冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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『疾風の狼』に比べてこちらの方が準レギュラー(複数回登場する)のオリジナルNPCが多めになります。


プリプレイ・ギルド誕生

──良い子にしていたか、彩奈。

 

 『良い子』。それは、持つことのできた唯一の楯だった。

 『良い子』にしていれば、怒られない。『良い子』にしていれば、痛くない。

 ……母のようには、ならない。

 

──縁を切れて良かった。お前は、あの女のようになるなよ。

 

 だから、『良い子』でなくてはならないと、そう思っていた。

 ルールを守って、大人の言うことを聞いて。

 悪いことはせず、ちゃんと勉強をして。目立たず、大人しく。

 そうやって生きることが――当たり前のことだと思い込んでいた。

 

 だから。

 

──私は、この学校の理事長の娘よ。逆らったらどうなるか……分かるよな?

 

 だから、その場の『ルール』を守って、問題(揉め事)を起こさないように。

 

──わたし、風紀委員ですから。服装の乱れや校則違反は厳しく取り締まりますので!

 

大人しく、目立たないように。

 

──姫浦。秋塚さんに突っかかるのは止めるんだ。色んな所からも苦情が来てる。

──どうしてですか? あんなの、校則違反じゃないですか、先生!

──いいから。お前ももう子供じゃないんだ。察する力を付けないと、将来苦労するぞ。

 

 『良い子』で、いなくちゃ。

 

──そっかぁ。彩奈ちゃんは、『良い子』なんですねぇ。

 

 『良い子』で……。

 

──『良い子』にしているのって、大変ですもんね。自分を押し殺して、溜め込んで……わたしはそれができなかったから、今『悪い子』になってるんですけどね!

 

 ……『良い子』って、なんだろう。

 

 ──『良い子』『悪い子』、どっちが良い悪いじゃないと思いますけどね? 私は自分が『悪い』とおもうものを見過ごせないだけですし。

 

 自分を押し殺すのが、『良い子』なのか?

 あのクズどもの所業を、見過ごすのが『良い子』なのか?

 

──むぅ、姫浦さんって呼ぶの、禁止です! 名前で呼んでくれないと、拗ねちゃいますからね、彩奈ちゃん!

 

 大人しくして、友達を見捨てるのが、『良い子』なのだろうか……?

 

 教えて……何処へ消えちゃったのよ……アリア……

 

  ◇◆◇             ◇◆◇

 

「……う……」

 

 呻き声を上げながら意識を浮上させたアヤナは、今まで経験したことが無いほど硬いベッドの感触に思わず顔を顰めた。次いで目を開けると、見知らぬ天井が目に入る。

 

「お、目が覚めたッスか」

「随分と魘されているご様子でしたが、お加減はいかがですか、主さま」

 

 褐色の肌をした耳の尖った子供と、白磁の肌をした耳の長い年下の少女が心配そうにアヤナの顔を覗き込んでくる。その見慣れない、しかし見知った顔に、アヤナは自分でもどう捉えてよいか分からない複雑な感情を覚えて思わず唇を噛み締めた。

 

「……夢じゃ、ないのね」

「夢じゃないッスね。嫌な夢でも見たッスか? そういう時はお肉がいいッス。どんな嫌なことでも一発で忘れられるッスよ」

 

 無邪気な笑(デリカシーのない)顔で干し肉を突き出してくるレア。アヤナはまた反射的に激発し掛けるが、その直前で急速に気分が落ち込んで行く。

 

 ──嫌な夢。本当に嫌な夢を見ていた気がする。

 

 溜まった鬱屈感を吐き出す様に、アヤナは小さく息を吐きだした。

 

「……いい。食欲無いわ」

 

 そう言ってレアの手を押し退ける。レアは残念そうな面持ちで肉を仕舞った。

 

「そうッスか? 食べたら絶対美味しいって言わせる自信あるんスけどねぇ……」

「はい。大変美味しゅうございました」

 

 レアの言葉に、胸の前で軽く手を握ったココロがしみじみと頷いた。どうやらアヤナが寝ている間に随分と仲良くなったようである。心がまた燻り始めたのを自覚しながら、皮肉な形に弧を描いたアヤナの口がささくれた言葉を漏らす。

 

「随分仲良くなったじゃない。いっそあたしじゃなくてソイツについて行ったら? そんな立派な斧持ってるくらいだし、あたしなんかより幾らかマシな勇者になるんじゃない?」

「そういう訳には参りません、主さま。アエマさまは貴女さまを勇者に選んだのですから」

「じゃあ、そのアエマ様とやらはよっぽど見る目が無いんでしょうね」

 

 言いながら、アヤナは視線を手元に落とした。両手は薄い掛布を知らず知らずのうちにきつく握り締めている。アヤナの心を、悪夢の残滓が引っ掻いた。

 

 そう、私は勇者なんて呼ばれる器じゃない。

──勇者なら、それこそ、あの娘の方が。

 

 そのまま推し黙るアヤナに、掛ける声を失うココロ。死んだ空気を何とか出来ないかと、レアが手持ちの干し肉のレパートリーを思い返していると、何の前触れもなく、部屋の扉がばんッ! と音立てて開いた。

 音に驚いて肩を跳ねさせながら思わず三人が音の方へ振り返ると、差して広くない質素な部屋の入り口に、明らかに着慣れた様子の無い祭服に身を包んだ、一人の少女が立っている。その癖のない若草色のセミロングに、新緑色の瞳をした彼女は、アヤナの姿を視界に収めると満面の笑みを浮かべた。

 

「お~、目が覚めたんだね~」

 

 誰、と思う間も無い。良かった良かった~、という間延びした声とは裏腹に、ずかずかと部屋に入り込んだ少女は、あっという間にベッドまで近寄ると、思考停止しているアヤナの手をがッ! と取った。

 

「え、ちょっ」

「わたし~、フィルフィア・アルカチュアっていうの~。昨日からここでバイトを始めたんだ~。ルフィアって呼んでね~」

 

 にっこにこしながら反応もさせずにそこまで言い切ると、よろしく~、と言いながら、思いきり両手を上下に振り回す。

 

「ちょっ……ぎゃー!?」

 

 不意打ちで上下にがっくんがっくんと振り回されたアヤナは乙女らしからぬ悲鳴を上げる。

 

「うーん、やっぱりアヤナも餌食になったッスね……」

「主さま……おいたわしい……」

 

 少女、ルフィアが入ってきた時点で壁際に退避していたレアが眉間を押さえ、黙って道を開けていたココロが赦しを請うように手を組んだ。どうやら既に餌食になった後だったらしい。

 

「……な、なんなのよ、アンタ……」

 

 ベッドに轟沈しながら、息も絶え絶えにアヤナは恨み節を吐いた。ルフィアはえ~? と大げさに首を傾げる。形のいい顎に指を当てて少し考え込むと、

 

「う~ん。新人のバイトかな~?」

「アヤナが言いたいのはそういうことじゃないと思うッスけど……アヤナ、この人がこの部屋を用意してくれて、アヤナをここまで運んできてくれたッスよ」

「えっ……この娘が?」

 

 言われて改めてまじまじとルフィアを見るアヤナ。アホみたいな笑顔のまま首を傾げる彼女の背はそんなに高くない。女子の平均位である自分(159cm)ココロ(140cm)の大体中間位(151cm)だ。体付きはかなり華奢で、手足も細く俄かには信じがたかった。

 そんな疑惑の視線を感じ取ったのか、ルフィアは軽く肘を曲げて見せる。盛り上がりは全く見えなかった。

 

「実は~、力持ち~ですよ~?」

「嘘つけ」

 

 反射的にジト目でツッコミを入れるも、え~? と首を傾げられるだけで笑顔は微塵も揺らがなかった。

 

「いや、ホントなんスよ。アヤナをこう、ひょいっと肩に乗せて、軽々と」

 

 レアが下ろしていた背嚢を使って肩に乗せるジェスチャーをして見せる。

 

「お米様だっこ……」

「ファイヤーマンズ・キャリーともいうね~」

「あっそう。それで? アンタは何でここに来たのよ。あたしのことを心配して様子を見に来た……っていうようなタマには見えないけど?」

「そうだね~」

 

 あっけらかんとルフィアは頷くと、じゃ~ん、と声を上げながら右手を掲げた。そこにはいつの間に手にしたのか数枚の紙がある。ルフィアはそれを1枚ずつ、有無を言わさぬ動きで三人に手渡した。反射的にアヤナはその紙に目を落とす。その、彼女がよく知っているそれより多少分厚い、少しざらざらした紙には、彼女の知らない言語で文章が綴ってある。知らない言語の筈なのに、何故かアヤナにはその書いている内容が分かった。

 そこには、冒険者登録票、と題されており、その下には、

 

 名前:宮倉彩奈(アヤナ・ミヤクラ)

 種族:現代地球人(アーシアン)

 性別:女

 年齢:17

 メインクラス:メイジ

 サポートクラス:エクセレント

 ……

 

「ちょっと、これ……どういうことよ」

「これは、冒険者の登録票でございますね。これに自分の情報を記載して、神殿へ提出することで冒険者として登録されるのです。主さま、こちらの文字はお書きになられますか? 良ければ、わたくしが代筆いたします」

 

 アヤナは無言で紙をココロヘ押し付ける。ココロは必要事項(個人情報)が漏れなく書かれたそれを確認すると、眉根を寄せてルフィアを見た。

 

「これは……どういうことでしょうか?」

「アヤナちゃんの分は〜、わたしが書いておいたよ〜」

 

 字が読めないかな〜、と思って〜、とルフィアはあっけらかんと言う。

 

「……主さまと貴女さまは、初対面だったと記憶しておりますが」

「それはね〜……はいこれ〜」

 

 徐に懐に手を突っ込んだルフィアは、取り出した物をアヤナの手に握らせる。それは彼女にとって見慣れた、なくてはならないもので、

 

「あたしのスマホ……! 何でアンタが!」

「さっき拾ったんだよ〜。そこに色々書いてあったんだ〜」

 

 嘘だ、とアヤナは思う。この世界の住民がスマートフォンに馴染みが無いのはココロで分かっている。何に使う道具かすら理解出来ない者が殆どだろう。自分のような存在を通じて知っていたとしても、パスコードだって掛かっている。更に言うならそれを解除出来たとして、言語は世界最高の習得難易度を誇る日本語だ。見た感じ英語に近い言語体系らしいこの世界にとって文法すら全く異なる言語である。読める筈がない。

 もしや同じ日本人か? とも一瞬思ったが、目の前のにこにこ笑っている緑女はどう見ても白人だ。というか、こんな日本人は居て欲しくない。

 ルフィアのあまりの得体の知れなさに、アヤナとココロの目が一気に険しくなった。一方のルフィアはへにょ、と少し眉根を下げ、少しばかり困ったような笑顔になる。

 

「う〜ん。あんまり警戒しないで欲しいんだけどな〜」

「無理でしょ。怪し過ぎよ、アンタ」

「え〜? そんなことないと思うよ〜?」

 

 困ったな〜、とルフィアは頬を掻く。

 

「えっと……話が見えないんスけど……?」

「アンタには関係無い。黙ってて」

「酷いッス!?」

 

 一人蚊帳の外状態だったレアが、すげなくアヤナに手を振られてがびん! とばかりに仰け反った。しかしすぐに再起動して、

 

「そういうワケには行かないッス。二人はアタシの仲間ッス。事情はまだよく分かってないッスけど、仲間に何かがあったなら、アタシは当然立ち向かうッスよ!」

 

 壁に立て掛けてあったヴォウジェを掴むと、身体の横に突き立ててふんす、と鼻を鳴らしてルフィアを見据える。しかし、

 

「仲間って……アンタとは出会ったばかりじゃないの」

「関係無いッス! 一緒にお肉を食べたなら、それはもう仲間ッス!」

「あたし、アンタと肉食べた覚えないけど」

「ハッ!? そう言えばそうだったッスー!?」

 

 思いっきり頭を抱えて仰け反るレア。しかし、直ぐ様気を取り直すと、改めてヴォウジェを握り締めた。

 

「そんなの大した問題じゃないッス! アヤナもココロもアタシの仲間ッス! アヤナには後でたっぷりお肉を食べさせればそれでオッケーッス!」

「それでいいんか!? ガバガバじゃないのアンタの仲間判定!」

「アタシが良ければ問題無いッス!」

 

 レアは堂々と言い切ると、何も恥じることは無いとばかりに胸を張った。その様子に、ルフィアはほんの少し口元の笑みを深くする。それは、ずっと笑顔だった彼女が初めて本当に見せた笑みのように見えた。ついっ、と何気ない動きで前に出ると、レアの頭に手を伸ばす。

 

「レアちゃんはいい子だね〜」

「わわっ!? いきなり撫でるのは止めるッス! 子供扱いしないで欲しいッスよ!」

「子供扱いじゃないよ〜。褒めてるんだよ〜」

 

 レアの頭が激しく揺れる程頭を掻き回すと、ルフィアはひょいっとヴォウジェを取り上げて代わりに紙を一枚握らせる。

 

「あっ。か、返して欲しいッス!」

「後でね〜。今はこっち〜」

 

 ヴォウジェをベッドの横に立て掛け、ルフィアは三人が持たせられた登録票を指差した。

 

「今のわたしはここの受付嬢だからね〜。新人冒険者の登録と〜、そのお手伝いもお仕事なんだよ〜」

 

 この世界、字の読み書きが出来ない人も普通にいるからね〜、とルフィアは指を振る。

 

そんな情報端末(スマートフォン)待ってるんだし〜、アヤナちゃんも、こっちの字とか書けないかな〜、と思って〜。わたしの方で〜、調べて書けそ〜なところを先に書いといただけなんだ〜」

 

 ただの親切心だったんだよ〜、と全く邪心(本心)の見えない笑顔で顔の横に合わせた手を添え、科を付けてみせるルフィア。アヤナは盛大に溜め息を吐いた。

 

「分かった分かった……今回は信じてあげるわ」

「……宜しいのですか?」

「よろしくはないし、勝手に人のスマホ見られたのもムカつくけど……なんかもう色々どうでも良くなってきたわ」

 

 アヤナは頭をガシガシと掻き、ルフィアの顔を睨め付ける。

 

「結局、アンタ何者なのよ」

「私は〜、普通の、受付嬢ですよ〜?」

 

 ただ〜、と

 

「日本語だったら話せるよ〜。『あい、きゃん、すぴ〜く、じゃぱに〜ず』」

 

 滅茶苦茶典型的な『英語が話せない日本人らしい発音の英語』でルフィアは言った。

 

「アンタ、態とらし過ぎるのよ……」

「え〜? 『いっひ、かん、やぱ〜にっしゅ、すぷれっひぇん』の方が良かった〜?」

「それは……ドイツ語? ってそう言う問題じゃないわ。アンタ、絶対あたしのことおちょくってるでしょ」

「え〜、そんなことないのに〜」

 

 にこにことした笑顔(全く真面目そうには見えない顔)でルフィアはぱたぱたと手を振った。言い合うことの無駄を悟って、アヤナは再び溜め息を吐くと、ココロに手渡したままだった登録票を親指で指す。

 

「話進まないから戻すけど。あたし、冒険者になる気ないから」

「えっ!? ならないッスか!?」

「ならないわよ。向いてないもの。ココロ、アンタも、あたしみたいな女じゃなくて、真っ当な勇者を見つけて貰いなさい。神様とやらにね」

「主さま……」

 

 ここまで色々と彼女なりに言葉を尽くしてきたが、翻意させることが出来なかったとココロは顔を俯かせる。アヤナもそんな彼女から視線を逸らし、疲れたように肩を落とした。レアはそんなアヤナの顔を見、ココロの顔を見、再びアヤナの顔を見て、ぐっ、と口許を引き結ぶ。

 

「アヤナ、アタシは、アヤナは冒険者になった方がいいと思うッス」

「はぁ? 向いてないって言ってるでしょうが」

「違うッスよね? アヤナ、向いてないんじゃなくて、やって良いのかが分からないんスよね」

 

 確信を持った顔でレアは言う。アヤナは言葉を詰まらせて彼女の瞳を見詰めた。

 

「アタシ、おっ父のトコに集まる色んな人の顔を見てきたッス。おっ父は人気者だったから、色んな人がおっ父の所に来たッス。怒ってる人も、泣いてる人も、色んな人がいたッスよ。おっ父はじっくり腰を据えて話を聞いたり、時には朝まで殴り合ったりして、でも最後には必ず笑顔で一緒にお酒を呑んでいたッス。アタシも、その隣で良く話を聞いてたッス。だから何となく、分かるッス」

 

 かつて、父親がそうしていたように。レアはアヤナの差し向かいにどっかり座ると、自分から目を離さないでいるアヤナの瞳を真っ直ぐ見返した。

 

「アヤナ、アヤナは、ずっと何かに頭を押さえ付けられてきた人の目をしてるッスよ。押さえ付けられて、言うこと聞いて、やりたいこと全部我慢して……自分がそういう状態になってることすら忘れてる人の顔ッス」

「……アンタに、アンタに何が分かるのよ」

「分かんないッス! アタシ、バカッスから!」

 

 絞り出すように言ったアヤナに、レアは力強く分からないと応えた。それに二の句が継げないでいると、レアは考えてみて欲しいッス、と少し表情を和らげた。

 

「アヤナには、きっと今までアヤナを押さえ付けてた誰かが居たと思うんスよ。でも、アヤナは違う世界から来たって聞いたッス。だったら、その誰かは今、居ないんじゃないッスか」

 

 知らず、アヤナの瞳が丸くなる。確かにそうだ。この世界にあの社会は無い。学校は無い。教師は居ない。あのクズ女も居ない。

 

 ──あのクソ親父は、居ない。

 

「その、押さえ付ける誰かが居ないなら、アヤナは自由だと思うッス。自分の好きなこと、やりたいことをやって、良いと思うッスよ」

 

 強張っていた身体から、へたりと力が抜ける。全てが抜け落ちた(何かを求める)表情で、彼女はレアを見下ろした。

 

「……『良い子』、じゃなくても……良いの?」

「いいッス!」

「『悪い子』でも……良いの?」

「いいッ……んんっ? わ、悪い子ッスか? ええと、ええとええと……程度によるッス!」

「……そこはとりあえず即答しておきなさいよ」

 

 瞳に力を戻したアヤナは苦笑すると、苦悩で頭を抱えて七転八倒していたレアの額を弾いた。ひっくり返ったレアを見据えて全く、と嘆息する。

 

「はぁ〜……つい恥ずかしいことを口走った気がするわ」

「気にしなくていいッスよ。人間誰しも、何かしら抱えて生きているもんッスから」

 

 よっ、と身体のバネだけで倒れた身体を起こすと、レアはにっかりと笑った。

 

「大丈夫ッス! アヤナが道を踏み外したら、アタシの斧で止めてみせるッス! 安心するといいッス!」

「出来るかッ! それされたらあたし死んじゃうでしょうが!」

「あだッ!?」

 

 頭を引っ叩かれて再びひっくり返ったレアがベッドから落ち掛けるのを、ルフィアが受け止める。

 

「あ、ありがとうッス……」

「どういたしまして〜」

 

 その身体を持ち上げて立たせると、ルフィアは一歩引いた。話の続きをどうぞ、とでも言いたいのだろう。アヤナは小さく咳払いする。

 

「……さっきのはまぁ、出来たら忘れて欲しいんだけど。やりたいことって言うけど、あたしには何も無いわよ。考えたことも無かったし」

「そしたら、一緒に冒険者やるッスよ!」

 

 レアはアヤナへ手を差し出す。

 

「一人だと、自分のやりたいことが分からないって人、結構いたッス。そういう人は、他の人と一緒に何かやってると、その内やりたいことが見つかるものだったッスよ。アタシ達と、やりたいこと、探してみないッスか」

「あら、アンタもやりたいこと、無いの?」

「アタシはもちろんあるッスよ! アタシのやりたいコトは、この世のありとあらゆるお肉を食べるコト! ッス!」

 

 胸をドン、と叩き、むふー、と自分の夢を披露するレア。アヤナは勝ち気な眉尻を緩めると、アンタらしいわね、とその手を取った。

 

「分かったわ。冒険者、やってあげるわよ。それとココロ」

「はい」

 

 少し複雑そうな目で二人を見ていたココロへアヤナは微笑い掛ける。

 

「勇者、やってみるわ。何やるかも、務まるかも分かんないけど。導いてくれるのよね?」

「っ! はいっ! はい、必ず……!」

 

 花の咲くような笑顔で頷くココロ。良かったッスね、とレアがその肩を叩き、アヤナはその様子を眺めながら、ここに来た時とは別人のような穏やかな表情でこれからのことに思いを馳せる。

 そしてもう一人、この状況に喜ぶ者がいた。

 

「良かった良かった〜。皆冒険者になってくれて良かったよ〜」

 

 ルフィアである。彼女はレアにヴォウジェを返却しながらしみじみと頷いていた。

 

「何? あたし達が冒険者にならないと何か不都合ある訳?」

 

 アヤナが刺々しさの戻ってきた目でルフィアを見る。さっきの件を許したわけではないようだったが、全く堪えた様子はない。

 

「うん〜。ここは冒険者に無料で開放してる部屋だから〜、冒険者じゃない人からは、お金貰わないと〜」

「えっ、お金取るの!? あたし持ってないわよ!?」

「ツケ払いはやってないね〜」

「主さま、ご安心ください。宿舎にわたくしの部屋がございますので、主さまはそちらで寝泊まり頂ければ、と……」

「ん〜、それでも〜、今この時点までの利用料を払って貰わないとな〜」

 

 混乱する主従に、あくまでマイペースを崩さないルフィア。

 

「に、日本円じゃダメ?」

「ん〜。せめてドルかな〜」

「あ、主さま、ここはわたくしが立て替えますので……」

「くっ……背に腹は変えられないか……んん!? 待って、冒険者なら無料なのよね!? あたしが冒険者になればタダじゃないの!?」

「そうだね〜」

「タダになるんじゃない! 焦らせるんじゃないわよ、燃やすわよ!?」

「え〜……冒険者にならなかった時の不都合なことを聞かれたから答えただけなのに〜」

 

 アヤナに首元を掴まれてがくがく揺さぶられても全く動じない。そのまましばらく揺さぶられていたが、

 

「ん〜……てい」

「へ……きゃあ!?」

 

 ひょいっ、と体勢を入れ替えると、あっさりアヤナの手を外して綺麗な背負い投げを決めた。どう投げたのか、ベッドの上に背中から軟着陸したアヤナにココロが駆け寄る。

 

「ご無事ですか、主さま」

「な、何とか……」

「い、今の動き、達人だったッス……」

「それ程でも〜」

 

 何でも無い様ににこにこと笑いながら、ルフィアはレア達にペンとインク壺を渡していく。

 

「はい、そろそろ登録票書いてね〜。一緒にギルドも作っちゃお〜」

「ギルドって? そんなホイホイ作れるものなの?」

「はい。ギルドとは、冒険者の相互扶助と、管理を目的にした組織を指します。元はパーティ……共に行動する数人の冒険者の集まりをそう呼びますが、協力的な複数のパーティが集まって出来たものがギルドでした。現在ではギルド単位で冒険者達は管理されているので、冒険者はギルドに入ることが推奨されています……が、何のツテも無いような新人冒険者は一パーティ一ギルドのような零細ギルドを作る場合があるそうです」

 

 アヤナの質問に澱みなく答えたココロが、ギルドマスターと呼ばれる取りまとめ役がギルド設立申請を一枚神殿に提出すれば、ギルドは簡単に作ることが可能です、と締め括った。

 

「ツテ……ツテねぇ。あたしは当然無いとして」

「アタシも、こっちに出てきたばっかッスから」

「そうなんだ。ココロは? この辺りに住んでるんだし、知り合いの人のギルドとかないの?」

「あるにはありますが……失礼ですが、主さまは、その、知らない方との冒険は嫌がるのでは……と」

 

 申し訳なさそうにココロが言う。アヤナはそうね、と苦笑すると、

 

「そんなに人見知りする気はないんだけど……でも最初は、アンタ達とがいいかもね」

「決まりだね〜。じゃ〜、ギルドの設立申請書はギルドマスターが書いてね〜」

「ギルドマスターッスか?」

 

 レアが目をぱちくりさせてから、他の二人を振り返る。ココロは不思議そうに、アヤナは呆れた顔で見返してきた。

 

「えっ、何スか?」

「アンタがやるに決まってるでしょ、ギルドマスター」

 

 他に誰がやんのよ、とアヤナ。ココロもこくりと頷いた。

 

「レアさまになって頂けるなら、安心でございます」

「……アタシッスか!?」

「そうよ。あたしをその気にさせたんだから、その責任取んなさい」

「……分かったッス! ギルドマスターやるッス!」

 

 ぐっ、と拳を握ったレアはルフィアを振り返る。

 

「ルフィア、ギルドの設立申請書が欲しいッス」

「それなら〜、さっき渡したけど〜?」

「へっ?」

 

 レアが持たされた羊皮紙を見ると、そこには確かにギルド設立申請書とある。持ってたのは冒険者登録票だと思ってめくってみると、その下にもう一枚羊皮紙があった。そちらが冒険者登録票だ。

 

「レアちゃんが一番向いてると思ったからね〜」

「……そうッスか?」

 

 うん〜、とルフィアはにっこり笑う。レアは気恥ずかし気に鼻の下を擦ると、ペンをしっかり握り締めた。




「……レア? 早速やりたいことが出来たんだけど、聞いてくれない?」
「な、何スか……?」
「今ね……とってもアンタを燃やしたい気分なのよ!!!」
「何でッスかー!?」
「何よ『肉食団』って!? ふざけんじゃ無いわよ!」
「世界中ありとあらゆる肉を食べることを目標にしたギルドッスー! 大体、アヤナもココロも好きに名前付けていいって言ったじゃないッスかー!」
「物には限度ってもんがあんのよ! 神妙に消し炭になりなさい!」
「ぎゃー! 止めるッス! 助けて欲しいッスー! ココロー!」
「その……わたくしも、その名前は、どうかと……」
「わー! 裏切られたッスー!」
「反省……しなさいッ!」
「ぎゃー!!!」


冒険者紹介
○レア・ブルーウェル(ネヴァーフ)ウォーリア/バイキング
元気印の肉食娘。肉食第一主義肉まっしぐら。人生の全てを肉に捧げているような人物だが、案外人を良く見ており面倒見はいい。自覚のあるバカであり、肉に関すること以外なら人の意見をよく聞いて取り入れる。中々リーダー向きな性格をしている。
パーティにおける役割は物理アタッカー兼一応タンク。ヒットポイントの回復量で敵の攻撃を受けるタイプのタンクなので、1ラウンド中にHPが数十単位で乱高下する。回復した量がそのまま火力になるのでその攻撃力は中々の物である。あと、使っているとハイHPポーションがゴミに見えてくる。だって高いくせに肉よりHP回復しなくて攻撃力も上がらないんだもの。

アヤナ・ミヤクラ(宮倉 彩奈)(アーシアン)メイジ/エクセレント
私立高校に通っていたがある日突然エリンに召喚された少女。地球にいた頃は抑圧された所為か大人しい優等生だったが、エリンに来てからは抑圧するものが無くなった反動か勝気で攻撃的な性格になった。高校生活では色々あったようだが……。
パーティにおける役割は魔法アタッカー兼タゲ取り屋。全てを火力に全振りしている為に耐久面は紙なのにも関わらず、敵を煽りまくって全てのタゲを掻っ攫う困ったちゃん。一方その火力は大したもので、同レベルのシーフメイジ(アルミナ)の大体倍程度。

○ココロ・カナデ(エルダナーン)アコライト/サモナー
アエマに仕えるエルダナーンの神官。信託によりアヤナに仕えることになる。性格は生真面目かつ一途で頑固。人の世話を焼くのが好きで、エリンの常識を知らないアヤナに付いてその生活の補佐をしている。
パーティにおける役割は特殊アタッカー兼回復・防御役。《ファミリアアタック》による貫通攻撃で防御の高い敵とも安定して戦える……のだが。
そもそもこのパーティ、火力過剰過ぎて敵の防御力があんまり意味を成してないという……

登場オリジナルNPC紹介
○フィルフィア・アルカチュア(アーシアン)???/???
常に笑顔を絶やさない少女。マイペース且つ強すぎるフィジカルとメンタルを持つ正体不明の生物(ナマモノ)。現代地球の文化にも精通している。本人曰く人間ではあるらしいが……。

結論:ヤベー奴しかいない
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