「──成る程。君には、君が敵認定したものを焼き滅ぼしたくなる衝動がある、と。それで、敵を魔法で攻撃する時は興奮が抑えきれなくなる、ということだな」
ココロから治療をして貰いながら、アヤナの弁明を聴いていたフレディは鹿爪らしい顔でそう纏める。三人は遺跡の門扉の前で腰を下ろして小休止を取りながら、体勢を整えているところであった。アヤナが引き攣った顔で頬を掻く。
「ええと……そう言葉にされると、あたしがヤバい奴にしか聞こえないんだけど」
「安心してくれ。君は立派なヤバい奴だ」
きっぱりと断言してくれたフレディに、アヤナはがくりと肩を落とした。目を背けていただけで内心自覚はあった彼女だ。全く反論のしようがない。
「……どうする。生憎と僕はそういった方面は専門外なんだが、ルネスに行けば伝手がある。紹介状を書いてもいいが……」
フレディが彼女を慮るように少し控えめに申し出る。アヤナは少し目を見張ると、苦笑して首をゆるゆると横に振った。
「……大丈夫よ。確かに側から見ればヤバい奴に見えるかも知れないけど、あたしはこの情動があるから今戦えてるんだって気がするの。無くなったらきっと戦えない」
アヤナは自分の掌に視線を落としながら答える。思い出すのは日本にいた頃の灰色の日々。型に嵌ろうと必死に縮こまっていた人生だ。あの頃の自分だったら、とてもではないが今の様に冒険者として活動出来ないだろう。
「この情動は今のところ敵にしか向いてない。何とか付き合えると思うし、ダメだったら止めてくれるって言ってくれた奴もいる。だから、このままでいいわ」
そう言って穏やかに微笑うアヤナに、フレディも僅かに口許を緩めて鼻から息を抜いた。
「……分かった。君がそう言うなら、これ以上は言わないでおこう。確かに不気味以外の実害は無さそうだしな」
「不気味って……流石に傷付くんだけど」
「敵を笑いながら焼き殺す人間は不気味以外の何者でもないと思うんだが?」
「……はい」
その通りなので、アヤナは悄然と項垂れるしか無かない。
「フレディさま、治療完了でございます。お加減は如何でしょうか?」
話の区切りを待っていたココロが首を傾げてそう問うてくる。
「ああ、良くなった。腕がいいな、君は」
「わたくしなど、まだまだでございます」
「そう謙遜するものじゃないと思うんだがね……」
フレディは小さく嘆息すると、治療の為に脱いでいた上着に袖を通しながら立ち上がった。
「さて、治療も話も終わったことだし、休憩は終わりにしよう。問題はこの遺跡だ」
「そうね。先生の予想、当たったじゃない」
「あれは冗談のつもりだったんだがな……」
フレディは軽く額を押さえる。あり得ないと思いながら口に出したのだ。面倒事の臭いしかしない以上、実現して嬉しい筈もない。
「本当に兵器もあったりして。でっかいロボットとか?」
「やめてくれ。これ以上冗談が現実になったら面倒だ。というか何だ、そのロボットっていうのは?」
「あー、うん。でっかい人型の……鉄巨人? 人が乗り込んでビーム撃ったり、変形して空を飛んだりするの」
以前少しだけ見かけたロボットアニメを思い出しながらアヤナは答える。人型のロボットをわざわざ変形させて空を飛ばすのが、非合理的すぎて逆に印象に残っていた。分離して別の何かと合体する辺りとかいったい何の役に立つというのか。意味不明過ぎて今でもまるで理解出来なかったが、荒唐無稽な兵器としてふと思い浮かんだのがそれだったのだから仕方がない。
しかしフレディは何か思い当たるのがあるのか、ふむ、と顎に手を添えた。
「アイアンゴーレムだろうか? 人を乗せたり空を飛んだりはしないが、ビームを撃ってくる。遭遇したら面倒な手合いだ」
「いるんだ、ビーム撃つゴーレム……」
「ああ。ビームは割と一般的な……いや、それよりも問題なのはトラップだ」
気になることがあるとつい首を突っ込みたくなるのが彼の性なのだろうが、話が現実になったらたまらない、ということを思い出したのか、自分で始めた話であるのにフレディはやや強引に話を打ち切った。二人としても特に興味のある話題ではないので、特に何とも思わず話に乗る。
「トラップ? 大分古そうな遺跡だけど、罠とかちゃんと作動するのかしら」
「主さま。先日の遺跡を思い出してください。あの遺跡は年代的にここのものより古いですが、トラップは立派に作動しておりました」
「あ、あっちの方が古いんだ?」
「はい。様式から考えると、こちらの遺跡の方が新しいかと」
「そうなんだ」
ココロの言葉にアヤナが頷いていると、それだけじゃないぞ、とフレディが口を挟む。
「先程の戦闘で、ゴブリンがレバーで操作できる火砲を使ってきた。人が操作して攻撃するタイプの火砲は何らかの防御施設でしか見ないし、この遺跡がそうだとしたら数が少な過ぎる」
フレディは門楼を見上げる。岩に埋もれたそれの全容を窺い知ることは出来ず、彼の持つ知識ではこれが何の遺跡なのかはいまいち判然としなかった。
「生き残っていた砲があれだけ、という可能性もあるが、楽観はしない方がいい。トラップを整備、改造できる存在がいると見た方がいいだろうな」
「うわぁ……面倒くさそう」
「ああ、凄く面倒くさい……が、実はもう一つ、面倒なことがある」
「えぇー……まだあんの?」
露骨に顔を顰めるアヤナに対し、フレディはあぁ、と頷いて、懐から二本のナイフを取り出す。それは先程斃したゴブリン達が持っていたものであり、気になって先程拾ってきたものだった。どちらも同じ意匠のものだが、アヤナにはピンと来ないらしく首を傾げている。
「これが?」
「気付かないか? ちょっと古ぼけてはいるが、野良のゴブリンが持っているにしては大分質がいいものだぞ、これは」
「そんなこと言われても、あたし武器のことなんて分からないわよ」
「む……そうか」
持つのは杖位で刃物のような類の武器を持たないアヤナの返事に、フレディは少し決まりが悪そうに頭を掻いて、軽く頭を下げた。
「フレディさま」
下唇に指を当てて静かに考えていたココロが、顔を上げて口を開く。
「わたくしも、武器の良し悪しについてはあまり存じ上げないのですが……フレディさまは、彼等が揃って同じ質の高い武器を持っていたことを、問題視されているのですね」
「あぁ、そうだ。この辺りの野良ゴブリン達は、大抵が彼等自身で手作りした武器か、人間を襲撃して奪った武器を装備していることが多いんだ。奪った場合も、戦力の関係で大抵は質が低い」
「あー……質のいい武器持ってるような相手には返り討ちに合うから?」
そういうことだ、とフレディは頷く。
「ゴブリン達がこういう整った装備を持つのはそれこそ、魔族などの尖兵である場合が多いんだ」
「あぁ……そういうこと」
フレディの言葉に、アヤナは嫌そうに溜め息を吐く。
「厄介事の可能性が高くなったってことね」
「そう言うことだ。もちろん、今は可能性がある、程度でしかないが……」
「儀式魔法も用意してたりして」
「だからやめてくれないか。そろそろ僕等の手に負えなくなりそうだ」
フレディもアヤナと同じ様に嘆息すると、気を取り直して遺跡の扉に目をやった。
「まぁ、そう言って尻込みしてばかりもいられないな。まずは自分の目で確かめてからだ」
言いながら、フレディは軽く扉を調べた。そこには何らかの仕掛けがあったようだったが、錆びつき過ぎて最早何だか判別出来なくなっている。動くことは無さそうだと判断したフレディは他に仕掛けが無いことを確認して門を潜った。
遺跡の内部は何らかの魔法効果なのか、壁が仄かに光っており、遺跡内部へ侵食した光苔がそれを反射して幻想的な輝きを放っている。床は埃やらなんやらで汚れていたが、何らかの模様が描かれた石のタイルが敷き詰められており、頻繁に出入りがあるのか沢山の足跡があるのが見て取れた。フレディはその様子に目を細めつつ、慎重な足取りで歩き始める。
「何かあったら僕が調べるから、気付いたことがあれば教えてくれ。探索や調査、罠の解除はそれなりに得意なつもりだ」
「承りました」
「頼りにさせてもらうわよ、先生」
「ああ、任せてくれ……ん? あれは?」
足元の確認を終え、視線を奥へ向けたフレディは、通路の奥、10m程進んだ所の曲がり角で壁にもたれ掛かる、何者かの影に気付いた。それがじっとして動かないことに訝りつつ、警戒しながら近付いていく。後に続く二人も、固い表情で杖を握り締めていた。
人影の正体は直ぐに分かった。それは革鎧に身を包んだ、少し小柄な白骨死体。穴だらけになった革鎧から流れたと思われる夥しい血の跡と、額に深々とめり込むボルトを見ればそれが自然死でないことは一目瞭然だった。少し口元の尖った頭部を貫通して、壁に突き刺さったボルトに頭骨が引っ掛かり、今の姿勢を維持しているらしい。
「遺跡の罠かしら……」
「これはゴブリンだな。ゴブリンにしては大柄だが……少し調べてみる。二人は離れてくれ」
大人しく彼女達が従うのを待ち、フレディは真剣に検分を始めた。この死体もそうだが、死体自体は囮で何らかの罠があるかも知れない。そう思いながら手早く死体を検めるが、特に不審な点は見当たらなかった。
「うーん……分からないな。少なくとも罠を動かす為のスイッチみたいなものは見当たらない」
「じゃあ、罠に掛かったんじゃないってこと?」
「これだけでは何とも。ボルトは一般的な物だ。手持ちのボウガンで撃ったものなのか、それとも罠から発射されたものなのかは判別できない」
「これは、死後どれ程経過したものなのでしょうか?」
「そうだな……」
鴉を肩に載せたココロの質問に、フレディは改めて周囲を確認する。通路の隅に生える苔やタイルの隙間を這う蟲を眺め、
「死体の状態と革鎧の痛み具合からして、この環境なら一ヶ月から……長くて数年か?」
「結構幅があるのね?」
「既に白骨化してしまっているからな……僕は患者の治療が専門だからね。死体、ましてその痛み具合なんてのは専門外だ」
大体これくらいしか言えないな、とフレディは肩を竦めた。
「ですが、比較的最近の死体ではある、と?」
「恐らくだけどね」
「一ヶ月前ですと、丁度、山にゴブリンが現れた頃でございますね」
「そうね。内部抗争とかあったのかしら」
「ふむ……そうだったら数が減って助かるが……それにしては、周囲に争った痕跡がないし、死体もコイツ以外ないんだよな」
フレディは難しい顔で唸る。その様子にアヤナは小さく息を吐いた。
「まぁ、現状はこれ以上考えても仕方無さそうね。さっきもそうだけど全然情報が足りないわ」
「確かにそうだな。数が減っていれば御の字位に思っておくか。先に進もう」
アヤナの意見に頷いて、フレディは次第に薄暗さが増していく通路へ足を向ける。だが直ぐに足を止めて眉を顰め、二人に停止の合図を送った。
「待て。何かある」
「また何かあるの?」
「ああ……トラップだな。道の中央を通ると作動するみたいだ。こっちの壁沿いを行こう。付いて来てくれ」
床をさっと調べたフレディはそう二人に指示を出して再び歩き始める。
「どんなトラップだったの?」
「分からない。本体は通路の先にあるみたいだった。ゴブリン達もこの罠の存在は知ってるんだろうな。この壁沿いにばかり通った跡がある」
そう説明しながら30m程歩くと、再び通路が直角に折れ曲がっており、その先に両開きの石の扉が見えた。扉の隙間からは明かりが漏れている。フレディは口元に立てた指を当てて二人に見せると、手早く扉を確認した。変わった仕掛けがないことを確認し、二人に壁に寄るようにジェスチャーで示した後、指で三つ数えてから扉の片方を押し開ける。
やはり整備されているのか、重さ以上の抵抗無く開いた扉の向こうは、ちょっとした広間になっていた。床には装飾性のある石のタイルが敷かれ、正面には部屋の左右の壁沿いにある階段から上がれる中二階が見える。今開いた扉と同じ様な扉が正面と中二階へ上がる階段の手前に一つずつ、中二階に一つあり、この広間がエントランスの様なものであるらしいと想像が付いた。
そして、広間には数匹のゴブリン達が、侵入者を待ち構えるように武器を携えて屯していたのだった。すぐに気付いて武器を構えた三人に向けて、中二階に陣取ったゴブリンが携えた弓を振り回して喚く。
「何やら騒がしいと思ったら! ニンゲンどもめ! こんなところにまでやって来るとはな! ここに来たことを後悔してやる!」
「……は?」
後悔してやる? 後悔させてやるではなく?
聞き間違いか? 或いは言い間違い? とアヤナがぽかんと口を開けていると、下にいたゴブリン達もひそひそと囁き合い始める。
「ほんと、なんでこんなとこ来ちゃったんだろうな」
「女もいないしな」
「村は襲わないでとっとけとか言うしな」
「全部アイツが悪いんだ。アイツが大兄貴を殺っちまったから」
「叔父貴も何であんなヤツの言うこと聞くんだろうな」
「なぁ、あそこに女いねぇ?」
不満そうな顔で愚痴を言い合っていたゴブリン達が、一斉にアヤナとココロへ向いた。
「おお、女だ。ちっとデカいけど」
「もう女なら何でもよくね?」
「だな。贅沢なんて言ってらんねぇぜ」
「この際エルダナーンのガキでも……」
じっくりと舌先で舐る様な下卑た視線が二人に──大半はアヤナに──向けられる。粘つくようなそれが自身の年相応に膨らんだ胸元や、膝丈のスカートから覗く細い足を這い回るのを感じたアヤナは──だンッ! と右足で強く地面を踏み付けながら、一歩ココロの前に出た。
「……あ"ぁ?」
アヤナの口から聞く者の心胆を圧し潰すようなドスの効いた低い声が漏れ出した。殺意を焚べて燃やした炉のような眼光がゴブリン共を射貫く。
「ひぇ」
「なんだあの女、可愛い顔してメチャクチャおっかないぞ!?」
「どうする……とっとくのやめるか?」
「でもよぉ……せっかくのヒューリンの女だし」
「それはそうだけどよ……でもアイツ絶対ヤバいヤツだって」
アヤナの迫力に圧されてたじろぎつつも、尚も不躾な視線を向けるのを辞めないゴブリン達に、アヤナは額に青筋を浮かべながら杖を持ち上げようとする。それを押し留めたのはフレディだった。
「まぁ待て。気持ちは分かるが落ち着いてくれ。先に僕に話をさせてくれないか」
「先生? あぁもう、分かったわよ!」
アヤナは杖を引っ込めると、不貞腐れたように腕を組んだ。鎖に繋がれた狂犬のように歯軋りする彼女に、フレディは小さく嘆息してゴブリン達へ向き直る。
「さて、君達。これは提案だが、武器を捨てて投降しないか? そうすれば痛くしないし、彼女を嗾けることもない」
「……ちょっと先生?」
「主さま、落ち着いてください……」
「カポポ。グァー」
フレディに牙を剥こうとしたアヤナをココロと鴉が宥める。フレディはその様子に肩を竦めてゴブリンの出方を窺った。
「どうだろうか? 君達にとっても悪くない提案だと思うのだが」
「ゴチャゴチャウルサイぞ、ニンゲン!」
中二階で成り行きを見ていた弓持ちのゴブリンが、歯を剥き出しにしながら口を挟んだ。手早く弓に矢を番えると、一番鈍そうに見えたのかココロに向けて放つ。手でも滑ったのか、それはひょんっ、と気の抜ける様な音を立てて明後日の方向へすっ飛んでいった。その場にいた全員が──勿論下にいたゴブリン達や鴉もだ──その弓ゴブリンに可哀想なものを見る目を向ける。そのトカゲじみた顔はみるみる真っ赤に染まっていった。
「むがーッ!」
頭を掻きむしりながら、弓ゴブリンは跳ね回る様に地団駄を踏む。その足が床のタイルの一つを踏み込んだ。カチリ、という乾いた音が、やけにはっきりと辺りに鳴り響く。
「あ」
誰かが小さな声を漏らし、ゴブリン達が一斉に頭を抱えてしゃがみ込む。その反応を見て三人が警戒していると、天井の中央にかぱり、と穴が空いて小さな水晶球と金属筒が顔を出した。
「! あれは──」
フレディが身構えると同時、水晶球がきらりと輝くと、金属筒がぐるりと動いてココロを照準する。
「アコライトバスター*1だ! 防御しろ!」
「《プロテクション》──!」
フレディの鋭い声に、自分が狙われると理解したココロは鴉を逃しながら頭上に光の障壁を展開した。その直後、アコライトバスターから発射された砲弾が障壁に突き刺さる。
「く……!」
砲弾そのものは障壁と共に砕け散ったものの、降り注いだ破片によってココロは腕や足に細かい傷を負う。
「──あれ、あの爆発がこっちに飛んで来ないぞ?」
「ホントだ、痛くないぞ」
「今まで踏むと誰かが吹っ飛んでたのに!」
「おい見ろ、あのガキ、ケガしてるぞ!」
「おお……イイぞ……!」
自分達に砲弾が飛んで来なかったことに気付いたゴブリン達がぎゃいぎゃいと騒ぎ出す。その発言に、どうやら踏む度に再起動するようだと察したフレディは、思わず顔を顰めた。
「……敵対する、ということでいいんだな」
恐る恐るタイルから足を離す弓ゴブリンを睨め上げながら、フレディは静かに問う。弓ゴブリンは自分達に予想していた被害が無いこと、その被害が人間側に出ていることに気をよくしたのか、次の矢を握り締めて喚いた。
「当然だ! 戦いたくないなら女はおいてけ! 男は死ね!」
「そうだそうだ!」
「ニンゲンどもはぶっ殺せ!」
「女をよこせ!」
弓ゴブリンの言葉に、屯しているゴブリン達が同調して騒ぎ出す。フレディは舌打ちして短剣を構えた。
「……話にならないな。ここは戦うしかないようだ」
少しでも戦いを回避して、情報を引き出せればと思ったんだが、と一人ごちるフレディの後ろで、ココロの傷の具合が大したものではないことを確かめていたアヤナが、鼻を鳴らして杖をゴブリン達に向ける。
「ふん、武器を捨てて投降してれば、痛くしないように焼き殺してやろうと思ってたのに」
「……おいおい」
思わず、君は何を言ってるんだ、という顔をアヤナに向けるフレディ。だが、その燻る焔のような瞳と、抑え付け損ねた激情が滲み出るような凶笑に、実際口に出そうとしたその言葉を呑み込んだ。持ち上げた杖の先から紅い魔力光が噴き出し、照らし出しされた彼女の表情を赫く染め上げる。歪に吊り上がった口元が、裂けるように開いた。
「いいわ……一匹ずつ、じっくりと焼いてあげる。一切何も残らないくらい、徹底的に焼き尽くしてやるわ」
火口から流れ出た熔岩の様な重い声に、再び威勢を失ったゴブリン達が尻込みする。
「や、やべぇ奴がいる……」
「アイツ、魔法を使うぞ!」
「やっぱ取っとくのやめようぜ」
「コイツは殺らないと殺られる……!」
戦慄しながらも震える武器の先端をアヤナに向けるゴブリン達。しかし、その中で何も分かって無いような顔をした一匹の阿呆が、ふと思い付いたようにあ、と声を漏らす。
「どうせなら殺る前に先っぽだけでも……」
「死にさらせ!!!」
巨大な爆炎が悲鳴と共に遺跡の壁を彩った。
◇◆◇ ◇◆◇
「──ふぅむ。今回もダメみてェだな?」
今し方自分の手で閉めた宝箱──それを模した装置の一部──を眺めながら、彼は腕を組んで片眉を持ち上げた。枯れ掛けてはいるものの、十分な力強さを感じさせるその声には、言葉ほど落胆の色は見えない。面白くも無さそうだったが、その深い皺を刻んだ容貌は、落ち込むより、さっさと切り替えて次に進んだ方がよほどいいのだ、と雄弁に物語るようだった。
「よぉしテメェら、次試すぞ。さっさと準備しろィ」
「へぇい」
彼の号令に応えて、配下である二匹のゴブリンが手分けして周囲に並ぶ宝箱──最奥の列が八、次の列が七、というように合計三十六の箱が規則的に並んでいる──の蓋を開け始める。彼等の顔には作業自体に対する疑問や不満のような物が浮かんではいるが、反抗する気は無いようだった。澱みなくスピーディな動きで、あっという間にその遺跡内の一室にある全ての宝箱の蓋を開け終える。
「叔父貴、今度はどれを閉めるんで?」
「そうさなァ……」
叔父貴と呼ばれた彼は今まで試したパターンを頭に思い浮かべながら思考を回す。並んだ宝箱の内、特定の幾つかを閉めれば解除される仕掛けであることは分かっており、奥二列の答えを示したヒントの存在も知っている。しかし残念ながら彼等の頭ではそこに法則性を見出すことは出来ず、ならばとばかりに総当たりで開け閉めを繰り返しているのだった。ボスの目を盗みながら一ヶ月、何とか五列目の真ん中位に差し掛かったのだが、残り三列、数は少ないとはいえ、このペースではいつ終わるのか、皆目検討も付かなかった*2。
「次はそことそことそこと……あとそこもだな」
しかし、どれだけ先が長かろうが。諦めなければ、いつかは目的を達成できるのだと、彼は知っているし、これまでもそうやって生きてきた。その為には労力を惜しむべきではないとも知っている彼は、手下に指示を出しながら率先して箱を閉めていく。
「これと、それからこれ……ん?」
最後の箱を閉めると同時、彼の耳が爆発音を拾った。反射的に耳を澄ませば、微かに同族の汚い悲鳴と戦闘音が聞こえてくる。
「おっとコイツぁ……」
「叔父貴、今のは?」
「ちょっと見てきやす」
手下のゴブリン達も気付いた様で、彼の顔を窺ったり、様子を見に行こうと駆け出そうとしたりしている。
「あぁ待て待て。アレは放っておいても問題ねェよ」
そんな手下達を、彼は肩を竦めながら軽い調子の言葉で止めた。
「でも、叔父貴」
「心配すんな。俺にちゃんと考えがあるからよォ」
そう言って不敵な笑みを見せる彼に、ゴブリン達は顔を見合わせると、大人しく箱の蓋を開けに行く。その姿には彼の判断への強い信頼が垣間見えるようだった。自分に忠実な手下達の背を眺めながら、彼もまた手近な箱の蓋を開けに行く。
「冒険者がやって来たか。さっきのは多分魔法……魔法使いって言ったら、普通頭もいいよなァ?」
口の中だけでそう呟いた彼の顔に、にたり、と、歯茎を剥き出しにした笑みが浮かぶ。目的の為なら手段を選ばず邁進する彼にとって、利用出来そうな物が見つかればそれが何であれ利用するのが常だった。その彼の嗅覚が、いい転機が来たと囁いたのだ。
「ハッハァ、コイツはツキが回ってきたかも知れねェぞ」
彼は特徴的な白く長い顎髭を機嫌良く一撫ですると、手下達に改めて指示を出し始める。
好機が訪れると感じても、それが来るまで彼が足を止めて待つ理由は何処にも無いのだから。
ちなみに、予め白状すると本シナリオの方向性はネタと出オチです。
筆者はロボット物大好物です。Ζガンダムとかカッコいいですよね。