結構なものをお持ちでは?」

 

こないだとはバイト初日のことだろう。なるべく目立たないような姿勢をさせたが、それでも胸の膨らみは誤魔化せなかったようだ

 

「……そうですね……特に中学に上がってからは急激に成長したかと」

 

ひとりが他の同級生女子よりも恵体ではないかということは中学生の時から気付いていたことではあった。僕も男だ、女子への興味自体は当然ある。それでもひとりに劣情を抱くことはあり得ないが

 

「すごいね。虹夏はここ数年ほとんど変わってないのに。スリーサイズとかは分かる?」

「……さすがにそれは」

「ちなみに虹夏は」

「ストップ、リョウさん」

 

リョウさんの話を遮る。それは僕が聞いていい話ではない。気にはなるが

 

「エロトークにノリが必要なのは理解しますが、それでもラインは考えるべきです。スリーサイズなんてデリケートな情報を教えたはずのない人、しかも男が知っていたなんて本人からすればすごく恐いことだと思うんです」

「……わかった。私も口が軽すぎた。ごめん」

「それに」

 

ドリンクカウンターのほうをチラッと見る。店長さんが飲み干した紙パックジュースを手に持って握り潰していた

 

「後が怖そうなんで」

「たしかに」

 

店長さんは「チッ」と舌打ちしながら握り潰したジュースのパックをカウンターに転がした。

 

「リョウさん、実を言うと僕は以前測ったことがあるのでひとりのスリーサイズを知っています。さすがに詳しくは言えませんが」

 

母さんがオーチューブで見た動画に触発されて、裁縫や服飾にハマったことがあった。そこでひとりに着せたい服を自作してみたいと言うことになって、僕がひとりの身体の採寸を務めたことがあったのだ。なぜ僕にやらせたのかというと、僕がやればひとりも大人しく言うことを聞くかららしい。まあ、母さんがひとりに着せたい服はひとりの好む服ではないことが多いし、確かに嫌がられる可能性はあったからその判断もわかるけど

 

「ですがここでその数値を言ったとしても、この情報は役に立たないでしょう」

「それはなぜ?」

「僕が覚えている数値よりも確実に、今のひとりは成長しているからです」

「おうふ」

 

最近ひとりの身体を見たのはこないだの氷風呂に入っていた時だが、過去に採寸した時よりも確実に胸は膨らみ、肉付きも良くなっていた。

 誤解を招くことを避けるためにもう一度言う。僕は妹をそういう目で見ない。ひとりの身体を見たのは冷えたひとりを助け出すための不可抗力であり、他意はない。

 

「良いね。ちょっと楽しくなってきた」

「それはどうも」

「場が温まってきたところで、今度は私自身のことをネタにしたいと思う」

 

リョウさん自身のエロトーク……見た目だけなら落ち着いた美人さんの口からどんな話が飛び出るのか、そう考えるとドキドキする

 

「私はすぐサボるとかだらしないとかお金の使い方に計画性がないとかで怒られることが多い」

「なんの話ですか」

「まずは聞いて」

「アッハイ」

「他人は私の人間性に問題があると決めつけるが、それは誤解。私のことを勘違いしている。私は自分を律する心が弱いのではなく、他人より欲求が強すぎるのが問題」

「私は欲しいものはお金も無いのにすぐに買ったり学校の宿題を面倒くさがったりと、物欲や怠惰欲といった欲求は他人よりかなり強い。抗おうとしても抗えないほどに」

「言い訳にしか聞こえませんが」

「ゆうも私のことを理解してくれないんだね。先輩悲しい」

 

リョウさんはハンカチを目に当てよよ……と泣き真似をするが、それを理解してくれる人がもしいるならそれはとんでもなく大きな器の持ち主かリョウさんのことを盲目的に好いている人くらいだろう。そんな人がいるとは思えないが。

 当然僕も今のリョウさんに抱くイメージはただの「自制できない人」である

 

「そういうわけで、私はあらゆる欲求が他人より強いということを知ってほしい。私は食べることが好き。新しくできた店が気になった時はたとえ金欠でも虹夏に借りてでも食べに行こうとするし、置いてあるお菓子は全部一人で食べ尽くす」

「リョウさん、それはさすがに意地汚いと思いますが」

「心配しないで、自覚はある。それよりこれは何欲が強いと思う?」

「食欲、ですか?」

「そう、そして私は寝るのも好き。寝ている時が一番幸せと思えるくらい。これは何欲?」

「睡眠欲ですね」

「ここからが本題。その二つの欲は生理的三大欲求と呼ばれる。ゆうは生理的三大欲求のことは知ってる?」

「睡眠欲、食欲…… っ!?」

 

ま、まさか……

 

「そして最後は……もう分かるよね」

 

 

 

「せ、性欲も……!?」

 

リョウさんがあらゆる欲求を我慢できない自制心のない人であることは分かったが、その話が本当なら意地汚いとも言える食欲やバイト先でも平気で眠る睡眠欲に匹敵するほどの性欲も待ち合わせているというのか……!?

 

「確かめてみる…?」

 

そういうとリョウさんは身を乗り出して前のめりになって僕に顔を寄せ、着ているブラウスの首元に指をかけ、下に引っ張る。

 スターリーは常時薄暗いため影に隠れてよくは見えない。本当に襟首を引っ張るだけで肌を晒しているわけではないのだが前のめりの体勢のおかげで何か見えなくともどこか扇情的に感じてしまう。

 

ゴクリと生唾が喉を通る。

 

この人、顔が良い!ユニセックスな顔立ちといえどものすごく美人だ!こんな人が性欲が強いなんて考えただけで心臓が高鳴る。

 リョウさんの表情自体は変わっていないが上目遣いでこちらを見られているとその顔が誘惑している印象に捕らわれそうになる。いかん、このままではまずい……あまり長くこうしていられるとだんだんと興ふ

 

次の瞬間、角ばった豪速球が僕らの顔面にぶち込まれた。

 

「さっさと仕事しろ!店でサカってんじゃねえエロガキども!!」

 

僕らの顔面に命中したものは店長さんが飲んだ紙パックジュースをいくつも潰して固めた塊だった。それはどんな握力ならこんなに圧縮されるんだと疑問を抱くほどに重い弾丸だった。

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

店長さんの鬼の怒号で僕らは開店前の掃除を始めたのだが、その空間に会話はない。

 

き、気まずい……

 

ノリでエロトークするだけならともかく流れで変な空気になった後だからリョウさんに声かけにくい……そもそも話しかけたとしても今リョウさんを見たらあの光景を思い出してしどろもどろになりそうだ。他人に声をかけるのが怖いというひとりもこんな気分なんだろうか?いや目の前の相手とエロトークした挙句変な空気になったから話しかけにくかったなんてひとりに言ったところで共感なんてしてくれないだろうけど。

 

「ごめんね」

 

落ち着かない気分で床を拭いていると、リョウさんのほうから話しかけてきた

 

「悪ノリが過ぎた。男子とこういう話するのは初めてだったから調子に乗り過ぎた。気分が悪くなったらごめん」

 

「あ……いえ、そんなことないです」

 

あちらからから話を振って空気をおかしくしたのは確かにリョウさんのほうだが、こうやってしゅんとして謝られるとなんだかこちらのほうが申し訳なく思ってしまう。

 

「僕も楽しかったですよ。なんかリョウさんと距離が近付いた気がします」

「マブ?」

「え?ああ……マブですね」

「なら良かった」

 

かすかにだがリョウさんが微笑みを浮かべたのがわかった。それは普段見せるイケメン女子の風格ではなく可愛らしい女の子の印象だった。この人こんな顔もするんだな……

 

「虹夏さんとはこういう話はしないんですか?」

「虹夏はこういう話が苦手。顔を赤くして騒いで話を逸らすからしたくてもできない。経験のない生娘はこれだから」

 

確かにあの明るい虹夏さんが嬉々としてエロトークするところは想像できないな……そしてリョウさん、あなたは虹夏さんを生娘と呼べるほど経験豊富なんですか?学校で虹夏さん以外に話し相手がいないと聞きましたが

 

「ゆうのことが知れて良かった。大きい胸が好きなこととか」

「おうマブダチ、ダチならそういうことは言いふらさねぇよなぁ?」

「……ふふ、なら私の性欲が強いこともね」

「それ、冗談じゃなかったんですか?」

「さあ、どうだか」

「……くくっ」

「ふふっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあバイトの私語を完全に禁止するのってどう思う?」

「店長……ウザいのは分かりますけどそれはちょっと……」

 

 

変な形ではあるが、今日はリョウさんと仲良くなれたと思う。帰ってもひとりに話すつもりはないが

 

 

 

 

 

 




喜多ちゃん加入までテンポよくいきたいのに道草食いすぎてる
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