Key,boardman   作:rocket

3 / 16
ひとりになって、ひとりに見せた

 

 

 

「むむむむむ無理無理無理ぃっ…見たら死んじゃう、死にたくないぃぃっ…」

「イメージを掴むんだから見なきゃ仕方ないでしょうがっ…逃げるなっ……!」

 

 文化祭のステージに上がるためにはまずどんな感じかを知る必要がある。そのためオーチューブに上げられている知らない学校の文化祭で撮影されたライブステージの動画を観て学ぼうと提案したのだが…

 それを聞いただけでこの青春コンプレックスを拗らせた陰キャは拒否反応を示し部屋から逃走を計った。それを逃すまいと腕を掴み引き留めているのが今の状況である。

 

 襖を掴み耐えていたひとりを男女の力の差で引き剥がし、足の中に座らせて逃げられないように腕を回して固定した。

 

「やだやだやだ!助けて!離して!ゆうちゃんに殺されるー!」

「往生際が悪い!呪いのビデオじゃないんだから!死なないから!観念して目を開けろ!」

 

 なんとか逃れようと僕の上で暴れるひとりを抑えつけながらマウスを操作する。かわいそうだがこれくらい耐えられなければ文化祭ステージに上がることなどできない。

 心を鬼にして僕は画面上の再生ボタンをクリックした

 

『いええーーーい!みなさんこんにちはーー!』

『Foooooo!!』

「あ゛っ゛」

 

ひとりは死んだ。

その死体は、原型をとどめていなかった。

 

 

 

「あぅぅ…ひどいよゆうちゃん…」

「ごめん、まさかそこまで嫌だとは思わなかった」

 

 動画視聴を終えてからひとりが息を吹き返すまで1時間を要した。「死ぬほど苦手」という例えは大抵誇張した言葉だが、それが本当に有り得る人間はひとりくらいだろう。

 

「でもどうするの?ステージに立つのはひとりだよ?ステージに上がれば絶対に注目されるし間違いなく目立つ。そもそもひとりはああいうことをやりたかったからギターを始めたんでしょ?」

「うぅぅ…」

 

 文化祭でライブするという目標はひとりが掲げたものだが、実を言うと僕もやりたい。今まで培ってきた実力を人前で見せられる場なんだ。そう思うのも当然だ。

 ひとりは自信なさげに唸るだけだが、ひとり自身も分かっているはずだ。目標であったステージ上でギターを披露する機会を手放すことは愚かな選択であることを。

 

 だから今のひとりに必要なことは、背中を押してやること。

 

 僕は立ち上がり、ひとりと揃いのピンクのジャージを着込む。押し入れの中から立てかけたひとりのギターを取り出してストラップを肩にかける

 

「ゆうちゃん…?」

「見てて、ひとり」

 

 後ろ髪を束ねたヘアゴムを解き、前髪のヘアピンを外す。

 

 そこに立っていたのは、同じ服で同じ髪の長さ、14歳になってもなお双子の妹と区別がつかない、男子とは思えない顔立ちで、ひとりが増えたと錯覚するくらいに容姿が似た優一だった。

 

 僕はひとりのギターの弦に指をかける。実力は専門のひとりには及ばないが一緒にギターを勉強してきたから勝手は分かる。

さっきの動画の曲を単調にしたものを弾き、歌って聞かせる。ここ最近で流行った有名な曲だから過去にひとりと弾いたこともある。

 

 この間、ひとりは逃げようとはしなかった。ひとりは目を背けずじっと見て、聞き入っていた。僕の一挙一動、歌の一説を全て観察するように。

 

 アウトロを弾き終わると、拍手をするひとり。この反応を見るあたりなかなかうまくできたようだ。

 

「ゆうちゃん、すごい、かっこよかった…!」

「イメージ、掴めた?」

「あ……」

 

 ひとりは自分がステージ上に立った時に他人からどんな目で見られるのか分からないから不安だったんだ。だからひとりと同じ姿になり、自分が自分を見ているような環境を作った。いわば模擬ライブだ。

 

「ひとりは、今の僕よりかっこよく弾ける」

 

 ひとりの手を取り、2年間ギターを練習し続けて少し硬くなった指先を揉むように触る。

 

「この指で世界を平和にするんでしょ?大丈夫、絶対にできる」

「何も言おうとしなくていい。『何か言いたい時は自分の指が言ってくれるんだ』」

「ひとりはギターを弾くだけでいい。だから、一緒に文化祭でバンドやろう。僕もいる、ギターヒーローの隣で一緒に戦うから」

 

 ひとりの目をじっと見る。お互い長い前髪で見えにくくはあったが、同じ色をしたひとりの瞳もこちらの目を見返していたのが分かった。

 

「…今のは誰の言葉?」

「ディープ・パープルのリッチー」

「…ふへへっ」

「…くくっ」

 

 見つめ合っていると、この空気に耐えられずお互いなぜか笑いが込み上げた。今この場に、不安や緊張のようなネガティブな感情はどこにもなかった。

 

「文化祭、出る?」

「うん、出る」

「頼むぞギターヒーロー」

「頼りにしてる、キーボードマン」

 

 久しぶりに押し入れの外の明るい場所で自信のあるひとりを見た気がする。

 もう大丈夫だ。この子ならやれる。きっと素敵なステージにできる。そして名前の通りすごいヒーローになれるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆゆゆゆうちゃんが出してきて!お願い!」

「昨日出るって決めたのになんで今になって怖気付くの!?いいから早く職員室行って先生に用紙渡してきなさい!」

「むむむ無理ぃ!これ出したら引き返せないと思うと急に怖くなって……ヴアァァァァ!!!」

 

 一晩経ったら自信消えてた。あの時間はなんだったのか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。