「忘れ物ない?」
「うん…」
4月初め、僕らは真新しい制服に身を包み、午前6時前という早朝に初登校の準備を済ませ玄関に立っていた
「こうして見ると本当に高校生になったんだって実感するわねぇー。お母さん感激しちゃうわ」
「じゃあ、行ってきます」
「行ってきます…」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「おにーちゃんおねーちゃん行ってらっしゃーい!」
僕らは家族の見送りを受け、玄関を一歩踏み出した。高校生活という人生で最も大事と言われる3年間を生きていく、新たな軌跡を、僕は今───
「この制服落ち着かない…これを3年も着続けるなんて無理…学校やめたい…」
「はやい、はやいよひとり。まだ何一つとして始まってないよ」
その一歩からすでに挫いている片割れを伴って、歩き出した。
学校に着く前からすでに意気消沈しているひとりを落ち着かせるためにぴったりとくっつかせながら電車に揺られて約2時間、到着駅から降りて少し歩けば秀華高校は見えてくる。同じ電車から降りた同じ制服を着た他の学生に続いて歩き出す。周囲から視線を感じる。どうしてかな。がっしりと前に腕を回して背中に顔を埋めた女子を貼り付けて歩いてるせいかな。
学校に着くと貼り出されているクラス分け名簿の張り紙から自分の名前を探す。後藤優一は…あった、1組だ。ひとりは…後藤優一の近くに後藤ひとりの名前は無かった。
「あー…やっぱりこうなるか」
「あ…あぁぁ……っ」
後藤ひとり、所属1年2組。入学前から僕と一緒のクラスになれますようにとお願いするために神社に通い、風呂場で冷水シャワーを浴びて水行で神頼みしていたのだが、どうやら神はひとりの願いを聞き入れてはくれなかったようだ。
「じゃあ頑張って…ってひとり?」
「やだ…やだっ…!」
「ちょ、ひとり離して!?大丈夫だから!隣のクラスだし様子は見に行ってあげるから!」
「いやぁぁぁぁ!捨てないでぇぇぇぇ!」
「やめて!勘違いされるから!分かった分かった!教室までついて行ってあげるから!」
離ればなれになる現実が受け入れられず名簿の前で縋り付いてきたひとりのせいで悪目立ちしてしまった。ひとりを連れて急いでその場を離れ、2組のひとりの席に座らせ、ひとまず落ち着かせる。
「大丈夫だ、大丈夫だからねひとり。ここにはひとりの過去を知ってる人はいない。真っさらな状態からやり直せるチャンスなんだ。だから変な目立ち方は控えよう。ね?」
「うん…」
「友達がいないのは周りも同じ、条件は一緒だ。だからこれから友達になろうと話しかけてくれる人も必ずいる。その時は普通に挨拶を交わすだけ。そしたらきっと話せる仲間になれるから。ね?簡単でしょ?」
ひとりに華々しい高校デビューを飾れというのは土台無理な話だ。だったらせめて普通を、マイナスではなく普通の女子高生として過ごさせてあげたい。人との付き合いなんて第一印象さえ悪くなければ割となんとかなる。そこにさえ気をつけていればいい。
「…うん、そうだよね。ごめんねゆうちゃん」
「その調子だ。じゃあ僕はもう自分の教室に「あ、また同じクラスじゃーん。アンタの顔もう見飽きたわー」「なにそれひっどー(笑)」
……
うん、そういうこともあるよね。僕らは2時間かけてここに来たけど、近場の中学から来てる旧来の友人同士ももちろんいるわけで
「……」
「ゆ、ゆうちゃん…友達がいないのは同じって…私と一緒だって…!」
「…ごめん、けど頑張っ…!」
立ち去ろうとしたところひとりは僕の制服の袖を掴み、捨てられる子犬のような目で僕を見ていた。
「あの…ひとり…」
「…っ……っ……!!」
見ているだけで罪悪感を覚えるくらいに顔に淋しさを浮かべて袖を離さないひとり。今生の別れでもないのになんて顔するんだこの子、その顔ジミヘンにでも教わったの?あの子捨て犬じゃないのに。
結局初のホームルームが始まる時間ギリギリまで1組には行けず、2組でひとりのそばについていた。第一印象?顔がそっくりの別クラスの男子をいまにも泣きそうな顔で離さない女子…って感じかな。
「結局誰にも話しかけられなかった…自分のクラスのはずなのに完全にアウェーだった…どうせ私に友達なんてできないんだぁ…」
入学式も終わりまた2時間電車に揺られて帰宅するとひとりは目にも止まらぬ速さで制服を脱ぎ捨て、ピンクのジャージ妖怪となって僕を押し倒し、寝そべる僕の上に覆い被さっている。
「まだ初日だよひとり。初日から知らない人と仲良くなるなんて普通の人にも難しいよ。それこそ距離感のおかしい陽キャでもないと」
実際そうだ。周りのクラスメイトは話せる相手がいないのか落ち着かない様子の人が多かったし、みんな人との距離を計りかねている印象だった。
「僕も友達は作れなかったし、ひとりとあまり変わらないよ」
「本当…?」
「ほんとほんと」
ひとりが顔を上げ、仲間を見つけてすがるような引きつった笑顔を向ける。そんな笑顔は見たくなかったなー
「私は隣の席の人にもよろしくとすら言われなかったよ…?ゆうちゃんも…?」
「あー、えっとそれは…」
正直なところ友達こそ作れなかったけど隣の男子と話すくらいはしました。なんなら雑談もして「後藤くん」と呼ばれるくらいにはなりました。
返答を迷ったことでひとりは察したのか、ひとりから笑みが消え絶望感溢れる顔になり、再び僕の胸に顔を埋めた。
「ゆうちゃんのうらぎりものぉぉぉ……」
「ごめん…」
思わず謝ったけど僕悪くないよね?むしろホームルーム直前までひとりについていたからその分交流する時間をロスしてしまっているのだが。
そんなことを弱っている目の前のひとりに言うことなどできるはずもなく、頭を撫でて慰めることしかできない。
「もう学校やめる…中退する…」
「そんなこと言わないでよ…僕はひとりと卒業したいよ。第一高校中退したら就職どうするの」
「ゆうちゃんに養ってもらうからいいもん…ゆうちゃんとギターさえあれば生きていけるもん…」
またそれか。あの日以来一度自分のいざという時の逃げ道を決めてからすっかり依存しちゃってるんだよなぁ。兄のヒモとして生きていくことに何のしがらみも感じていないところとか見るあたり
「友達っていうのは慌てて作ろうとしてできるものじゃないよ。ひとりのペースでいい。昔Fコードができなくてこんなの一生無理って言ってたけど結局できるようになったじゃん。それと同じ。諦めなければいくらでも機会は巡ってくるから」
「ギターと友達は違うもん…ゆうちゃんがいるからいいもん…」
まったくこの子は。これじゃ何のために2時間もかけて通学する高校に行ったのか分からない。僕がいることだけで満足されてたら中学の時と何も変わらないじゃないか。
いつまでも僕の上に乗っかっていじいじと卑屈になられていても仕方ない。まずは妹様のご機嫌取りからかな
「いつまでも拗ねないでよひとり。ほら、セッションしよ。弾いていればそのうち気分も晴れるから」
「うん…」
その日は元気付ける意味も込めて歌を歌ってあげた。負けるな、頑張れとか前向きな言葉を使った歌詞はお互い好きじゃないので休んでいいよ、泣いていいよ、僕がそばにいるよとか寄り添う方向の励ます歌を
「ひとり…僕らの歳わかってる…?」
「いつもそばにいるって…どこにも行かないって…」
「あーうんわかったわかった。もう好きにすればいいから」
歌に感動してくれるのは嬉しいけど、感銘を受けすぎて布団にまで入ってくるあたり、この手の歌はひとりの依存度が増す諸刃の剣になりつつある。
「後藤くん昨日言ってたサントラ持ってきたぞー」
「ありがとう、これで耳コピして下の妹に演奏聴かせてあげられる」
「後藤くん妹想いだなー。そんなかわいがれる妹ならうちのうるせぇのと交換してほしいわ」
入学からしばらく経った。
浮き足立った新入生たちは新しい学校生活に少しずつ慣れ始め、同じクラスとなった仲間たちで新たな交友関係を結んでいった。幸いにも僕にも声をかけてくれた人はおり、無事に数人の男子と友人と呼べる関係になることができた。その友人なのだが
「おはよう後藤くん!今日もかわいいですね付き合ってください!」
「おはよう、僕は男なので無理です」
「おっす後藤くん!今日も筋肉触ってくれ!」
「うん、今日も硬くて良い筋肉だね」
キャラが濃い
個性的だが気の良い同性の友人たちに恵まれ、僕の高校生活は悪くない滑り出しとなった。僕の方は…だが
四時限目が終わり昼休みを迎える。僕はいつものように1組から出て隣の2組へと向かう。そして廊下から中の様子を覗くと
「ああ…やっぱり…」
その視線の先には制服ではなく部屋着にも使っているピンクジャージの我が妹。周りには誰も寄り付かず、というか寄せ付けない負のオーラを出して俯いているひとりがいた。
入学してから一向に友達ができる気配もなく学校生活を続けていたひとり。このままでは流石にまずいと思い先日緊急で後藤家兄妹会議を開いた。
議題は「友達の作り方」だが、ふたりからは
「幼稚園の子みんな友だちだよー?つくりかたなんておかしなこというねー」
というひとりを一撃で仕留めるほど殺傷力が高く、論点を根底から覆えす暴論が飛び出したため会議の場から丁重に御退出いただいた。
ひとりから話しかけるのはひとりの内向的な性格からまず無理であることは分かっていたため、まずはあちらから話しかけられるための口実作り、例えば身なりや趣味のグッズで気軽に興味を誘ってはどうか、自分なりに考えてみたらと提案した。
そして次の日、今日のことだ
今朝はやけにひとりが登校の準備に時間をかけていた。何を手間取っているのかと待っていたら
制服スカートにドピンクのジャージ、両腕に大量のラバーバンドを通し、集めに集めたバンドグッズの缶バッジを所狭しと付けたトートバッグ、そして相棒のギブソンレスポールを入れたギグケースを肩に掛けたひとりが部屋から出てきた。
「ど、どう?ゆうちゃん、これなら誰かに声かけてもらえるよね?」
誰がそこまでやれと言った。
なにをどう思ったらこの完全武装で気軽に声をかけられるというのか。
そもそもひとりは高校に入っても中学と変わらず友達どころか誰かと喋っているところすら見たことがない。喋ったこともない陰キャがいきなりこんな弾けた格好で登校してきても恐いだけだ。
とはいえなんとか友達を作ろうとひとりなりに一生懸命考えた策なのだろう。頭ごなしに否定するのも可哀想だ。だから言葉を選んでそれとなくやめないかと諭したのだが
「この格好なら音楽が好きな人ならきっと放っておかない」と根拠のない自信を持ってしまっていた。お前仮にその格好の他人を見たら話しかけられるのか。
結局そのまま一緒に登校し2組に入るのを見届けたのだが、教室を前にしてジャージのファスナーを下ろし、ネットで買ったひとりのお気に入りであるマイナーバンドのTシャツをさらけ出して扉を開けて入っていった。
正直もう何も言わずに好きにさせたほうが本人のためと思い2組を後にした。中学時代にハマってたデスメタルを給食の時間に流してドン引きされてたのを忘れたわけではあるまいに、人って失敗から学ぶんだよひとり。
そして昼休みに覗きに来てみれば案の定、誰にも声をかけられずいたたまれなくなってジャージのファスナーを上げ、武装も解除した哀れな妹の姿を見ることとなった。
ひとりが不意に顔を上げた。僕が迎えに来ていることに気付いたひとりは吸い込まれるように僕の胸に飛び込んできた。
「ゆうちゃん…ゆうちゃぁぁぁんっ…」
「あー分かってる、分かってるから。まずはご飯食べよう。ね?」
僕に抱きつくひとりの頭を撫でて慰めると、ひとりと弁当を伴ってひとりが好む階段下の誰も来ない物置スペースに向かった。後ろから「仲良いねー」「双子姉妹てぇてぇ…」といった声が尾を引くように聞こえた。こんな見た目だけど僕ら姉妹じゃなく兄妹です。
放課後
僕とひとりはふらりと立ち寄った公園に来ていた。ひとりはブランコに座って傷心中のようだ。
「なにがダメだったんだろ…こんなに分かりやすいのに…」
「ひとり…正直言うとあのフル装備は逆に声かけにくい」
「えっ…そ、そうなの!?」
「うん、だから今朝やめない?って言ったんだけど…」
そう言うとひとりはずーんと背を曲げて俯いてしまった。ここまで落ち込まれるとこちらも申し訳ない気持ちになってくる。やっぱり今朝はもっとキツい言葉を使ってでもやめさせるべきだっただろうか。
「見てゆうちゃん…あの人暗い顔してる…きっと奥さんとうまくいってなくて家庭内別居中で家に帰りづらいんだろうなぁ…仲間だ…へへっ…」
知らない人を見て何失礼なこと考えてるんだ。他人の不幸を喜び始めたら人間終わりだ。ひとりにはそのレベルまで卑屈になってほしくない。
「あなた〜ごめんね遅れちゃって」
「パパ〜!」
「よーし、飯食いにいくか〜!」
「あ゛っ」
普通に幸せそうな家庭じゃん。そして勝手にダメージを受けるひとり。自業自得だ。反省しろ
「もういい…学校行かない…ゆうちゃんさえいればそれでいい…」
「またそんなこと言って…喉渇いたでしょ?何か買ってくるよ。何がいい?」
「コーラ…」
「分かった。待ってて」
飲み物を買うためにひとりから離れて公園の外れの自販機に向かう。お、桃天ある。やった。
ひとりはコーラだけど自販機で炭酸買って開けるとたまに大変なことになるんだよなぁ。傷心中の今のひとりがそうなったらさらにダメージを受けそうだ。僕が開けてやるべきか
そんなことを考えながら自販機にお金を入れようとしたら
「あ!!ギターッッッ!!」
ひとりを残してきた公園の方から大声が聞こえた。
何事だ?ギター?ひとりが何かやらかしたのか?
飲み物を買っている場合ではない、とにかく急いで戻らなけば
「あれ?おーい?」
「………!………っ!」
黄色の髪のサイドテールの女の子が、驚いて声を出せなくなっているひとりに声をかけていた。
「! ゆうちゃん…!!」
ひとりが僕の存在に気付くと、逃げるように駆け寄り、僕の背中に身を潜めた。
「あれっ…えっ!?増えた!!?」
「……妹に何かご用ですか」
身なりはかなりおしゃれでおそらくひとりとはほぼ反対の性質の女の子だ。悪い人には見えないが、何はともあれまずは話を聞かなくては