本当はこの一つ前にレア・アヤナ・ココロの三人で出かけたセッションがあったのですが、ログが残ってなかったので飛ばしました。申し訳ない……。
GMはアヤナのプレイヤーになります。
プリプレイ・勇者倒れる
広大なグランフェルデン大神殿には、神殿を運営するための様々な施設が存在する。その中にある、下級の聖職者達が寝泊まりする寮の一室。質素に整えられた侍祭向けの小さな個室にて、一人の少女がベッドに縋り付き、啜り泣いていた。ベッドには別の少女が仰向けに寝かせられている。窓から差し込む朝日に照らされたその顔は、青褪めて見えた。
啜り泣く少女の横に立っていた青年は、一つ溜め息を吐くと、少し屈んでその肩にそっと手を添える。そうして、落ち着いた表情でこう言った。
「そう泣くな、ココロ」
「フレディさま……ですが、主さまが。主さまが……」
少女、ココロが絞り出した藁にも縋るような声に、青年、フレディは、寝かされている少女、アヤナに目を向けると重々しく頷く。
「君の気持ちも分からないでもない……ないが、そろそろアヤナを静かに眠らせてやってくれないか。君がここでそうやっていては、彼女も安心して眠れないだろう」
フレディの言葉に、しかしココロはむずがるように首を振って離れようとしない。フレディはもう一度深く溜め息を吐いた。
「ココロ、聞き分けてくれ。君がこれ以上、彼女に対して出来ることはないんだ」
それでも動かないココロにフレディは苛立たしげに頭を掻くと、強引に彼女を引き剥がしに掛かった。
「いい加減にしないか! アヤナはただの風邪だと言っただろう!」
「あぁっ……! アヤナさまぁ〜……」
声量を絞った声で怒鳴り付けると、フレディは必死にアヤナに手を伸ばすココロを無理矢理壁際へ引っ張って行く。そこでがちゃりと扉が開いた。
「先生、水汲んで来たッスよーって、まだやってたんスか?」
入って来たレアが二人を見て呆れた表情をする。
「ああ、全く困ったものだよ。すまない、水はそこに置いておいてくれないか」
「分かったッス」
レアは指定されたサイドテーブルの上に持って来た水桶を置くと、手拭いを固く絞ってから寝ているアヤナの額に載せた。薄らとアヤナが瞼を開ける。
「ありゃ、起こしちゃったッスか?」
「というより……横であんなに騒がれて、大人しく寝ていられるほど、神経太くないっての……」
そう気怠げに答えた彼女は何度か咳き込んだ。拍子にズレた手拭いを、レアは苦笑しながら元の位置に直してやる。
「まぁ、しばらくこのまま養生してるッスよ」
「悪いわね……今日から依頼に出るっていうのに」
気まずげにアヤナが言う通り、彼女達肉食団は、昨日の夕方受けた依頼で別の町へ向かうことになっていた。ところが朝になってアヤナが急に熱を出してしまい、運良く捕まえることの出来たフレディに診てもらって今に至る。診断はただの風邪だが、少し症状が重めに出ているので数日は大人しく寝ていた方が良い、ということだった。
「気にしないで欲しいッス。あ、そうッス。グレンデル丼食べるッスか? 体力付けるッス」
「要らないわよ!? 例え元気でも要らないわ」
「君は何てものを患者に食べさせようとするんだ……」
レアの提案を、グレンデルと相対したことのある*1アヤナは全力で拒否し、フレディは頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。
「普通は食べないし、百歩……いや、百万歩譲って食べるとしても、あんなもの、硬くて食えたものじゃないだろうに」
「そこは工夫次第ッスね。腕の見せどころッス。よーく肉を叩いてから、玉葱とワインをベースに作ったタレに一晩漬け込んで、そこからじっくり煮込むんスよ。タレの味が染み込んでとろけるような食感になるッス。お米にもよく合うッスよ」
「その情熱を、もっと別の方向に振り分けて欲しいものだが……栄養バランスだとか、健康だとかの」
「肉は完全栄養食ッスよ?」
何を言ってるんだとばかりにキョトンとした顔をしたレアに、言うことの無駄を察したフレディは静かに首を横に振った。話題を打ち切って別のことを訊く。
「それで? 君達はこれから依頼に出るんだったか」
「その予定だったッスよ」
「どこへ行く予定だったんだ?」
問われ、レアは行く予定だった町の名前を告げる。それを聞いたフレディは、顎に手を当てると脳裏にその町の情報を浮かべ、ふむ、と一つ頷いた。
「僕も同行しよう」
「え、いいんスか」
「丁度その町で仕入れたいものがある。付近で採取も出来るならありがたい。それを手伝ってくれるなら、そっちの依頼にも手を貸そう」
「渡りに船ッス! 実はアタシも、二人で出発するのは不安だったッスよ」
ココロはそんな状態ッスしね、とフレディが捕まえたままになっている少女へ目を向ける。主人が目を開けたことで少しは落ち着いたようだが、まだえぐえぐと鼻を鳴らしていた。アヤナは病気の所為だけではないだろう、疲れたような目を彼女に向ける。
「もう……ちょっと風邪を引いただけなんだから、心配し過ぎよ……前のゴブリンの時とかの方が、もっと酷かったじゃないの」
「……あの時は、わたくしの回復魔法で、癒して差し上げることができましたが……今回のようなご病気では、お役に立てないばかりで……」
「患者が失った体力を回復できるから、回復魔法は全くの無力という訳ではないが……」
しゃくり上げながら言うココロの言葉を聞いて、フレディがぼそりとそんなことを言う。ココロがはっ、と顔を上げた。
「でしたら、わたくしが毎秒ヒールを……!」
「過剰だ。そもそもそんなペースでは唱えられないし、よしんば出来たとしても魔力が持たないだろう」
「それは、ポーションを飲めば……!」
「そのMPポーション分でHPポーションを買えば何百人と患者を救えるだろうな」
食い下がろうとするココロに、やれやれとフレディは首を振った。そして少し語気を強めて言う。
「冷静になるんだ、ココロ。アヤナを想うのは結構だが、冷静さを欠いては救える者も救えないぞ」
「っ……はい……申し訳ございません……」
ココロが意気消沈したのを見て、フレディはようやく彼女を解放した。
「全く……君はその歳にしてはしっかりしていると思っていたんだが」
「ホントッスよ。ココロはもうちょっとアヤナ離れをしないといけないッスね」
レアのその言葉を聞いて、アヤナが小さく噴き出す。
「何よ、その親離れみたいな言い方……あたしは、ココロのお母さんになったつもりないけど?」
「え、何言ってるッスか。ココロが親で、アヤナが子ッス」
「ちょっと!? ッ、げほっ」
「あぁっ、主さまっ!?」
目を怒らせたアヤナが身体を起こすも、そのまま咳き込んだのを見て慌てて駆け寄ったココロが背中をさする。レアは肩を竦めてフレディを見上げた。
「どう見てもココロがお母さんッス」
「そうだな」
同意するようにフレディも肩を竦める。
「しかし、このままではココロが離れそうもないな」
「そこは考えてあるッスよ……お、丁度来たみたいッス」
「──お邪魔しますです」
控えめなノック音と共に、ぴょこり、とメルニが顔を覗かせた。
「メルニさんか。ノックをするならせめて返事を聞いてから開けて欲しいものだが……」
「あ、ごめんなさいです。やり直した方がいいです?」
「やり直す意味がないだろうに……」
後頭部を撫でながら首を傾げるメルニに、フレディは呆れながら首を振る。
「さっき水汲み行った時に見かけたから声を掛けてきたッスよ。そっちの用事は終わったッスか?」
「はいです。大した用事でも無かったですから」
「成る程な。メルニさんにアヤナの世話を頼もうということか。メルニさんはいいのか?」
「はいです。実は、わたしのギルドでも看病しないといけない人がいるんです。一人も二人もあまり変わらないので、大丈夫ですよ」
メルニは屈託なく頷いたが、フレディはそんな筈ないだろう、と眉根を寄せた。
「病人の世話が簡単な訳がない。どんな症状だろうか? 良ければ僕が診るが」
「あ、病気とかではないです。この間の依頼で救助した人なんですけど、心身共に疲れ切ってしまったみたいです」
「それって、もしかしてアンデッドがぞろぞろ湧いたっていう墓地の話*2ッスか?」
物憂げな表情で溜め息を吐いたメルニに、心当たりがあったらしいレアがそう口を挟んだ。メルニが目を丸くして振り返る。
「知ってたですか?」
「酒場で酔っ払いながらそんな武勇伝語ってた奴がいたんスよ。チャラついた見た目の割にやたら貧相な弓を振り回してた男なんスけど、周りの話聞いてたらヴァイスハイトの人だっていうじゃないッスか。メルニのとこのギルドッスよね?」
豪放磊落を絵に描いたような性格のレアが珍しく顔を
「そうです……うちのギルドの人が失礼したです」
「いや、メルニが謝ることじゃないッスけどね。すぐにアタシと同じくらいのドワーフの女の子が黙らせて回収していったッスし」
「目に浮かぶです……」
特大の溜め息を吐くメルニ。
「……その墓地の話なら僕も聞いたことがある。結構な噂になっていたよ。大分悲惨な状況だったと聞いたが……」
「はいです……結局、助けられたのはその人だけだったですから」
でもです、と、メルニはぐっ、と小さな拳を握った。
「せっかく助かったですから、乗り越えて前向きに生きて欲しいです。そのためにわたしがお手伝いできることがあるなら、力になってあげたいですよ」
「君は立派な人だね、メルニさん」
ふんす、とやる気を見せるメルニに、フレディは穏やかな笑みを浮かべた。
「そっちの方は専門じゃないんだが……一応病状を聞こうか。酷く落ち込んでいたり、取り乱していたりはしないか?」
「そうですね……自分を責めているようなところはある気がするです。でも、それよりも今は酷く疲れてるみたいで……」
「そうか……暫くはよく話を聞いてあげて欲しい。相槌を打つだけでも良い。あまり患者の話を否定しないように気を付けてくれ。念のため、凶器になりそうなものは遠ざけておいた方がいいだろう」
分かったです、と頷くメルニに、フレディは薬包と液体の入った小瓶を手渡した。
「こっちはアヤナに飲ませる薬だ。三日分ある。食後に飲ませてやってくれ。この瓶は精油だ。リラックス効果がある。布にでも数滴染み込ませてそちらの患者の枕元にでも置くといい」
「分かったです!」
受け取ったものをごそごそとポーチへ仕舞うメルニを見ていたココロが、はたと何かに気付いたようにココロが顔を上げる。
「わたくしがその方のお世話もすれば、主さまのお世話ができるのでは……?」
「何言ってるッスか! ココロは一緒に依頼に行くッス! アヤナ離れするッスー!」
「あぁっ!? アヤナさまぁ〜……」
目を怒らせたレアが強引にココロの腕を掴んで引っ立てて行く。体格こそ小柄だが、フレディを軽く凌駕するその膂力にココロは成す術なく引き摺られていき、そのまま扉の向こうへ消えてしまった。
「……なんか、うちのココロがごめんなさいね」
微妙な空気の中、疲れたように溜め息を吐いたアヤナがベッドに倒れ込みながら残された二人に謝った。
「気にしないでくださいです」
「それだけ君のことが大切なんだろう。好かれているな」
「そうね。全く、こんな女のどこがいいやら……」
ぶつぶつと言いながら、アヤナは毛布を自分の口許まで引き上げる。すかさずフレディがその額に手拭いを置き直した。
「彼女のことは僕も気に掛けておく。君はゆっくり休んで病気を治すことだけ考えてくれ」
「……うん、そうする」
熱の所為か、はたまた気恥ずかしさの所為か。少し顔の赤いアヤナが発した、気をつけてね、との言葉に、フレディは微笑って頷いたのだった。