今回の依頼は、古い砦跡に棲み着いた妖魔を追い払って欲しい、というものであった。
その砦は依頼してきた町の近くにあるものだが、普段は人が寄り付かない場所なのだという。建物や砦壁自体は堅牢な造りだったのか雨風が十分凌げる程度には形が残っているのだが、立地が良くない。現在の街道からは完全に外れたところにある上、近くに町もあるため旅人や行商は見向きもしない。すぐ傍に山もあるのだが、砦が面しているのは崩落の跡が窺える切り立った斜面であり、登るには全く適さないということで山菜目当ての住民やハンターにもあまり人気が無かった。
しかし盗賊や傭兵崩れが拠点にするには最適であり、町は定期的に自警団から人を出して異常がないか確認していたのだという。
その見回りで自警団が妖魔を発見。しかし、町在住の有力な冒険者達は折悪く別の依頼で出払っており、こうして別の街の冒険者──彼女達『肉食団』にお鉢が回ってきた、というのが顛末であった。
「あれッスね、妖魔のいる砦っていうのは」
砦の周辺は背にした山の斜面を除けばかなり開けている。その外周に疎らに存在する林の一つから顔を出したレアが、目を眇めて砦を睨んだ。
大体彼女が潜む林からは25m位離れているだろうか。その砦壁は原型こそ綺麗に残っているが、素人が遠目から一目見てかなり古い建物なんだろうな、と思う程度には年月による風化の跡が刻まれている。中の建物の様子は窺えない。町の住民の話では二階部分は崩落して残っていないという話だったが、果たしてそれが残っていたとて中の建物が見えるのだろうか、という程度には壁が高かった。
その高い壁に設けられた、ドラゴンでも通すのか、と思いたくなる程大きな砦門跡の両脇には、二つの人影が見える。
「あれは……フォモールだな。得物は練金銃*1だろう」
レアと同じように木の影から顔を出したフレディがその姿を認めて言う。二人のフォモールは物々しい様子で静かに周囲を警戒していた。
「話し合いの余地は……ないだろうな、あの様子では」
「悪いッスけど、皆を危険に晒すような真似は許可出来ないッスよ」
「分かっているさ」
申し訳無さそうに釘を刺してくるレアに、フレディは肩を竦めて応じた。妖魔達の立ち姿には私が感じられず、どう考えても顔を見せた瞬間に撃たれる気しかしない。彼とて優先順位は弁えているつもりだった。
「撃たれる前に近づくことは可能でしょうか?」
確認は二人に任せ、後ろで一人待機していたココロが首を傾げるが、すぐさま首を横に振ったのはレアだった。
「いやぁ、厳しいッスね。例えコイツが無くても無理だと思うッス」
レアは言いながら、右手で真っ直ぐ立てるようにして持っていた得物の柄を叩いた。それはこれまで彼女が使っていたヴォウジェではなく、1.5m程の長さの柄の先に、中程と下端の二点で支えられる90cm程の細長い三日月状の刃を取り付けたバルディッシュである。ヴォウジェは彼女的には長さの割に軽かった*2らしく、少し前に倍程度の重さのあるこちらに買い替えていたのだ。
その分構えて走る際の重量バランスは劣悪の一言に尽きる。走りにくくなったッス、とぼやいていたが、それでも彼女はココロはもとより、レアより軽装で足の長いフレディよりも速く走れた*3。そんな彼女でも撃たれる前に攻撃を仕掛けるのは無理だと思う程度には門が遠い。フレディも同意なようで、難しい顔をしていた。
「彼等が油断でもしていれば不意を打てるかも知れないが、そんな様子もないな。一発か二発は覚悟した方が良さそうだ」
「でしたら、わたくしの使い魔で陽動をお掛けしましょうか?」
ココロの提案に、彼女の肩に乗った大鴉が任せろ、とばかりに片翼を広げた。しかしフレディは首を振る。
「いいや、乱戦中ならともかく、この状況で陽動に出してももう片方に撃たれてしまうだろう。僕は見て種類が判る程練金銃には詳しくないけど、中には小さな弾丸が広がって飛んでいくようなものもあると聞く。そんなもので撃たれたら君の鴉では一溜りもない」
「それは……」
「んお? ショットガンのこと言ってるッスか?」
残念そうに視線を落としたココロと鴉だが、レアが首を傾げて待ったを掛けた。
「あれはショットガンじゃなくて、ライフルッスね」
「判るのかい?」
「ネヴァーフッスから。故郷で色々見てきたんで、見ればある程度分かるッス」
彼女が言うには、練金銃はマスケットと呼ばれるベースに様々な部品を取り付けて改造していくものだとなのだという。特にショットガンなど、武器としての特性そのものが変わるような改造では、明らかにそれと判る差異が外観に現れるのだと。その観点で見ると妖魔達の持っている武器はライフルと呼ばれる、
「弾速の上がるレールガンでもないんで、奇襲されて浮き足立ってる状態の射撃だったらココロの鴉は十分避けられると思うッス」
レアの言葉に、カポッ! っと鋭く応える鴉。そのやる気に満ちた顔を横目で見たココロは、伺いを立てるようにフレディの顔を見上げた。そこにレアの視線も加わるのを感じて、フレディは肩を竦めた。
「このギルドのマスターは君だ、レア。僕にはもう反対意見がないから、あとは君がいけると思う作戦を提示してくれ」
「分かったッス!」
レアは頷くと視線を砦へ向けた。反対側の空を指差して、ゆっくりと動かしながら言う。
「まず、ココロの鴉に向こう側へ飛んでもらって、奥のフォモールを奇襲して欲しいッス」
「承りました」
ココロは頷いて応じた。鴉も、指で飛行ルートをなぞりながらだったからか、かぽっと短く啼いて理解を示している。
「あ、無理に攻撃しなくてもいいッスよ! 気が引ければ十分なんで! 命大事にッス!」
「心得ております」
頷いて己を流し見る主人に、鴉は再度小さく啼いて頷くと、蹴り足を途中で引っ込めるような仕草をしてみせた。実に頭のいい鴉である。
「注意が逸れたら、先生はアタシと一緒に突撃ッス。手前のヤツから狙うッスよ」
「OK、了解だ。恐らく一発撃たれた時点で砦の中から増援が出てくると思う。急いで片付けて備えよう」
「そうッスね。ココロ、援護はここから隠れて出来るッスか?」
「流石に難しいかと……」
門と今隠れている地点の距離を考え、申し訳無さそうに首を振るココロに、そうッスか……と少し思案するレア。だがすぐに考えを纏めると彼女へ視線を戻した。
「そしたら、一緒についてきてもらうしかないッスね。この子が注意を引いたら一緒に突撃ッス。あんまりアタシの後ろから離れないようにして欲しいッスよ」
「承りました」
「待ってくれ。彼女を前の方へ連れて行くのか?」
レアの案にフレディが難色を示す。彼の脳裏に以前手斧を持ったゴブリンに攻められ続けるココロの姿が蘇っていた。あのゴブリン達の技量は並のゴブリンとは一線を引いており、それをなんとか凌げる程度の能力はあることは分かっているが、あくまでなんとかでしかなく倒す手段も持っていない。だがレアは首を横に振った。
「アタシがココロを護るッスよ。正直、ライフル相手にこんな距離無いのと変わんないッス。だったら近くにいてもらったら方がカバーしやすいんで」
「君が攻撃を防ぐのか?」
フレディは眉を
「大丈夫ッス。アタシにはアエマ様の加護があるッスから」
肉を掴み上げた彼女は得意気に胸を張った。何とも言えない顔になったフレディは、別角度から反論する。
「君がカバーに入ったら、敵はどうするんだ? 飛び道具持ちの敵をどうにか出来ないと一方的に撃たれ続けるだけだぞ」
しかし、レアはその反論にも不敵な笑みを浮かべると、バルディッシュの石突で地面を突いた。
「大丈夫ッス。ちゃんと考えてあるッスよ。我に秘策アリ、ッス」
◇◆◇ ◇◆◇
砦の入り口を守るフォモール達は、無言で周囲を警戒していた。
彼等は妖魔の傭兵だった。対価は己の生存。余録は暴力と僅かな肉欲の発散。聞き齧った錬金術を頼りに錬金銃を扱い、様々な妖魔やら魔族やらから顎でいいように使われながら、何とか生を明日へ継いでいる。
彼等は相手のことも何も知らなかった。互いに、自分と似たような奴は幾らでもいるんだな、と思った位だ。それ以上の興味は持てなかった。
今回の雇い主についても殆ど知らない。その目的も。自分達がただの駒で、知りすぎた駒がどうなるかなんて見本は既に見飽きていた。
自分達は駒である。駒は駒らしく、命じられたことのみに忠実であればいいのだ。
生存の為に自己を殺した彼等は、愚直に門の前に立ち、周囲の警戒をしていた。故に、自分達の頭上を大きな鴉が旋回し始めたことには直ぐに気が付いた。
だが、それだけだ。確かにこの大きさの鴉は珍しいが、烏が頭上を飛ぶこと自体は珍しくもない。片割れの男は直ぐに興味を無くして警戒に戻った。馬鹿で短絡的なゴブリン辺りなら鴉を撃つ位したかも知れないが、そんな『不利益』になる行動を彼等はしない。
彼等の銃は武器であると同時に鳴子でもある。鳴子が鳴れば、直ぐに増援が出てくる手筈になっていた。だが、緊急時でないのに鳴子が鳴ればどうなるだろうか? 増援の出は鈍るし、ともすれば役立たずの鳴子を処分することもあり得るだろう。
故に、放置を決めたのだが──余りに何もないので気でも弛んだのか、それとも何かの勘が働いたのか。フォモールの女は何となしにその姿を視線で追い続けた。鴉はゆっくりと旋回を続けていたが、やがて飽きでもしたのか二、三度強く羽ばたくと旋回を止めて上空へ舞い上がる。
「──っ」
そのまま鴉を追い掛けた女は、その先にあった太陽を視界に入れて顔を
故に──彼女は一拍、気付くのが遅れる。
高空から翼を畳んで墜ちてきた鴉が、間抜けな同僚の頭に爪を突き立てんとその黒翼を広げて襲い掛かって来ていた。
「ッ!? 避けろォ!」
女は泡を喰って叫びながら手にしたライフルを鴉に向けて発砲する。狙いを付ける暇など最早ない。だが盲撃ちだろうとこの距離なら当てられる。そう期しての射撃だったが、鴉は彼女が銃を持ち上げると同時に翼を畳み直して軌道を変えた。まるで攻撃目標よりも、彼女の動きの方にこそ注視していたかのような反応だ。だがそのお陰で鴉は攻撃の機会を逸して急旋回し、力強く羽搏いて上空へ逃れていく。
同僚の男は未だにアホ面を晒したままだ。自分が救われたことに気付いてもいないだろう。
この男がすぐさま反撃をしていれば、と男の愚鈍さに内心唾を吐きながら、彼女は急いで錬金銃の後端を折り曲げ、給弾口に次弾を装填しようとする。
だが弾を摘まんだその腕に、二本の短刀が突き刺さった。
「ぐぁッ……!」
痛みに弾を取り落とした女は短刀が飛んできた方向を振り返る。見れば、三人の冒険者が突っ込んできていた。短刀を投げたのは先頭にいる優男だろうか。その男が強く腕を引くと、後端に紐でも結んであったのか突き刺さっていた短刀が抜けて手元へ飛んでいく。
「やるッスね、アタシも頑張るッス!」
短刀の回収に一瞬足を止めた優男を追い抜き、巨大な斧を手にした小柄なネヴァーフ娘が前に出る。その娘はまだ距離もあるというのに刃だけで身の丈程もあろうかというその得物を振り被ると、地面を抉るように両足を突っ張った。フォモールの女とネヴァーフ娘の視線が一瞬絡む。それで、その娘がどんな馬鹿げたことをしてくるか、そしてその馬鹿げたことがどれだけ自分に致命的であるか。直感的に理解した女は顔に諦めを浮かべた。
「て……敵襲!」
同僚の男が漸く叫んで武器を構える。一々鈍いんだよ愚図が、と、悪態を吐く気すら最早起きなかった。
彼女にとっては最早全てが手遅れなのだから。
「アックスゥゥゥ……ブゥゥゥゥゥメラン!」
フォモール女の予想通り、ネヴァーフ娘が腰を回して身体を一回転させながら戦斧をぶん投げる。避けようも無い速度で弧を描き飛ぶ斧が自分の首を吹き飛ばす。最期に外ればかり引いたな、と。そんなことを考えたのを最後に、女の意識は闇に落ちたのだった。
◇◆◇ ◇◆◇
「最早何でもありだな、バイキング……おっと」
自分に向けて撃ち込まれた弾丸を避けながら、フレディは呆れたように呟いた。視線の先では、弧を描いて帰ってきた斧を危なげなく掴んだレアがいる。どうやれば投げて敵に当たった斧が手元に帰ってくるというのか。フレディにはさっぱり分からなかったが、何でもバイキングに伝わる伝統技法なのだとか。他にも走り出す前に、水に入った気分になって攻撃力を上げるのだ、とか言って深呼吸していた*4。意味がわからない。
だが起きている現実を否定しても始まらない。気持ちを切り替えてフレディは前を向いた。門衛の片方は落としたが、先程敵に味方を呼ばれてしまっている。もし銃声を聞いて動き出しているならば、すぐにでも増援がやってくるだろう。
その前にもう片方も落としたいところだ、と回収した短刀を構えるも、投げる前にどやどやと喧しい気配が近づいて来るのをフレディは感じ取った。
「不甲斐ない奴等め! 俺たちゴブリンの力を見せつけてやる!」
勇ましいが頭の中身は足りなそうなことを言いながら現れたのはゴブリンの一団だった。頭に立派な羽根飾りを付けたゴブリンを中心に、ナイフを持ったゴブリンが二体に、弓を握ったゴブリンが一体いる。その姿を認めてフレディは顔を
「数が多いな……だが!」
顰めたのは一瞬で、フレディはすぐさまそのリーダー格らしいゴブリン目掛けて突っ込んだ。その行動に驚いたのか、手下達がリーダーを置いて散会する。
「まずは指示役を叩く!」
フレディはガラ空きになったリーダーへ掬い上げるように右手の短剣を振るった。しかし、我に返ったリーダーはそれを身を反らして躱す。続く左手の短剣を引き抜いたショートソードで受け止め、リーダーは冷や汗を流しながらフレディから距離を取る。
「いきなり何しやがる!」
「君みたいに頭に羽根飾りを付けたゴブリンにはいい思い出がなくてね」
言いながらフレディは自分達を遠巻きに包囲するゴブリン達に一瞬視線を走らせる。不意打ちを警戒してのことだったが、どの顔にも貧乏籤は引きたくないと書いてあった。及び腰なその様子に鼻を鳴らしてフレディは淡々とリーダーを見下ろし言う。
「どうやら人望は無さそうだな、君は」
「ふざけたこと抜かすんじゃねぇぞ!?」
その言葉にか、或いは態度にか、若しくはその両方か。顔を真っ赤にして激昂したリーダーは剣の切先でフレディを指した。
「野朗共、フクロにしろ!」
「──おっと、そうはいかないッスよ」
ずドン! という轟音と共に、配下のゴブリンの一体が立っていた位置に土煙が舞う。そこにゴブリンの姿は見えず、代わりにバルディッシュを叩き付けた姿勢のレアがゆっくりと姿勢を起こすのが見えた。土煙で見えないだろうゴブリンがどうなったかは、想像に難くない。
「これで包囲は崩したッスよ!」
「助かるよ、レア」
後背を気にせずに良くなったフレディが素直に礼を言い、レアは応えてニッ、と笑みを見せる。その余裕な態度にリーダーはますますいきり立った。
「てめぇ……!」
「ふふふ……」
そんなリーダーを見て、レアは不敵に笑う。そう、今の彼女には余裕があるのだ。何故なら、
「アタシはまだ、お肉の力を残しているッス。この意味が、分かるッスか……?」
分かるわけがない。
一瞬にして星の海を漂う猫のような表情になったゴブリン達は、思わず互いに目を向け合った。ややして、リーダーが戸惑ったように声を漏らす。
「……腹いっぱい、とか?」
「腹ペコってことッス!」
吼えたレアが再び斧をぶん投げる。しかし未だお肉力の宿らぬ斧では鋭さが足りないのか、素早く地面に伏せたリーダーに避けられてしまった。
「ぐぐ……ふざけた奴らだが、このままじゃジリ貧だ! とにかくやれ! 殺せ!」
鋭い指笛の音が鳴り響く中、リーダーは怒りを再燃させて叫びながら跳ねるように立ち上がると、フレディに向かって真っ直ぐショートソードを突き込んだ。デカい斧を振り回しながら訳の分からないことを叫ぶ女よりはマシと思ったのかも知れない。
しかしそれは、彼が以前戦ったヒゲのゴブリンの配下の突きに比べれば温すぎるものだ。フレディは軽くそれをいなすと、続けて襲ってきたゴブリンの短剣も易々と躱して足を引っ掛ける。
「ぶべっ!?」
「何処までも舐めた真似を……!」
「そんなつもりはないんだが。それはそうと、頭上には気を付けた方がいい」
無様を晒す手下に歯軋りしながら睨み付けるリーダーに、フレディは涼しい顔で上を指し示してやる。釣られてリーダーが上を見れば、そこには音もなく滑空して迫る鴉の姿が。目が合ったと同時、最早隠密行動は不要とばかりに翼を広げた鴉は身体を起こして爪を掲げた。
「ぐぎゃあ!」
襲い掛かった鴉の爪が羽根飾りを周りの肉ごと削り吹き飛ばす。リーダーは衝撃でゴロゴロと地面を転がっていった。それを横目に、弓持ちのゴブリンが獲物を引き絞る。
「あのガキ……!」
矢を向けた先はレアの背後に隠れるようにして杖を握るココロである。先程彼女が指笛を吹くのを見て鴉をけしかけたのだと直感した彼は鏃の先を向けたのだった。
だが、彼がまさに矢を放とうとした瞬間、眉根を寄せ、いつでも『プロテクション』が唱えられるよう身構えるココロの前に、すっ、と人影が立つ。
「やらせないッス!」
それはバルディッシュを両手で楯にするよう構えたレアだった。弓ゴブリンの狙いがココロに移った瞬間、その視線の動きに気を配っていた彼女はバックステップで後退してきたのだ。だが、射線に割り込むものがあってももう狙いは変えられない。ゴブリンは舌打ちをしつつ矢を放った。
瞬間、弓鳴りの音とは違う破裂音が鳴り響く。ココロの障壁に逸らされた矢によって頰に切傷を作ったレアの腹に、血色の花が咲いた。
「レアさま!?」
「くはは……クリーンヒットだ!」
快哉を叫んだのは銃口から硝煙を燻らせたフォモールだった。彼は増援として出てきたゴブリン達の方へ注意が逸れたのを見てこれまで潜伏していたのだ。
身を案じて叫ぶココロを、口から血を流したレアは手を向けて抑え、ゆっくりと腰のポーチに手を伸ばした。
「よくも、やったッスね……」
苦しげな息を漏らしながらも、レアはポーチから肉塊を一掴み取り出して口に放り込んだ。むしゃぁッ! と一息に肉が消え、苦痛に眇められていた瞳にカッ! と炎が灯る。
「今こそッ! お肉の力を魅せる時ッ!!」
被弾する前よりも更に力強い声で吼えたレアが地を蹴った。ボッ!! と地面が爆ぜ、その姿が宙を舞う。
「えぇ……?」
痛撃を与えたら、一瞬で全快した上に強化されて殴り掛かってきた。
余りの事態に思考停止したフォモールの男は、そんな間抜けた声を漏らして頭上に迫り来る死を迎えることしか出来なかった。
「喰らうッス! バルディィィィッシュ!!」
ドゴォンッ! と轟音を立てて斧が力強く地面を叩き、肉片と血飛沫が派手に飛び散った。地面にめり込んだ刃を引き抜いて、横に振るって血振りをしたレアは凄絶な笑みをゴブリン達に向ける。
「これが、アエマ様の加護を受けたお肉の力ッス」
その姿に圧されるように、ゴブリン達はよろめいた。
「……頭おかしいだろ」
「俺の知ってる肉と違う……」
「アエマ、ヤベェ……」
呆然と呻くゴブリン達の声を聞き、ココロがぺたりと耳を伏せて頭を抱える。その表情には強い苦悩が浮いていた。
「アエマさまはそういうお方ではございません……違うのです……」
──その後。
「そう言えばなんだが」
ココロが周囲を警戒する中、生き残りのゴブリン達を縛り上げていたフレディがふと口を開く。全身傷だらけのゴブリン達はすっかり意気消沈しており、話す余裕は幾らでもあった。
「結局、秘策って何だったんだ?」
問われ、同じく弓持ちのゴブリンを縛っていたレアがあっ、と声を漏らした。その拍子に変な力でも入ったのか、猿轡を噛まされたゴブリンがむーむーと呻き声を上げる。
「忘れてたッス!」
「……忘れてたのか」
まぁそうだろうな、とばかりに溜め息を吐きながら、フレディは変な縛り方になってしまった弓ゴブリンの縄を直してやる。それで大分マシになったらしく、ゴブリンは大人しくなった。
「それで、どうするつもりだったんだ?」
「ココロへの攻撃を代わりに受けてから、お肉の力を乗せた『アックスブーメラン』で飛び道具持ちを何とかする算段だったッス。そうすれば、ココロの側を離れなくても攻撃ができるんで」
「君、飛び出してたじゃないか」
「ついテンションが上がってしまったッス……面目ない」
気不味げな顔でレアはポニーテールを結んだ頸を掻く。だがすぐに気を取り直したのか、にぱっ、と笑みを浮かべた。
「まぁ誰も傷付かなかったんでオッケーッス! 次は気をつけるッスよ!」
「レア」
フレディは少し真剣な目でレアを見下ろした。彼女は思わず背筋を伸ばす。
「君の、肉を食べた時の回復力は驚異的だ。正直ちょっと引く」
「酷くないッスか!?」
「なまじ知識がある所為か超常現象にしか見えないんだよ……」
フレディは軽く眉間を揉むが、そこは
「鍛えている君の方が打たれ強いだろうし、華奢なココロを庇うのは、そうおかしなことではないと思う。遠距離攻撃手段もあるし、戦法としては悪くない」
「ッスよね!」
「だが、レア」
笑顔を見せるレアを咎めるように、フレディは言う。
「さっきの銃撃、あれ、態と防がなかっただろう?」
「えっ……」
静かにそう指摘した彼の声に、ココロが声を漏らして振り返る。レアはバツの悪そうな顔で頬を掻いた。
「……何で分かったッスか?」
「職業柄、人間観察は得意でね」
そう言って肩を竦めたフレディは、目線で続きを促した。二対の視線に見詰められて居心地悪そうにしながら、レアは歯切れ悪く口を開く。
「そのッスね……お肉の力はすごいもので、怪我とか一瞬で治るし、やる気と力もグンッて沸くんスけど……なんというか、大したことない怪我だと、治してもそんなに力が沸かないんスよ」
自分でも分かっていなさそうな顔で、レアは言う。
「だから態と攻撃を受けたっていうのか? 馬鹿も休み休み言ってくれ」
鋭い返しに、レアが思わず殴られたように首を竦めた。
「君の言うことの真偽も、メカニズムも理解できないが……自ら大怪我を負うような真似をするものじゃない」
「それは……」
「治せるからいいと? その肉はどこまでの傷を治せると言うんだ? それを君は確かめたのか? そもそも肉を食えなくなるような負傷を負ってしまったら、一体君はどうするつもりだったんだ?」
「う、うぅ……」
立て続けに詰めるような物言いに、言い返せないレアは呻く一方になった。だがフレディは容赦しない。第一、と強調する言葉を置いて、彼はココロの方へ目を向けた。
「目の前で大怪我する君を見て、彼女はどんな気持ちになると思う。それも、自分を庇ってだ」
ココロは薄らとその葡萄色の瞳に涙を浮かべてレアを見詰めていた。その両手はキツく握り締めた杖を胸の前で抱き抱えるようにしている。
「他愛精神の強い彼女がどう思うかなんて、僕よりも君の方がずっと分かってる筈だろうに」
「……悪かったッス」
レアは悄然と項垂れた。そうしていると彼女の身体がその体躯どおりの大きさに感じられ、フレディはほんの少しだけ眉の厳しさを和らげる。
「君の言うことを疑う訳じゃない。深手から回復した時の方が力が出ることも本当なんだろう。だが、今回の戦闘は余裕があった。君がそうまでして力を求める必要は無かった筈だ……僕としては、必要であってもそういう選択を取って欲しくはないけれどね」
医者としても、共に戦う仲間としても。そう締め括れば、握り締めた拳を震わせていたレアががばりと頭を下げた。
「本当に申し訳ないッス! アタシが浅はかだったッス!」
「次から気を付けてくれたらいいさ」
フレディはもう怒ってはいないとアピールするように口許を緩め、肩を竦める。レアはすぐさまココロへ向き直った。
「ココロも、すまなかったッス! 許して欲しいッス!」
「レアさま、頭をお上げください」
慌ててココロが駆け寄るが、レアは頭を下げたままだ。
「先生の言う通り、アタシ、ココロの気持ちとか全然考えなかったッス!」
「そんな、わたくしのことなど……どうかお気になさいませんよう……」
「そういう訳にはいかないッス!」
ココロは首を横に振るが、レアは頑として頷かない。困ったように眉尻を落としたココロは、それでも懸命に言い募ろうとした。
「本当に、わたくしのことはお気になさらず……そうです、では、こうするのはいかがでしょうか?」
はたと思い立ったようにココロは手を打った。
「レアさまには、わたくしのことなど気にせず前に出ていただくのです。そうすれば、レアさまは自由に動くことができますし、わたくしも、わたくしを庇って怪我をなされるレアさまを見ずとも済みますから……」
「それはダメッス」
そこまで自分の主張は曲げないまでも、肩を落として反省の色を見せていたレアが急に背筋を伸ばして眉根を絞った。
「ココロの回復魔法はパーティの要ッス。最悪、アタシがお肉で治しきれない怪我を負ってもココロが治せるッスけど、ココロが大怪我したらすぐには治せないッス! だったら頑丈なのが取り柄なアタシが代わりに受けた方がマシッス!」
「いいえ、この一党の旗手はレアさまでございます。手足を頭で庇う者がどこにおりましょうや。御自愛下さいませ」
「アタシは石頭ッスから平気ッス! どう考えたってココロの方が打たれ弱いんスから、アタシが楯になるのがベターの筈ッス」
「そんなことはございません。いいですか──」
そのまま平行線の言い争いに発展する二人。ギルドマスターとして仲間を護ろうとするレアと、指揮系統保全の考えからトップを護ろうとするココロ。互いに相手を思い遣っての発言だからか、両者全く引く気配がない。
「……頑固だな、二人とも」
いや、それは自分もそうか、とフレディは独りごちると、今のうちに出来ることを、と出入り口の罠の確認に向ったのだった。
実は寄り道してました。
ちょっとこちらが詰まった時に少しずつ書き足していたのですが、いつの間にやらいい文章量に。
今後はこちらをメインにしつつ、そっちの方も少しずつ書いていく予定です。良かったら読んでやってください。