Key,boardman   作:rocket

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2期制作が発表されました。楽しみです。


勧誘

 

 

「ビールくださーい」

「は、はいっ!」

「お姉ちゃーん、カシオレおかわりー」

「はーい」

 

スターリーでバイトを始めてしばらくが経った。

 

僕とひとりは少しずつ仕事を覚え、慣れるまでの経験を積み、今では僕ら兄妹だけでドリンクバーを任されてもこなせるようになった。

 

「お、お待たせしました……」

「ありがとー、妹ちゃんビール注ぐの上手くなったねー」

「あ、ああありがとうございます……っ」

 

常連さんからも新入りの双子店員として覚えられ、僕らはそれぞれ「お姉ちゃん」「妹ちゃん」と呼ばれるようになっていた。親しみを込めて呼んでくれるのは素直に嬉しいけど、実は男であることを隠している身としてはなんだか申し訳なさもあって複雑な気持ちだ。

 

「ゆうちゃんとぼっちちゃんもうすっかりスターリーの看板姉妹だねー。二人ともよくやってくれてるね。ね?お姉ちゃん」

「……」

「あれ?どうしたのお姉ちゃん」

「別に……」

 

「……スターリーの姉妹ならあたしと虹夏が先なのに……」

「なーにかわいいやきもち妬いてんの」

「うっせーな聞いてんじゃねぇ」

 

 

 

────────────

 

「ひと、おっと…っ!」

 

週明けの月曜日、昼休みになり弁当を持ってひとりを迎えに2組に入ろうとした時だった。正面から飛び込んできたひとりを胸で受け止める。

 

「んうぅぅ……っ……」

 

ひとりは顔を隠すように僕の体に押し付け、僕の制服をぎゅっと握って呻いている。これはあれだ、ひとりがなにかやらかして黒歴史を作った時にやる仕草だ。

 

別に特段珍しいものでもない。

 

中学時代に落としたペンをクラスメイトに拾ってもらった時にテンパってお礼の言葉を噛んだ時にもこうなっていた。このように大抵の場合はひとりの気にしすぎで周りにとっては大した事ではないことが多い。何があったのかは分からないが、とりあえず階段裏で弁当を広げてから話を聞こう。

 

「やっぱ双子姉妹の戯れええわぁ……」

 

2組には妙な趣味の人がいるようだ。

 

 

 

 

 

「そっかぁ、何話せば良いか分からなかったんだね」

「うん……盗み聞きした挙句突然入ってくるなんて気持ち悪いよね……」

 

弁当をつつきながらひとりのしくじり話に耳を傾ける。

 クラスメイトが好きなバンドの新譜を買った話をしているのを耳にして思わず反応してしまい、相手に意識されたは良いものの話の振り方がわからず言うことを忘れたと言ってしまったらしい。

 本人は深刻な失敗をしてしまったと考えているようだが、深く考えすぎだと思う。別に危害を加えたわけではないんだし、その程度なら相手もすぐに忘れそうなものだが。

 

「そんなことないよ。きっとあまり喋らないひとりが話しかけてきたことを珍しく思っただけ。ひとりの気にしすぎだって」

「でも……」

「バンドの話に入ろうとしたんでしょ?これで『後藤さんはバンドに興味がある』って印象が付いたから、もしかしたら次に話に入れるきっかけになるかもしれないよ?」

「でも今日ギター持ってきてるけど、誰も話しかけてくれないよ……?」

「あー……」

 

そうだった。わざわざギター持ってきてる同級生が音楽に興味無いなんてことあり得ないんだよなぁ

 

今朝は月曜日にしては珍しくひとりが張り切っており、その調子でギターを持って登校することにも特に何も言わなかった。バンドに入り、ライブハウスでのバイトに慣れてきたこともあって自信が付いたと思い兄として喜ばしいことだと考えていたのだが、この様子だと自信の持続に繋がることは何も起きなかったようだ。

 

「で、でも待ってるだけじゃなくて自分から話に入ろうとしたんでしょ?僕はそれがすごいと思うよ。今まで出来なかったことをやろうとしたんだから」

「そ、そうかな……」

「うん、バイト始めてコミュ力も上がったのかな。これはれっきとした成長だよ」

「コミュ力上がった……へへっ……やっぱりそうだよね……」

 

接客に関してはまだまだおぼつかない部分はある。それでもひとりはドリンクカウンターの仕事を頑張って覚え、今ではスターリーのスタッフとして十分役に立つ人材となっている。

もともとの内向的な性格を考えたらひとりは目覚ましい成長を遂げている。それを自覚させるためにこうやって褒めることで自己肯定感を持たせてあげるのが大事だ。

どんな形であれ自分に自信を持つことは良いことだ。ひとりは褒めて伸びる子です。

 

 

「そういえばさ、虹夏さんが今日は学校で他の学年の人にボーカルの勧誘かけてみるって言ってたよ」

「ほ、他の学年の人!?そ、そんな末恐ろしいことを……虹夏ちゃん生きて帰ってこられるの……!?」

「いやそこまで言うことじゃないから」

 

クラスメイトにすら声をかけられるのがやっとのひとりには学年違いの人なんて別世界の人のような感覚なんだろう。でも先輩や後輩の教室に入りにくい気持ちは僕にも分かる。なんか居心地悪いよね。それとも虹夏さんみたいな明るい性格の人にとってはどうってこともないのだろうか。

 

「虹夏さんにだけ探してもらうのも悪いし、僕もどうにか力になりたいんだけどね……」

 

学校のつてが無ければSNSを使おうかとも考えたが、まだ一度しかライブしたことがない実績のない無名バンドにわざわざ入ろうとする人はいないだろう。キーボードマンとして公開募集すれば多くの目に留まるだろうが、それは身バレに繋がるリスクもある。そこから僕の家族でありギターヒーローであるひとりの身にも影響する可能性も考えるとそれを実行する気にはなれなかった。

 

「いっそのこと僕も知らない人にダメもとで勧誘してみようか……」

「ええっ!?だ、ダメだよゆうちゃん!そんなことしたら黒歴史になっちゃう!」

 

黒歴史……

 

『はじめまして!いきなりですけどバンドでボーカルしてください!』

『は?誰あんた』

 

ああ……これはキツいな

 

たしかに話したこともない人からいきなり勧誘されても『なんだコイツ』と思うの当然であり、断りの言葉で一蹴されるのがオチだろう。自分も相手も決して良い気分にはならない。

 

「それでも……虹夏さんはそれを別学年でやってるんだ……それと比べれば同級生にやることなんて……」

「お願い考え直してゆうちゃん!ゆうちゃんが布団で悶えるところなんて……見たくないよ……!」

 

恥ずかしい経験を思い出すと布団でジタバタするひとりの姿ならいくらでも見てきたが、自分もそうなると思うと怖気付きそうになる。

 ひとりが不安な顔を浮かべて僕を見てくる。ひとりは優しいね。あまり心配かけたくはないけど、今回ばかりはひとりの助けが必要になるかもしれない。

 

「その時は……僕に寄り添ってくれる?ひとり」

「ゆうちゃん……」

「たとえ僕が黒歴史で悶えることになっても、ひとりは僕の味方でいてほしい。それだけで僕は生きていけるから……」

 

僕はひとりの目を見て言った。どうか分かってくれひとり。これは僕の「覚悟」だ。

 

「……うん、わかった。私は何があってもゆうちゃんの味方だから……!もしゆうちゃんが黒歴史を作って帰ってきたら、私が抱きしめてよしよししてあげるから……!」

「ありがとうひとり……」

 

その言葉があれば僕はどこへでも行ける。そこが恥で埋め尽くされる負の樹海であっても、ひとりが待っていてくれるなら、必ず死地から生還してみせる……!

 

 

 

 

とまあ、妹と茶番劇を楽しむのはそこそこにして、実際勧誘しようにも何の情報もなければ実行に移しようもない。そもそも音楽に興味がないような人をバンドに誘ったなんてことになれば笑い話も良いところだ。

 

なんでも良いから情報が欲しい。現時点では情報があまりにも少なすぎる。

 

入学してからのかすかに残る記憶をたどる。どこかにないか、誰かが歌やカラオケが得意とか聞いた記憶が。この際歌に限らず音楽に関する情報ならなんでもいい。歌が上手いかじゃなく例えば楽器を嗜んでいるとか──────

 

 

『ねっ、もっとよく見せて?』

 

 

 

 

 

 

「喜多さん……」

 

「えっと……ゆうちゃんどうしたの……?」

 

ずっと考え事にふけっていることを不思議に思ったのか僕の顔を覗き込むひとり。一つ、確かめたいことがある。

 

「ひとり、指を見せて」

「えっ……は、はいどうぞ……?」

 

差し出されたひとりの手を取り、その手を自分の頬に当てる。3年近くギターを弾き続けたひとりの指先は弦を抑え弾くために硬くなり、皮の厚みを感じる。

 

「……よ、よしよーし、ゆうちゃんいい子いい子ー……」

「なにしてんの」

「え?手を顔に当ててるからてっきり甘えたいのかと……」

「なわけないでしょ。ちょっと確かめたかっただけ」

 

そんなジミヘンみたいな甘え方しないから。

 

あの時の感触を記憶から呼び起こす。単なる手荒れじゃない。僕の顔に触れた時の喜多さんの指先も硬い感触があった。

 

確信はない。もしかしたら音楽とは関係ない趣味で指がそうなった可能性もある。でもなんとなく分かる。あの人の指は弦を弾いている指なんじゃないかと、勘がそう言っている。

 

「ひとり、喜多さんだ」

「えっ……?だ、誰……?」

「スターリーで初ミーティングがあった日に教室でひとりに話しかけてきた人だよ」

「ひぃっ!!!」

 

ひとりが怯えた声で後退りする。浄化されて人ならざる姿に変えられた記憶は決して良い物ではないようだ。

 

「あ、あの陽キャの人がどうかしたの……?」

「あの人はギターかベースをしているかもしれない」

「えっ……ま、まさかゆうちゃん……」

「うん」

 

「喜多さんに声をかけてみようと思う」

 

喜多さんと関わったのはあの日だけだ。喜多さんのことはほとんど知らないが、少なくとも知り合いと呼べる程度には関わったと自負している。初対面の相手に勧誘するよりはマシだろう。その場で断りの返事を即答されるところを検討するくらいはしてくれるかもない。

 

「ボーカルしてくれるかは分からないけど、知らない人に頼むよりは期待が……ってひとり?」

「ヨウキャコワイ…ヨウキャコワイ…ヨウキャコワイ…ヨウキャコワイ……」

 

 

 

 

………やめたほうがいいかな、喜多さんの勧誘……

 

 

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