目的地の町は、グランフェルデンから馬車で半日位の所にある。馬を休ませる為に水辺のある草地で停車する間、レア、ココロ、フレディの三人は早めの昼食を取ることにした。
「今日のご飯はこれッス!」
適当な木陰に外套を敷いて背嚢を置いたレアが、背嚢から拳大より一回り大きい位の包みを三つ取り出す。
「これは?」
レアと同じように外套の上に荷物を置いたフレディが包みを受け取りながら首を傾げる。
「今回は『バーガー』なる料理を作ってみたッスよ! サンドイッチみたいに手で持って食べれていい感じッス!」
包み紙を広げると、出てきたのは二つに割った丸いバンズに様々な具材を挟んだ料理。フレディが興味本位で少し広げてみると、二種類のパティと一緒にレタスとトマト、黄味の濃いチーズにディルピクルスが挟まれているのが見えた。ソースとしてすり下ろした玉葱をじっくり炒めたらしいペーストがたっぷりと載せられている。
「うん、しっかり野菜も入っているな」
「これは野菜を入れた方が美味しい料理ッスからね」
「そうでない料理でも肉と野菜のバランスはしっかりと考えて食べて欲しいものだが……」
フレディは以前レアが食べているのを見かけたローストヤクタン丼──米の上にローストしたヤクの舌の薄切りを豪快に乗せてネギと岩塩を掛けたもの──を思い出して一瞬眉根を寄せたが、すぐにまぁいい、と気を取り直した。それよりも気にしなければならないことが他にある。
「……使われている肉は?」
「今日は馬と鹿ッス。丁度屑肉が手に入ったんスよ」
アヤナがいれば『馬鹿じゃないの!?』と噴き出したところだったろうが、残念なことに今この場に日本語の分かる者はいなかった。警戒していた怪しい肉ではないことが確認出来たことで、フレディは礼を述べて馬鹿バーガーにかぶり付く。香ばしいバンズの香りが鼻腔をくすぐったかと思えば、適度な塩味と厳選されたスパイスで旨味を最大限引き出された二種類の肉の味が口の中に広がる。そこに濃厚なチーズのコクと野菜類の甘みと酸味が絶妙なバランスで加わり、食べた物があっという間に口の中から消えていった。
「うん、美味い……。やっぱり君には料理人の才能があるよ」
「えぇ〜? そうッスかねぇ?」
「わたくしも、レアさまのお手並みは素晴らしいものと存じます。わたくしではとても及びません」
項の後ろに手を回し、照れ臭そうにするレアの隣に楚々と座ったココロが謙遜を交えながら彼女の料理の腕を褒め称える。居心地が悪いのかレアは小さく身悶えた。
「褒め過ぎッス! ココロの料理も美味しいと思うッスよ! ほら、ココロも早く食べるッス!」
「ありがとうございます」
押し付けるように渡された包みを押し抱くように受け取ったココロはそのまま目を閉じると神に感謝の言葉を述べる。それを見たレアがあっと声を上げた。
「そうだったッス。アエマ様にお祈りするの、忘れてたッス」
慌てて居住まいを正したレアは、馬鹿バーガーの包みを捧げ持つと堅く目を瞑ってぶつぶつと天へ向かって呟き始めた。
「……アエマ様、今日も美味しいお肉をくださって感謝するッス……次もまた美味しいお肉をどうかよろしくお願いするッス……」
「……中身は一旦置いておくとして。レア、君はアエマ神を信仰していたのか?」
祈り(?)を聞いて唖然としていたフレディが、お勤めを終えて嬉々として包みを開けるレアに問い掛ける。大口に一口齧り付き、んん〜! と満足気な声を上げていたレアは口の中の物を飲み下すと首肯いた。
「そうッスよ。この前勧められたんで入信することにしたッス」
「勧められたんでって……」
あっけらかんとしたレアの答えに、フレディは訝し気に眉を
信仰の形は人それぞれだが、その辺りは案外寛容で、大抵神は己を崇め、奉る者を認めて加護*1を与えてくれる。それこそレアのような、己の権能*2と関係ないような祈りでも、そこに信心があれば受け入れてくれるだろう。
そんな懐の深い神々であるが、決して赦さないこともある。
二神に仕えることだ。
既に他の神に仕えた者に、神は加護を与えない。それは既に信仰を捨てたとしても変わらない。宗旨替えは赦されないのだ。
つまり、レアはこれから一生アエマを信仰し続けなければならないのである。決して一時の感情で決めて良いことではない筈だった。
フレディはアエマの神官であるココロを見る。侍祭である彼女は神への信仰を広める立場だ。彼女にしてみれば、仲間でありギルドマスターでもあるレアが自身と同じ神を信仰してくれるということは何より心強いに違いあるまい。
故に彼女から布教したのかと思った訳だが、ココロは複雑そうな顔で口を引き結び、物憂げに目を伏せた。どうやら手放しで喜べないことがあるらしい。
確かに、敬虔な彼女が布教したのであればあんなトンチキな祈りは口にしないか、と思い直したフレディは改めてレアを振り返った。
「誰から、何て言って勧められたんだ?」
「ルフィアッス。アエマ様を信仰すれば、お肉がもっと美味しくなるって聞いたッスよ!」
「……またあの女か」
レアの口から出た名前に、フレディはそう忌々しげに吐き捨てる。
ルフィアは前回の一件の後も何かとフレディにちょっかいを掛けてきていた。悪意ある物ではない。所謂便宜に近いものだ。それも、素材の買い取り金額を割増するとか、支給品を増やす等の露骨なものではない。丁度取りに行きたい素材がある時に、その近くへ向かう交通費込みの依頼を紹介するとか、買い足したい薬品を売る町を通る護衛の依頼に案内するとか、そんなものだ。
側から見ればそこまで便宜を図っているようには見えない──やっていることは他の受付もやっている依頼の斡旋であり、特に一つ目の依頼は素材採取という別の目的が無ければ若干割に合わない依頼だった──ので周囲から不平不満を向けられることは無かったが、もちろんフレディは何が足りない、などの相談をしたことも無ければ、それを周囲に漏らした覚えもない。
確かに助かりはしたのだが、はっきり言って感謝よりも気味の悪さが先に立つ。相変わらず近寄りたくはない女だった。
「しかし、思惑が分からないな……」
近寄りたくなくても勝手に向こうからくるのが災厄というものである。であれば対策したくなるのが人情というものだ。相手に意思があるのならその思惑を知ることで対策がし易くなる。
そう思い、あの
「思惑ってなんスか? 親切で教えてくれたんだと思うんスけど」
「いや、そんな筈はないだろう」
そういえばレアだけはあの女に好意的だったな、と眉を
「よく考えてみてくれ。アエマ神を信仰することで、肉が美味くなんてなるか? ならないだろう」
変に信じすぎないようこれで釘を刺せるかと思ったフレディだったが、レアの反応は彼の予想とはまるで違った。
てっきり少し考えた後、おかしさに気付いてくれると思ったのだが──
「なったッスよ?」
何を言っているんだと言いたげな──それも、牛肉と鶏肉って同じ肉だよねと言う阿保を見たような──顔で、レアは首を傾げた。
「……は?」
「ちゃんと半分に切った肉を入信前後に食べ比べたんで間違いないッス」
堂々と言い切ってレアは胸を張った。
色々とフレディはツッコミを入れたかったが、まずは真偽を確かめたいとばかりにフレディは神官であるココロへ視線を向ける。
少なくともアエマ神の加護は回復魔法やアイテムの効果を少し向上させる位で、決して肉が美味くなるようなものでは無かった筈。
ココロも否定してくれるだろう。そう思ったのだが、ココロは難しい顔で煮え切らない返事を返すばかりであった。
「信者の方で、入信前後で肉が美味しくなるかどうか確かめた方は他にいらっしゃらず……」
「それは、そうだろうが」
肉を美味しく食べたいから、という理由で泉の女神を信仰する人間など普通いない。しかし、否定しなければアエマ神は肉を美味しくする女神になってしまう。
「それでいいのか、アエマ神の神官としては」
「それは……」
「先生はアエマ様のお力を疑うんスか?」
目を逸らして口籠もるココロの隣で、レアが胡乱な目をフレディに向けて来た。
「アタシ、肉に対する舌の確かさには自信と誇りがあるッスよ。そのアタシが断言するッス。アエマ様の加護にはお肉を美味しくするお力があるッス!」
力強くそう言い張るレア。その目は神に対する確固たる信心を宿していた。
「アエマ様こそは肉の女神ッス! 疑うなら先生もアエマ様を信仰して肉を食べてみるといいッスよ!」
熱弁する彼女の目から逃れるように、フレディは視線をココロへ向ける。彼女はフレディと視線を合わせようとしなかった。
「……その。レアさまがアエマさまの、熱心な信徒となられたことは、神殿の皆さまも認めるところでございます。中には、裏付けはありませんが、レアさまの仰ることを支持する方も……」
「……正気か?」
思わずそう問い返してしまったフレディ。その声に、徐々に下がりつつあった耳を更にぺたりと伏せたココロが答えて曰く。
美味しい肉は綺麗な水と豊かな作物から育まれる。つまり、アエマ様のお力によって肉が美味しくなる、という主張は決して的外れでもないのではないか、と。
レアの作る肉料理の味が徐々に神殿関係者の間で評判になっているのもその意見を後押ししているらしい。曰く、彼女の肉料理が素晴らしいのはアエマ神の加護を得ているからではないか、と。
「……レアさまから肉を買い取り、アエマさまからの加護を賜わった肉を使った料理として依頼所で販売してはどうか、という案すら出ていまして……」
「何だって? それはいつからだ」
そっと頭を抱えたココロの言葉に思わずフレディは身を乗り出し掛けたが、
「流石に売りに出せる程の数は作れないッスから断ったッスよ」
「む……それはそうか」
肩を竦めたレアを見て、フレディは小さく咳払いをして腰を戻した。その動きには気付かない様子でレアは気怠げに溜め息を吐く。
「でも、結構粘られたんスよね……少なくてもいいとか、それも断ったらレシピだけでも、とか……何も協力しないのもアエマ様に悪いんでレシピは幾つか譲ったッスけど」
心配ッスねぇ、と彼女はがしがしと頭を書いた。
「何か問題があるのか?」
「レシピに使うスパイスとかは大体書いてあるんスけど、結局最終的には肉の調子を見て調整入れないと中途半端な味になるッスよ」
「……やっぱり君は料理人を目指すべきなんじゃないのか?」
心のメモから依頼所で今後販売されるのだろう肉料理の優先度を大きく下げつつ、フレディはそうツッコミを入れたが、レアはいつものようにアタシには野望があるんで、と断りを入れた。
「一応、調理担当っていう神官の人に教えてくれって頼まれたんで見たんスけど……」
その神官のレベルがどれ程かは分からないが、彼女の求める水準には足りないということだろう。間違いなく要求レベルが高過ぎるだけだろうが。
「ルフィアならいいとこ行きそうなんスけどねぇ……ルフィアはアエマ様信仰してないから駄目らしいッス」
「奴が神を信仰するようにはとても思えないが……しかし、そうか」
「んお? 何かあったッスか?」
「いや、何でもないよ」
フレディは小さく首を振った。
レアの一件は恐らく、信者集めの、ひいては勢力争いの一環なのだろう。
アエマ神は冒険者の間からはその加護からかパーティの回復役を担う者に人気がある。しかし、回復役というのはごく一握りで、それ以外の冒険者は
もちろんそもそも神に信仰を捧げていない冒険者も多いが、そう言う人々は自分の種族の創造神*3に親しんでいることが多い。
従って、未だ加護を得ていない人々を含めてもアエマ神の信者はそこまで多い訳ではないと言える。
しかし、そこに『肉が美味くなる』などという加護が加わればどうか? それも、『加護によって美味くなった肉』付きで。
冒険者にとって、肉は比較的安価にありつける娯楽である。それが信仰一つでより良くなるというのなら、信仰についてこれまで深く考えて来なかった連中が流れることもあり得るのかもしれない。如何にも眉唾な話ながら、それでも抗い難いだけの魅力がレアの作る肉にはある。少なくともアエマ神に好意的な印象は持たせられるだろう。
おそらく、レアに話を持ち掛けた神官もそんなことを考えたのではないだろうか。態々料理を担当するアエマ神の神官を用意したのがその証拠だ。
──結局、勢力の優劣を決めるのは数だからな。
それが肉目当ての頭の足りない信徒でも、信徒であることには変わらない。恐らく、この話にはかなりの有力者が口を出してきていて、ココロもその方針には逆らいがたいということなのだろう。だからこそ、純粋にアエマ神を信奉する彼女はこうして煮え切らない態度で頭を抱えているのだ。
「ままならないものだな」
溜め息を吐きつつ、フレディは手の中の馬鹿バーガーに再びかぶり付いたのだった。
プレイヤーとしてはレアは肉の回復量が上がると火力も上がるのでアエマを選んだ訳ですが、食料の味を良くすると回復量が上がる印象なのでこんな話に。
神殿の勢力争い云々は全部妄想です。
《フェイス:〜》って実際どのスキルが人気なんでしょうね。