Key,boardman   作:rocket

2 / 16
キーボードマンと名付けられました

 

 

 時は流れ、僕らは共に中学3年生になった。

 いつも通り放課後のチャイムが鳴り止む前に隣の教室から僕の元に張り付いてきたひとりと一緒に帰宅し、ひとりはいそいそと自分の部屋に引っ込んだ。

 僕もその隣の自室に入り、制服を脱ごうとしたところ

 押し入れが一人でに開き

 

「ゆうちゃんはやくっ…!セッションしよっ…!」

 

 押し入れに棲む妖怪ピンクジャージが中から姿を現した。ていうか着替えんのはっや。ひとりには制服ってそんなに着心地悪いの?

 

「落ち着いて。まだ着替えてもないから」

「あっ、はいしゅみません…」

 

 妖怪は押し入れを閉じて引っ込んだ。

 

 

 すぐに部屋着に着替え、押し入れを開ける。中にいたひとりは僕を見て嬉しそうに口元を緩めた。

 

「よし、やろうか」

「うんっ」

 

 ひとりがギターを抱き、僕は台上のキーボードを膝上に構える。今この時、空間だけは、僕らが好きに生きて好きに創造する、僕らだけの世界になった。

 

 ひとりが弾く弦に合わせて鍵盤を叩く僕。二人で生み出した音楽が押し入れの狭い空間を彩る。うまく言い表せないが、とても不思議な気分だ。

 曲の演奏が終わり、ひとりと顔を見合わせると、ひとりは照れくさそうに笑い、そして嬉しそうに身を震わせる。その姿を見て思わずこちらも笑みを浮かべてしまう。

 ひとりも僕の反応を見て満足したのか、ギターの位置を直し、指を弦に這わせる。そして次の「世界」を創造するために弦を震わせ

 

「おにーちゃんおねーちゃん!ごはんだよー!」

「あびゅあっっっ!?」

「ありがと、ふた」

 

 この世界は、小さな子供にいとも簡単に壊されるほどに、脆い。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、新着コメントだ…『ギターヒーローさんの演奏を聞きながら寝てます。もうこれ無しには寝られません』だって。ふへへ…」

 

 僕の部屋でパソコンを開き、画面のオーチューブのコメント欄を見てにっちゃりと笑うひとり。これはこれで可愛いけど、ギター弾いてる時の顔はもっと普通にかわいく見えるんだけどなぁ。音楽で脳に補正でもかかるのかな。

 

 ひとりがギターを手にしてから2年、不慣れな楽器に戸惑いながらも音を奏でる楽しさを覚えたひとりは、小学生の頃の僕のようにすっかり音楽に魅了されたミュージシャンになっていた。

 基本的な演奏ができるようになると平日は学校から帰ってから僕を付き合わせて6時間は弾き続け、休日は一日中ギターを抱いていた。

 ひとりの腕が日々上達していくのを見て僕も触発され、キーボードへの熱が再燃し、ひとりに追いつかれるものかと技術の向上に努めた。難易度の高い曲を選んでは練習し、お互いに実力を見せつけるように楽器に指を走らせた。

 ひとりがロックジャンルをやりたがることもあり、今まであまり触れてこなかったロック音楽を知ることになった。音楽もさることながらロックミュージシャンの言葉って良い名言や格言がたくさんある。やっぱり音楽の世界に生きる人達ってすごいね。

 

「あ、こないだのゆうちゃんの動画もう10万再生いきそうだよ」

「本当?過去最速かも」

「やっぱりゆうちゃんのテクすごい…気持ちいい…」

 

 言い方。褒めてくれるのは嬉しいけど『見てて』か『聞いてて』気持ちいいって言って?

 外で言われたら確実に勘違いされそう。僕ら兄妹よ?そういう関係じゃありません。

 

 ギターが上手くなったはいいものの、いざ人前で披露するなんて無理無理むむむむとなってしまったため、やり場のない自己顕示欲の発散場所としてオーチューブにチャンネルを開設した。今ではひとりはネット上で「guitarhero」の名前でギター奏者として活動している。このチャンネルを立ち上げた時に「ゆうちゃんも一緒に…」と提案され、もともとネットに動画を上げてみたいと思っていたこともあって自分も個別にチャンネルを作った。

 チャンネル名は「Key,boardman」

 開設するのはいいものの活動する名前は決めあぐねたため悩みながら部屋を出て、帰ってきた時にはひとりによってこの名前でチャンネルが作られていた。なぜ人のチャンネル名を勝手に決めたのか怒って理由を聞くと「ヒーローに並び立つヒーローの仲間みたいな名前が良かった」とのこと。Keyとboardの間が「,」で分かれているのがワンポイントらしい。どうしても嫌ならすぐ変えても良いと言われたが、他に良い候補もなかったからそのままその名前を頂戴し「キーボードマン」として活動することになった。

 正直ダサい名前だと思ったが、ひとりが「名付け親だ…ふへっ」と嬉しそうだったしまあいいか。

 

 毎日何時間も夜遅くまで楽器を弾いているとうるさいし早く寝ろと怒られることもあるため、普段は音漏れの少ない押し入れの中で演奏するようになった。

 僕らの部屋は隣同士だが押し入れが共有スペースとなっており、お互いの部屋は2枚の襖で仕切られている。だからお互い部屋に行く際は廊下に出ず押し入れを介して出入りするというのが日常となっている。

 

「あ、コメントに『またキーボードマンさんとギターヒーローさんとのコラボ楽しみにしてます』だって」

「そっか。でも先週やったばかりだしね」

「わ、私は何度でもやりたい…」

「でもあんまりやりすぎると物珍しさがなくなるんだよね…」

 

 演奏技術の向上もさながら相互にチャンネルを宣伝し合い、たまにコラボとして共演奏する企画動画を投稿するなど努力の甲斐あって今では二人とも多くのチャンネル登録者数を得ることとなった。

 投稿する動画の収録も押し入れの中でやっている。決して良い集音環境ではないが、雑音が入りにくいというメリットもあるため、結果的に家の中で一番演奏に適した場所だった。あと念のために余計なものを映しての身バレ防止。

 

「じゃ、じゃあ来週やろ?次はゆうちゃんの好きな曲でいいから」

「それも良いけど、そろそろ決めなきゃいけないんじゃない?」

「え?」

「文化祭」

「がっ!?」

「もう個人ステージの受付始まってるよ」

「あばばばばばっ…」

 

 文化祭ライブで盛り上げてちやほやされてパリピになる、だっけ。はたしてこの子にできるんだろうか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。