冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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大分遅くなりましたが、何とか年内にケリを付けられました。


エンディングフェイズ・肉食団と医者

「──おうおう、もしかしたらと思って来てみれば、やっぱり生きてるじゃねェか」

 

 冒険者が去った遺跡の最奥。巨人の残骸に見下ろされるように存在する足場に登ったゴブンロスは、焼け焦げて歪んだ足場の上に転がるヒトガタを見下ろしながら、握っていたカトラスの峰で己の肩を軽く叩いた。そのヒトガタ──さっきまで彼の群れの長として踏ん反り返っていたゴブリンは、虫の息ながら何とかまだ生き永らえていた。身体を庇う為に盾にしたのか、完全に炭化した右腕を中心に、全身酷い火傷を負っており、放っておけば、いや、なんなら今この瞬間に死んでも何らおかしくはない有様であるのを、生き永らえると言っていいのかは微妙だったが。

 

「詰めが甘いのか、それともやっぱり甘ちゃんなのかねェ……」

 

 確かにここまでやれば後は放置しても確実に死ぬだろうが、こっちは始末してくれと頼んだのだから、きっちり止めを刺さなければ約束を果たしたことにはならないだろうに。

 

「仕方ねぇなァ……まァいい。お陰で間に合ったみてェだし、今は気分もいい。今回は大目に見てやるか」

 

 クク、と彼が忍び笑いを漏らすと、それを聞き付けたのか、足元の半死体がくぐもった呻き声を上げた。

 

「……ごの、ごえ……ゴブン、ロズか……?」

「おお? ハッハァ! お前、耳がまだ聞こえんのか。良かった良かった」

 

 ひび割れて聞き取りづらいその声を聞きつけたゴブンロスは、そのゴブリンの焼け焦げた顔を覗き込み、愉しげに嗤った。しかしゴブリンはそれがお気に召さなかったようで、高熱で白くなった目で虚空を睨み付け、焼け焦げて溶けた唇を震わせる。

 

「何が、いい、ものか……! ゴブンロス、ボージョン、だ……! お前が持っ、でだ、ポージョンを、よごぜ……!」

 

 己を襲った理不尽にか、使いものにならなかった手下どもにか。引き攣れた声に怒りや怨嗟を込めるゴブリンに、ゴブンロスは笑みを深くする。

 

「嫌なこった」

「なん……! もどはど、言えばっ……無能な、お前らが、やづらを、追い、ばらえながっだぜい、で……!」

「おいおい、変な言い掛かりはよしてくれよ」

 

 ゴブンロスは嫌そうな顔を作って肩を竦める。

 

「俺は追い払えなかったんじゃねェ。通してやったのさ」

 

 実際実力でも排除されたので追い払えたのかというと微妙だったが、そんなことは分かるまい。もう少し抵抗しようと思えば抵抗できなくは無かったので、この発言も嘘じゃあないな、と思いながら、ゴブンロスは意地の悪い笑みを見せた。

 

「あァ……? まざが、お前ぇ……!」

「そうだぜェ? 奴等を通したのも、遺跡の罠の止め方を教えたのも、ここの鍵をくれてやったのも、全部俺だ」

「何故だ……! 何で、お前が、裏切るんだ、ゴブンロズ……!」

 

 何処にそんな力が残っていたのか、反対側に比べればまだ原型の残る左腕で身体を起こしながら、ゴブリンは声を絞り出す。

 

「お前が、いぢばん、ぎょうりょぐでぎじゃ、ながっだのが……!? おまえが、ざんどうじでぐれるがら、おれは……!」

「そりゃあお前、あのガラクタがもし本当に使えるようになるなら、確かに有用そうだと思ったからな。だが、待てど暮らせどガラクタはガラクタのままだし、冒険者もやって来ちまった。時間切れって奴だ」

 

 煩そうに顔を顰めて耳を穿りながら、ゴブンロスはそう応えた。

 

「お前、おれを、うっだのが……!?」

「有り体にいや、そういうこった。往生してくれよ」

 

 その言葉の軽い調子とは裏腹に冷たい声で言い放つゴブンロスに、彼の本気を悟ったのか、ゴブリンは一転して哀れっぽい声を出した。

 

「な、なぁ……待っでぐれ……おれぼど、罠にぐわじいゴブリンは、他にいねぇ……生がじでぐれれば、ぜっだい、やぐにだっで、見せる……」

「まぁ、そうだな。確かにおめェさん程知識のあるゴブリンは珍しいと思うぜ」

「だっだら……」

「ゴブリンにしちゃあ、な」

 

 言いながら、ゴブンロスは突き放すようにゴブリンを蹴り飛ばし、言葉を遮った。肩に乗せていたカトラスの峰を離し、ゴブリンを無表情に見下ろす。

 

「実はよォ、お前を殺すことにした理由はもう一つあるんだ。だが、それを言う前に訊いておきてェんだが……お前、前の頭を殺したじゃねェか。何でだ?」

「ゲホッ、ガハッ……あ、あァ……? ぞりゃ、アイツがいだら、おれががじらになれないがらに、ぎまっでんだろうが……」

 

 朦朧としながら、ゴブンロスの問いに素直に答えるゴブリン。その答えは分かりきったものだったのか、ゴブンロスは何の感慨も浮かばない顔でそうかよ、と息を吐くと、カトラスを逆手に持ち替え、両手で握る。

 

「アイツよォ、息子なんだわ」

「──」

「仇くらい取ってやんのが親ってもんかと思ってよ」

 

 言いながら、言葉を失ったゴブリンの眉間にカトラスを力任せに振り下ろす。後頭部から刃先が飛び出したゴブリンは絶命し、ゴブンロスは小さく溜め息を落とすとカトラスの柄から手を離した。

 

「さぁて! これでこの遺跡でやり残したことは全部終わりだ!」

 

 晴れ晴れとした笑みを浮かべながら、ゴブンロスは踵を返す。

 

「山を降りたらどこへ向かうかなァ……こんなに心踊る気分は久しぶりだ。待ってろよォ、俺は必ずのし上がってみせるぜ! ファーッハッハァ!」

 

 高笑いを上げながら足早に歩み去るゴブンロス。墓標のように突き立てたカトラスを、彼は二度と振り返ることはなかった。

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

「──いやー、この扉を見ると、帰ってきたなーって感じがするわねぇ」

 

 アヤナはグランフェルデン大神殿の依頼所の扉を見上げながら、そう感慨深げに呟いた。

 神殿の窓に映る古都の町並みは、夕焼けの朱が薄れて徐々に藍色に染まろうとしている。遺跡を出た時にはすっかり宵も過ぎていたため、交代で仮眠を取りながら朝を待って下山した三人は、まんじりともせずに彼女達の帰りを待っていた村長に出迎えられた。簡単な報告──討ち漏らしや他から流入する魔物がいるかも知れないので警戒するように伝え、ゴブンロスのことについては伏せることにした──をした後、村長の好意で空き家を貸して貰った三人は、改めて半日程休息。村長に託された依頼書を手に、昼頃村を後にした。その後は順調に乗合馬車を捕まえることのできた一行は、道中トラブルに見舞われることもなく、無事にグランフェルデンまで戻ってこられたのだった。

 

「そんな台詞が出るということは、君も一端の冒険者になった、ということなのかも知れないな」

「うーん……そう言われると何か複雑だわ。ついこの間までは、地球で普通の女子高校生やってた訳だし……」

 

 薄く微笑んだフレディに、アヤナは少し複雑な顔をした。その表情を見て、ココロが表情を曇らせる。

 

「……やはり、信託とはいえ、お喚びしたのはご迷惑でしたでしょうか」

「ああ、そうじゃないのよ。むしろ召喚されて良かったって今では思ってるわ。戻りたいとも思わないし」

 

 アヤナは慌ててココロの頭を撫でて苦笑する。

 

「アンタみたいな可愛い従者にも出会えたしね」

「主さま……」

 

 曇り顔から一転、少し頬を染めて自分を見上げるココロに、アヤナは苦笑を深めた。

 

「こんなことになるなんて、想像もしてなかったわ。ホント、人生何があるか分からないものね」

「……あー、仲が良いのは結構だが。ここは往来だし、依頼達成の報告も済んでいない。後にしてもらえると助かるのだが」

 

 軽く咳払いしたフレディの声に、二人は顔を赤くして離れる。フレディは偶々人が通らなくて助かったと内心嘆息しながら扉を押し開いた。途端、溢れ出た陽気な喧騒が三人を包む。この時間帯の依頼所は比較的賑やかな場所であるが、今の喧騒はいつもの五割増しに煩い。まるで場末の酒場と変わらない有様だった。

 

「これは……いつにも増して騒がしいな。何かあったのか?」

 

 フレディは眉を顰めて待合スペースへ目を向ける。酒と軽食を手に騒いでいるのはいつもの光景だが、よくよく観察したフレディはあることに気付いた。彼等が食べている軽食が皆同じなのだ。具材は野菜とチーズとローストビーフだろうか。よくあるサンドに見えるが、ほぼ全員がそれを食べている。なんなら酒を飲まずにそのサンドだけを手にしているものもいる位だ。

 

「ねぇ、先生、ちょっと、あれ」

 

 訝るフレディの裾を、アヤナが引っ張った。そちらに目をやると、アヤナが別の方──朝、依頼書が貼り出されるボードのある一角だ──を指差している。フレディはそちらを向き、思わず目を丸くした。

 そこには、一人の猫耳少女が蓑虫状態で天井から逆さに吊られていた。ダンサー*1なのか、装飾が多くひらひらとして露出の多い衣装の上から縄でぐるぐる巻きにされており、スカートが捲れないようにする為なのか、スカートの端ごと縛られた足の間から伸びた髪と同じ、灰銀の毛並みの尻尾が力無く揺れている。

 吊られているのは彼女だけではない。その更に奥には、少女から少し離すようにして四人の男性冒険者が一括りにして逆さ吊りにされていた。少女と違うのは、彼女が傍目から見て傷一つ無さそうなことに対して、男性冒険者の方は人相が分からない程度にボコボコにされているということだろうか。どちらにせよ異様な光景であるが、周りの冒険者達は気にしていないようだった。いや、一様に目を逸らしていると言うべきか。

 

「不味いな……早く下ろさないと」

「知り合い?」

「いや。全員面識はないが、医師として見過ごせない。人命に関わる」

「え、そうなの?」

 

 応えて駆け出したフレディの背を見詰め、アヤナは目を丸くする。どうにも彼女の中で目の前の光景と人命に関わるという非常時が結び付かなかったのだ。そんなアヤナの様子を見て、ココロが補足を入れる。

 

「短時間であれば問題ないのでございますが、人は長時間逆さに吊るされると、次第に呼吸が困難になり、最終的には死に至るのでございます。かつてはそういった処刑法も存在したとか」

「うげ、そうなんだ……とりあえずあたし達も行ってみましょ」

 

 頷いたココロを連れてフレディの後を追う。行ってみると、フレディは逆さに吊られた少女の前で難しい顔をして腕を組んでいた。その傍らには見覚えのある小さな人影がある。

 

「あら、メルニじゃない」

「あ、みなさん。お帰りなさいです」

 

 小さな人影、メルニは悩ましげに寄せていた眉根を緩めて二人にぺこりと頭を下げる。そこで、自分の周りに人が増えたことを感じてか、吊られた少女が目の幅涙を流しながら口を開いた。

 

「にゃ〜……捕まってしまいましたにゃ〜……」

「……結構余裕そうね」

「余裕じゃないですにゃ! 気持ち悪いですにゃ! 頭痛いですにゃ!」

 

 猫耳少女はそんなことを喚きながらくねくねと身をくねらせる。その殺しても死ななそうな騒がしさにげんなりとしたアヤナは、ふとその胸元に貼り紙を見付け、声に出して読んでみた。

 

「『無銭飲食犯。触るべからず』……犯罪者じゃないの」

「違いますにゃ! ちゃんと後で返しますにゃ!」

「サミアさん、他のはちゃんと返すですけど、食べ物は食べちゃうから返せないじゃないですか」

 

 額に手を当て、呆れたように息を吐くメルニ。この猫族(アウリク)の少女はサミアというらしい。

 

「今回は食べる前に捕まったから無罪ですにゃ!」

「いや、手を出した時点でアウトだから、それ。メルニ、知り合いなの?」

「はい。ヴァーナのサミアさんです。同じギルドに所属してるですよ」

 

 同じように呆れた声を出すアヤナに、そうメルニは答える。

 

「悪い人じゃないですけど、よくない癖があるんです。人の物を盗んで追いかけっこするのが好きなんですよ」

 

 気が済んだら返すですけど、とメルニは溜め息を吐く。どうやら彼女にとってもこの少女は悩みの種であるらしい。

 

「子供か! ねぇ先生、まだまだ元気そうだし、コイツはもうちょっとこのままでいいんじゃない?」

「……僕もそんな気がして来たな。せっかく珍しく捕まったんだ。このまま放置する訳にはいかないが、日頃の行いも含めてもう少し反省してもらうことにしよう」

「そんにゃ!? 殺生ですにゃ!」

「トリアージだ。もっと危なそうな患者を優先する」

 

 そう言ってフレディはぐねぐねするサミアを置いて男性冒険者達の方へ向かう。アヤナもそれに倣って猫娘を放置することにし、気になっていたことを訊くことにした。

 

「そう言えばメルニ、レアの様子は?」

「あぁ、レアさんでしたら──」

「──おぉ、皆帰って来たッスね。おかえりッス!」

 

 聞いたことのある声に振り返れば、そこにはいつもの軽装の上に何故かエプロンを付けたレアが手を振っていた。

 

「レア! 元気そうね。もう動いて大丈夫なの?」

「大丈夫ッス。薬も飲んだし、肉だって食べたんで元気一杯ッスよ。一人でいても暇なんで、さっきまでここの厨房を手伝ってたッス」

「やっぱり肉なのね……厨房ってことは、もしかして皆が持ってるのって?」

 

 フレディ同様、冒険者達が肉の挟まったサンドを食べていることに気付いていたアヤナがそう問い掛ける。レアはそうッスね、とあっけらかんと頷いた。

 

「厨房と食材借りてアタシがローストビーフを作ったッスよ。後はルフィアが作ったッスけど」

「うげ……またアイツか……」

 

 嫌な名前を聞いたアヤナは露骨に顔を顰めた。

 

「アイツ、料理なんて作れる訳? 簡単そうな料理ではあるけどさ」

 

 料理とルフィアをくっつけたら爆発するイメージしか湧かなかったアヤナだったが、レアはとんでもないッス、と突き出した両手を振った。

 

「メチャクチャ料理上手いッスよ、あの人。手際が超いいッスし、食材も凄い均等に切るんスよ。アタシでもあの速さでアレは無理ッス」

 

 どうやらレアの中でルフィアの株は急上昇したようだった。

 

「食い逃げ犯もパパっと捕まえてくれたッスし。あの人、ああ見えて凄い人ッスよ」

「あぁ、まぁ……凄いというか、色々規格外なのは知ってたけどね……」

 

 どちらかと言うと凄い人というよりはヤバい人である。

 

「でも、本当に凄いと思うですよ。わたし、サミアさんを捕まえた人初めて見ましたです」

「え、そうなの? そういうのは衛兵とかが捕まえるんじゃないのかしら?」

 

 ファンタジー世界と聞いて想像するよりは治安がしっかりしていると感じていたアヤナは首を傾げた。

 

「もちろん普通はそうなんですけど……サミアさん、逃げ回るのが本当に上手なんです。いつも、皆さんくたくたになるまで追いかけるですけど、結局捕まえられなくて悔しがってるですから」

「えっへんですにゃ!」

「褒めてないです。いい加減にしないと、そろそろイル先生とサピルスさんが本気で対策を考え始めるですよ」

「そ、それは勘弁して欲しいですにゃ!」

 

 縛られたまま器用に胸を張っていたサミアが、メルニの言葉に震え上がる。アヤナが聞いたことの無い名前だったが、彼女達のギルドの纏め役か何かなのだろう。こういう問題児*2がいるとさぞ苦労するのだろうな、と彼女は見知らぬ誰かにそっと同情した。

 

「──少しいいか」

 

 男性冒険者達の方へ向かった筈のフレディが戻って来て彼女達に声を掛ける。真っ先に反応したレアが首を傾げた。

 

「んお。どうしたッスか?」

「ん? レアさんじゃないか。もう起き上がれる程回復したのか?」

 

 レアに気付いたフレディが眉根を寄せる。レアは力瘤を作るとペカッとした笑みを浮かべた。

 

「今朝お肉食べたらすっかり良くなったッスよ。先生のくれた薬のお陰ッス」

「……あの状態でよく肉が食べれたものだ。今日一日は動けないだろうと思っていたんだが……まぁいい。元気になったなら何よりだ。ただし、渡した薬は最後まできちんと飲むように」

「分かったッス。これからもよろしく頼むッス!」

 

 言いながら笑顔で頭を下げるレア。その言い回しにフレディは微かに片眉を上げた。

 

「うん? いや、僕としてはこれ以上医者の厄介にならないように気を付けて欲しいところだが……それは一旦置いておこう。確認なんだが、あれをやったのは『彼女』か?」

「はいです。彼等がサミアさんに触ろうとしたら、次の瞬間にはああなってたです」

「次の瞬間て」

 

 答えたメルニに、幾ら何でもそれはないだろ、という目でアヤナが突っ込むが、直ぐに下手人のあの貼り付けたような笑みが浮かんだのか何とも言えない顔になった。なんだか出来そうな気がして来たからだ。

 

「……まぁでも、縛られてる女の子触りに来る男には当然の報いか。あっちも放置でいいんじゃない?」

「そうもいかない。見る限り、一人は直ぐにでも下さないと危なくなりそうだ。彼等の彼女に近づいた思惑は分からないが、どんな理由であれ医者が命を助けない理由にはならない」

「先生らしいわね……。じゃあ降ろせばいいんじゃない?」

「……そうも行かなくてな」

 

 フレディが指を指した先、男性冒険者の腹には、サミアの方を示す矢印と『触るべからず』と書いた紙が貼ってあった。

 

「迂闊に触って僕までああなったら目も当てられない。診察出来る人間が居なくなってしまう」

「……あの娘に触らなきゃ大丈夫なんじゃない? 多分」

「君はその判断に確信が持てるか?」

 

 真顔で問うてきたフレディに、少し悩んだアヤナは首を横に振った。まだ浅い付き合いしかないが、あの女はサミア同様に縛られている男に触ろうとする者にも同様の対応をしそうに感じる。医療行為とかに忖度してくれるようにはとてもではないが見えなかった。

 

「僕も同じだ。だから先ず許可を取りたいところだが……レアさん、彼女の行方を知らないか?」

「レアでいいッスよ。でも行方ッスか……実はアタシも知らないんスよね。さっきまで一緒にいたんスけど、片付けよろしく〜って言ってどっか行っちゃったッス」

「そうか……」

 

 フレディは難しい顔で小さく唸る。そこへココロが小さく手を挙げた。

 

「ソーンダイクさまに相談なさっては如何でしょうか? 今の時間であれば、執務室にいらっしゃるかと思います。ソーンダイクさまが事態を知れば、放置はなさらないかと」

「……成る程。上役の判断なら従うか」

「そうかしら?」

 

 納得したフレディに対してアヤナは懐疑的だ。

 

「神官長を疑う訳じゃないけどさ。アイツ、そもそも人の言うこと聞かないじゃない」

「え〜? そんなことないと思うけどな〜」

「いーえ。少なくともこれまであたし達の言うこと聞いた試しがないわ」

「仰る通りでございます」

「確かに……?」

 

 憤るアヤナにココロは染み染みと、レアは首を傾げながら頷いた。でしょう、とアヤナは吐き捨てると、おもむろに背後を振り向きざま、手にした杖を思い切り振り下ろす。しかしその凶行はあっさりと受け止められてしまった。

 

「アンタね……しれっと会話に混ざってくるんじゃないわよ……!」

「だからっていきなり殴るのはあんまりじゃないかな〜?」

「涼しい顔で受け止めといて良く言うわ……!」

 

 杖を両手で握り直し、渾身の力で押し込もうとするアヤナだったが、杖を受けるルフィアの左手はびくともしない。その様子を見てフレディが呆れたように声を出す。

 

「本当に神出鬼没だな、君は……」

「それ程でも〜。あ、あっちの人は降ろしてもおっけ〜ですよ〜」

「……話を聞いていたのか。人も悪いと見える」

「え〜」

 

 やる気の無い抗議の声を無視し、フレディはレアを呼ぶ。

 

「なんスか?」

「彼等を下ろすのを手伝って欲しい。君はウォーリアだから力が強いと見込んだんだが……」

「それくらいならお安い御用ッスよ。ちょっと待ってて欲しいッス。今肉食べるんで」

 

 そう言いながら懐から取り出した一掴みの干し肉を、レアは一口で口に入れた。ほぼ丸呑みするような速さで猛然と咀嚼すると、ぐびっ、と呑みこんで両腕を広げ、ガッツポーズを取る。

 

「漲ったッスー! さぁ、下ろすッスよー!」

 

 うおー、と男性冒険者達の方へ駆けていくレアを見送り、フレディは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 

「……確かに、バイキングには肉から素早く活力を得る手段があるとは聞くが……こういうことなのか? 身体に悪過ぎるだろう……」

「レアさまは特別かと……」

 

 わたくしも他のバイキングの方とお会いしたことはありませんが、とココロが苦笑する。

 

「確保したッスー! 今のうちに足縛ってる縄どうにかして欲しいッス!」

 

 声にフレディが振り返れば、レアが男性冒険者達を頭上に持ち上げていた。余り余裕が無さそうではあるが、小さな少女が大の大人四人を持ち上げるというある種シュールな光景は周囲で見ていた酔っ払い達には大受けで、皆ジョッキを掲げて盛り上がりを見せている。フレディは何とも言えない半笑いの表情を浮かべた。

 

「僕は手伝ってくれればそれで十分だったんだが……」

 

 言いながら、彼は袖口から掴み出したナイフを流れる様な動作で放る。ナイフは過たずに持ち上げられて少し弛んでいた縄を断ち切り、観客から歓声が上がった。

 

「……見せ物では無いんだがな」

 

 やれやれと肩を竦め、フレディは床に転がされた男性冒険者を診る為に近づいていく。

 

「羨ましいですにゃ〜。わたしもそろそろ降ろして欲しいですにゃ〜」

 

 一連の様子を眺めていたサミアがぶらぶらと揺れる。全く何の反省もしてなさそうな声だった。

 

「この扱いはあんまりだと思いますにゃ〜……待遇改善を求めますにゃ! 逆さ吊りはつらいですにゃ〜!」

「う〜ん。降ろすのはダメだけど〜」

 

 ルフィアがサミアの背後に回る。一瞬その姿が隠れると、ひょいっ、とサミアの上下が入れ替わった。その一瞬でどうやったのか、足に繋がれていた縄が腋の下を通してから彼女の腕を戒めている縄に繋ぎ直されている。

 

「これでいいかな〜?」

「おお、これなら大丈夫ですにゃ! ありがとうですにゃ!」

「どういたしまして〜」

 

 上下を元に戻してもらったサミアが満足げに身体を揺らす。蓑虫状態のスカートの端から覗く白い尻尾が機嫌良さげに左右に振れた。

 

「もう何処から突っ込んでいいか分からないわ……」

「アヤナさま、お気を確かに……」

 

 一部始終を見ていたアヤナが頭を抱えて蹲る。心配して寄り添ったココロに手を挙げて問題ないと示し、彼女は頭痛を堪えるような表情で立ち上がった。

 

「ルフィアの方はもうスルーするとして……」

「え〜。酷いよ〜」

「黙れこの生きた怪奇現象が」

 

 まるで気持ちの籠らない間延びした声にゴミを見るような視線を投げ付けると、アヤナは視線を揺れるサミアへ向ける。

 

「アンタはそれで良いわけ?」

「良くは無いですけど、仕方ないですにゃ!」

 

 サミアは虜囚にしては妙に晴れ晴れとした笑顔で胸を張る。

 

「この美少女怪盗サミア、捕まってしまった以上はもうジタバタしませんにゃ!」

「自分で美少女言うな。それと、さっきまでジタバタしまくってたじゃないの」

「待遇改善要求は当然の権利ですにゃ! ですので次はおさかなを要求しますにゃ!」

 

 キリッッ! と眉を立てた渾身のドヤ顔でサミアはそんなことを宣った。

 

「ダメだわコイツ……早く何とかしないと……」

「その……サミアさんがごめんなさいです……」

 

 痛そうに額を抑えるアヤナに、メルニが頭を下げた。アヤナは額に手を当てたまま首を横に振る。

 

「アンタが謝ることじゃないわ。コイツはもう少しこのまま吊るしておきましょう」

「です」

「酷いですにゃ! 横暴ですにゃ! おさかな食べたいですにゃ!」

「喧しいわ! いい加減にしないと焼きネコにするわよ!?」

「ヒェッ!? 動物虐待はよくないですにゃ!」

 

 ジタバタしまくるサミアに一喝すると、彼女は青い顔でぶるぶると震え始めた。だがすぐに、

 

「そういえばわたしは動物じゃないですにゃ……? じゃあ人間虐待ですかにゃ?」

 

 とアホなことを悩み始めたので、付き合いきれなくなったアヤナはげんなりとした顔でサミアに背を向けた。

 

「もうなんだかドッと疲れたわ……早いところ依頼の報告して帰りましょ」

「ほいほ〜い。報告だね〜」

「ひぁ……ッ!?」

 

 瞬間移動でもしてきたかの様にいきなり眼前にドアップで現れた笑顔に思わず悲鳴を挙げて仰反ったアヤナは、暴れ出した心臓を抑えるように胸を押さえて喚き散らす。

 

「何でアンタはいつもいつも突然出てくんのよ!? 何、人脅かすのが楽しいわけ!?」

「え〜、そんなつもりはないんだけどな〜」

 

 ルフィアは困った風に頸を撫でると、そんなことより〜、と何処からか取り出した──頸から手を戻した時にはその手にあった──クリップボードと安っぽいボールペンを構えた。

 

「報告聞くよ〜」

「〜〜〜!」

「あの」

 

 言いたいことが山のように出てきて言葉が出なくなったアヤナに代わり、ココロが険しい視線をルフィアに向けて口を挟んだ。

 

「報告はここではなく、あちらのカウンターで受けるべきではないでしょうか」

 

 ココロがそう言って視線を流した先では、受付カウンターでアリエッタが冒険者から依頼の報告を受けていた。冒険者達の目的がサンドだったからなのかこの場にいる冒険者の数に比るとカウンターに並ぶ冒険者達の数は少ないが、それでもそれなりの人数が列を作っている。ルフィアはそれを見てぱたぱたと手を振った。

 

「気にしなくていいよ〜。ここでも話は聞けるからね〜」

「そうは参りません。ここで報告をしてはあの列に横入りするのと何ら変わりがございません。もし、わたくし達に早く報告をさせて帰らせたいとお思いなのであれば、あちらでアリエッタさまを手伝っていただきたく存じます」

 

 毅然とした態度でルフィアを見上げ、ココロはカウンターへ手を差し向ける。

 

「む〜……ココロちゃんは真面目だね〜」

 

 ルフィアは少し唸ると、僅かに笑みを濃くしてココロの頭をわしわしと撫でた。髪型を破壊されたココロが髪を慌てて抑えると、彼女から離れたルフィアはひらひらと手を振りながらカウンターへ足を向ける。

 

「それじゃ〜お仕事行ってくるね〜」

 

 何処へものをしまったのか手ぶらで歩き去るルフィアを無言で見送った二人は、揃って溜め息を吐いた。

 

「……行ったわね」

「はい」

 

 膨れ面で髪を整え始めるココロに、アヤナはカメラアプリを起動したスマートフォンを手渡した。画面に自分が映るのを見たココロは礼を言ってスマホを受け取る。

 

「この板は、鏡にもなるのでございますね」

「厳密には違うけど、そうね。手鏡の代わりとしても使えるわ。それにしても、よくアイツに言うことを聞かせられたわね」

「フレディさまが言うように、あの方がわたくし達に便宜を図ってくださろうとしておられるなら、と考えまして、そのなさりようでは便宜にならない、と説いただけでございます。汲み取っていただけたようで何よりでございました」

 

 髪を整え終えたココロがスマートフォンを返却する。アヤナはそれをスカートのポケットに仕舞うと、小さく伸びをした。

 

「それじゃあ、列に並びましょうか」

「はい。……その、ご迷惑ではございませんでしたか?」

「迷惑? 何が?」

 

 躊躇いがちにそう問うてくるココロに、アヤナは首を傾げる。

 

「主さまはお疲れのご様子でございます。先程の提案は、確かに最も早く報告を終えることの出来る提案ではございました。わたくしの言葉で、主さまがお休みになられる時間が遅くなるのは間違いございませんので……」

「あぁ、そんなこと。別に良いわよ。下手に特別扱いされて他人にやっかまれたくないしね」

 

 むしろ良くやったわ、と頭を撫でるアヤナに、ココロは嬉しそうに頬を染めてほわりと微笑った。アヤナも微笑を返すと、先程まで近くにいた筈のメルニを探す。彼女はずっとサミアを監視していたようで、近間のテーブルから引っ張ってきたらしい椅子にちょこんと座り、半眼でサミアを見上げていた。サミアは彼女に何か言われたのかしょんぼりとしている。

 

「メルニ、ちょっといいかしら」

「はいです?」

「あたし達、これから依頼の報告に行ってくるから。レアと先生にそのことを伝えといてくれると助かるんだけど」

「分かりましたです」

 

 快諾したメルニはぴょんと椅子から飛び降りて、テーブルに返却しにいく。

 

「ついでに二人を手伝ってくるですよ。列に並んだって伝えればいいです?」

「ええ、それでお願いね」

 

 頷いて走って行くメルニを見送ると、二人は報告待ちの列へ足を向けた。

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

「──報告は以上かな〜?」

「ああ」

 

 書いた書類をまとめるルフィアに、代表してフレディが頷きを返す。

 列に並んでいたアヤナとココロに、男性冒険者の手当を終えたフレディとレアが合流。レアが確保してくれていた人数分のローストビーフサンドに舌鼓を打ちながら順番を待った四人は、三十分程待たされた後に通され──担当は当然のようにルフィアだった──、依頼の報告を行っていた。当初、フレディは正式なギルドメンバーの二人に報告をさせようとしたのだが、アヤナの先生の方が説明上手でしょ、という言葉にココロが同調。何も考えていなさそうな顔のレアが、別に良いんじゃないッスかね? と言ったことで彼が主となって報告することになり、今に至る。最も、報告自体は円滑に進み、今は最終確認の段階に入っていた。

 

「今回見つかった遺跡には専門の調査員を派遣するよ〜。村に滞在する冒険者も募集を掛けておくね〜」

「ああ、よろしく頼む」

「あの、妖魔の見逃しについては、いかがでございましょうか」

 

 ココロがそう口を挟む。村の方には過度に不安感を与えないよう黙っていたが、神殿にはそうもいくまいと、ゴブンロス達について報告を挙げていたのだ。一般的に妖魔は人類の敵であり、神の敵だ。依頼内容もゴブリン退治であり、その対象を故意に見逃したとなれば、何らかのペナルティがあってもおかしくはない。しかし、ルフィアはあっけらかんとしたものだった。

 

「別にいいんじゃないかな〜」

「そんなあっさりと……アンタ適当過ぎない?」

「そんなことないよ〜?」

 

 ルフィアは笑顔で首を傾げる。

 

「まず〜、神殿は〜、妖魔だからって全部敵対視してるわけじゃ無いんだよ〜。グライアイとか〜、ホブゴブリンみたいな人がいるからね〜」

「何よそれ」

「邪神の意志の影響から逃れた妖魔達だね〜。普通の妖魔からは裏切り者扱いされてて〜、彼等とは敵対してるんだよ〜」

 

 少ないけど、冒険者として活動してる人もいるよ〜、とルフィアは説明する。そう言うのもいるのか、とアヤナは口の中で呟くも、

 

「そのホブとかいうのと普通のゴブリンとの違いは分からないけどさ、アイツ自体は他のゴブリンと大差ないように見えたけど?」

「わたくしも、そのように感じました」

「あ〜、うん、それはそうだと思うよ〜。そのゴブリンは普通の妖魔だと思うし〜」

 

 要は、妖魔だから全て滅ぼすというのは神殿の方針と異なるとルフィアは言う。

 

「ま〜、使えそうなモノは使おうってことだね〜」

「み、身も蓋もない言い方ね……」

「あ、あの、神殿はそのような即物的な組織では……」

「分かってるわよ」

 

 ココロの頭を人撫ですると、アヤナは腕を組んでルフィアを見る。

 

「それで? 普通の妖魔は倒さないといけないわけよね?」

「そうだね〜。だから〜、後は状況からの判断になるね〜」

 

 彼女は指を一本立てて軽く左右に振った。

 

「残存戦力は三体。もし温存した戦力があっても倍はないかな〜。その程度の数じゃ〜、村に手を出したとしても略奪が関の山だね〜」

「略奪出来るのはマズイんじゃないッスかね……?」

「だいじょぶだいじょぶ〜。話を聞く限り、そんな先のないことする程頭が悪いとは思えないから〜」

 

 ルフィアは口を挟んできたレアを笑い飛ばす。

 

「だって、その村から奪えるものなんて食料くらいでしょ〜? ゴブリンが一度に持って逃れる量なんてたかが知れてるしね〜。遺跡には沢山食料が残ってたって言うし〜。だったらそんな無駄なことするより〜、しっかり持ち出す準備して山を離れた方がよっぽど建設的だよ〜」

「確かに……」

「ま〜、山を降りた先で何するかは分からないけどね〜。でもま〜、依頼は山にいるゴブリンの退治なんだし〜。山からゴブリンがいなくなればおっけ〜ですよ〜」

 

 そう軽いノリで言うと、ルフィアは決裁の判をてん、と書類についた。

 

「でもそうだね〜。もし〜、そのゴブリン達の所為で村が壊滅とかになったら〜、貴女達のギルドの評判は地に墜ちることになるかもね〜?」

「それは……」

 

 ルフィアが冗談めかして──表情や口調はそれまでとなんら変わっていないが──言った言葉に、ココロの顔色がさっと変わる。その肩にフレディが手を置き、庇うように前に出た。

 

「その時は僕が全責任を被ろう。判断を下したのは僕だ。彼女達は関係ない」

「フレディさま……」

「そういう訳にはいかないッスよ」

 

 フレディの言葉に異を唱えたのはレアだった。彼女はフレディを見上げて精一杯に胸を張る。

 

「ギルドメンバーの行いに責任を取るのがギルドマスターッス。アタシはその場に居なかったッスけど、皆を信じて送り出してるッス。だから責任はアタシが取るッス。先生にばかり責任を負わせたりはしないッスよ!」

「待て待て。君の発言は立派だが、僕は一時的に君達のギルドに身を寄せたに過ぎないんだ。だというのに……」

「え、ちょっと待つッス。一時的ッスか?」

 

 フレディの言葉を遮って目を丸くしたレア。その反応に眉を顰めたフレディは、つっ、と刺すような視線をルフィアに向けた。

 

「説明してもらおうか」

「何のことかな〜?」

 

 白々しく首を傾げるルフィアを見て、アヤナとココロも彼女へ鋭い目を向ける。レアだけが良く分かっておらずオロオロしていた。

 

「まず書類を出せ。僕が書かされた書類だ」

「これかな〜」

 

 ルフィアはカウンターの下から書類を一枚取り出して置いた。それはギルドの加入申請書で、確かに彼の筆跡で必要事項が記入してあり、下にはギルドマスター(レア)担当確認者(ルフィア)承認者(ソーンダイク)のサインがある。必要事項は確かに彼が書いた覚えのあるものだが、一部そうではないものも混ざっていた。一時加入の申請には必要のない欄だ。

 

「……筆跡を真似たのか? これは文書偽造だぞ」

「違うよ〜。わたしは書類を書く手間を減らしただけだって〜」

 

 言葉に怒りを滲ませるフレディに、ルフィアはぱたぱたと手を振った。

 

「ふざけているのか?」

「ふざけてなんかないって〜。だって〜、ギルドへの加入自体は嫌じゃないでしょ〜? 皆いい子だし〜」

「……確かに少しは考えたよ。一緒に冒険してみて、二人は信頼出来る冒険者だと思ったし、レアも足りない所はあるだろうがいいギルドマスターだと思う。居心地も良さそうだ。名前以外は素晴らしいギルドだと思う」

 

 後ろで、えっ、肉食団良くないッスか!? という声と、んな訳無いでしょ、黙ってなさいという頭を叩く音を伴った声が聞こえたが、無視してフレディは話を続ける。

 

「だが、僕にだってプライドがある。こんな騙し討ちみたいなことをされて、それに踊らされ続けるなんて出来るものか」

「え〜?」

 

 何故そんなことを言うのか分からない、という顔でルフィアは首を傾げた。その様子を見て、やはりな、とフレディは内心頷く。薄々感じてはいたが、この女には共感性というものが欠如しているのだ。他者が何を利益と思うかは理解出来るが、そこにどんな感情が伴うかが理解出来ていない。だからこんなことを言う。

 

「でも〜、ギルドに入った方がいいと思うよ〜? 一人で行動するより出来ることが増えるし〜、個人だと受けれない依頼も受けれるから、お金が貯めやすいよ〜? ギルドハウスも借りれるしね〜」

「先生、お金が必要なんスか?」

 

 レアが心配するように眉尻を下げてフレディを見上げる。フレディは少し目元を緩めてその頭に手を置いた。

 

「個人的な事情だ。困窮している訳じゃないから、君は心配しなくていい」

「フレディ先生は診療所を開きたいんだよ〜。場所を確保したり〜、設備を用意したり〜。薬の材料とかも集めないといけないだろうから〜、お金はいくらあっても足りないんだよね〜」

 

 ルフィアの説明にフレディは思わず舌打ちする。確かにその通りだしそれを隠している訳でもないが、それをこの女が知っているのは不快だし、この女の口から語られるのも不愉快極まりなかった。

 

「ギルドハウスって何よ」

「ギルドハウスは神殿からギルドに拠点として貸し与えられる物件のことでございます。物件の規模はギルドとしての功績などによって変わりますが、一般的な賃貸よりも遥かに割安な価格で、場合によっては無料で借りることが可能です」

「へぇ……大分優遇されてるのね、冒険者って」

 

 ココロの説明に感心してアヤナは頷く。同時に、それ位優遇しなければ成り手が足りなくなる程度には過酷なのかも知れないと考え、今回の冒険を振り返って納得した。

 

「貸し与えられたギルドハウスをどのように扱うかは、ギルドに一任されます。ですので」

「ギルドハウスを診療所にすれば〜、場所の問題は解決するんだよ〜。診療所が忙しい時とか〜、フレディ先生が出掛ける時とかは皆に手伝ってもらえばいいしね〜」

 

 ココロの言葉を奪い、ルフィアがそう説明する。フレディは苦虫をまとめて噛み潰したような顔で彼女を睨み付けた。

 

「確かに僕にとってはそれは都合がいいだろう。だが、それは彼女達の気持ちをまるで考慮していない案じゃないか。そもそも、肉食団は彼女達のギルドだぞ」

「うーん……アタシはそれでも別にいいッスけど」

 

 フレディの思惑とは裏腹に、レアがそんなことを言い出した。

 

「出来れば肉を処理する部屋と燻煙室、それから保管庫があれば嬉しいッスが、無ければ無いで何とかなるッス。アタシは構わないッスよ」

「あたしも別に……冒険出てる時以外は暇だし、手伝い位はしてもいいけど。あぁでも、個室位は欲しいかも」

「えっ」

「え?」

 

 小さく声を上げたココロを、アヤナが振り返る。アヤナの赤茶色の瞳に見詰められたココロは、顔を真っ赤に染めると小さく咳払いした。

 

「わ、わたくしも、問題はございません。魔法も扱えますので、治療のサポートも可能かと存じます」

「君達……」

「レアちゃん達側にもメリットはあるよ〜。レアちゃん達のギルドにはシーフが居ないからね〜。探索が得意な人がいないんだよ〜」

 

 何かをメモしていたルフィアがそう言うと、確かに、と三人は顔を見合わせた。探索は現在ココロが行っているが鴉頼りな所も大きいし、罠などの解除を担当するレアは罠そのものへの知識が十分ではない。屋外はともかく、遺跡探索には不安の残る彼女達にとって、フレディの加入は願ってもないことであった。ただし、

 

「先生が入ってくれれば嬉しいッスけど、先生に無理強いするつもりもないッスよ。アタシは先生の意志を尊重したいッス」

「あたしも同意見よ。先生がいてくれたら、頼もしいのは確かだけど」

「わたくしも、同じ気持ちでございます」

「そうか」

 

 フレディは穏やかな笑みを浮かべると、胸に浮かんだ暖かな気持ちを沈めてルフィアに鋭い視線を投げ付ける。

 

「ともかく、書類自体は受理されてしまっているようだからな。脱退申請書をくれ。今度は自分で書く」

「む〜」

 

 ルフィアは笑顔のまま不満そうな唸り声を上げたが、大人しく書類を渡してくる。フレディは慎重に書類を確かめ、裏を見て、重なったものがないかを確認してから羽ペンを取った。さらさらと必要事項を書いてレアに手渡す。

 

「すまないが、頼む」

「分かったッス」

 

 苦笑して書類を受け取り、レアはその場でサインを書き始める。フレディは小さく溜め息を吐くと、彼女達を振り返った。

 

「こういうことにはなったが、さっきも言ったように君達との冒険は決して悪い物ではなかった。何かあったらいつでも呼んで欲しい。治療でも冒険でも、力を貸そう」

「ええ、分かったわ。その時は頼りにさせて貰うわね」

「また、よろしくお願いいたします」

「よろしくッス!」

 

 こうして、フレディは三人と握手を交わし、円満に別れたのだった。

 ──その三日後。早速呼び出されることになるとは思わなかったが。

 

「うぅ……ちゃんと瘴気が抜けてなかったみたいッス……」

「君は、全く反省してないじゃないか……」

 

 

 

*1
サブクラスの一つ。ステップを踏むことで自分に様々なバフを掛けるスキルが多い

*2
自分のことは無自覚




これにてセッション『ゴブトラップダンジョン』は終了となります。
登場人物が増えた所為か文字数が増える増える……暴走するキャラ(ルフィアとサミア)がいると更に文字数が増える気がしますね。今回は今後良く登場する名物NPCの初登場会ということで張り切りすぎたかも知れません。もう少し抑えねば……。
次回は久々にもう片方のギルドに戻ろうかと思います。あちらも新しいメンバーの加入会(私がGMの回)となります。よろしくお願いします。

登場NPC紹介
⚪︎サミア・ハトゥール(ヴァーナ)シーフ/ダンサー
天真爛漫な猫族の少女。素直で善良なおバカなのだが、趣味が衛兵との追いかけっこという困ったちゃん。別の街で美少女怪盗を自称して逃げ回っていたところをメルニ達に捕獲され、そのままギルドに加入した。
メルニと同じく作者達の別ギルドに所属するキャラクター。パーティ内の役割は回避タンク。高い行動値を生かして敵に突っ込んでタゲ取りをし、攻撃を避け続ける。探索は何故か不得手。パラメータはある筈なのに……
ネコの頭悪い方。回避固定値の権化で、出てくるとGMは絶望する。だって命中で全部6出してもサミアの回避固定値超えれないことが多いんだもの……
今回はゲストとして登場。プレイヤーはアヤナの中の人。
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