Key,boardman   作:rocket

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居場所

 

 

 

「おはようございまーす!」

「おはようございます、虹夏さん」

「今日も早いねーゆうちゃん。ぼっちちゃんの具合どう?」

「おかげさまで熱も下がりました。もう明日には元気になってると思います」

「ほんと!?よかったー!」

 

ひとりが病床に伏して三日目、ギターを取り上げて養生に務めさせた甲斐あって、体温も平熱近くまで下がり食欲も取り戻していた。今日までしっかり休んでいればもう体調を取り戻すには十分だろう。

 体は元気になっても本人の気持ちはかなり沈んでいたが。あの様子じゃ帰ったらまたメンタルケアをしてあげないといけないな

 

「リョウさんはいないんですか?」

「リョウは数学の小テストで赤点だったから追試。今日はバイト来られないかもねー」

「いいんですか?ほっといて」

「知らない!昨日あたしを待たずに一人で帰っちゃうような奴にかける情けなんてないよ!」

 

そういえば昨日リョウさんは虹夏さんを置いてここに来たんだったな。まさかの意趣返しを食らうとはリョウさんの自業自得か。

 

「リョウさんは数学が苦手なんですか?」

「数学だけじゃないよ。あの子全部の教科苦手なの」

「え?でも下高ってたしか進学校だったような……」

「信じられないかもしれないけど、リョウってほとんど一夜漬けで乗り切るから勉強できなくてもギリギリの成績で保ってるの。高校受験の時だって私が見てやらなかったら絶対受かってなかったし」

 

なんか自由な人生送ってんなあの人。これがロックな生き方ってやつだろうか。真似しようとは思わないけど

 

「あたしと同じ高校行きたいって自分から言ったくせに全然勉強しないで来る日も来る日も楽器弾いてばっかりで、ほんとにあたしがいなかったら今ごろ高校に行けてたかも怪しいんだから!」

 

頬を膨らませてぷんぷんとリョウさんの文句を言っている虹夏さん。

 いろいろと小言を言っているが、それも虹夏さんの面倒見が良い人柄の現れだろう。ひとりがここで変なことしてもちゃんと向き合ってくれたし

 

「そういえば今日学校でリョウがゆうちゃんのこと話してたんだけど」

「そうなんですか?」

「うん、マブダチになったとかって。なにかあったの?」

 

エロトークしました。

 

はいアウト。さすがにこんなこと言ったら虹夏さんでもドン引きするわ。ひとりのどんな奇行よりもインパクトでかいわこれ

 

「なにもありませんよ」

「え〜ほんとに〜?」

「本当です。強いて言えば他愛のない会話しただけです」

「む〜……なんかずるいなー、二人で隠し事なんてして。仲間はずれにされたみたいで先輩悲しいなー」

 

そう言われてもリョウさんとはお互いに言いふらさないと約束したのだ。マブダチとの約束は違えない。虹夏さんには悪いが僕の社会的信用のためにもどうか分かってほしい

 

「じゃあ私もリョウに黙ってゆうちゃんと出し抜いたっていいよねっ!」

「なにかするんですか?」

「ふっふーん、それはねー、こっち来て」

 

虹夏さんは手招きするとはスタジオに向かって移動した。僕もそれに応じてスタジオに入る

 

「ゆうちゃんにはあたしのドラムとセッションしてもらおう!」

「いいんですか?仕事しないでそんなことしても」

「いーのいーの!規則にあるバイトの始業時間は本来もっと遅いんだよ?だからその時間までは仕事しなくても大丈夫!」

 

そうだとしても仕事場で遊ぶのはどうかと思うが……でもスターリーで長く働いて勝手の分かっている虹夏さんが言うなら良いのかな。

 

 

 

スタジオにてドラムセットを前にスローンに腰掛ける虹夏さんと、初ライブの時にも借りたシンセサイザーを前に据える僕。ドラムとキーボードだけで並ぶのはなんだか新鮮な気分だ。

 

「じゃ、どんな曲やろっか?ゆうちゃんやりたい曲ある?」

「そうですね……なら」

 

鍵盤とドラムで成立する曲ならあの曲はどうかな。

僕はその曲の特徴的なイントロの独奏をピアノ音で軽く弾いてみせた。

 

「あ、それ知ってる!良い曲だよね!それなら合わせられるよ」

「ボーカルはしましょうか?それともインストでいきます?」

「せっかくだからゆうちゃんの歌も聴きたいな」

「分かりました」

 

ひとりのギター以外と二重奏するのは初めてだからちょっとドキドキする。ピアノのイントロから虹夏さんのタムと合流し、僕は原曲に近いの高めの声で歌い出した。

 

 

 

「すごいよゆうちゃん!歌も演奏も上手くてプロの人とやってるかと思っちゃった!」

「そんな、大したことないですよ」

「そんなことないよ!すっごい綺麗な声だったし、指の動きとかまるでキーボードマンみたいだった!」

 

はい、そりゃキーボードマン本人ですから

 

そういえば言い出すタイミングもわからず僕とひとりがキーボードマンとギターヒーローであることはまだ誰にも教えていないが、いつ告白すべきだろうか。少なくともこの場にひとりがいない以上は今言うべきではないだろう。

 

「ゆうちゃんやっぱりボーカルはする気ないの?」

「はい、やっぱり声変わりはどうしても不安材料になるんで」

「そっかー……あたしも学校で歌える子探してるんだけど、ライブハウスで歌うのはさすがに荷が重いって断られてるんだよねー……」

 

カラオケで歌うのとは訳が違う。バンドメンバーとしての責任を伴ってステージに立つとなるとそうそう気軽には引き受けてくれないだろう。僕にもつてがあればいいのだが、中学までの付き合いをほぼ捨てて、高校入学から日も経たず友達も数えるほどしかいない現状ではあまり役には立てなさそうだ。

 

「逃げたギターの子がいてくれたら悩む必要なかったんだけどねー。連絡も取れないし、今頃どこでなにやってるんだろ……」

「そのギター、どんな人だったんですか?」

「とにかくリョウが好きすぎる子」

「なんですかそれ」

「訳わかんないと思うけど本当なの。ベタ惚れってやつ」

 

リョウさんが好きすぎるって……あの人顔は良いけど接してみると変な人という印象が強いと思うが

 

「それと、めちゃくちゃ明るい子で何に対してもアグレッシブなの。とっても良い子だったんだ」

「……虹夏さんはその人のこと怒ってないんですか?」

「え?なんで?」

「だってせっかくの初ライブの当日にいなくなったんですよ?自分だけじゃなく店やお客さんにも迷惑かけることになったかもしれないのに、普通は怒りますよ」

「確かにそうなったらヤバかったけど結果的になんとかなったし、それにあの子は理由もなく投げ出すような子じゃないよ。きっと何か事情があったんだと思う。だから怒ってないよ」

「虹夏さん……」

「何も言わずに居なくなっちゃったし、連絡も取れないし、正直心配なんだ。せめて理由だけでも知りたいんだけど」

 

すごいな。こんなに優しい人がこの世にいたなんて。下北沢の天使と崇めようか。聖天使ニジカエルだな

 

「ま、過ぎたことでくよくよしてても仕方ないしね!考えるべきはこれからの結束バンドのこと!新しいボーカル見つけたらみんなでいっぱい練習していつかメジャーデビュー!だから一緒に頑張ろうゆうちゃん!」

「……はいっ!」

 

 

 

 

 

「だからね、虹夏さんも前向きに考えてるんだよ」

「うん…….」

「虹夏さんに言われたよ。ひとりにも風邪が治ったら一緒に頑張ろうって伝えてって」

「うん……」

 

その日の夜、僕は布団に潜っているひとりの横に腰を下ろしてひとりに今日あったことの報告をしていた。

 帰った時にはひとりはすっかり体調が良くなっていて、これなら明日から登校しても大丈夫そうだと思えるくらいに元気に……この状態を元気と呼んでいいのかは分からないが、とりあえず風邪は治っていた。

 

「ゆうちゃんは偉いよね……ちゃんと仕事して虹夏ちゃんリョウさん店長さんと仲良くなって……それに比べて私なんて……」

「ひとりもこれから仲良くなっていけるよ。風邪引いたのは運が悪かったけどそんなのたいしたことじゃないって」

「三日も休んだらみんな私の存在なんて忘れてるよ……バイトも私なんて最初から居なかったことになってるよ……」

「そんなことないよ。スターリーの人たちは毎日ひとりのことを気にかけてくれたし、お客さんには「妹ちゃん今日もいないの?」って聞いてきた人もいたんだから」

「私がいても足手まといになるだけだもん……私がいるよりゆうちゃん一人のほうがずっと店のためになるよ……」

 

初バイトを終えた時の自信ある姿はどこへやら。今のひとりの思考はすっかりネガティブスパイラルに陥ってしまっている。もともと後ろ向きに物事を考える子だったが、このままでは明日学校に行くことすら不安に感じてしまうだろう。だからメンタルケアが必要なのだ。

 

「僕はひとりと学校行きたいしバイトもしたいよ。それにスターリーのみんなもひとりが来るのを待ってるんだから」

「学校行っても楽しくないし……バイトしたってお客さんとうまく話せないし……」

「そんなの今のうちだけだよ。友達もそのうちきっとできるし、バイトだって慣れれば楽しくなるって」

「そうなる未来が想像できないよ……やっぱり私なんているべきじゃないんだよ……」

 

そうか、そこまで言うか。

 

じゃあもういい。

 

そんなひとりにかける言葉なんてもうない。

 

僕は立ち上がってひとりの元を離れ

 

 

 

 

 

 

相棒のキーボードを携えて再びひとりの枕元に座り込んだ。

 

『話し合いはコミュニケーションの最も遅い手段だ。音楽の方がずっといい』

 

ジョン・レノンの言葉だ。ジョンがどんな意図でこれを言ったのかは知らないが、言葉を並べても埒があかないなら音楽で訴えてみればいい、と、勝手にそう解釈した。

 

電源を入れる。指を鍵盤に置いて息を吸う。

この歌でどうかひとりの心に寄り添えますように

 

 

 

『一人で 一人で 生きられる強さより 』

『誰かに 誰かに 泣きつける弱さがいい』

 

大きな声を上げる必要はない。落ち着いて、子守唄のように穏やかに歌う。

 

『君の居場所はちゃんとあるよ この世界の真ん中にちゃんとあるよ 』

『君が君をこらえなくても 君の居場所はちゃんとあるよ』

 

ひとりに自分には居場所がないなんて思って欲しくない。友達がいなくても、不安なことがあっても、僕がいる。どうかそれを今一度思い出してほしい。

 

 

アウトロを弾き切り、部屋にピアノ音の余韻を残す。この歌でひとりは少しでも元気になってくれただろうか……ん?この手は

 

「ん……んっ……」

 

布団の中からひとりの手が伸びてきて、僕の袖を掴んだ。か弱い力でぐいぐいと引っ張ってきている。

キーボードを側に退けて置き、そのままひとりの力に身を任せる。されるがままに引きずり込まれると、僕はすっぽりとひとりの布団の中に収まった。ひとりの体温がこもった布団の中は暖かく、ひとりの匂いに包まれている。ひとりは僕を完全に引き込むと僕の胸に顔を埋めてきた。

 

「私の居場所……ここ……」

「ひとり……もう子供じゃないんだから」

「お願いゆうちゃん……このまま……」

「もう……じゃあひとりが寝るまでね。寝たら出ていくよ」

「やだ……一緒に寝て……」

「ひとり、わがまま」

「私の居場所、ちゃんとあるって……」

「なら明日から学校とバイト行ける?僕と一緒に」

「……うん……」

「じゃあいいよ。明日からまた一緒に頑張ろう」

「……うん……」

 

明かりを消してひとりの抱き枕を務めると、ひとりはすぐに寝息を立てて眠りに落ちた。そのまま出ていこうかとも思ったがやめた。ひとりのこの安心している寝顔が失われるかもと考えたら自然とその気は失せた。

 

まったく自分でも甘いと思う。歌もそうだ。過去のことを思えばこの手の歌を聴かせればこうなることは分かっていたのに、それでもひとりが落ち込んでいるのを放っておくことはできなかった。そのせいで今日もまた高校生になっても同じ布団で寝ることとなった。

 

でも、今はこのままでいいか。

 

どれだけ一緒にいても兄妹離れする時はいつか必ず来る。ひとりが僕を必要としなくなる時が。少なくともその日までは、兄としてひとりのことを助けてやりたい。今はそう考えることにして、その日はひとりの温もりを感じながら眠りにつくことにした。

 

 

 

 

 

 




バラード曲を作るボカロPで作者が一番好きな方が傘村トータ氏です。
使用楽曲 ちゃんとあるよ(傘村トータ)
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