冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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何だか回を追うごとに長くなっていく気がします。


ミドルフェイズ・長閑な村

「今度の依頼はゴブリン退治なのね。群れがいるかも知れない、と」

 

 乗合馬車の座席でのびのびと足を伸ばし、アヤナはスマートフォンを弄りながらそう呟いた。彼女のスマートフォンには小柄な人型の妖魔の画像と特徴が表示されている。それは昨日、ルフィアが勝手に彼女のスマホに突っ込んだデータであった。

 依頼を受けた翌日、彼女とココロ、フレディの三人は朝から乗合馬車に乗り込んでいた。グランフェルデンを出た直後はそれなりの客がいたのだが、これから向かう先は余程辺鄙な場所なのか、幾つかの停留所を過ぎる内に人が減って行き、そろそろ日が高くなってきた今では彼女達しか乗っていない。人の目が無くなったこともあり、楽な姿勢を取ったアヤナは暇潰しを兼ねてスマホでデータを眺めていたのだった。

 

「んー……やっぱり、ゴブリンって言ったら雑魚の代名詞じゃない。データを見ても大したこと無さそうだし、楽勝じゃない?」

「待て。連中は群れれば群れる程強くなるぞ」

「へーぇ?」

 

 よく分かっていなさそうな顔で、アヤナは対面に座るフレディを見返した。フレディは実際に戦った経験があるのか、当時を思い返して眉を顰める。

 

「奴等は群れて行動することが多いからか、ある程度連携を取った攻撃をしてくることが多いんだが……それ以上に厄介なのは、連中、集まれば集まるだけ調子付くんだ」

「調子付く?」

 

 何それ、とばかりにぽかんと口を開けるアヤナに、フレディは真面目な顔で頷いた。

 

「これが案外馬鹿にならない。調子付けば調子付くだけ奴等の個々の動きは機敏に、大胆になり、攻撃にも力が乗っていく。数がいるとそれが次々と襲い掛かってくることになるんだ」

「うげぇ……確かに面倒そう」

「だから、ゴブリンと戦う時は何よりも数を減らすことが優先となる。数さえ減らせば、相手の士気は目に見えて下がるからな」

「成る程ね。まぁそもそも、相手の手数を減らすのは戦いの基本よね」

 

 アヤナの言葉に、そういうことだ、とフレディは頷いた。そこで、アヤナの隣で窓の外を窺っていたココロが、話が一段落したと判断したのかアヤナを振り返った。

 

「主さま、地図をお出しいただけますでしょうか?」

「地図? いいけど」

 

 アヤナはスマホを操作すると、ルフィアに勝手に入れられた地図アプリを起動する。地図が表示されたのを確認してはい、とココロへ手渡すと、彼女は事前にアヤナから少しレクチャーを受けていたのか、辿々しい手つきでスマホを操作し、拡大した道を辿る様に指を動かした。

 

「……ここが、こう。そうですね、旅程は順調のようです。ありがとうございます、主さま」

「……ずっと原っぱなのによく分かるわね?」

 

 ココロが丁寧に差し出したスマホを受け取ると、アヤナはスリープモードにして上着にしまいつつ、視線を外に投げた。そこには暫く前から延々と続いている、何も無い草原の光景が広がっている。背の低い草ばかりで遮蔽物に乏しいその地形は獣や野盗が潜むのには向かず、人通りの少ない割には安全な街道となっていた。ずっと似たような景色なので、そもそもどれくらい進んだのかアヤナにはさっぱり分からなかったが。

 

「ある程度目印になるものもございますので。主さまのお持ちの地図は、非常に詳細なものでございますね」

「詳細ねぇ……」

 

 アヤナは地図アプリで表示される地図を思い出して首を捻る。現代地球のマップアプリに慣れたアヤナにとって、専門家が手書きしたようなその地図はあまり詳しいとは思えなかったのだ。史料として見た江戸時代の地図とかが近いかも知れない。明らかに何かを省略しているのだろう記号等もあり、この世界の地図の記法に全く明るくない彼女にとっては最早何だかよく分からない多分地図、であった。

 

「まぁ、これを用意したのはあたしじゃなくてルフィアなんだけど」

「フィルフィア……さまですか。あの方はいったい何者なのでございましょう。主さまと同郷の方なのでしょうか?」

「分かんないわ……スマホにはあたし以上に詳しそうだし、日本語……あたしの母国語も分かるみたいだから、その可能性は高そうだけど」

 

 認めたくないわー、とアヤナは額を抑えて深々と溜め息を吐いた。

 

「出来れば関わり合いたくないんだけど……」

「まぁ、無理だろうな」

 

 面白くなさそうな顔でフレディも嘆息する。

 

「何故かは知らないが、奴は君達を気に入っているようだからな」

「……先生もそう思う?」

 

 恐る恐る顔を上げたアヤナに、フレディは重々しく頷きを返す。

 

「目を付けられている、と言ってもいいかも知れないが。昨日のアレは、奴なりの便宜なのだろうな。奴の行動は、やり口こそ論外だが、我々全員に利益を齎してはいる」

「まぁ……ねぇ」

 

 あの時依頼を受注していなければ、彼女達は今頃レアの医療費で持っていかれた貯蓄や生活費を工面する為に後衛二人でも出来そうな依頼を探して奔走することになっていた筈だ。そんな依頼は中々無く、稼ぎも期待出来ないので中々厳しい生活を送るハメになったのは想像に難くない。フレディの方も、治療費こそ入るが結局ソロの冒険者であることに代わりは無いので、マイナスは無いがプラスもない。いや、彼女達相手なら数日位支払いを待ってもいいかとも思うので、そうなったらマイナスかも知れなかった。

 そう思えば、今の状況は三人にとってプラス、と言ってもいいだろう。アヤナとココロは生活費を使い込まずに治療費が払え、フレディは追加で収入を得られる。

 

「思惑がさっぱり分からないのが問題だが……今は様子見するしかないだろうな」

「なんかごめん。巻き込んじゃって」

「君が謝る必要は無いと言っただろう。医者として、あそこで彼女を見捨てるという選択肢は有り得ないからな。仕方ないと諦めるさ」

 

 フレディはやれやれと肩を竦めた。

 

「今回の一件で、恐らく僕も目を付けられただろう。勝手に近寄って来て便宜を図ってくれるというなら、精々利用してやるまでだ」

「……利用出来るかな、アレ」

「そうでも考えないとやってられん」

 

 アヤナとフレディは再度揃って重苦しく溜め息を吐いた。沈んだ空気となったところで、ぱん、とココロが一つ手を打った。

 

「みなさま、到着までしばしあります。今のうちに、気分転換に軽食などいかがでしょうか」

「そうね、丁度お腹も少し空いてきたし」

 

 ココロが背負っていた背嚢から大きな葉っぱを蔦で括った包みを三つ取り出して配る。受け取ったアヤナが包みを解くと、そこには三角に切ったサンドイッチが二切れ入っていた。レタスにトマトとチーズ、薄く切って重ねられたハムと彩りの良い一品に、彼女の頬が緩む。

 

「ねぇ、ココロ。このハムは……」

「はい。昨晩、レアさまからお預かりしたものを、わたくしが調理いたしました。レシピも合わせて頂きましたので、その通りに」

 

 夜間、レアが借りている部屋をココロが尋ねた折に、目を覚ましていたレアから託されたのである。相変わらず死にそうな顔をしていたが、サイドテーブルに置いてあった肉とレシピ──レシピの字を見るに、レアに聞いてメルニが用意したらしい──を指し、持って行くよう言ってきたのだった。

 

「倒れたことを何度も謝っていらして……せめてお肉を食べて力を付けて欲しい、と」

「アイツ程の力は出ないけどね」

 

 アヤナは苦笑しながらサンドイッチを手に取る。食べようとしたところで、フレディが難しい顔でサンドイッチを見つめていることに気付いた。

 

「……これは、本当に食べられるものなのか?」

 

 アヤナは無言でココロを見る。ココロは心得たように頷いた。

 

「今回は猪だと伺っております」

「それなら問題なさそうね。大丈夫よ先生。レアの肉を美味しく食べることへのこだわりと探究心は半端ないから」

「それは結構だが、それより先にもう少し常識を身に付けて欲しいものだ。今回のことに懲りてくれればいいのだが」

「そこは、レアさまも深く反省しているようでございました。次は、瘴気を抜く方法を考える、と」

「違う、そうじゃない」

 

 溜め息を落としたフレディは慎重にサンドイッチを持ち上げると、目線の高さに持ち上げてじっくりと観察する。輪切りにしたライ麦パンに挟まれたレタスとトマトは瑞々しく新鮮で、黄味の強い薄切りのチーズは濃厚な味が特徴のセミハードタイプのものだ。問題のハムはじっくりとスモークされたもののようで、縁が褐色に色付いている。香りを嗅げばパンとチーズの独特な香気に混じり、スモークされた肉の匂いと爽やかなフルーツビネガーの香りがして食欲を刺激してくる。見た目や匂いには問題が無さそうだと判断したフレディは、覚悟を決めてサンドイッチにかぶり付いた。口に入れて咀嚼した瞬間、目を見開く。

 

「──旨い。期待の五倍は美味いぞ」

「でしょ」

 

 すぐにもう一口口に入れるフレディに、我がことのように笑みを溢してアヤナは自分のサンドイッチを頬張った。

 

「特にハムが美味いな。塩加減、スモークの風味、どれも文句の付けようがない。これだけの物が作れるのならば、もう肉屋にでもなった方が余程儲かるんじゃないのか?」

「そうかもだけど。レアは冒険者辞めるつもりはないんじゃないかな。アイツ、夢はこの世のありとあらゆる肉を食べることだーって言ってたし」

「その夢でどうして冒険者になるんだ」

「自分で肉を獲りたいんでしょ。先生だって、冒険者やってるのは自分で薬の材料採りに行くからって言ってたじゃない」

「それだけではないが……ふむ」

 

 そういう面もあるフレディは理解出来なくはないと分かり渋々納得した。そこでふと、フレディは未来のことを想像する。自分は今冒険者として活動しているが、その主目的はグランフェルデンで診療所を開くための資金を集めることだ。開業した場合、そちらが中心となって冒険者としての活動は縮小するか、廃業することになる。それを疑問に思ったことは今まで無かったが、そうなれば冒険の中で薬に使えそうな新たな素材を見つけたり、出先の村や、あるいは遺跡で知らない医療知識に出会ったりすることも無くなってしまうのだろう。まだ大分先の話ではあるのだろうが、それはかなり惜しいことだとフレディは感じた。

 

 ──せめて、僕が留守の間診療所を管理してくれる人がいればいいのだが。

 

 力を抜く様に長く息を吐いて背凭れに身を預けた彼の目が、アヤナのそれとぶつかる。存外に淑やかな所作でサンドイッチを食んでいた彼女は口の中の物を飲み込むと、こてりと首を傾げた。

 

「どったの、先生。悩みごと?」

「いや、何でもない」

 

 フレディは苦笑して頭を振ると視線を再びサンドイッチに落とした。

 出会いは人生の転機だと人は言う。この出会いは自分に何を齎すだろうか。そんなことを考えながら、彼は手の中のそれを口に運んだ。

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

 馬車を降りて半刻程。野原を横断する荷車の轍が作ったと思しき道を歩き、アヤナ達三人は目的地の村が見える所まで辿り着いた。そこは周辺を緑の濃い山と森に囲まれた小さな村で、獣避けのつもりか、お粗末な造りの木の柵が村の周囲に立てられているのが見える。その周りには小さな畑が並んでおり、作物の間を小鳥達が遊んでいたが、上空を飛ぶココロの使い鴉に気付くと蜘蛛の子を散らすように飛んで行ってしまった。

 そんな長閑な村の入り口を見れば、一人の若い男が立っているのが見えた。普段は畑仕事に精を出しているのだろう、農民ルックな出立のその青年は、手にした棍棒……いや、擂粉木だろうか。それを手持ち無沙汰にぷらぷらさせながら退屈そうにしている。

 

「ふぁ……んん? あれ、もしかして、依頼を受けてくれた冒険者の人?」

 

 欠伸をしていた青年だったが、三人に気付くと朗らかに破顔した。大きく手を振りながら歩み寄ると、見知らぬ人間を警戒する様子もなく話し掛けてくる。

 

「いやぁ、ありがたいなぁ。ゴブリンが出るなんて初めてで、困ってたんですよ」

「え、ええ。僕たちが神殿から派遣された……」

 

 一番年嵩だったからか、青年に視線を向けられたフレディは、多少面くらいながらも応じたが、そこまで言ったところで、苦味走った顔でくっ、と顔を背けた。絞り出すように続きを言う。

 

「……『肉食団』です」

「変わった名前ですねぇ」

 

 のほほんとした顔でそう返す青年。馬鹿にされるとかそういうことはなかったが、却って居た堪れなくなったフレディは勢い良く二人を振り返った。

 

「なんでこんなギルド名なんだ!!!」

「気にしないで……気にしたら負けだから」

 

 叫ぶフレディに、疲れ切った表情でアヤナはそう応えた。その横ではココロも似たような顔をしている。

 実は、彼がこのギルド名を知ったのはついさっき、貸し切り状態の馬車の中だった。レアは『うちのギルド』としか説明しなかったし、書類を書く時も、ルフィアに急かされたことで指し示された辺りだけを注視してしまい、あまり気にしてなかったこともあって、ギルド名をちゃんと見てなかったのである。フレディがそれを思い出して二人に訊いた時には後の祭り。ギルド名以外に文句は無かったので、あの時の決断は間違っていなかったと今は信じているが、ギルド名を聞いた直後は手を差し伸べたことを本気で後悔したものだった。

 

「な、何か大変なんですね……」

 

 頭を抱えたフレディと、深い溜め息を吐くアヤナとココロ。その様子を見て、流石に青年が引き攣った笑みを見せている。その声に我に返ったフレディは小さく咳払いをすると、何事も無かったように青年に向き直った。

 

「それで、ゴブリンの退治と聞いたのですが。連中の戦力はどのくらいか分かりますか?」

 

 フレディのその態度に、青年も見なかったことにしようと決めたのか、顎に手を当てて首を捻る。

 

「え、あー、う~ん。それなら村長に聞いてもらった方がいいかな。案内しますよ」

 

 こっちです、と言うと、青年は村の中へ入っていく。その歩き方は暢気なもので、三人は思わず顔を見合わせた。

 

「……妖魔が出たっていうのに、随分緊張感がないわね」

「緊張感というか、それ以前の問題に思えるな。警戒心が無さすぎる。僕達が冒険者を装った野盗とかだったらどうするつもりだったんだ?」

「まぁ、滅ぶんじゃないかな」

「平和な村なのでしょうね」

 

 三人が小声でそんなことを話していると、彼等が着いてこないことに気付いたのか青年からどうかしましたかー? と声が飛んできた。やはり警戒した風もないその声に、フレディが今行く、と応えを返して歩き始める。

 青年が先導するその村は、木造の小屋のような家がぽつぽつと立ち並び、その間に広めの畑が広がっている。築五年前後だろうか、建物はどれもまだ新しい。村人たちはみな忙しそうに農作業へ従事しているが、懸命に土へ向かって鍬を振るうのは男性が殆どのようだった。村人は総じて比較的若い。あまり裕福そうな生活を送っている風では無かったが、どの顔も生活への不安や不満は無いように見える。

 

「ゴブリンは、畑の作物なんかを目当てに襲ってくるのでしょうか?」

 

 畑を見ながらフレディは青年に問い掛ける。しかし彼はいや〜、と頭を掻き、

 

「襲われたっていうか、まだ見かけたくらいなんですけどね? ああいうのがいると、おちおち狩りもできないというか。枕を高くして眠れないというか」

「狩りをしている方がいるんですか」

 

 弓矢の使える狩人がいるのであれば、それなりの防衛戦力として数えることが出来る。そう思ったのだが、

 

「はぁ、まぁ。もっぱら罠猟ですけど。兎がいっぱいいるんですよ」

 

 話をしたら兎鍋が食べたくなってきたなぁ、などと夕飯に思いを馳せ始めた青年の姿に、フレディはげんなりと肩を落とす。

 

「……早めに何とかしないと不味そうね」

「ああ。この調子では襲われでもすれば早晩壊滅しかねん」

 

 小声で囁いて来たアヤナにフレディは同様に小声で返した。ゴブリンのことがなくても何故存続しているのか不思議な村である。

 そんな話をしていると、村の中央にある、他に比べれば多少大きな家に辿り着いた。周辺は土を盛っているのか高くなっており、見張り台を兼ねるのか、家に木組の簡素な塔のような構造物が付いている。どうやらこれが村長の家のようで、青年は扉に近づくと叩いて中に呼び掛けた。すぐに扉が開き、少し眠たそうな印象の顔をした一人の壮年の男性が出て来る。早速フレディが声を掛けた。

 

「あなたがこの村の村長ですか」

「おお、あなた方が依頼を受けてくれた冒険者方ですな。私はこの村の長をしております、ニドネルススと言います。どうぞ、中へお入りください」

 

 そう言って村長は三人を家に招き入れる。彼等をここまで連れて来てくれた青年はひらひらと手を振ると元来た道を戻って行った。フレディは軽くお邪魔します、と頭を下げて扉を潜った。直ぐにアヤナとココロが続く。

 家は入ってすぐの所が大きなテーブルの置かれた広間になっており、あまり古びた風合いのない手作りの木製家具が幾つも置かれている。村長は彼等にテーブルの周りにある丸太を切り出して作った簡素な椅子を勧めると、自らも腰を下ろした。すぐに奥から妻らしき女性が現れ、彼等の前に水の入った木製の椀を置いてくれる。女性が退出するのを待って、村長は話を切り出した。

 

「この村にご足労願ったのは他でもない。裏山に巣くったゴブリンどもを退治して欲しいのです」

 

 彼は早速水で口を湿らせると、その表情から受ける印象とは打って変わって重苦しい声で言った。

 

「一月程前ですかな……村の狩人がゴブリンを見つけたのです。いることが分かった段階で狩人達には山に入ることを禁じたので、数や根城の位置などは全くわからんのですが……」

「賢明ですね。ゴブリンは一体見付けたら二十体はいると聞きます。隠れ潜むのも得意ですし、下手に手を出せば不意を打たれて囲まれるようなことになりかねない」

 

 村長の判断を支持し、フレディは頷いた。アヤナが囁く様に問い掛ける。

 

「そんなにいるもんなの?」

「こればかりは実際の群れの状況と規模次第だな。ただ、奴等は繁殖力が非常に高いらしい」

「うわー……」

 

 嫌そうな声を上げつつ、そう言えばそんなこと書いてあったかも、とアヤナはルフィアから貰った情報を思い返す。他に何が書いてあったかと考えた彼女は、村長に視線を戻して首を傾げた。

 

「村にはどのくらいの頻度で来てるんですか?」

 

 普段は山野や洞窟を住処に隠れ潜むことの多いゴブリンを、植生の濃いあの裏山で探し回るのは骨が折れる。であれば、やって来たゴブリンを追い返すなりしてから跡を尾ければ楽だろうと考えたのだ。先日のハーピーの時と同じである。ところが、

 

「いや、まだ村には来ておりませんです」

「あれ、そうなんですか」

 

 当てが外れたアヤナは拍子抜けしたようにそう返す。同時に納得もした。先程の青年や村人達にまるで危機感が感じられなかったのは、実物を見たことが無かったからなのだろう。特に平和ボケしているだろうこの村は、実際に自分の生活圏が侵されるのを目の当たりにしない限りはずっとこの調子かも知れなかった。

 

「なら、被害はまだないんですね」

「幸いなことに」

 

 一方、長である彼だけは状況を深刻に捉えているようだった。彼は沈鬱な表情でテーブルの上で肘を立てて組んだ拳に額を乗せる。

 

「もし、村を襲われるようなことになったら……その時は考えたくもありませんな。この村には戦えるものはおらんのです。ゴブリン程度で何を弱気な、と思われるかも知れませんが……この裏山には然程危険な動物もいませんでな。狩人の仕事ももっぱら兎獲り用の罠を仕掛ける程度。正面から妖魔と戦うなど、とてもとても……」

「よろしいでしょうか」

 

 フレディが厳しい表情で口を挟んだ。

 

「有事への備えはどうなっているのですか。失礼ですが、お話を聞く限りそういったことへの備えがあるようには思えない。村の様子もそうだ。このままであれば、今回のことが解決したとしても、別の何か起これば直ぐに壊滅しますよ」

「耳が痛いですな……」

 

 村長は沈み込むように深い溜め息を吐いた。

 

「この村は開拓村でした。当初は神殿から派遣されてきた冒険者の方も居たのです。それなりに経験を積んだ方達でした。彼等に憧れた若者達を連れて、周辺のパトロールなどをやってくれていました」

「……彼等はどうして?」

「……平和過ぎたのですよ」

 

 居なくなったのか、というフレディの問いに、村長は苦い声でそう答える。

 

「この一帯は元々、強力な魔獣の縄張りでした。神殿から派遣された冒険者達は元々その魔獣の討伐のためにやってきたのです。魔獣を討伐した後、彼等はこの村を拠点に冒険者として生計を立てようとしていました」

「でも、この辺りには何も無さ過ぎた、と」

 

 アヤナの言葉に、その通りです、と肩を落とす村長。

 

「魔獣は余程好戦的で強かったのか、この辺りには殆ど脅威になるような生き物が残っていませんでした。いたのは兎などのか弱い小動物ばかり。隠れ潜んでいた魔獣も、一年も経つ頃には殆ど狩り尽くされてしまい……彼等は三年、冒険者としての収入が無い状態で過ごしていました」

「三年かぁ……」

 

 バイトをさせてはもらえなかったが、お金に困ることだけは無い生活を送ってきたアヤナにとって、三年収入の無い状態、というのは想像の埒外であった。しかし、それが辛い状況だというのは何となく想像がつく。両隣を見れば、ココロはアヤナ同様に想像してか、へにょ、と眉尻を落としていた。フレディは反対に眉根を寄せている。そんな様子には気付かず村長は続けた。

 

「冒険者の方々はまだ、我慢をしてくれていたようなのですが……彼等を慕っていた若者衆は耐えられなかったようでして。半年程前に村を出て行ってしまいました。冒険者達の方々はそれを心配してついて行くと……私も、彼等の状況を憂いていましたし、周辺も安全でした。彼等を笑って送り出しましたよ」

「浅はかでしたな」

 

 フレディはぴしゃりと言った。

 

「定期的な見回りには抑止効果がある。今が安全だからとそれをやめてしまえば良からぬ者に目を付けられるのも時間の問題です。おまけに何か起きた際に対応できる者もいないときた。この村が今日存続しているのは奇跡のようなものですよ」

 

 村長は返す言葉も無いようで深く項垂れた。ココロが窺うようにフレディの顔を見る。

 

「フレディさま、少し言い過ぎでは……」

「言い過ぎなものか。ここで甘い言葉を掛けて何の意味がある。それで現実を見て改善してもらえるなら、言い過ぎで丁度いいくらいだ」

 

 腕を組んだフレディはそう言って鼻を鳴らす。ココロは反論が出来ないようで少し表情を曇らせた。村長が苦笑する。

 

「いいんですよ、お嬢さん。その人の言うことは尤もだ」

 

 村長は改めてフレディを見据え、懇願するように頭を下げる。

 

「不躾な願いで恐縮ですが……どうか、この件が解決した後も、この村に留まってもらえないでしょうか」

「それは出来ませんね」

 

 フレディはにべもなく首を横に振った。アヤナも横で小さく頷く。

 

「僕達はあくまでゴブリン退治の為にこの村に来ました。言い方は悪いですが、それ以降は仕事の範囲外です」

「あたし達もグランフェルデンで待ってる仲間がいるし……申し訳ないんですけど、お受けする訳にはいかないです」

「そうですか……そうですよね」

 

 村長は断られることが分かっていたのか、深く溜め息を吐くとあっさりと引き下がった。

 

「あの」

 

 おずおずと、ココロが声を掛ける。

 

「手紙を書くのは、如何でしょう。この村を去った冒険者の方に事情を説明し、戻っていただくことは出来ないでしょうか」

「そうだな。収入問題は考える必要があるだろうが、話を聞く限りその冒険者達もこの村を気に掛けていたようではあるし、それがベストだろう。村長、神殿への手数料をいただけるなら、手紙を届ける位なら請け負いますよ」

 

 ココロの提言に、フレディがそう肉付けをした。手数料というのは、神殿が行っている、冒険者へ手紙や荷物を受け渡す仲介サービスのものである。郵送よりも割安で、特に、冒険者が依頼する場合は更に格安となるため人気のサービスだ。

 村長は少し考えた後、深く頭を下げた。

 

「……確かに、それが良さそうですな。ありがとうございます。皆様が戻るまでには用意しましょう」

 

 一つ息を吐いて水を飲むと、村長は気持ちを切り替えるように一度強く目を瞑る。目を開いた彼は、少しまだ疲れの残る笑みを口に乗せると姿勢を正した。

 

「余計な話をしてしまいましたな。話をゴブリンに戻しましょう」

 

 そう言って、村長は軽く手を二回叩いた。少し間を置いて、奥の扉から明るいボブカットをした年頃の少女が一人顔を見せる。やや眠たげな眼元などがそっくりなところを見るに、村長の娘なのだろう。小柄な身体を軽装だが山歩きに適した服装に包んでいる。彼女は三人を見ると、ぺこりと頭を下げた。

 

「娘のオルガです。この村では男衆は力のいる畑仕事をやっとりましてな。罠を仕掛けて小動物を獲る狩人は女子供の仕事でして……娘もその一人です。実はゴブリンを見たのもこの子でして」

「えっと……初めまして。オルガと言います」

 

 父親の紹介にもう一度頭を下げると、予め打ち合わせをしておいたのだろう、オルガは淀みなく当時のことを話し始める。

 

「あの時はいつもの様に仕掛けた罠の回収に出かけたんですが……仕掛ておいた罠が壊されちゃってたんです。その時は鹿でも引っかかったのかなって思ってたんですけど」

「あれ、鹿いるんだ?」

 

 話を聞いていたアヤナが口を挟む。

 

「ええ。去年位に他所から流れてきたみたいで。兎用の罠だから全然対応出来てないんですけど。何とかしなくちゃ、とは思ってるんですけどねぇ」

 

 たはは、とオルガは恥ずかしげに頭の後ろを掻いた。アヤナもただ疑問を口にしただけだったようで、そっか、とあっさり引き下がる。

 

「話を戻しますね。それで、その時は罠を仕掛け直したんですけどね。でも次の日見に行くと、また罠が壊されちゃってて。ちょっとおかしいぞって思っていたら、鹿を追い回している妖魔を見かけたんです。妖魔は初めて見たんですけど、あれはゴブリンで間違いないと思います」

「ふむ……君は見つからずに済んだのか?」

「えっと、は、はい。ゴブリン達は鹿に夢中でしたし……私もすぐに隠れたから、何とか気付かれずに済みました」

 

 同年代で同性のアヤナと違い、年上で怜悧な鋭い目を向けてくるフレディには多少の緊張を隠せない様子で、少し言葉を詰まらせ気味にそう答える。フレディはその様子は気にならないようで、鷹揚に頷いた。

 

「そうか。それなら何よりだ。続けてくれ」

「あ、はい。それでですね。短剣を待ったゴブリン二匹が鹿を足止めをしてて、その隙に後ろの茂みから弓を持ったゴブリンがズドンと」

 

 そう言ってオルガは弓を引き絞る真似をした。

 

「結構ちゃんと連携を取るのね……油断はできないわ」

「はい……大分手慣れた様子でした」

 

 難しい様子で唸るアヤナに、オルガは当時を思い出してか首を竦めて身震いした。

 

「私が見つからなかったのは良かったんですけど……罠が何度も壊されてることを考えると、ゴブリン達が付近に私達がいると気付いてるのは間違いないと思うんです。いつ村を襲われるか……」

「……ゴブリンを見たのは、一ヶ月前だっけ?」

「はい」

「おかしくない?」

 

 オルガと村長が揃ってきょとんと首を傾げたのを見て、アヤナは仲間を振り返った。

 

「人間に気付いていながら……それも、連携を取って行動するくらいの頭はある連中でしょ? それが1か月も襲ってこないなんて……」

「そうだな。村の場所が分かりにくい場所にあるわけでもない。軽く偵察すれば、村に戦力がないこともすぐに分かるだろう」

 

 アヤナの言葉にフレディは頷く。ココロも発言はしないが同じ疑問を持ったようで、考え込む様子を見せている。

 

「そうでしょ。だったら、何かあると疑ったほうがいいんじゃない? 何かの意図があって、敢えて村を襲わないでいる可能性とか」

「何か、か。何らかの兵器を準備しているとか、か?」

「兵器ぃ? そんな大層なもの使ってくることもあるの?」

 

 アヤナの眉が疑わしげに寄る。彼女の脳裏には戦車や爆撃機などの現代兵器が浮かんでいたが、フレディは真面目に首肯いた。

 

「もちろん普通はない。ないが、高位の妖魔や魔族から与えられて運用する場合はあると聞くな。もしくは、そういうものが保管されている古代遺跡を掘り当てた場合だが……」

「そんなことある?」

 

 眉根を寄せたままのアヤナの問いに、フレディは苦笑して頭を振った。

 

「オルガさん、だったね。この辺りに遺跡のような物はあるのか?」

「いえ、そういうのは見たことないです」

「まぁ、そうだろうな」

 

 そのようなものがあるなら、冒険者がここを離れることはなかっただろう。

 

「でも上から兵器を与えられたんだとしたら、そんな準備に一ヶ月も掛かるようなもの渡す? 普通渡した時点で使えるようにしない?」

「まぁ、確かにな。すまない。僕も意図が分からなくてな。思い付きを言っただけなんだ」

 

 アヤナの言葉に、フレディは自分の意見を引っ込めた。代わりにココロが手を上げる。

 

「でしたら、儀式とかでしょうか。儀式魔法の類であれば、準備に時間が掛かることは珍しいことではございません」

「儀式魔法……ロクでもない感じしかしないわね」

 

 アヤナはげんなりとした顔で首を振った。

 

「それでも、村を襲撃しない手はなさそうだが……何にせよ、今のままでは情報が少な過ぎるな。フィールドワークで情報を得るしかなさそうだ」

「そうね」

「山の探索に行かれるなら、娘も同行させましょう。戦うことはできないと思いますが、山のことを知り尽くしています。探索には地理に明るい者がいた方がいいでしょう」

 

 村長の申し出に、オルガが気合いを入れるように拳を握った。微笑ましいものを見る目でフレディが頷く。

 

「よろしく頼む。山を歩くのに、山に慣れた地元の人間の案内があるのとないのでは大違いだ。頼りにさせてもらおう」

「任せてください!」

「もう出発されますか? それとも、今日はもう休まれて、明日の朝から行動する、ということであれば、冒険者達が使っていた家があります。娘に案内させますが……」

 

 村長の申し出に、フレディがいや、と首を振った。

 

「まだ日も高いからな。少しでも状況を見ておきたい。あまり連中に時間を与えるのも良くないだろうしな」

 

 フレディの言葉にココロが同意だと首肯いた。アヤナだけは微妙な(もう歩き疲れた)顔をしていたが、諦めたように渋々と頷く。

 

「そうですか! 何卒、よろしくお願いします……!」

 

 深々と頭を下げる村長と、それを見て慌てて頭を下げるオルガに、ああ、と短く応えると、フレディは窓から見える山へ視線を向ける。間近に見える、木々が昼下がりの陽射しを葉で柔らかく反射する景色は実に平和で、何の脅威もないように見えた。

 

「さて、鬼が出るか、蛇が出るか……」

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