「ひとりが出さないと意味ないでしょ。ほら早く」
「うぅぅー…」
文化祭ステージに出演するための申込み用紙を持ちながらも職員室の扉の前を行ったり来たりしてなかなか入ろうとしないひとり。職員室に入りにくい気持ちは分かるけど、こんなところでウロウロしてたら周りからも変に思われる。
だからちょっと手荒な手を使うことにする。
「ひとり、このままじゃ文化祭ライブに出られない。そうなった時は」
「そ、そうなった時は…?」
「僕は髪を切るから」
「!!? だ、だめっ!」
突然の断髪宣言を聞いて青ざめたひとりは僕の後ろに周り、束ねて下ろした髪を母親が我が子を守るかのように抱きしめた。
中学に入ってすぐの頃に女の子らしく長い髪に興味を持ったのか、髪を伸ばそうと思うと僕に相談してきた。その時に「じゃあ、もう入れ替わりはできないね」と軽い気持ちで言ったのだが、ひとりの中ではそれが思った以上に重大な問題だったらしく、それは嫌だとのこと。ならば髪を伸ばすのを諦めるのかと思いきや
「ゆうちゃんも一緒に伸ばそ…?いえ伸ばしてください」
と嘆願されたのでそれを聞き入れた。相変わらず妹に甘いと思う。
今ではひとりと共に腰に届くまで伸び、その髪はいざという時にひとりになり変わるという小学生の頃からやっている入れ替わりマジックに大いに役に立っている。身長差はあるが座ったり人混みに紛れ込む分にはさしたる問題ではない。
長い髪をそのまま垂らしておくと邪魔に感じるしひとりと間違えられることも多くなったため、前髪はピンで留めて視界を確保し、後ろはヘアゴムで束ねておくようにしている。
ちなみにヘアゴムには青と黄色のキューブが付いており、ひとりが使っているものとお揃いだ。
その髪を切るということはいざという時に代わってもらうというひとりの切り札が無くなることを意味する。それを危惧したひとりは慌てて拒否してきた。
「き、切っちゃだめ…!せっかくここまで伸ばしたんだからもったいない…!」
「だったら分かるよね。先生の机まで行って渡してくるだけだよ」
「う、うぅ〜〜…」
その後無事に…無事じゃないけど提出できた。
先生の所まで行けたはいいが職員室特有の場違いな雰囲気に気が負けてその場でパニックになり
「ブ(んかさいの)ッッッ!!ラ(イブに)ッッッ!!デ(ます)ッッッ!!」
と音量のバグったヒューマンビートボックスと化し、周りを驚かせたことでお叱りを受け、家に帰ってからも僕に引っ付いて落ち込んでいた。目的は果たせたんだから気を取り直してほしい。