冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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今回も隔週投稿に……週一位で投稿出来るようにはしたいところ


ミドルフェイズ・白髭のゴブリン

「──あー、死ぬかと思った」

 

 ココロの膝に頭を乗せ、ぐったりとアヤナは息を吐いた。二人の周りには、彼女が焼き尽くしたゴブリンの焼死体が転がっている。血と肉の焼け焦げた臭いは凄まじく不快なものであったが、二人とも既にそれがどうでも良くなる程度には鼻が馬鹿になっていた。

 

「やっぱり、アドレナリンって偉大だわ……戦いが終わるまで、全く痛みとか感じなかったもの」

「主さま、お身体に障りますので、あまり口を動かされない方が……」

 

 ココロがアヤナの脇腹の刺し傷の痕を癒しながら、気遣わしげにへにょりと眉尻を下げる。その葡萄色の瞳に、一度は引いた涙が盛り上がった。従者の赤く腫れた目許を見上げ、アヤナは青い顔をしたまま薄く微笑んで見せる。

 

「いいのよ。アンタのお陰で大分よくなったから……それより、ごめんねココロ。アンタも怪我、してるのに」

「そんな……主さまのお怪我に比べれば、こんな傷は何程のものでもございません」

 

 ココロは胸の前で治療に使っていない左手をぎゅっ、と握り締めた。その手の甲から肩に掛けて、大小様々な傷が幾つも走っており今も血を滲ませている。腕だけではない。そんな傷が彼女の手足を中心に数え切れない程残っていた。それらは全て、あの後何度か発射された、アコライトバスターによる傷である。しかし、全て《プロテクション》で受けた為に、直撃はされずに済んだのが幸いだった。数は多いが深い傷は一つもない。

 一方で深刻なのはアヤナの方だった。初撃で仲間を焼き殺され、そのプレッシャーに圧されていたゴブリン達は、前線で短剣を振るうフレディを無視し、アヤナへ攻撃を集中したのだ。体術の心得などなく、また怒りに我を忘れていたアヤナに、それらを避けられる道理はない。ココロの必死の援護を受けながら、殆ど肉を斬らせて骨の髄まで焼き尽くすような闘いを繰り広げた彼女は、全ての仲間を無惨な消し炭に変えられ、恐れをなした弓ゴブリンが逃げ出した直後、半死半生の状態でばったりと倒れ伏したのだった。攻撃がアヤナに集中してしまったために殆ど無傷で済んだフレディが、左肩に突き刺さった矢や脇腹に突き立ったままのナイフを取り除いた後、ぼろぼろと涙を溢すココロが重篤な部位から治療して今に至る。生命の危機こそ脱したものの、アヤナは未だ満足に動けない程の重体だった。

 

「はぁ……我ながら情けないわー……あたし、完全にアンタにおんぶに抱っこじゃないの」

「そんなことは、ございません」

「だって、そうじゃない? 今回だって、アンタがいなかったら絶対死んでたし……」

「わたくしは、従者です。従者が主人をお護りするのは当然のこと……なのに、主さまに護っていただいた上、こんなお怪我まで……」

 

 わたくしは従者失格です、と再び涙を零し始めたココロに、アヤナは怪我で上手く動かない腕を内心歯痒く思いながらその頬に手を伸ばした。

 

「ほら、泣かないの……アンタのおかげで、こうしてあたしは助かったんだから……護られてるのは、あたしの方だと思うけど?」

「でも、主さまは、妖魔どもの目から、わたくしを隠してくださいました」

「あー……あれは、ただ下衆な目向けられてムカついただけって言うか……確かに、あれ以上連中の視線にアンタを晒したくないって気持ちはあったけどさ」

 

 《ヒール》の効果か呼吸が楽になってきたのを感じつつ、アヤナは少し視線を逸らしてそう答える。実際、あの時の彼女が感じていたのは強い苛立ちだった。仲間を護ろうという崇高なものではない。敵を焼き滅ぼしたい、その強い感情が、ゴブリン達の言動や、アコライトバスターでココロが傷付けられたことで加速していき、結果としてこうして倒れ、従者を泣かせることになっている。こうして改めて冷静に振り返ると、どうにも無様だ。もう少し冷静に立ち回ることが──結果は変わらなかったかもしれないが──出来なかっただろうかと自省していると、袖口で目許を拭ったココロがぽつりと溢した。

 

「ですが……わたくしは、嬉しく思ったのです……」

 

 後ろめたさと無力感に打ちひしがれるようなその声に、いつもの悪いところが出たな、と思いながらアヤナは視線を戻す。

 

「いいじゃない、それくらい」

「よくはありません。わたくしは従者で……」

「関係ないわ。そんなの。誰だって、誰かに何かしてもらえれば嬉しいもんでしょ」

 

 もう少し身体がちゃんと動けばそのデコを弾いてやるのに、と思いながらアヤナは息を吐いた。

 

「大体、アンタの思う主人ってのは従者に強いるばかりで何もしてあげないわけ?」

「いえ、そんなことは……」

「でしょう。アンタが思うように、あたしだってアンタに何かしてあげたいし、アンタを護りたいと思うわよ」

 

 アンタはちょっと杓子定規すぎよ、とアヤナは指でココロの右頬を突いた。口を×の字にしてしょんぼりと項垂れるココロに苦笑する。

 

「もう、しょげないの」

 

 ふにふにと指先でココロの頬の柔らかさを堪能しながら、アヤナは僅かに眉尻を落とした。

 

「ねぇ、ココロ。その、主とか従者とか、そういうのやめない?」

「それは……」

「あたしはやっぱり正直、主とかそういう人の上に立つような器じゃないってのはあるんだけど……それ以上に、アンタとは対等の関係でいたいのよ。アンタは、あたしがこの世界で最初に出会った……その、友達、だと……思ってるし……」

 

 血色を取り戻してきた頬を更に赤く染め、尻窄み気味にアヤナは言った。指を下ろして見詰めれば、ココロも少し頬を染め、押し黙っている。少し葛藤するように彼女はぎゅっ、と目を瞑った後、か細く声を絞り出した。

 

「……わたくしは……主さまの、従者ですので……」

「……そう」

 

 半ば予想していたその返答に、アヤナは口許を緩めて小さく嘆息した。誰にだって譲れない物はある。無理強いはすまいと諦めて、アヤナは腕を伸ばしてココロの前髪を撫でた。

 

「ほんと、頑固なんだから」

「……申し訳ございません……」

「いいのよ。それがアンタの信仰って奴なんでしょ」

 

 いつもの返事(ありがとうございます)ではなく、謝罪が返って来たことに、僅かな驚きと嬉しさを覚えながら、アヤナは微笑む。

 

「全く……どうしてこんな可愛い良い子があたしなんかの従者してるんだか」

「そんな、可愛くなど……わたくしよりも、主さまの方がお美しいと思います」

「無いでしょ。無い無い」

 

 自分の容姿は十人並みだろうとアヤナは思っている。背も高くなく、スタイルがさして良いわけでも無い。髪だって色素の薄い癖っ毛だ。対してココロは間違いなくとびきりの美少女だと思う。月並みな表現だが、銀糸のようなサラサラの髪とか、透き通った宝石のような瞳とか。造形も整い過ぎていて、初めて会った時はこの世の物とは思えず、思わず頬を引っ張ってしまった。ココロの。流石に身体のメリハリ的なスタイルは勝っているが、相手は十一歳の子供だ。勝てて当然だし、むしろ、今現時点でこのスタイルであれば、同い年になれば惨敗すること請け合いである。

 

「あのゴブリンどもも見る目が無いわ。あたしにばかり注目するんだから」

「──それは、君がヒューリンに似ているからじゃないか」

「あら、先生。おかえり」

 

 アヤナに応急的な外科処置をした後、周囲の扉の向こうへ偵察に出ていたフレディが口を挟んだ。その手に持っていた布を広げてばさりとアヤナの身体に掛ける。

 

「状態のいいマントが見つかった。質も良さそうだ。君の着ていたマントはもう使い物にならないだろうし、服も大分ボロボロだ。それを着るといい」

「あー……ありがとう」

 

 アヤナは自分の服の状態を思い出して少し赤面する。ゴブリン達に切り付けられたのとその後の処置の所為で脇腹の辺りは大きめの穴が開いているし、胸元とかも結構際どい所までざっくり裂けている。スカートもチャイナドレスのようになってしまった。血塗れでもあるし、もう着ることは出来ないな、とアヤナは内心溜め息を吐いた。同時に大分落ち込んでいる自分に気付き、良いことの殆ど無かった学校だが、制服にはそれなりに愛着があったのかな、とぼんやり思う。

 

「それで、ヒューリンに似ているっていうのがどう関係するの?」

「基本的に違う種族同士は子供が作れないんだが、ヒューリンだけは例外的に、他の種族と子供が作れるんだ」

 

 フレディはそこまで答えると、ふと顎に手を当てる。

 

「……アーシアンは外見上ヒューリンと差がないが、その辺りには違いがあるのだろうか……」

「ちょっと、先生?」

「おっと、すまない。ふと気になっただけで他意はないんだ」

 

 アヤナのじとりとした視線にフレディは慌てて首を振った。アヤナは若干不機嫌そうな様子で片目を瞑り、嘆息する。

 

「……まぁいいけど。じゃあ、あたしがヒューリンに似てるから注目が集まったってことなのね」

「恐らくな。正直、この辺りは好みだ。今回彼等がたまたまヒューリンの方が好みだっただけで、エルダナーンの方が好きな奴もいるだろう。ヒューリンの方が選ばれやすい位に思ってくれ」

「あんな連中に選ばれても何も嬉しくないんだけど……」

 

 アヤナの言葉に、まぁそうだろうな、と頷きを返してフレディは二人の側に腰を下ろした。

 

「ココロ、治療の進捗はどうだ? 見たところ、アヤナの怪我は粗方塞がったようだったけど」

「はい、もう少しといったところかと。目に見える外傷を塞ぎ終え、今は失った血や体力を回復させているところでございます」

「そうか。なら、その間に休憩がてら報告といこう。ココロ、君の使い魔に中二階の扉の警戒を任せられないだろうか? その先だけが行き止まりじゃなかった」

「承りました」

「グァー」

 

 フレディの言葉に、鴉がココロの返事を聞くなり一声鳴いて中二階へ飛んでいき、その欄干へ止まった。賢い鳥だ、と感心しつつ、フレディは視線を二人に戻してこの部屋周辺の探索結果を彼女達に伝える。

 まず、彼が向かったのは左の扉だった。扉に特に罠などはなく、物音もしないので開けてみると、そこは食糧庫。小部屋の中に、ゴブリン達が狩猟や採取で集めたと思われる食糧が乱雑に詰め込まれていた。中を少し物色し、中途半端に処理をされて強烈な血腥い臭気を放っていた肉は放置して、食べられそうな新鮮な果物だけいくつか回収。二人に手渡した。

 次に向かったのは次の扉。こちらも罠や待ち伏せなどは無さそうだったためそのまま侵入。中を検めると、様々な武具が種類毎に固めて所狭しと積み上げられた武器庫になっていた。どれも古びていて埃を被っているものもあるが、品質のいいもので、少し手入れすれば使えそうなものばかり。ゴブリン達が使っていた短剣や槍と同じ物も見つけることが出来た。少し部屋の空気が乾燥し過ぎている気がしたが、気にしないことにして幾つか使えそうな小盾やマント──先程アヤナに被せたものだ──などを拝借し、部屋を後にした。

 その次に向かった正面の扉の向こうは居住空間になっていた。ゴブリン達はその然程広くない空間で雑魚寝しているらしい。寝床の代わりらしいボロ布が部屋の半分より少ない位の面積で並べられていた。ボロ布が並べられているのとは反対側の部屋の隅には食べカスなのか動物の骨や干からびた果物の芯が捨てられてすえた臭いを発しており、よくもまぁこんな部屋で寝られるものだと思いつつ物色。奥の方の寝床の下から、何故か人族が使う貨幣がある程度纏まった額出て来た。首を傾げつつ回収、それ以外は目ぼしいものがないことを確認して、その不衛生な空間から脱出した。

 最後に中二階に上がり、アコライトバスターを無力化してから扉を潜った訳だが──

 

「最後の一匹が逃げていった所よね。なんか逃げ出した直後に凄い音と悲鳴が聞こえてたけど」

「そうだな。あれは酷いことになっていた。手が出せなかったから、実際見てもらった方が早いだろう。道は十字路になっていて、奥には立派な扉があったよ」

 

 確認したのはそこまでだな、とフレディは説明を締め括った。

 

「分かったわ。偵察お疲れ様。あたし達も手伝えたら良かったんだけど」

「構わないさ。君達は怪我人なんだ。医師としてはむしろ安静にしていて貰いたいくらいだよ……というかココロ。アヤナの方は大分良くなっただろ。先に自分の治療をしたらどうなんだ」

「ご忠告、痛み入ります。ですが、もう少しで完了致しますので」

 

 そう言ってアヤナの回復を続けるココロ。フレディはアヤナと顔を見合わせて、処置なし、とばかりに肩を竦め合った。

 

「……まぁいい。ともかく、ここまで調査して多少見えてきたことがある」

「見えてきたこと?」

 

 あぁ、とフレディは小さく頷く。

 

「まず、寝床の状況から察するに、この遺跡にいるゴブリンの数は小規模だ。他に寝床があれば別だが、あの様子からすると考えにくい。あるとしても精々ボス格位だろうな」

「まぁ、敵が少ないのはいいことよね」

「そうだな。それから、魔族の関与の可能性も大分下がったんじゃないかと思う」

「そうなの?」

「あぁ。右側の部屋の話はしただろう? 色んな武器が並べてあったが、中には明らかに手付かずの大剣とかの、ゴブリンが使うのが体格的に難しそうな武器が埃を被っていた。彼等の為に用意されたというよりは、元からここにあったのを偶然彼等が見つけたと考えた方が良さそうだ」

「つまり?」

「彼等は幸運な逸れゴブリン、ということだな」

 

 フレディは肩を竦めながら一つ息を吐いた。想定していた面倒な事態にはならなそうだと分かって若干気が軽くなったらしい。

 

「じゃあ後は、巨大ロボとか儀式魔法とかがないことを祈るばかりね」

 

 同様に少し身体から力を抜いたアヤナが天井を見上げながら呟く。そうだな、とフレディは頷きながら、先程拝借してきた小盾を地面に置いた。ベルトで上腕に固定するタイプの物で、表面にくすみや錆があるものの問題なく使えそうだった。

 

「それは?」

「使えそうだったから持って来たんだ。君達の休憩中に整備しようかと思ってね……しかし、うーん。流石に革のベルトはこのまま使うのは難しそうだ。交換しないと」

「あー。レアがいたら良かったんだけどね。あの娘、そういうの得意みたいだから」

「そうなのか?」

「うん。凄い器用なのよ。この靴もあの娘に作ってもらったのよね」

 

 そう言って、アヤナはようやく痛まなくなった足を動かし、靴をフレディに見せた。その木靴は前回の冒険が終わった翌朝にやって来たレアが手ずから削って使った物だ。アヤナの足の形に合わせて作っただけあり、歩きやすさが大分違う。実際履いてみてローファーとの違いに思わず、木製舐めてたわー、と呟いた位だった。

 

「わたくしの靴も、レアさまがお造りになったものでございます」

「成る程な……冒険者にならない方が大成するんじゃないか、彼女」

 

 ココロの靴──前回の冒険時に応急で作った蛇皮靴に木の底を追加して手直ししてもらったもの──を観察し、フレディはその腕前は認めつつも呆れたように唸った。アヤナも苦笑いを浮かべる。

 

「レアの興味は肉にしか向いてないからね」

「実に勿体無い話だ」

「まぁ、そこはレアだし……でもそういうことなら、帰ったらベルト付けるの頼んでみるけど」

「そうして貰えるなら助かるな。今はとりあえず応急処置だけしておこう」

 

 フレディは頷くと、ベルトに補強だけ入れてその表面を磨き始めた。

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

 二人の治療が完了したのは、フレディが小盾をすっかり磨き終えた頃だった。

 

「いやー、治してもらって言うのもなんだけど、やっぱり魔法ってズルいわー」

「狡い、でございますか?」

 

 大きく伸びをしながらボヤくアヤナに、ココロは首を傾げる。

 

「ついさっきまで死に掛けてたのに、もうすっかり良くなっちゃうわけだし。あたしの常識じゃ考えられないわ。何かズルしたみたい」

「そうでしょうか……」

「……まぁ、分からなくもないかも知れないな。自然治癒に頼るしかない世界にしてみれば、回復魔法なんてズルもいいところだろう」

 

 釈然としない風なココロにそう言ながら、フレディは左腕に整備の終わった小盾を取り付けた。二、三度振ってバランスなどを確認する。

 

「うん、こんなものだろうな」

「それ、さっきすり潰してた葉っぱで磨いてた奴よね。あんな葉っぱでこんなに綺麗になるなんてねぇ」

「あの薬草は、潰すと良い研磨剤となるのでございます。金属を磨くと、このように綺麗な艶が出せるのですよ」

 

 新品の様な艶と輝きを取り戻した小楯を見ながら感心した風に呟いたアヤナに、ココロがそう説明する。

 

「成る程ねぇ」

「煮出して服用すれば腹痛に効果がある。その使い方のほうが一般的だろうな」

 

 腹痛はポーションで治せないからね、と、フレディは使った道具を片付けながら補足する。裾を払って立ち上がると、肉を一切れ手にした。

 

「二人とも、もう問題はないな?」

「ええ、迷惑掛けたわね」

「わたくしも、準備は万端でございます」

「よし、では先に進もうか」

 

 そう言ってフレディは中二階へ向かう。二人もその後に付いて歩き出した。

 

「そう言えば、酷いことになってたって言ってたわよね」

「ああ。中々ショッキングな光景だったが……君達なら大丈夫そうだな」

「ちょっと先生、それどういう意味?」

「ああも容赦なくゴブリン達を焼き殺した君に、反論する権利は無いと思うけどね」

 

 中二階に辿り着いたフレディは、ぐぬぬと杖を握り締めて唸るアヤナを放置して欄干の上で待っていた鴉に肉を渡す。かぽぽっ、と嬉しそうに一声鳴いてそれを咥えると、ココロの肩に戻った。

 

「ありがとうございます、フレディさま」

「なに、仲間を労うのは当然のことだよ」

 

 鴉の頭を撫でながら礼を言うココロに片手を挙げて応えたフレディは、扉に手を掛けると開けるぞ、と言ってそれを押し開く。

 扉の先はフレディの言った通り十五m程先が十字路になっていた。更にそこから十五m程行った先には今開けた物より少し装飾の多い扉が見える。

 だが、そんなものは目に入らない。十字路の真ん中に、もっと目立つものがあるからだ。

 

「うっわ、グロ……」

 

 そこには全身が穴だらけになった死体が倒れていた。半ば挽肉状態になっており、五m程度ある道幅の半ば以上に肉片と血が散乱している。周辺に散らばった武器の破片を見るに、この死体は先程逃げ出した弓ゴブリンであるらしい。硬質な床には細かい凹みのようなものが円形に無数に刻まれており、死体はその中心から二歩程向こう側へ外れた所にある。天井には隠すつもりもないのか、小さな穴が一つ開いているのが見えた。

 

「これは……罠に掛かった感じかしら」

「多分な。罠自体は既に作動しているから、安全に通れるようになってたりは……」

 

 フレディは上着のポケットから取り出した小石を慎重に放り投げた。石は点々と床の上を転がり、死体にぶつかったのを確かめてから、彼は後ろ足に体重を乗せる様にして一歩ずつ進んでいく。円形の傷の内側に踏み込み、二歩目を前に出した瞬間、フレディの耳は頭上で何かがかちり、と動く僅かな音を拾った。

 

「──っ!」

 

 反射的に跳び退ったフレディの眼前に、轟音を立てて鉄の雨が降り注いだ。細かくなったゴブリンの死体を見て冷や汗をかくフレディの頭上で、ガチャリ、とあからさまな再装填の音が響いた。

 

「きっちり作動してるわね……」

「一定の範囲に何かが入ると作動する仕組みみたいだな……解除しようにもスイッチらしいものが見当たらない。手が出せないな」

「そうなの?」

「あぁ。足を前に出したら踏む前に作動したよ。何かを足に引っ掛けたつもりもない。物理的なスイッチではないんだろうな」

 

 フレディは難しい顔で考え込む。

 

「一応反応する場所は分かったから、発射までのタイムラグを考えると何とか潜り抜けられそうだが……」

「いや、無理よ。あたしとココロは絶対ミンチになるわ」

「……そうだろうな」

「壁際を進むしかないんじゃない? 感知する場所はあの弾の痕の内側なんでしょ? べったり壁にくっつきながら進めば行けるんじゃない?」

 

 アヤナが入り口の方の罠で使った回避方法を出す。フレディは少し考えた後、頷いた。

 

「感知範囲が円形であれば、という前提になるが……それしか無いか。一先ず試してみる。ココロ、念の為《プロテクション》の用意だけしてもらえるか?」

「承りました」

「あ、でも待って」

 

 ココロが頷いて杖を構えた所で、はたとアヤナが手を上げる。

 

「あたしの魔法で吹き飛ばせないかしら」

「ゴブリンをか? 妖魔とはいえ、あまり死体を辱めるのは感心しないな」

「そんなわけないでしょ! 罠よ、罠! 分かるでしょうが!」

「すまない、冗談だ。しかし、いけるか?」

「そこは、やってみないと分からないけど」

 

 言いながら、アヤナは杖を構える。

 

「やるだけ損はないでしょ!」

 

 アヤナのやる気に満ちた表情を見て、前へ出ていたフレディは彼女の後ろまで下がった。ついでにココロの肩を叩く。

 

「一応《プロテクション》の準備をしてくれ。強引に解除しようとすると作動する罠もある」

「存じております」

「離れているから大丈夫だと思うが、念の為な」

「──打ち砕け! 《ファイアボルト》ぉ!」

 

 二人が話しながら見守る中、アヤナが呪文を完成させて魔法を放つ。すっ、と目を細めたココロが見つめる先、火線が吸い込まれる様に穴に向けて走り、縁に当たって爆炎を撒き散らした。響き渡る爆音の中から異質な機械音を拾った彼女は、主人を護る為に杖を掲げる。

 

「──《プロテクション》」

 

 同じく罠が作動した事を悟り、咄嗟に腕で顔を庇うアヤナの前に、光り輝く障壁が現れる。直後、散弾が激しく床を打ち据える轟音が鳴り響き、衝撃で散らされた煙が障壁に当たって左右に流されていった。身体に走る痛みがないことにアヤナが薄らと目を開けると、そこには最早何だったのか分からなくなったゴブリンミンチと、黒く焼け焦げてこそいるものの、吹き飛ぶどころか罅すら入っていない天井の姿がある。アヤナは半笑いを浮かべて頬を掻いた。

 

「駄目、みたいね」

「そうだな。今の様子ではトラップ本体へのダメージはあまり期待できなさそうだ。穴が小さいからか?」

 

 フレディは考察しようとするが、直ぐに頭を振る。

 

「考えても仕方がないな。当初のプラン通り、壁際を通ってみることにしよう。まずは僕が行くから、待機していてくれ」

 

 そう言うと、壁に背中を預ける様にしながらフレディは罠の方へ進む。直ぐに弾痕の刻まれたエリアに足を踏み入れるが、銃弾は襲って来ることはなかった。左手側の道に入り、トラップの効果範囲から外れた瞬間、フレディは一息入れて胸を撫で下ろすと、残った二人に手招きした。アヤナ、ココロの順で危険地帯を抜けると、一先ずその道の先を見てみることにして先へ進む。

 曲がり角を二度折れて進んだ先には、部屋を丸ごと横断する穴の開いた広い部屋があった。幅が二十m程もあるその穴の向こう側には、手前に七個、奥に八個の二列計十五個の宝箱が並んでいるのが見えるが、蓋の開いた宝箱とそうでない宝箱が入り混じって置かれているようだ。その更に奥には、遠いので詳細は分からないが、何らかの操作台の様なパネルも置かれている。

 

「ドゥアンの天翼族(オルニス)でもないと飛び越えられないな、これは」

 

 穴の縁から中を覗き込みながらフレディが言う。深すぎるのか底はさっぱり見えなかった。

 

「落下したらただじゃあ済まない。欲張るのは危険だ」

「何の策も無しには挑めないわね……」

「わたくしの使い魔に、ロープを持って渡ってもらうのはいかがでしょうか?」

 

 唸る二人に、ココロがそう提案する。だがフレディは首を横に振った

 

「いや、やめておこう。ここまでそれなりに罠があったんだ。こんなあからさまな場所に仕掛けてないとは考えにくい。仮に罠があった場合、僕は助けには行けないぞ。リスクだな」

「確かに宝箱は気になるけど、重要かどうかも分からないしね。無理することはないでしょ」

「分かりました」

 

 二人の言葉に、ココロは気を悪くした風も無く引き下がった。ここは後回しにすることで見解の一致した三人は来た道を戻り始める。

 

「次は反対側の通路へ行こう。さっきちらっと見たが、奥の扉は鍵らしいものが付いていた。後にしよう」

「分かったわ」

 

 散弾砲の仕掛けられた十字路を壁際を伝って横切り、反対側の通路へ向かう。左右対称の構造になっているらしく、先程の通路とは反対側に折れた角を曲がると、奥の方からばたんばたんと何かを開け閉めする音が聞こえて来た。三人は一様に足を止めると、表情に緊張を走らせる。

 

「……何者かがいるようでございますね」

「いるとしたら敵だろうな」

「ちょっと様子を見たほうが良さそうね」

 

 声を潜めて頷き合うと、足音を忍ばせながら次の角まで進む。打ち合わせるまでもなく自然と先行して角に身を寄せたフレディが、そっと顔を出して奥を覗き込んだ。

 角を曲がった先には先程と同じように広い部屋があった。異なるのは部屋の中央に穴がないこと、一つずつ数を減らしながら規則的に並んだ宝箱が二列では無く八列あること、そして、

 

「叔父貴……これ、意味あるんですかい?」

「毎日毎日アイツに隠れてパカパカパカパカ……流石にもうウンザリですぜ」

 

 宝箱を開け閉めして回るゴブリン達がいることだった。

 

「オイオイ、馬鹿言うなよ」

 

 不平を漏らすゴブリン達の間に立ち、頭に立派な羽飾りを付けたゴブリンが、先端が天を貫くかのように反った、特徴的な癖のある白い顎髭をしごきながら嘆息した。

 

「諦めなきゃ、いつかは正解に辿り着くんだ。お前達だっていつまでもアイツの言いなりは嫌だろう? だったら諦めちゃいけねぇよ。とりあえずなんかすりゃあ前には進めるんだ」

 

 その初老に差し掛かった年頃に見えるゴブリンは、不思議と人が着いていきたくなるような渋味のある声で、苦笑しながら手下達の肩を叩く。二匹の手下達はへい、と素直に頷いて宝箱を開けに戻って行った。

 

 ──あいつが、ゴブリン達の言っていた叔父貴、か。中々統率力のありそうな奴だな。

 

 厄介そうな相手が現れたと感じたフレディは顔を顰めてどうすべきか思案した。ゴブリン達の会話はアヤナとココロにも聞こえているようで、どうするか──アヤナの方は燃やしていいか、な気がするが──問い掛ける様な視線が向けられているのを感じる。少し待て、と二人に掌を向け、もう少し情報を得ようと意識を部屋の中へ戻した瞬間、顎髭を指で梳きながら何やら思案していたゴブリンが独り言を呟いた。

 

「……とは言ったものの、確かに効率が悪いのは否めねぇなぁ?」

 

 それは独り言と言うには大きく、誰かに敢えて聞かせるように呟いたかのような声色で、

 

「という訳で……」

 

 くるり、と通路の方を振り向いた彼の顔には、底意地の悪い笑みが浮かんでいた。顔がこちらに向き切る前に咄嗟に顔を引っ込めたが、それで隠れられるとは思えない。案の定、

 

「おぉい、そこに隠れている奴! ちっと話があるんだがなぁ!」

 

 叔父貴と呼ばれたゴブリンの、少しフレンドリーに聞こえるように作った声が追いかけて来た。フレディは反射的に出掛けた舌打ちを堪える。バレたことに狼狽えるアヤナの横で、無言で対応を問うてくるココロにフレディは首を振ると、諦めてゴブリン達の前に姿を晒した。渋面を作るフレディと、その後ろから出て来た固い表情のココロ、不機嫌さと気まずさを綯交ぜにした顔をしてそっぽを向いたアヤナを見て、老ゴブリンは破顔する。

 

「ファッハッハー! やっぱり居やがったな!」

「オジキ、分かってたんで……?」

「いいやぁ? ただ、そろそろ侵入者がここまでやってくる頃間だと思っただけだぜ」

「ブラフじゃない」

 

 そうアヤナが吐き捨てるが、老ゴブリンは彼女の浅慮を嗜めるようにチチチ、と指を振った。

 

「そこまで当てずっぽうでもないんだぜ? お前さん達、そこの十字路の仕掛けを魔法か何かを撃って派手に動かしただろう? あれだけデカい音が鳴れば寝てても気付く。それが静かになって、暫く経ったからそろそろだろうと思ってよ」

 

 言い返されて顔を顰めるアヤナに軽く苦笑を漏らすと、彼はフレディを代表者と見たのか気安い態度で話を始めた。

 

「さて、お前さん達、冒険者だろォ? 差し詰め、麓の村で頼まれて、ここから俺たちを追い払おうって言うんだろう。そんなお前さん達にちょっーとした提案があるんだが、聞いてみねぇか? なぁに、損はさせねぇよ」

「……話だけは聞いてやろう」

「ちょっと、先生」

「話し合いで解決出来るならそれに越したことはない。情報も欲しいしな。どうせ聞くだけならタダだ」

 

 不満げなアヤナを制して、フレディは髭のゴブリンに続きを促す。

 

「おう、じゃぁ話させてもらうぜ。話ってぇのは簡単さ。俺達のボスをサクッっとぶっ殺してきて欲しいのよ」

「えっ」

 

 思っても見なかった発言に、アヤナが目を丸くし、ココロも目を瞬かせた。フレディが険しさの増した目で確認する。

 

「……君達のボスをか?」

「あぁ、そうさ。そうしてくれたら、俺はここにいる全てのゴブリンを引き連れてここから出ていこうじゃねぇか。約束するぜェ。奴一匹始末すれば、お前さん達は労せず依頼を達成できるって寸法だ。どうだ、遺跡にいる俺達を一人ずつ見つけて潰していくよりずっと楽だろう?」

 

 そう言って、髭のゴブリンは両手を広げて不敵に笑う。フレディは難しい顔のまま頭を振った。

 

「……分からないな。君達のボスなんだろう? どうして殺そうとするんだ」

「話の都合上、分かりやすいからボスって言ったけどよ。あんな奴、ボスでも何でもねぇよ」

 

 ここまで始終機嫌の良さそうな顔をしていた老ゴブリンが、そこではっきりと顔を顰めて吐き捨てた。

 

「自分はずっと奥の部屋に籠ってガラクタをいじってるばっかりでよォ。俺達のことを顎で使いやがるんだ」

「そうか。上に恵まれなかったんだな。それは同情するが、それを何で僕達に頼むんだ。自分達で出来るだろう?」

「それが、そうもいかねェのよ」

 

 老ゴブリンは肩を竦める。

 

「奴は、罠の扱いに長けたゴブリンだ。この遺跡にあった罠を幾つか持って来て、テメェの周りを固めていやがる」

「それを何とかする手段がない、ということか。だが、罠なら簡単に移動は出来ないだろう。放っておいて別の場所に移るなりなんなり出来たんじゃないのか?」

「放ったらかして奴が死んでくれるならそれでも良かったけどな。奴には今まで好き勝手やってくれた落とし前をつけさせなきゃなんねぇ」

「ふむ……成る程な。そちらの言い分は、まぁ分かった」

 

 難しい表情を変えないまま、頷くフレディ。

 

「一旦話を整理させてくれ。君達は、僕達にその横暴なボスを始末させたい。代わりに、君達は全員この遺跡から出て行く。そういう話だな」

「あぁ、その通りだ。勿論、奴の情報とかは出来る限り提供させて貰うぜ」

「……それはつまり、ボスを売るから自分達のことは見逃せ、と言うのと同じじゃないのか」

 

 一層鋭さを増した目で、フレディは老ゴブリンを見据える。しかし彼は、髭を指先で弄びながら面白そうにフレディを見返し、そして首肯いた。

 

「そうだなァ。確かに、それは否定しねぇよ」

「ここで君達を見逃して、その後、君達が人間に迷惑を掛けるようでは意味がない。商人を襲ったり、家畜をさらったり、そういったことをしないと、約束できるか?」

 

 低い、だが真摯な声で、フレディは妖魔にそう問うた。ゴブリンは、一瞬目を大きく見開き、

 

「──ブハ」

 

 ぴしゃり、と目許を掌で覆って失笑した。

 

「おっと、すまねェ。まさかゴブリンにそんなこと真顔で言う人間がいるなんて思わなかったからよ、つい笑っちまった」

「……僕は真面目な話をしているつもりなんだが」

「あぁ、そいつは分かってる。お前さん、いい奴だなァ」

 

 クク、と喉を鳴らして愉快そうにそう言うと、老ゴブリンは口許に嗤いを残したまま首を振った。

 

「さて、心情的にゃ頷いてやりてェ気分だが……残念ながら確約はしかねるなァ。気を付ける位は言えるが、俺達だって生きなきゃならねぇ。どうしようもなくなった時は……その時になってみねぇと何とも言えねぇよな?」

 

 どだい、俺達はゴブリンだぜ? と彼は自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「ここで俺が、今後一切人間を襲わないって誓うとして。お前さんはそれを信用できるのか? できねェだろう?」

「それは」

「あぁ、良い良い。綺麗事は無しにしようぜェ。所詮、俺達とお前さん達は出会ったばかりの妖魔と人間。信用なんて皆無だろうしよ」

 

 フレディの言葉を遮って彼はそう言い、だからよ、と、

 

「ここは、この場で分かるメリットだけで話をしようぜ。腹を割ってよ。俺達のメリットは、アイツをぶっ殺す算段が付けられることと、お前等と争わなくて済むことだ」

 

 髭のゴブリンは親指で自分の胸を叩き、次いで人差し指をフレディに向けた。

 

「お前さん達のメリットは、奴の情報を手に入れられること、そして俺達と争わなくて済むことだ」

「アンタ達と戦わないことがメリット?」

 

 フレディとゴブリンのやり取りを、ここまで不機嫌さを隠さずに見詰めていたアヤナが口を挟む。老ゴブリンは彼女を一瞥し、視線に気付いてボロボロの服装を咄嗟にマントで隠したその姿を見てにやりと嗤った。

 

「あぁ、そうだ。ここまで、何度か他のゴブリン達とやりあって来たんだと思うが……嬢ちゃん、お前さん、結構な怪我をしただろう? それも不運な一撃って奴じゃねェよな?」

「っ……」

 

 反論出来ない彼女はぐっ、と口を引結ぶ他ない。

 

「俺はこの通り、多少歳喰っちゃァいるが……それでも、ここにいるゴブリンの中で、最強なのはこの俺だ。普通のゴブリンにそれだけの傷を負わされるんだ。リスクは考えるまでもねェだろう?」

「ぐぐぐ……」

 

 その、最強というのがどの程度なのかは分からないが、言い返せないアヤナはぎりぎりと歯軋りしながら推し黙った。

 

「まぁ正直、俺達としても、魔法使いのいるお前さん達と戦っても無傷で済むとは思えねェ。お互い損だと思うなら、やらない方が得ってモンだろう?」

「まぁ、そうだな」

 

 フレディは老ゴブリンの主張を肯定する。後ろで「燃やしたい……燃やしたい……!」と小声で唸り続けるアヤナのフォローをココロに後ろ手のジェスチャーで任せ、彼は渋面のまま頷いた。

 

「……分かった。そのボスを倒すのには協力しよう」

「おぉ、ありがてェ」

 

 老ゴブリンは顔に満面の笑みを浮かべると、左手を差し出して来る。

 

「おっと、そう言えば名乗ってなかったな! 俺はゴブンロスってんだ! 短い間かもしれねぇが、まぁよろしく頼むぜェ、相棒!」

「……フレディだ」

 

 髭の老ゴブリン──ゴブンロスの、歯茎を見せつけるような笑顔を見つめ、この判断は果たして正しかったのか、と自問自答しながら、フレディはその手を握った。

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