冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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ソードワールド2.5のシナリオを書いてたら遅くなりました(言い訳)


ミドルフェイズ・ゴブリンの潜む山中

「──ふむ……少し歩いたが、案外しっかりとした道があるんだな。精々が獣道程度だと思っていたが」

 

 一行が出発してから一刻程。村の裏山にある山道をオルガと連れ立って歩きながら、フレディはそう少し潜めた声で呟いた。左右を豊かな緑に挟まれた山道は、下生えがまばらに生えているが、二人が並んで歩ける位の幅で薮や木々の小枝を払ってあり、地面も飛び出した根を切った跡があったり、段差に土留めがしてあったりと、道として機能するようになっている。あくまで最低限であり、起伏などはそのままであるため荷車などを通すのは厳しいが、歩いて通る分には充分であるとフレディは感じた。

 

「冒険者の人達が整備してくれていたんです。何かあった時に行動しやすいようにって。迷いにくくなるから私達も助かってました」

 

 今は私達が手入れを引き継いでるんです、と、フレディの呟きを拾ったオルガが笑みを浮かべながら囁くようにそう答える。

 

「成程な。正直、こちらもかなり助かっているよ。こういう道があるのと無いのとでは、疲労の溜まり具合に大きく差ができるからね。しかし……」

 

 フレディは溜め息を吐きながら後ろを振り返った。

 

「アヤナ。いくらなんでも君は体力が無さ過ぎじゃないか?」

「わ……わかってるわよ……」

「申し訳ございません、フレディさま」

 

 アヤナに肩を貸すココロが、眉尻を落として軽く頭を下げた。アヤナは肩で苦しい息をしながら苦々しい表情で目を逸らしている。

 

「ココロさん。アヤナは君の主人だと言うことだが、主人のことを君が謝る必要はないと思うぞ」

「そうよ、ココロ……体力が無いのは、あたしの、問題なんだから、アンタが謝る必要、ないの」

「そういうわけには、参りません。主人に至らぬ点があるならば、それを補うのが従者の勤めでございます。それを指摘されるとなれば、それはわたくしの献身が足りぬということですので」

 

 フレディとアヤナの言葉に、ココロはしゃん、と背筋を伸ばして毅然と答えた。更に、彼女は視線をフレディに向けて付け加える。

 

「フレディさま。どうぞ、わたくしのことも、ココロ、と呼び捨てになさってください。主さまを呼び捨てになさるのであれば、わたくしに敬称を付けていただくわけには参りません」

 

 フレディは何とも言えない表情で半眼を彼女に向けた。

 

「分かった。そうさせてもらうよ。中々に頑固だな、君は」

「ありがとうございます」

「だから、誰も褒めてないんだってーの」

 

 処置なし、とばかりにぼやくアヤナに、同調するようにしてココロの大鴉がかぽぽぽっ、と鳴く。緑豊かなこの森では上空からの索敵の効果が薄く、また呼び戻す際には指笛を吹く必要があるので即応性と奇襲性に欠ける、という理由から、この使い鴉は山に入ってからずっと主人の肩に──ココロがアヤナに肩を貸してからはアヤナの肩に──乗っかっていたのだった。

 そんな彼等の様子を見てくすくす笑っていたオルガだったが、ふと足元の一点に目を止めた。

 

「あれ、これは……」

 

 急に屈んで足元を調べ始めたオルガに、一行は足を止めた。

 

「何か見つけたか?」

「はい。これは……鹿の足跡ですね。何時もより深いし、この付き方は……何かから逃げてるのかも」

「……こちらにはゴブリンらしき足跡がございます。数は二かと」

 

 すかさず周囲を見回したココロがそう報告する。

 

「ゴブリンが鹿を追いかけていたということか」

「そうだと思います。蹴られた土がまだ新しいので、そんなに遠くには行ってないと思います」

「追えそうか?」

「任せてください」

 

 頷いたオルガが身を低くして慎重に進み始める。フレディとココロは彼女に習って後を追い、ココロに頼って体力を温存していたアヤナも何とか後ろをついて行く。

 争うような音がしてきたのはそのすぐ後だった。茂みに身を隠しながら様子を窺うと、少し先の開けた場所で手負いの鹿が短剣を構えた人型の魔物二体から逃げ回っている。魔物の身長は1mもない程度、上半身と足には何も身に付けていないものの、下半身には丈夫そうな皮のズボンを穿いていた。身振りと短い声で指示を出し合いながらどんどん鹿を追い詰めていくのが見て分かる。それは野蛮ではあったものの、アヤナが様々な情報を聞きながらも内心捨てきれないでいた、『ゴブリン』(愚かで下劣な魔物)のイメージを崩すに充分な姿だった。

 

「……奇襲を狙えるか?」

 

 アヤナが衝撃を受けつつも息を整えていると、フレディがそう彼女達に囁いた。

 

「狙ってみる価値はありそうだけど……いける?」

「僕は問題ない」

 

 フレディが裾からナイフを滑り出させ、両手に構える。その姿は堂に入っていて隙が無く、彼がこの手の戦闘に一定以上の経験と自信を持つことを窺わせた。

 

「わたくしもこの子も、問題はございません……ですが、お待ちを。オルガさまのお話を思い出していただけますか」

「あぁ、弓」

 

 自分の肩に戻ってきた鴉の頭を撫でながら応えたココロの声を聞いて、アヤナがぽつりと漏らした呟きを、オルガは小さく首肯した。彼女の話では、二匹のゴブリンが気を引いている隙に、弓で攻撃したゴブリンがいた筈なのだ。

 

「もう少し様子を見た方が良いかもね」

「確かにな」

 

 ひそひそと話をしながら物陰から見ていると、その開けた空間から鹿を出さないように立ち回っていたゴブリン達の内、片方が素早く石を拾うと、鹿の目目掛けて擲った。流石にそれに当たる鹿ではなかったが、どうしても注意を引いたのか、その隙に死角から回り込んだもう片方のゴブリンに対する反応が遅れた。突然目の前に躍り出て、短剣を振り回しながら立ちはだかるゴブリンの姿に、鹿は驚いて一種竿立ちになる。その瞬間だった。

 ——ヒュッ。

 短い風切音と共に茂みから飛んだ矢が鹿の頭を打ち抜いた。竿立ちの姿勢からぴん、と身体を硬直させ、そのまま背中からひっくり返る鹿。

 

「やっぱりいたわね」

「あぁ……だが、直前までどこに潜んでいたか分からなかった。あのゴブリンは中々の手練だぞ」

 

 矢が放たれた辺りから、弓を片手に悠々と出てきたゴブリンを、短剣を持ったゴブリン達が歓声を上げて出迎える。

 

「流石兄貴だ!」

「百発百中だな、兄貴!」

「よせやい、お前達が上手く足を止めてくれるから当たるんだよ」

 

 ハイタッチしながら狩りの成功を喜び合うその姿は完全に無防備である。

 

「……仕掛けるなら、今か?」

「そうね……今なら……」

 

 フレディの言葉に、アヤナが杖を持ち上げる。しかし、彼女が魔力を練り上げる前に、弓持ちのゴブリンが肩に弓を掛けて手を叩いた。

 

「ほら、コイツを隠れ家に持っていくぞ。お前ら手伝え」

 

 へぇい、と気の抜けた声で答えたゴブリンが茂みへ──幸運なことにアヤナ達の隠れていた茂みとは反対側だった──適当な太さの枝を採りに行った。残ったゴブリン達は死体から矢を引き抜き、取り出したボロ縄で手足を縛っていく。

 

「……このまま尾行した方が良さそうね」

「そうだな。巣穴を見付けたら、そこで奇襲を掛けるか」

「それで行きましょ」

「承りました」

 

 小声で簡単に打ち合わせた三人は小さく頷きあった。ここからは確実に戦闘になる。フレディが案内役でしかないオルガを振り返ると、彼女もこくりと頷いた。

 

「私はここで……みなさん、ご武運を……!」

「うん、ありがとね」

 

 アヤナが手を振り、もう一度頭を下げたオルガがゆっくりと慎重な足取りで下がっていく。彼女の姿が見えなくなったのと、ゴブリン達の作業が終わったのはほぼ同時だった。彼等の身長が低いからか、足先ではなく膝下を切ってきた枝に括り、頭も枝からぶら下げた縄で地面を擦らないように吊っている。短刀持ちの二体が担ぎ上げ、獲物が擦らないかを改めて確認した後、彼等は上機嫌に歩き出した。

 

「こんなにデカい獲物は久しぶりだなぁ、兄貴!」

「だなぁ。最近は兎が多かったからな」

「これなら叔父貴も大喜びしてくれるんじゃないか?」

 

 賑やかに話しながら歩く彼等を追うように、三人もまた移動を開始する。茂みに身を隠しながら、ゆっくりと。息を潜めながら、アヤナの思考は今し方のゴブリンの発言に飛んだ。

 

 ──叔父貴、か。ということは、コイツらよりも上の立場のゴブリンがいるってことね……。手下はどれくらいいるのかしら。

 

 顎に手を当て、アヤナは巣穴を見つけた後のことを脳裏にシミュレートしようとする。

 ……ところで。慣れない隠密行動の中で、余計なことに意識を割いたら一体どうなるか。

 

 ぱきっ。

 

「あ」

 

 思考に耽っていたアヤナの足が、思いっきり枯れ枝を踏み抜いた。乾いた音が辺りに響き渡る。

 

「おいバカ!」

 

 反射的に身体を竦めたアヤナの肩をフレディが素早く押さえた。しかし、音はゴブリン達にも届いていたようで、足を止めて周囲を窺っている。弓持ちのゴブリンが、肩からその弓を外した。

 

「何だ?」

 

 指を矢筒の矢に添えながら、ゴブリンは首を傾げる。その様子にフレディは苦い顔を隠そうともしなかった。

 

「不味い」

「こ、こうなったら、鳥の鳴き真似で誤魔化すしか……!?」

「何でそうなる!」

 

 掠れるような小声でテンパるアヤナと、同じような小声でそれを怒鳴り付けるという器用なことをしてみせるフレディ。ゴブリンは油断無く辺りを見渡しながら、彼女達の方に歩き出そうとしていた。黙ってそれらを見ていたココロが、己が使い魔と視線を合わせる。賢い彼女の僕は、こくりと頷いてその肩から飛び降りた。

 鴉の飛ぶ鳥としては大柄な体躯が草の上に着地してかさりと音を立てた。そのままぴょこぴょことジャンプしてかさかさと音を立てる。ゴブリンはすかさず反応して矢を番えようとしたが、その直前に鴉はカァカァと鳴き声を上げながら飛び立った。ゴブリンの注意は完全にそちらへ向いている。意識が上手く逸れたことに、フレディは胸を撫で下ろしたが、

 

「カラスか……アイツも仕留めるか」

 

 ゴブリンはそのまま鴉に狙いを定めて改めて矢を番え、弓を弾き絞った。三人は揃って焦りを見せるが、この瞬間に出来ることは殆どない。フレディがナイフを、ココロが杖を握り締めた瞬間には、ゴブリンは矢を放ってしまった。

 

「かぽぽっ」

 

 だが、心配する三人を他所に、鴉は小馬鹿にするような鳴き声と共に身を捻り、あっさりと矢を躱した。そのまま反転してゴブリン達の頭上を通過して飛び去って行く。それを見送らざるを得ないゴブリンは憎々しげに舌打ちをした。

 

「くっ……外したか。最後にケチがついちまった。帰るぞ」

「へい」

「まー、そういうこともありますぜ」

 

 再び弓を担いで歩き出すゴブリンに、手下達が慰めながら着いて行く。

 

「ふぅ……何とかなったか。ナイスフォローだ、ココロ」

「賞賛はどうかあの子へお願いいたします」

「そうするか。どんな餌が好きなんだ?」

「最近は、レアさまがお作りになられた干し肉を好んで食しておりますね」

「……鴉の胃袋まで掴んでいるのか、彼女は」

 

 若干戦慄を覚えながら──帰ったら定期的に肉を仕入れられないか交渉を持ちかけようと考えている自分のことは棚上げしている──フレディは、軽く頭を振ってアヤナを見た。

 

「アヤナ、何を考えていたかは知らないが、身を潜めている時は周囲のことに集中してくれ」

「はぁい……」

 

 返す言葉もないアヤナはしおらしく肩を落とした。自省している様子にフレディはよし、と頷いて、去って行くゴブリン達の後ろ姿へ視線を戻す。

 

「反省しているようだから今はもう何も言わないでおこう。ココロ、奴等に気付かれないように鴉を呼び戻せるか?」

「難しいかと。ですが、既に捕捉している今ならば、あの子も上空から追跡が出来るかと存じます。呼べば直ぐに降りて来るでしょう」

「成る程な。なら、僕が仕掛けるタイミングで呼んでもらおうか。僕から少し離れてから呼んでくれ」

「陽動でございますね。承りました」

「あたしは?」

「君は火属性魔法が得意だったな。僕が離脱する時に一発デカいのを頼む」

「オッケー任せて。そういうのなら大得意よ」

 

 手早く奇襲の手筈を打ち合わせると、三人は静かにゴブリンの追跡を開始した。ゴブリン達は獲った獲物の大きさに気を取り直したのか、それとも敢えてか、先程のことを忘れたかのように上機嫌な様子で意気揚々と進んで行く。

 彼等は追跡する冒険者に気付くことなく、やがて山の少し奥まったところにある崖の下までやってきた。その岩陰には人が一人通れるくらいの縦穴が開いているようである。ゴブリン達はその穴の側に鹿を降ろすと、手早く且つ雑に解体を始めた。

 

「あれが連中の巣穴か?」

「みたいね……実はただの食糧庫、なんてオチがあるかもしれないけど」

 

 近くの茂みに身を隠しながら、フレディとアヤナが囁き合う。そうしている内に、弓を担いだゴブリンが穴に近付くと口を開いた。

 

「穴、槍、石弓」

「──よし、いいぞ」

 

 合言葉のようなその言葉に、穴の底から何者かの返答があった。それを聞いたゴブリン達は次々に解体した肉を投げ込んで行く。

 

「何かがいる……?」

「みたいね……まぁ、穴の中に何かいるのが気にはなるけど、奇襲を掛けるなら今しかないんじゃない? この機会は逃したく無いわ」

「そうだな。僕もそう思う。ココロ」

 

 心得たココロが静かに二人から離れる。合わせてフレディもアヤナから離れて反対方向へ移動した。ココロが十分距離を取り、ゴブリンの一体が他から離れて肉を投げ込もうとしたタイミングで、フレディはさっと手を振る。

 瞬間、指笛の鋭い音色が辺りに響き渡った。

 

「! 何だ……!?」

 

 弾かれたようにゴブリンが指笛のした方向、ココロが潜んでいる茂みの方へ向いた。その隙に、薮から飛び出したフレディは近間にいた短刀持ちのゴブリン目掛けて突撃する。その手には両手に携えた短刀の他に、栓を抜いた薬品の小瓶があった。

 

「なっ、人間!?」

「薬品にはこういう使い方もあるッ!」

 

 走りながら薬を服用したフレディが、瓶を投げ捨てながら動揺するゴブリンに切り掛かった。薬品の効果で瞬間的に力を増したフレディの斬撃が深々とゴブリンの胸を斬り裂く。

 

「ギャアア──ガッ!?」

「──グァー!」

 

 血反吐を吐いて踏鞴を踏んだそのゴブリンに止めを刺したのは上空から隼のように襲い掛かったココロの使い魔だった。鋭い爪の蹴撃がゴブリンの右眼を捉えて吹き飛ばす。受け身も取れずに後頭部から地面に倒れたそのゴブリンはそのまま動かなくなった。

 

「チッ……! さっきのカラスはコイツらか!」

 

 悔しげに舌打ちをして弓を手にしたゴブリンが矢を番えて狙いを定める為に足を止める。自分に射るような眼差しを向ける存在に、気付かないままに。

 

「──焔よ。我が手に集いて力となれ」

 

 茂みに身を潜めていたアヤナが杖の先を弓持ちのゴブリンに向け、低く言葉を紡いだ。杖の先に、一抱え程度の魔法陣が浮かび上がる。それは先日の経験をヒントに、消費を抑えつつ火力を上げれないかと彼女が考えたものだ。あの巨大な魔法陣は、効果は絶大だったが一気に消耗してしまう。まだ巣穴に入ってもいない今、切ることは出来ない手札だった。

 

「っ、魔力光だと!? メイジか!」

 

 だが、一行程挟んだことで敵にその存在が露見した。燃えるような瞳と、心胆を凍てつかせるような笑みをしたアヤナと目が合う。反射的にそちらへ弓を向けるが、その狙いが定まる前に彼女の魔法が完成した。

 

「──我担いしは、万象焼き尽くす裁きの光芒! 穿て──《ファイアボルト》!」

 

 射ち出された光条が大気を灼いて疾る。避けられないと悟ったゴブリンはせめてもの抵抗とばかりに右足から力を抜き、倒れ込んで逃れようとする。

 

「ぐあァッ!?」

 

 射線から逃し切れなかった左腕を掠めて瞬時にその周囲ごと炭化させた火矢は、そのまま後ろへ抜けて奇襲の動揺から脱しきれていなかった最後の一体の頭の横を抜け、崖に突き刺さって爆発を起こした。その威力に目を剥いたそのゴブリンがその場にへたり込む。

 

「ち、生焼けか」

「ボサッとしてんな、動けェ!」

 

 舌打ちしたアヤナが再度魔法を撃とうと杖を持ち上げるのを横目に、右手を付いて体勢を立て直しながら、弓持ちのゴブリンは手下のゴブリンを叱咤する。そこへ、隙と見て再突入したフレディが斬り掛かった。

 

「他人を心配している余裕があるのか!?」

「舐めるなよ、人間……!」

 

 ゴブリンは痛みに脂汗を流しつつも、動かなくなった左腕を短剣に叩き付けて攻撃を凌ぐと、飛び退って薮に飛び込んだ。

 

「以外にしぶとい……! 何処へ消えた!?」

 

 フレディが残ったゴブリンを警戒しつつ鋭い視線を周囲に投げ、ココロもフレディとアヤナを視界に入れつつ、強く杖を握り締めて辺りに目を走らせた。一方で、目標を見失ったアヤナは戸惑ったように杖を下ろすと、キョロキョロと落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。そんな素人丸出しの動きを、敵は見逃さなかった。

 

「っ! 主さま!」

「!? ぐぅぅッ!?」

 

 ココロの声に反応したアヤナだったが、経験の浅い彼女にはびくりと身を縮める以上のことは出来なかった。動けなかった彼女の肩に、ココロが咄嗟に張った障壁を貫いた矢が突き立つ。痛みに思わず肩を押さえたアヤナは杖を取り落としてしまった。

 

「チッ……盾役がいたか……」

 

 樹上、残った右腕に弓を持ち、口で引いて矢を放ったゴブリンは、口惜しげに口元を歪めて苦笑した。乾坤一擲の一矢だったのだが、狙った成果を上げることが出来なかったのだ。眦を吊り上げるココロと視線がぶつかり、彼は焼け爛れた片肺から苦しい息を吐き出した。

 

「ったく……最期までケチが付いちまったな」

 

 呟いた瞬間、上空から飛来した鴉がゴブリンの頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩き付けた。鈍い音と共に地面に赤黒い花が咲く。

 

「あ、兄貴ーーーー!」

 

 残ったゴブリンの慟哭が響く。そこへ、フレディは容赦なく短剣を突き付けた。

 

「まだ続けるかい? ここで降伏するなら、命までは取らないが」

「ぐぐぐ……くそぅ!」

 

 ゴブリンは背筋と腕の力で器用に後ろに跳んでフレディの意表を突くと、そのまま穴に飛び込んだ。

 

「敵襲ッ! 敵襲だッ! 冒険者が来たぞ!」

「逃げられたわね」

 

 ココロに腕を治療して貰いながら、茂みから出てきたアヤナがそう声を掛けた。《ヒール》のお陰でもう痛みは引いたのか、その顔色は平時に戻っている。

 

「こう言う時は入り口から焼き討ちにするのが鉄板よね?」

「君は中々物騒な発言をするな……中に油を巻いて燃やすか?」

「先生こそ中々物騒じゃないの。ちなみに、あたしは油、持ってないわよ」

「僕も、生憎香油を切らしていてね」

「じゃあ、中まで追うしかないわね」

 

 軽口を叩き合いながら、二人は穴を覗き込んだ。穴自体は何とか一人が通れる程度で細長く、外から広い範囲は窺えないが、穴の縁からは微かな光が漏れているのが分かった。揺らぐ様子はなく、中に炎ではない何某かの光源があるようである。穴の縁には薄汚れてはいるものの、古くはないしっかりしたロープが楔に打ち込まれて垂れ下がっており、そう深くはない穴の底にまで続いていた。穴自体の深さは飛び降りても問題無い程度なので、おそらく登って外に出る為のものなのだろう。

 

「どうされますか。おそらく、待ち伏せされていると思いますが……」

 

 ココロが自分達よりも経験が豊富であろうフレディに囁く。彼は迷わず頷いた。

 

「僕から行こう。技能的にも経験的にも、この面子では僕が一番適任の筈だ」

「罠とかありそうだけど」

「……その時は何とか見つけるさ」

 

 アヤナにそう答えながら、フレディは穴へ飛び降りた。

 

「侵入者め、喰らえ!」

「待ち伏せか、予想通りだな!」

 

 薄ぼんやりとした明かりを背負い、二体のゴブリンが狭い通路に並んで槍を構えているのが見える。着地と同時に突き出されてきたそれらを短刀でいなして躱すと、フレディは槍の下に潜り込むように滑り込んで反対に斬りかかった。

 

「な……!」

「ぐあっ!」

 

 槍を突き出したばかりの彼等は反応出来ずに斬られて手傷を負う。痛みに呻きながら彼等が下がったお蔭で、ようやくフレディにも周囲の様子が見える様になった。

 穴の奥は次第に下に下がるようになっていて、その入り口の狭さからは考えられない程広い空間が広がっている。剥き出しの岩肌にはヒカリゴケがびっしりと生え、松明がなくても行動できる程度の光を与えてくれていた。そして、岩窟の奥には、驚くべきことに何かの遺跡らしきものの門があるではないか。門は草臥れ、両開きになっている門扉の片方がなくなってはいるが、全体的にそう朽ちた様相ではなさそうだ。

 フレディが目を見開いて驚いていると、門の上、岩壁に半ば埋もれて一体化している門楼の一角がぱっ、と光った。反射的に身体を捻った直後、何かが高速でフレディの頭の横を掠め、背後に着弾して土煙を上げる。

 

「おっと、危ないな!」

「外してるじゃねーか!」

 

 槍を待ったゴブリンの片割れが後ろを振り返って怒声を上げる。すると、門楼の陰に隠れるように設置された砲の後ろから、ゴブリンが顔を出した。砲口から煙を上げるその砲は連発は出来ないのか、少し焦った表情のそのゴブリンは短刀を握り締めて門楼から飛び降りてくる。

 

「とりあえずレバーを引けばいいんじゃないのか!?」

「それ言ったのどうせアイツだろ!? あんな奴の言うことなんざ真に受けんな!」

「そんなコト言ったってよぉ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら合流するゴブリン達の会話に、フレディは眉根を寄せた。あの砲は、遺跡などで見かける火砲という罠だ。そう珍しいものではないが、あくまで連動するスイッチに引っ掛かった者を自動的に攻撃するような使い方が主で、レバーで引いて砲撃できるようにしたものなど見たことがない。アイツ、というのが何者か気にはなるが、罠にある程度造詣がある者がいると見て間違いは無さそうだった。

 

「ちっ、外したもんはしょうがねぇ。囲むぞ、フクロにしてやれ!」

 

 言いながら突き出される槍と短刀に、フレディは思考を打ち切って目の前のことに集中する。両手の短刀で穂先や刃を逸らそうとするが、連続して突き込まれるそれらを完全に捌くには無理があった。掠めるような傷が増えていく。フレディは顔を顰めた。

 

「ち、連続で来ると痛いな……!」

「このナイフ面倒だな!」

 

 ゴブリンもゴブリンで粘るフレディに苛立ちが募り始めたのか悪態を吐いて槍を突き込む。

 

「外科手術でナイフの扱いには慣れているものでね!」

 

 軽口を返しながらフレディは脇腹目掛けて突き出されてきた槍をパリィする。然程スペースが無い所為で、槍での薙ぎ払いが来ないと分かっていることが救いだな、と思いながら、彼はそれでもジリ貧になりつつある現状に内心焦りを感じていた。フレディの耳に羽音が届いたのはそんな時であった。

 

「──グァー!」

「なっ、カラス!? 何で洞窟でカラスが飛んでくるんだ!?」

「結構デカいぞ!?」

 

 突然の鴉の襲撃に、ゴブリン達は算を乱して後退する。その爪は誰も捉えることはなかったが、攻撃が途切れたことでフレディは一息吐くことが出来た。背後で軽い着地音が響く。

 

「遅くなりまして、申し訳ございません。フレディさま」

「いや、助かった。アヤナは?」

「直ぐに参られるかと」

「──んぎゃっ」

「……何をやってるんだ」

 

 着地で足を滑らせて尻餅をついたアヤナがココロに助け起こされるのを横目に見て、フレディは溜め息を吐きながらポーションを煽った。そうして乱れた息を整えると、別の薬剤──先程飲んでいた、一時的に力を増強する薬だ──も一息に飲み干して、未だに鴉に撹乱されて右往左往しているゴブリン達の間へ飛び込んでいく。

 

「隙だらけだ!」

 

 右手の短刀で撫でるように槍持ちのゴブリンの脇腹を切り裂き、反応しようとしたもう一体の槍持ちの顎を左の柄尻で強打。怯んだその鳩尾を血に濡れた短刀で一突きした。鴉を追い掛けて転んだのか、少し離れたところで膝を付いている短剣持ちのゴブリンまでは深追いしないことにして、素早く離脱する。

 

「ぐ、くっ……くそッ!」

 

 頽れた仲間に歯噛みして、斬られた脇腹を押さえながらゴブリンは槍を構え直した。一旦頭上を旋回する鬱陶しい鴉は捨て置き、厄介な双剣使いを追おうとするが、その視線は途中で停止する。

 

「──猛き炎よ、万物に流転の理を示せ……」

 

 杖の先に顕れた燃え盛る焔のように燿く小魔法陣の光が、口の端を吊り上げて獰猛に嗤うアヤナの顔を照らし出していた。そのように危機を覚えて回避しようとした彼の足を、脇腹の負傷が引っ張る。痛みと焦りと恐怖に顔を歪めた彼の視線の先で、魔法陣が魔力を収束した。

 

「──《ファイアボルト》ォ!」

 

 微かに青白さの混じる火線が杖の先から伸び、ゴブリンを一瞬で燃え盛る立像に変えた。断末魔さえ残せず絶命したゴブリンを前に、アヤナは哄笑を上げる。

 

「これよ、この感覚よ! 今度は上手くいったわ! 連射性は難アリだけど、これならもっと強力に敵を焼ける……!」

「あ、あの女……狂ってやがる……!」

 

 嗤うアヤナの姿に、生き残ったゴブリンは震える手で短刀を握り締め、呻き声を漏らす。その首筋に、背後からスッ、と刃が突き付けられた。

 

「君の気持ちはよく分かる。正直僕も今後彼女とどう付き合うべきか、少々困惑しているが……それはそれとしてだ」

 

 フレディは溜め息を吐きつつも、冷たい目でゴブリンを見下ろした。一度逃しているからか、その視線は常よりも厳しい。

 

「さっきの逃げたゴブリン君。まだ戦うかい? 僕の本業は医者でね。無益な殺生はあまりしたくないんだ。さっきも言ったと思うが、武器を捨てて投降するなら……」

 

 命までは取らない。そう言い切る前に、ゴブリンはギリッ! と奥歯を噛み締めた。振り返り様に握り締めた短刀を振り被る。

 

「兄貴の仇──!」

「……そうかい」

 

 フレディは少し眉尻を落とすと、躊躇なく短刀を振り抜いて、ゴブリンの矮躯を蹴り飛ばした。口から血泡を吐いて末期の痙攣を始めるゴブリンを尻目に、彼は重々しく溜め息を落として刃に付いた血を布で拭う。

 

「いくら妖魔相手とはいえ、やはりいい気はしないな」

 

 丁寧に汚れを落とした武器を仕舞った彼は、背後の遺跡に少しだけ目を向けると、仲間の方へと視線を戻した。杖を手にこちらへ小走りに近寄ってくるココロの後ろで、先程までの凶相が嘘のように、少しだけバツの悪そうな表情を浮かべたアヤナが視線を逸らしながら歩いてくる。再び深々と嘆息したフレディは、視線を逃すように上へ向けた。

 

「……これは、思っていたより面倒な依頼な気がしてきたぞ」

 

 小さくぼやいたその声は、誰にも聞かれることなくヒカリゴケの淡い光の中に消えていったのだった。

 

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