冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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前話が真クライマックスフェイズになります。


クライマックスフェイズ・信用

 広がる爆炎の残滓を見つめて、アヤナは荒い息を吐く。今の一撃で持っていた魔力の大半を使ってしまった。幾らムカついたとはいえ、少々軽率だったと反省する。同時に、自分はここまで短絡的だっただろうか、と自問自答した。日本にいた頃はこんな風に感情を爆発させることはあまり無かったように思う。それは抑圧を受けていた為で、本来の自分はこうだ、ということなのだろうか。

 

「ハ……ハハハ……」

 

 思考の海に潜り掛けていたアヤナの意識を、粉塵の向こうから響いて来た掠れた笑い声が引き戻す。弛緩し掛けていた意識を引き締めて再度武器を構え、三人は薄れて来た粉塵の奥を注視した。最後列の宝箱、アヤナの魔法が着弾した辺りは床材が吹き飛んでおり、ちょっとしたクレーターが出来ている。だがその中で、宝箱と、手前の床が吹き飛んで見えるようになった基部が丸々形を残しているのが見えた。

 

「俺は、死んでねェ……俺は、諦めねェぞ……!」

 

 真っ黒に焦げた、しかし歪みながらも原型を保っている宝箱に、火傷だらけの手が掛けられる。そうして震えながら立ち上がったのは、満身創痍ながら五体満足のゴブンロスだった。驚くべきことに宝箱はアヤナの最大火力を後ろには通さなかったようで、その真後ろだけ床の焼け焦げていないスペースが出来ている。もっとも、回り込む炎は防げなかったらしく、全身に酷い火傷を負い、トレードマークの髭も先が焼損してチリチリになっていたが。

 

「うっそでしょ……?」

 

 呆然とするアヤナ。ココロもアヤナへの治療を止めないまでも、目を丸く見開いている。その中でフレディだけが素早くゴブンロスに接近した。ゴブンロスの目はフレディを捉えていたが、身体に負った負傷が満足な対応を許さない。首筋に短剣を突き付けられ、荒い息を吐きながら自分を見上げてくるゴブンロスを見下ろして、フレディは短く嘆息した。

 

「もう諦めた方がいい。その諦めの悪さは見上げたものだと感心するが、その身体で、しかも武器もない状態ではこれ以上戦えないだろう?」

「ぐ、ぐぐ……」

「これ以上続けると言うなら、こちらも『続ける』しかなくなる。これが最後の警告だ」

 

 冷たい目で静かに見下ろすフレディを、ゴブンロスはしばらく唸りながら睨んでいたが、やがて細く息を吐くと、力尽きたように腰を落とす。

 

「分かった分かった。俺達の負けだ。どうにでもしろィ」

「よく言った。燃やすわ」

「待て待て待て」

 

 犬歯を剥き出しにする様な笑みを浮かべて杖に魔力光を灯したアヤナを、慌ててフレディは制止した。

 

「折角投降させることができたんだ。命を悪戯に奪うものじゃない」

「ちぇー……」

「主さま、今はまだ治療が終わっておりません。そのような些事にかまけられては、お身体に障りが」

「そうだった……いたた。思い出したら急に痛くなってきたわ……」

 

 血の滲む腹を抑えてゆっくりと蹲るアヤナと、傷口に手を翳しながら寄り添うココロ。二人を半眼で見据えながら、ゴブンロスはフレディに文句を言った。

 

「お前さんの仲間はいったいどうなってやがんだ?」

「大体君の自業自得だと思うが?」

 

 冷ややかなその返しに、ゴブンロスは違いねェ、と皮肉げに口許を歪める。

 

「さて、当然だが、君はこのまま無罪放免、とは行かない」

「まぁ、そうだろうな。村の連中にでも引き渡すかい?」

 

 それがほぼ死と同意義だと分かっているだろうに、ゴブンロスは不敵な笑みを崩さない。しかしフレディは首を横に振った。

 

「これから君達の親玉を仕留めに行かなくちゃならない。そんな余裕は僕達には無いな。だから、一つ約束してもらおうか」

「約束だと?」

 

 フレディの提案が予想外だったのか、ゴブンロスは目を丸くする。

 

「あぁ。君達はここを出て行く。その後、村には一切手は出さない。人にも悪さをしない」

「食うに困ったらやるかも知れねェって言ったじゃねェか。断ったらどうすんだよ」

「その時は、残念だがここでお別れだな」

 

 これ見よがしにナイフをちらつかせながらのフレディの返答を聞いて、ゴブンロスはクッ、と可笑しそうに噴き出した。

 

「そいつァ脅しって言うんだぜ、先生さんよ」

「脅しで結構。僕達は勝者だ。君達の命を握っている」

「違いねェな。分かった。村は襲わねェし、これから人間に悪さはしねェよ。約束する」

 

 ゴブンロスはそう言って案外すっきりとした顔で笑う。そうしてから片目を瞑ってフレディを見上げた。

 

「あァでも、流石に自衛位は勘弁して欲しいんだがな?」

「……君の場合、それを認めると際限なく拡大解釈しそうで怖いんだが?」

「オイオイ勘弁してくれよ。そんなことしねェって。こっちからは手を出さねェようにするからよ」

「襲うように仕向けるのも無しだ」

「分かってるよ、信用ねェなぁ」

「ある訳が無いだろう」

 

 飄々と喋るゴブンロスの言葉をフレディは切って捨てた。それにクツクツと喉を鳴らしつつ、ゴブンロスは不意にフレディを睨め上げる。

 

「信用ねェのに、俺の口約束は信じるワケだな?」

「そうだな。だが君は、僕達にした約束を違えてはいないし、嘘も言っていない」

「そりゃァ、折角奇特な協力者が手に入ったんだ。ちったァ行儀良くしねェとだろ」

 

 言外に、あれはパフォーマンスだと言うゴブンロス。フレディはそれを鼻で笑った。

 

「まるで信用して欲しくないように聞こえるな?」

「そりゃあアレよ。お前さんがあんまりにも人が良過ぎるもんだから、ちと心配になったんだよ」

「心配どうも」

 

 僅かに目を逸らすゴブンロスに、フレディは肩を竦めて返す。

 

「人を騙そうとする人物は、得てしてそう言うことを言わないと思うがね」

「そいつァ迷信だぜ。騙す奴は騙すさ」

「水掛け論だな。キリがない」

 

 フレディは息を吐いた。

 

「僕が君をもう一度信じようと思ったのは、君と手下達のやり取りを見たからだ。君は彼等をよく見て指示を出し、彼等は君を信じて指示に従っているように見えた。君が本当に信用ならない人物ならそうはならないよ」

「身内相手なら当然のことだろう」

「そうかもしれない。だが理由はもう一つある。君はどうして、アヤナが問い質した時正直に答えたんだ。僕達と戦わない方がメリットだと言ったのは君だったな? それこそ、嘘を吐いて切り抜けた方が良かった筈だ」

「……そういう気分だったんだよ」

「君は気分なんてあやふやなもので手下を危険に曝すような真似をする奴じゃないだろう。むしろそういうことは嫌悪するタイプだと思うが」

 

 違うか? と問い掛ける目を、ゴブンロスは苦々しい顔をするばかりで見ようとしない。肯定だと受け取ったフレディは言葉を続ける。

 

「だから、君は本当に嘘を吐きたくないんだろうと思ったのさ。だから、君が口に出して約束したことについては信じることにしたという訳だ」

「そうかよ」

 

 処置なし、とでも言いたげにゴブンロスは僅かに首を振る。満足に身体が動けば肩も竦めていたことだろう。フレディは頷きを返すと荷物を下ろした。

 

「そういう訳だから手を出してくれ。流石にその怪我を放置するのは不味い。最低限だが手当てをしよう」

「おお? 手当てしてくれんのか」

「君には遺跡のゴブリン達を纏めてもらわないといけないからな。死なれては困る……さっきも言ったように、治療費の請求はさせてもらうがね」

 

 言いながら道具の準備を始めるフレディに、ゴブンロスは顔を顰めて文句を言う。

 

「オイオイ、俺達は妖魔だぞ。人間の使う金なんて持ってるワケねェだろ」

「まぁ、そうだろうな。ないなら別の物で払ってくれても構わないぞ」

「はぁ……しょうがねェな。俺の寝床の下に金が隠してある。後々必要になるかと思って拾ったモンだ。くれてやるよ」

「寝床の下の金? ひょっとしてこれのことか?」

 

 フレディは懐から先程寝床で回収した貨幣の入った袋を取り出す。

 

「あん? オイオイ、盗人たァ人間の冒険者ってのはゴブリンより質が悪くねェか?」

「君のものだとは知らなかったからな……いや、これは冒険者としての権利であって」

「見付けた物は全部テメェの物ってか? 傲慢だよなァ、人間ってのはよォ」

 

 吐き捨てるゴブンロスに、フレディは言葉を詰まらせた。その様子に、まァいいけどよ、とゴブンロスは溜め息を吐く。

 

「とりあえず、治療費とやらはそれでいいんだろ? 宜しく頼むぜ、先生」

「あ、あぁ……分かった」

 

 この話はこれで終わりだとばかりに片目を瞑るゴブンロスに頷いて、フレディは黙って手当を始めた。

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

「──ハッハァ! やっぱりあの先生はお人好しだったなァ!」

 

 三人が去った後。ゴブンロスは上機嫌で手に持った瓶の中身を傾けていた。応急処置としてフレディが施した包帯を取ると、下から火傷のない肌が現れる。彼が手にした瓶の中身──ハイHPポーションの効果だった。

 

「甘いと言うか案外抜けているというか……箱って言うのは本来物を入れるためにあるもんだろ?」

 

 ゴブンロスは最後列の端にあった宝箱から別の瓶を二本取り出して配下のゴブリン達に一本ずつ放った。中には他の瓶がまだ何本か入っている。それらは彼が持ち込んだりこの遺跡に残っていたりした物だった。この箱は閉まっている状態が正解の箱であり、開閉の際は手下に最後に開けさせ、最初に閉めさせることで中身があることを冒険者達に悟らせないようにしていたのだ。案の定、これらの箱が単なるギミックの一部であると考えた彼女達はゴブリン達に最低限の手当をした後、ロクに箱を調べもせず去っていった。重要な物はここに隠しておいて正解だったな、とゴブンロスは口許に不敵な笑みを乗せる。

 

「叔父貴、これからどうするんです?」

 

 ポーションを飲みながら、逆モヒカンになった手下──ポーションでは毛は生えなかったようだ──が尋ねてくる。ゴブンロスはそうだな、と焼けて無惨な有様になった髭を扱いた。

 

「とりあえず、この山を降りる。それからまずは仲間探しだな」

「あれ、村は襲わないんですかい?」

 

 もう片方の配下が首を傾げる。

 

「てっきり、『出来るとはいったが、必ずやるとは言ってない』とか言うと思ったのに」

「ゴブケル、お前、俺のことをどういう目で見てやがるんだよ」

「どういうって……こういう」

「アホ面晒して変なボケをかますんじゃねェ、このスカタン」

 

 部下の頭を軽くぶん殴ると、ゴブンロスは小さく鼻を鳴らした。しかし、付き合いが長いだけあって自分のことをよく理解している、と彼は思う。確かに自分は滅多に嘘を言わないし、約束は守るようにしているが、それはその方が後々得になると知っているからだ。得だと思えば嘘も裏切りも躊躇いなく出来るのが、彼の実際の精神性である。

 その上で、フレディとの約束を守る方が圧倒的に得である、とゴブンロスは結論付けていた。

 

「まぁ、あと十……いや、二十ばかしいればそれも考えたけどよ。正直、この人数で村を襲う意味はねェよ」

 

 そうぼやくように彼はそう言う。フレディにはさも他にもゴブリンが居るように言いはしたが、探索中や手当の間にそれとなく聞き出した情報から、ゴブンロスはここにいる手下以外は既に全滅したと確信していた。嘘は吐いていない。生き残りである手下達を説得して連れて行けば、遺跡にいる全てのゴブリンを説得して遺跡を離れることになる。約束は守られるのだ。

 

「数が少な過ぎて普通に返り討ちに遭いかねねェ。よしんば上手く行ったとしても、維持が出来ねェからな」

 

 確かに、と頷き合う手下を見ながら、それにだ、とゴブンロスは続ける。

 

「今回痛感したぜ。俺達は人間と殴り合っても勝てねェ。数で圧倒出来れば分からねェが、そうでなきゃ例え何回かは勝てても何処かで負ける」

 

 今回戦った冒険者達は、弱くは無かったが特別強いとも思わなかった。恐らくまだ駆け出しだろう。だが、そんな冒険者達に自分達は負けたのだ。

 

「となれば、殴る以外で奴等を上回る方法を考えなくちゃならねェ」

「と言うと?」

「さぁて。まずはお行儀よくでもしてみるかね?」

 

 そう嘯くゴブンロスに、二人は顔を見合わせる。まだ朧げではあるが、ゴブンロスには先のビジョンが見えていた。

 

「そうと決まれば野郎ども、ずらかる準備だ。お前達は武器庫に行って待てるだけ持ち出せ。持ったまま移動出来る程度でいい」

「良いんですか?」

「構わねェさ。さっきの口振りからして、連中に仲間はいねェ。あれを全部持ち帰るなんて出来ねェよ」

 

 武器を持っていかないなんて約束はしてねェしな、とゴブンロスは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「寝床の布を引っ剥がして包める奴は包め。なるべく数が持てて質のいい奴を選べよ。小盾を忘れるな」

「分かりやした」

 

 頷いて駆け出そうとする配下達の背中に、ゴブンロスは追加で声を掛けた。

 

「焦る必要はねェ。どうせある程度時間はある筈だ。選別に手は抜くなよ。これからの元手になるんだからな」

「へい」

 

 今度こそ走り去って行くゴブリン達を見送って、ゴブンロスは今後の予定を思案する。ここで持ち出した武器を餌に手下を増やすのだ。現状では数が少な過ぎる。こちらの意図を汲んで従ってくれるのが理想だが、最悪多少馬鹿でも言ったことをそのままやってくれるような奴なら十分だ。あの馬鹿な命令に従って跳び、奈落に落ちて死んだ阿呆のように。

 

「余った奴は交渉に回すとして……あの医者先生が使ってた小盾は多分ここで拾った奴だ。つまり、人間の冒険者相手にも十分価値があるってことだよなァ」

 

 先程は治療費として貨幣を要求され、無ければ代わりの物でもいいと言っていた。つまり、貨幣か、それと交換出来るものがあれば例え相手がゴブリンでも人間と交渉が成り立つと言うことだ。これが実例として成り立った事実は、彼にとって極めて大きい。

 

「あの医者先生みたいな甘ちゃんがどれだけいるかは分からんが……上手く行きゃあこれまでのしみったれた穴倉生活より、よっぽど上に行ける気がするぜ。あァ、ワクワクが止まらねぇなァ!」

 

 欲望に瞳をギラつかせたゴブンロスは歯茎を剥き出しにして笑うと、足元に落ちていたカトラスを拾い上げる。

 

「その前に、後始末だけはきっちり終わらせておかねェとなぁ」

 

 肩にカトラスを担いだゴブンロスは、そう言ってゆっくりと歩き出した。

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

 一方、溝のあった部屋──溝には細い橋が掛かっていた──で装置を操作し、無事に仕掛けを停止させた三人は、散弾砲の罠があった十字路へ向かおうとしていた。三人の装備は少し変わっている。てっきり謎掛けのヒントでしかないと思っていた宝箱だったのだが、試しに開けてみたら中身が入っていたのだ。宝箱に入っていたものから、フレディは身のこなしが軽くなる魔力が込められた靴を、アヤナは魔法の行使を補助してくれる上、微弱な障壁を張ってくれる護りの指輪と、より上等なマントを選んで身に付けていた。本当はマントはココロに回そうとしたのだが、本人がわたくしの身よりも、主さまの身の方が心配でございます、と固辞。避けられないながらも杖でなんとか攻撃を捌けるココロと、ほぼノーガードで敵と殴り合う状態のアヤナを比べてしまうと、後者の方が危なっかしいのは間違いない。結果、賛成二、反対一でマントはアヤナが羽織ることとなり、それまでアヤナが着ていた物はココロが貰い受けることになった。彼女のマントも先程の戦闘であちこちが裂けてボロボロになっており、品質が良く大した損傷もないアヤナのマントの方が防護性能が期待できるだろう、ということになったのだ。

 部屋を出るタイミングで、アヤナがフレディに声を掛ける。

 

「ねぇ先生、ホントにあいつ等野放しにしていいの?」

「そう言われるとあんまり自信がないんだが……多分、大丈夫だと思う。アイツは救えない程じゃなかった」

「そうかなぁ……」

 

 フレディの言葉にアヤナは腕を組んで首を傾げる。あの目はこちらを値踏みし利用しようとする目だ。日本にいた頃は大人しくしていたからか、勉強は出来た自分に宿題を代わりにやらせようと寄ってきた馬鹿が何人かいたが、奴はそう言う連中に似た目をしていた。いや、眼の奥に光る邪な感情は比較にならないように感じたので、アレと一緒にするのは可愛そうかも知れないが。兎角、そういった手合は利己的過ぎて信用ならないと考えるアヤナにとって、ゴブンロスの言葉は何の信も置けない物でしかなかったのである。そんな彼女の様子を見て、フレディは済まなそうに眉尻を落とした。 

 

「……このギルドに居候している立場にも関わらず、独断で話を進めてしまったのは申し訳ないと思ってる。痛い思いをしたのも君達だけだしな」

「あー、うん。その辺りはあたし、あんまり気にしてないんだけど」

「そうなのか?」

「先生のやりたいことを否定したい訳じゃないのよ。命を大事にしたいって考えは立派だと思うし。今回は単にアイツが気に食わないだけ」

 

 アヤナはそう言って首を竦める。アヤナも実際、ゴブンロスがここを出て村を襲うようなことはないだろう、と思っていた。裏では間違いなく何か企んでいるだろうが、交わした約束を破るようなことは──少なくともすぐに露見するようなことはしでかさないだろう。アレはそう言う悪知恵の回るタイプだ。だからこそ野放しにしたくないタイプだと個人的には思うが、フレディと話しながら次第にアヤナの中で、今回は仕方ないと割り切りつつあった。

 

「痛い思いしたのも、単にあたしの動きが鈍いだけだしね。攻撃を受けてたのは先生も一緒じゃないの」

「それはそうかも知れないが……前回もそうだが、後ろに攻撃を通すようでは前衛失格だぞ」

「一人で三人足止めするとか無理でしょ。それに先生、ソロ専だったって言ってたじゃない。今まで後ろに通さないように立ち回る、とかしたことないんじゃないの?」

 

 アヤナの言葉に、確かに、とフレディは考え込む。これまで後ろに回り込まれないように立ち回ることはあったが、地形を利用するとか、包囲を抜けるとかで取り囲まれること自体を回避するばかりで積極的に阻止しようとしたことはあまりなかった。

 

「経験ないことすぐに出来るようになったら苦労はないわ。そこは今後の課題ってことで」

「そうか……意外と寛大なんだな、君は」

「ちょっとそれ、どういう意味よ」

 

 思わずフレディが呟いたその言葉に、アヤナが即半眼を向ける。フレディは慌てて手を振った。

 

「あぁ、気を悪くしないでくれ。ただ君は、敵には容赦が無いからな」

「そりゃあ敵に容赦なんてしないけど。先生は別に悪いことしてないでしょ。さっきだってアイツを止めようとはしてくれてたんだし」

 

 アヤナは小さく鼻を鳴らした。

 

「あたしは頑張ってる人に理不尽に当たるような人間にはなりたくないわ」

 

 少し強い口調でそう言うアヤナ。無自覚なのだろうが、そこにここへいない誰かへの嫌悪を垣間見たフレディは、過去に何かあったのだろうな、とだけ当たりを付けてこの話を終わらせることにした。ついでに、話に全く参加して来なかったもう一人へ話を振る。

 

「そうか……ココロ、君はどうだ?」

「え……?」

 

 マントの襟元に鼻先を埋めてふわぁ……、と目を細めていたココロが、びこん、と長い耳を跳ねさせながら顔を持ち上げる。そして二対の白い視線が自分に向けられていることに気付くと瞬く間に顔を赤く染め上げた。

 

「……僕は、君だけはまともな方だと思っていたんだが」

「先生? それどういう……とりあえずいいわ。ココロ。あたしは別にいいけど、もうちょっと緊張感持ちなさいよ。ここは敵地のど真ん中なんだから」

「はい……申開きのしようもございません……」

 

 耳をへたりと伏せて表情を沈ませるココロ。アヤナは小さく嘆息する。

 

「全くもう……それで? 話は聞いていたの?」

「はい……それにつきましては、わたくしも主さまと同意見でございます。殊更付け足すようなこともございません」

「……従者だからってあたしの意見に追従する必要はないのよ? 本当はアイツ燃やしたいとか言ってもいいんだからね?」

「それは君の本音だろう」

 

 呆れたようにフレディが口を挟み、アヤナは小さく舌を出した。ココロは少し困ったような顔をした。

 

「わたくしも燃やせまでとは……ただ、あのような者達の命まで尊重しようとする姿勢は尊敬すべきものであると存じます」

「そうか……分かった。ありがとう、二人とも」

 

 フレディは改めて二人に頭を下げる。そこへ、アヤナが意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「もしさ、アイツらがまた悪さしたら、どうする?」

「その時は、僕が責任を持って討ち取りに行くさ。もう慈悲は掛けない」

「そ。そん時は声を掛けてよ。今度こそ灰すら残さず焼き尽くしてやるから」

「わたくしも、お供させて頂きます」

「そうか。その時は、よろしく」

 

 フレディが苦笑するのに合わせて少女二人が微笑う。そんなことを言っている間に、三人は十字路の所へと戻って来た。

 

「さて、トラップが本当に止まったか確かめないとな」

「お気を付けください、フレディさま」

「あぁ、分かっている。君はまた《プロテクション》の準備をしておいてくれ」

 

 ココロが頷いたのを見て、フレディは慎重な足取りでトラップへと向かって行く。前回トラップが反応した辺りへゆっくりと足を踏み出し、何事も起こらないことを確めると彼は肩の力を抜いて息を吐き出した。

 

「よし、問題は無さそうだ。先へ進もう」

 

 二人を手で促しながら、フレディは鍵の掛かった扉の方へ向かう。反対の手で取り出すのは少し年代掛かっている他は何の変哲もない鍵。別れ際にゴブンロスが投げてきたものだった。

 

「所謂ボス部屋の鍵って奴ね」

「……何だか楽しそうだな?」

「ちょっとだけね。何かわくわくしない? 響きが」

「いや、特には」

 

 フレディは首を捻りながら罠が無いことを確め、鍵を開ける。実は鍵が偽物だった、というようなことはなく、問題なく鍵は外れ、扉をゆっくりと押し開くことができた。扉の向こうにはさして長くも無い真っ直ぐな通路が続いており、その奥には今開けたものと同じような扉が見える。次の扉へ向かいながら、フレディは二人に潜めた声を掛けた。

 

「さて……最後の扉を開ける前に最終確認といこう。準備はいいな?」

「わたくしは、準備万端でございます」

「あたしもよ……って言いたいとこだけど、さっき全力出したばっかりだからちょっと魔力が足んないかも。少なくともさっきのをもう一回やるのは無理ね」

 

 そう言ったアヤナは少し苦い顔をする。先があるのは分かっていたのに怒りに任せて後先考えずぶっ放したのを彼女は少しだけ後悔していた。それで仕留め損なったのだから尚更だ。

 

「それはもう言っても仕方がない。だがそうなるとやはり、相手の姿を確認してすぐに魔法で奇襲を仕掛けるのはよした方がいいだろうな」

「あの妖魔が言っていた、『ゴンドラ』、でございますか」

 

 ゴブンロスが治療代のついでだと言って付け加えた情報に、普段目標が籠って作業しているという『ゴンドラ』という設備の話があった。高所にある足場に設置された、鉄枠にガラスを張った籠のような外観のそれは、工作機械やトラップを操作する為のコンソールを備えており、見た目に反して恐ろしく頑丈であるらしい。ゴブンロスが宝箱の後ろに隠れたのも、その『ゴンドラ』やアヤナが壊すのに失敗した通路の散弾砲の頑丈さから、この遺跡の装置の耐久性が高いと判断した為だ。それは奇しくもアヤナによって証明されてしまっている。

 

「確かに、その話が無かったら問答無用で今出せる最大火力撃ち込んだだろうから、ありがたい情報ではあるんだけど……だったら最初っから出せって言うのよ」

「僕等を消耗させようという思惑でもあったのかもな。問いただしてみるか?」

「いいわよ。しばらく見たくないわ、あの髭面」

「わたくしの鴉は、如何しましょう?」

 

 嫌そうに吐き捨てるアヤナに苦笑しながら、ココロはフレディに問い掛ける。そうだな、とフレディがココロの肩に留る鴉に目を向けると、鴉はやる気を見せるように片翼を開いてみせた。

 

「上から陽動をさせて、隙を見て襲い掛かる……みたいなことは出来そうか?」

「可能かと存じます。お任せください」

「分かった。頼りにしているぞ……僕は梯子を見つけて足場に上がる。君は下で援護してくれ」

「承りました」

「あたしは……状況見てからかなぁ。射線が通らないならあたしも登らないといけないかも」

 

 頷くココロに対し、アヤナは顎に手を添えて口許をへの字に曲げる。

 

「そうしてくれ……よし、後は開けるだけだな。他に何かあるか?」

 

 扉に罠が無いことを確認したフレディが二人を振り返った。そこに、アヤナが思い出したようにそうだ、と声を上げる。

 

「もしアイツが言ってた『ガラクタ』が使い物になってたら、どうする?」

「そしたら一目散に逃げて村に避難指示を出すしか無いな」

 

 フレディは肩を竦めると、開けるぞ、と二人に声を掛ける。二人が頷いたのを確認して両手で扉を押し開いた。

 そこは、巨大な空間だった。天井までの高さだけでも二十m位はあり、奥行も同程度。幅も同様だが先が崩落した土砂で埋まっており、元の長さが一体どれ程であったのかは判然としない。天井には等間隔に光るパネルがあり、内部を見渡すのに苦労はしなかった。

 しかし、その空間の広さよりも先に目を奪われるのはその空間の正面に立つ二体の巨大な影だった。それは整備用のハンガーらしき物に掛けられた、全高十五mの重厚なフォルムを持った人型。カレーソースポットをひっくり返したような形状の頭部にはアンテナらしき棒が頭頂部から後ろ向きに生え、口許から頭部後方へ伸びる動力パイプの上には輝きの無いカメラが目のように付いている。右肩にはシールド、左肩にはスパイクを備えたアシンメトリーな姿をしており、いかにも分厚そうな装甲は人が振るう武器程度では傷付きそうもない。

 

「あったわね。巨大ロボ」

「あったな。全く、迂闊なことを言うものじゃないと学んだよ」

 

 アヤナの軽口に、フレディは肩を竦めて応える。彼女達の態度には余裕があった。それは、一目でこの二体の巨人が動かないだろうことが分かったからだった。右の巨人は経年劣化なのか腰の動力パイプが千切れているし、左は整備中なのか装甲が一部外されて内部構造が丸見えになっている。

 

「──クソッ! 動けよ、このオンボロクレーンが!」

 

 頭上から聞こえた喚き声にそちらへ目を向けると、頭上に設けられた整備用の足場(キャットウォーク)の中程に金属の柵で出来た箱があり、その中で小柄なゴブリンが椅子に座ってレバーを握り、乱雑に動かしているのが見えた。見るからに苛立っており、ガンガンと機械に蹴りを入れている。

 

「あれか」

「みたいね。思ってた以上に小物だけど」

 

 アヤナがそう嘲ると、自分への嘲りが聞こえたからか、その陰湿そうな顔の額に青筋を浮かべたゴブリンがぐりんと首を動かし、彼女達の姿を視界に捉えた。

 

「あぁ? 人間? 侵入者だと!? チッ、使えない奴等め! 侵入者を追い払うことも出来ねぇのか!」

「君の部下ならみんなもう倒したよ」

「全然手応え無かったわよ。みんな手抜いてたんじゃない? アンタ人望無さそうだし」

 

 二人の言葉にそのゴブリンは再度大きく舌打ちすると、視線を一瞬巨大ロボに移す。

 

「チィッ……コイツ等はまだ使えねぇし……仕方ねぇ、オレサマが直々に相手をしてやる!」

 

 言うなりゴブリンは今まで触っていたレバーとは別のレバーを握って動かすが、ガチャガチャと鳴るだけで何も動かない。

 

「っく! ショットガンランチャーも動かねぇだと!? どうなってやがる!」

「残念だったな。それならもう起動しないよ」

「! てめぇら、アレを解いたのか!?」

 

 目を見開いたゴブリンに口の端を鋭く持ち上げるような笑みを返したフレディが、指で部屋の隅を指で示して走り出す。その先に梯子を認めたアヤナは、一度ゴブリンに視線を飛ばすと、ニヤァ、と口許を歪めた。

 

「ドヤァ」

 

 態々そう口に出してゴブリンを見下すアヤナ。その姿がワナワナと震え出したのを見ると、一瞬ココロに目をやって彼女が目立たない位置に移動しようとしているのを確認。身を翻してフレディの後を追った。

 

「あの女、ムカつく……! 必ずボロボロになるまで犯してから生きたままバラバラにしてやる!」

「小物程出来もしないことを吠えるのよね。煩いったらないわ」

「むがぁぁあああ!」

 

 叫び声を上げて役立たずのレバーを足蹴にするゴブリンの感情的な醜態を見て、アヤナは梯子に片手片足を掛けた状態でほくそ笑んだ。彼女の頭上ではフレディが急いで梯子で上を目指しているが、その速さは地上を駆けるように、とはいかない。このままヘイトを稼いで他の二人に注目がいかないようにし、ついでに籠から釣り出せれば──そう思ったのだが。

 

「ガキがこそこそと! 見えてないとでも思ったのか!?」

 

 ゴブリンは怒りに顔を真っ赤にしたまま腰から短刀を引き抜くと、籠から身を乗り出して足元のココロへ投擲した。その刃はぬらついた光を反射している。素人目にも毒が塗られていると理解できた。

 

「ココロ!」

 

 アヤナは焦って従者に目を向けるが、彼女は備えていたようで冷静に腕に溜まらせていた鴉を放り投げる様に飛び立たせると、杖を振り上げた。

 

「『プロテクション』」

 

 光膜に包まれた杖が短刀を弾き飛ばす。同時に、ココロは鴉を投げた手を口許に持って行き、鋭く指笛を吹いた。高い天井に向けて飛翔していた鴉が、嘴を下に向けてゴブリンへ襲い掛かる。

 

「チッ、鳥風情が!」

 

 籠と彼とを分断するように突入した鴉に舌打ちし、足場の上を転がってゴブリンはその攻撃を回避する。攻撃には拘泥せず天井近くへ翔け上がっていく鴉を忌々し気に見送ったゴブリンは、何かを察知したのか咄嗟の動きで身を捻った。その先程まで彼の頭があった位置を、一条の火線が通過する。それはゴブリンが籠から離れたことで射線が通ったアヤナが早速放ったものだ。目論見の外れた彼女は杖を差し向けたまま唇を尖らせる。

 

「……勘だけはいい奴ね。大人しく燃えればいいのに」

「この女ァ……!」

「おっと、君の相手はこの僕だ!」

 

 額に青筋を浮かべたゴブリンが次の短刀を引き抜こうとするのを、梯子を登り切ったフレディが自身の短剣で斬り掛かって妨害する。しかしその横薙ぎの一閃を、ゴブリンは器用にも背中が地面と平行になる程上体を反らして掻い潜った。そして足場を手で叩いて一気に上体を起こしざま、

 

「舐めんなぁ!」

 

 フレディの短剣を振って伸び切った腕を、逆手に握った短刀で斬り払う。咄嗟に防御で挟んだ短剣とココロの障壁が衝撃を弱めたお陰で刃は彼の肌を裂くことはなかったが、追撃を警戒したフレディは打たれた腕を押さえて引き下がった。彼が引き下がったのを見て再び鴉とアヤナが攻撃を加えるが、ゴブリンはそれらも驚異的な身のこなしで回避し切ってしまう。

 

「っ、なかなか素早いな……だが」

 

 顔を顰めたフレディがもう一度斬り掛かるも、ゴブリンはフェイントを交えたそれを獣じみた動きで躱す。それは技術と言うよりも、目の良さと勘の良さ、そして体の柔らかさで無理矢理避けるような動きだった。肩で息を吐きながら、ゴブリンは一旦手を止め、自分を観察するように眉根を寄せるフレディを嘲笑う。

 

「俺は学んでんだよぉ! 避けてりゃ相手が先に倒れるってなぁ!」

「それはどうかしらね?」

「うぉっとぉ!?」

 

 上体を大きく捻り、ゴブリンがアヤナの放った魔法を躱す。少し踏鞴を踏みながら体勢を戻すその様をアヤナは嘲笑した。

 

「ほら、さっきより動きが荒くなってるわよ。息も上がってきているし、今の動きがいつまで続けられるかしらね?」

「く……!」

 

 これ見よがしにアヤナは杖の先に赫い魔力光を宿す。額に一筋汗を垂らしたゴブリンが背後の『ゴンドラ』に一瞬視線を向けるが、狙ったように降下してきた鴉が一声鳴いて威嚇した。僅かに怯んだ隙に飛び込んだフレディの短剣が、ついにゴブリンの肌を浅く捉える。

 

「ぐ、クソが……!」

「お粗末だな。罠に頼り切りで、周りにばかり犠牲を押し付けていたからだ。いざ自分が矢面に立つと、こうやってすぐボロが出る」

 

 立て続けに振るった双剣は空を斬るが、フレディは息を止めて構わずに攻め続ける。ゴブリンは少しずつ後退しながら避け続けるが、刻一刻と動きは悪くなっていった。息継ぎの為にフレディが後退しても、その隙をカバーするように鴉が、更にその離脱を援護するようにアヤナが、と立て続けに攻撃を仕掛けてゴブリンに休む暇を与えない。

 

「もう諦めたらどうだ。消耗は明らかに君の方が早い」

「まだだ……まだ、終わらねえぞ……!」

 

 ローテーションが確立し、最早作業じみた動きで追い込みを掛けるフレディに、反撃する余裕すら失ったゴブリンは顔色を悪くしながらもそう粋がって見せる。しかし、フレディは呆れたように息を吐くばかりだった。

 

「そうか。まぁ構わない。君を倒すよう依頼を受けているし、伝え聞く君の所業も救い難い。こうして相対しても、話と食い違いがあるようには感じなかった」

「ん……!? 待て、話ってなんだ、誰から聞いた、いや、頼まれた!?」

「答える義理はないね。さあ、使い捨てにしてきた仲間にでも泣いて謝ってくるんだな」

 

 短剣を空振らせたフレディが、何気ない動きで足を出し、ゴブリンの足を引っ掛けた。短剣の動きに慣れ始めた所だったゴブリンは、初めて出された足に対処出来ず、派手に転倒してしまう。受け身も取りそこなって無様に倒れ込んだ彼の目に飛び込んだのは、ムカつく赤毛女の強い笑みと、自分へ伸びる一条の光だった。




次回エピローグ。
箱イベが始まってしまいましたが何とか書き上げようと思います。
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