冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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ミドルフェイズ・理解出来ぬモノ

 砦門を攻略した三人は、砦の中に侵入しようとしていた。

 

「──よし、扉の罠は壊したよ」

 

 シーブズツールを仕舞いながら、フレディが作業していた門扉の前から立ち上がる。その様子を見ていたレアが感心したように頷いた。

 

「いやぁ、スマートッスねぇ」

「そうだろうか。あんまり自信はないな」

 

 首を振るフレディに、いやいや、とレアは首を振る。

 

「アタシは大体見つけた罠に斧をぶつけて終わりッスから」

「それは……豪快な話だな」

「その方が簡単ッスからね」

「……差し出口ではございますが」

 

 そんな二人の会話を少し固い面持ちで聞いていたココロが口を挟む。

 

「以前遺跡探索で見せていただいたレアさまの罠解除の腕前は、大変見事なものでございました」

「あれは必要だったからやっただけで……普段は雑に壊すッスよ」

「必要かどうかを見極め、適切に対処することこそが腕であると存じます」

 

 そう言い切るココロに、レアはむず痒そうに顔を歪めた。

 

「アタシは罠見つけるの苦手ッスし……先生はその辺りも得意ッスよ!」

「僕の場合は一人で行動することが多かったからその辺りは身に付けざるをえなかったというか……罠の解除の方は外科手術のテクニックを応用しているだけだし」

 

 今度はフレディが似たような顔をする。

 

「だからまぁ、僕より探索が得意な冒険者は星の数いるさ」

「ここにいない冒険者のことはいいッスよ」

 

 謙遜したように頭を掻くフレディに、レアは笑い掛ける。

 

「今ここにいる中で一番上手なのは先生ッス。頼りにしてるッスよ」

 

 力強く、レアは言う。ココロもそこには異存がないようで小さく頷いている。

 

「……ありがとう」

 

 真正面からそんな言葉をぶつけられたフレディは、少し照れたように視線を逸らした。話題を変えんと少し態とらしく咳払いをし、扉に手を掛ける。

 

「中に入ろう。用意はいいか?」

「少々お待ちください。今、鴉を呼び戻しますので」

 

 フレディが罠の解除をしている間、鴉に周囲を警戒させていたココロが短く指笛を吹く。呼ばれると分かっていたかのようにすぐさま舞い降りてきた鴉は、ココロの持つ杖の先に器用に停まった。

 

「お待たせ致しました」

「よし、じゃー、先生、お願いするッス」

「ああ」

 

 右手に斧を、左手に骨付き肉を構えたレアへ短く返事を返して、フレディはもう一度見逃した罠がないかどうか確認しながら慎重に扉を押す。門扉は音を立てて開いていくが、その古さの割には動きが滑らかである。多少なりとも手入れがされているのだ。それが人に依るものか、妖魔の手に依るものなのかは、分からなかったが。

 もう敵にこちらの存在は割れている。最悪扉を開けた直後に奇襲されることもあるかと思ったが、それは杞憂だったようだ。目の前には石造りの廊下が真っ直ぐに伸びている。瓦礫が道の脇に固めて除けられているのは通りやすいように妖魔達が退けたからだろうか。天井はところどころ崩れており、日光が差し込んでくる為暗くは無かった。

 少し行った所には部屋があるが、その中央にずんぐりとした緑色の巨体が立っているのが見える。その手にあるのは石柱だろうか。白くて角張った角材のようなものを携えている様子だ。

 

「あれは……トロウルか。やはりこちらを待ち構える腹積もりのようだな」

「トロウルッスか?」

「トロウルは、ネヴァーフが邪悪化し、妖魔となった姿であると伝えられております。体表が滑り気のある粘液で覆われておりまして、生半な物理攻撃では滑ってしまって意味をなさないとか」

「うーん……聞くだに相手したくない手合いッスねぇ……」

 

 うんざりとして眉根を寄せたレアは、そこで何かに気付いたようでん? と声を上げた。

 

「ネヴァーフ……ってことは、アタシも邪悪化したらそうなるってコトッスか!?」

「さぁ、どうだろう。可能性が無いとは言えないな」

 

 フレディは素っ気なく肩を竦める。レアはあわあわとしながら詰め寄った。

 

「言い方がはっきりしないッス! どっちなんスか!?」

「どんな症状が出るかはその時にならないと分からないよ。どんな症状だろうとロクなことにならないのは間違いないだろうが」

 

 どちらにせよ、とフレディは視界の先のトロウルを顎でしゃくった。

 

「ああなりたく無いのなら、軽率な行動は慎むように」

「むうぅ……分かったッス」

「それで、どう攻める?」

 

 フレディは話題を目の前の妖魔に戻した。唸っていたレアも表情を真面目なものに直して正面を見据える。

 

「どう攻めるも何も、正面から行くしか無いと思うッス。アヤナがいれば別だったッスけど」

「確かに、彼女がいれば高笑いしながら魔法を撃ち込んでくれただろうが……」

 

 フレディが軽く冗談を入れたが、誰も──ココロさえも──ツッコミを入れなかったので、彼はそのまま話を続ける。

 

「もうこちらの存在が露見している以上、変な小細工もできない、か」

「そういうことッス」

「だが、あの部屋にいるのがあのトロウルだけだとは限らないぞ」

「アタシもそう思うッスけど、そこを気にしてたら何も出来なくなるッスよ」

 

 だから出たとこ勝負ッス、とレアは斧を握り締めて気合いを入れた。ココロと鴉が頷き、フレディは仕方ないかと肩を竦めた。

 

「アタシと先生で突っ込んで、ココロは後からついてくるッスよ」

「ああ、分かった」

「承りました……あの、レアさま」

 

 ココロがじっ、とレアの顔を見詰める。杖を握り締める手に力が入っているのがありありと分かった。レアは気不味げに視線を逸らす。

 

「分かってるッスよ。もうさっきみたいな庇い方はしないッス」

「その……やはり、お止めいただくわけには……」

「クドいッス。それはココロがアタシより打たれ強くなるか、ちゃんと攻撃避けれるようになってから言うッス」

 

 結局、この二人の対立は、変わらずレアが庇うが、先程のような敢えてダメージを負うような庇い方は避ける、という形で決着したようだった。ほぼほぼココロが折れた形である。

 だが前衛が後衛を守るというのは当然のことだし、それに向いた能力を持つレアがその役割を担うのは自然な話である。そして前衛を護るために、自衛能力の乏しい後衛、それも貴重な回復役を危険に晒すというのはナンセンスでしかない。理はレアの方にあった。

 しかし、ココロは依然として眉根をぎゅっ、としたままだ。理屈は分かっても感情面で納得が出来ていないのだろう。それを助長させる要因も一つある。

 

「レア、一応確認だが、本当にそれは治さなくて良いんだな?」

 

 フレディが言葉を向ける先、レアの腹部には包帯が巻かれていた。腰の左後ろ側には薄らと血が滲んでいる。それはどうやら、先程の戦いの最後、破れかぶれになったゴブリン達と乱戦になった際に付いた傷のようで、言い争いの後にココロが気付いたのだ。

 当然、ココロはすぐさま癒そうとしたのだが、レアはそれを固辞したのである。どうせ掠り傷だし、都合が良いからと。そう言って、自分で包帯を巻いただけで処置を終わらせてしまったのだ。

 この娘、何も分かってないなとは思ったが、行動を共にすることが増えたとはいえ部外者の自分が口を出し過ぎるのも良くない。痛がる様子も動きに支障があるようにも見えなかったこともあってフレディは口を挟まないでいたのだが、ココロの様子を見ているとそうも言っていられなくなったのだ。しかし、

 

「包帯巻いてるから問題ないッスよ。それに、どうせこれから治るッス」

 

 やはりと言うか、そんなことを言って獰猛な笑みを見せるレア。フレディは溜め息を吐いた。

 

「また肉か……」

「肉ッス。そろそろ先生にも肉の素晴らしさを分かって欲しいんスけどね」

「ああ、うん。それはいい加減分かって来たよ。目を背けたくなる程度には……」

 

 医者であるフレディの目から見て、その回復力はハイHPポーション(4D)大きく上回っている(6D+6)。なまじ知識があるからこそ、その無法さが目に余った。

 レアの仕込んだ肉を食べた所でそこまでの回復力は発揮できないことから、彼女自身の体質やスキルによるものなのだとは思うが。

 そして、やはり何も分かっていないようだと感じたフレディは話を打ち切ることにした。

 

「そう言うことなら、もう何も言うことはない。あまり時間を掛けて痺れを切らされても面倒だ。……ココロももういいか?」

「……はい」

 

 思う所ありありの顔でココロは頷いた。レアのことは自分で護ろう、とでも決心したのか、杖を握り直して静かに気合いを入れているのが分かる。

 だがその姿に特に思うことはないのか、レアは真っ直ぐ敵を見据えると骨付き肉を振り上げて号令を掛けた。

 

「突撃ッス!」

 

 言うなり掛け出すレアと、彼女に追随するフレディ。十秒も掛からず通路を抜けると、そこには少し広めのエントランスのような空間が広がっていた。

 部屋の中央には見えていた石柱を携えるトロウルが一体。そして部屋の左右、入り口側からは死角となる位置に無手のトロウルが一体ずつと、吹き抜けになった2階部分に点在して残った廻廊の上にゴブリンアーチャーが二体見えた。

 右側に立つトロウルが、血走った目で最初に飛び出したレアを捉え、ニチャリと笑みを作る。

 

「オ、オ、オンナだ! ニンゲンノ、オンナだ!」

「ウマ、ウマ、ソウダ!」

「ダガ、スコシ、チイサイゾ」

 

 左側のトロウルも似たような表情で言葉を吐き、石柱のトロウルが嘲るような顔で首を傾げる。石柱のトロウルの方が五十歩百歩程度は頭がいいようだった。

 

「冒険者め! ノコノコ中に入ってくるなんてな!」

「ここに足を踏み入れたのが運の尽きよ!」

 

 ゴブリンアーチャー達が二人で飛び込んで来た冒険者を馬鹿にしながらそれぞれ弓を構える。だが二人は取り合わない。

 

「コイツがトロウルッスか!」

「ああ、図体はでかいが知能は低い!」

 

 フレディが無警戒に足を前に出した右のトロウルに向かって両手のナイフを投擲する。ナイフは過たずその無防備な喉を捉え、深々と突き刺さった。

 

「グエッ……ナン、ダ?」

 

 だが生命力が高いのか、急所に当たった筈なのに少しよろける程度の反応しかしないトロウル。引き抜かれたナイフの刺さった痕、夥しく血を流す喉を不思議そうに手で撫で摩る──決定的な隙。

 そこへ、骨から一口で肉を剥ぎ取り飲み込んだレアが斧を上段に構えて飛び上がった。

 

「うぉりゃあああああッ!」

 

 唐竹割。斧頭が床に散らばる瓦礫を粉砕し、二つに分たれたトロウルはぽかんとした顔のまま白目を剥いて頽れる。

 思わず動きの止まった妖魔達。レアは骨を投げ捨てると、血振りした斧を構えて向き直る。

 

「これがお肉の力ッス。覚悟はいいッスか?」

 

 レアの迫力に、ゴブリン達が気圧されたように一歩引く。だが、トロウル達の反応は違った。

 

「ニク? オマエ、ニク」

「ニク、オレ、クウ!」

 

 ニタニタと嗤いながら、鈍重な動きで前に出る。仲間が死んだと言うのにまるで意に返した様子がない。完全に相手を食糧にしか見ていない目。しかしレアも怯まなかった。何故なら、

 

「肉を食べるのはアタシッス! アタシは全ての肉を食べるために冒険者になったんスから!!」

 

 レアもまた捕食者の目で吼えた。だが、その目に宿る炎はトロウル達と比べ物にならない。その熱量に、トロウル達もようやく目の前の人間がこれまで相対してきたものと違う(ヤバい奴)と気付いたか目を見開いた。

 

「こ、コイツ……俺達を喰う気か!?」

 

 ゴブリンアーチャーの一体が怖気付いたように叫ぶ。レアはそちらを一瞥すると、すん、と熱を落とした声で応えた。

 

「ゴブリンはあんまり美味しくなさそうだからいらないッス」

「そ、そうか……」

 

 ゴブリンは複雑そうな顔をしながら胸を撫で下ろす。その様子を見ながら、フレディは痛み始めたこめかみに指を添えていた。

 

 ──そこは妖魔だから食べないくらい言ってくれ。

 

 敵とはいえ、相手は知性を持ち、同じように言葉を話す存在だ。罷り間違っても不味そうだからという基準で喰うか喰わないかを考えるべき相手ではない。

 そんな彼の思いを他所に、首を傾げたトロウル(阿呆)が首を傾げた。

 

「ゴブリン、ウマイゾ」

「えっ、そうなんスか!?」

「食いつくんじゃない馬鹿!」

 

 身を乗り出すレアに、思わずフレディは叫んだ。

 

「……妖魔なんて魔素の塊だぞ! また倒れたいのか!?」

 

 一瞬だけ口を噤んだ彼は、そうレアを叱責する。とてもではないが、彼女の倫理観に期待を掛けることは出来なかった。

 

「はっ。そうだったッス!」

 

 苦い経験ではあるのか、正気に戻ったレアが斧を握り直す。

 

 ──人間なら魔素が含まれてないとか言い出さないでくれよ、頼むから。

 

 レアの善性は信じているが、その倫理観が肉食欲に勝てるかは全く自信が持てなくなって来た。フレディは不安を振り払うように薬を一本服用すると、図らずも固まっていたトロウル達に向かって突進する。

 

「ムッ」

「コシャクナ!」

 

 トロウル達が拳を、石柱を振るって迎撃しようとするが、そんな大振り過ぎる攻撃には当たらない。横に跳んで躱した彼は、視界の端に映ったゴブリンの射撃も首を傾けて回避する。

 

「今のを避けるのか!?」

「見えたからね。それよりも、そら、油断していていいのか?」

「!?」

 

 矢を射たばかりのゴブリンに、鴉が死角から襲い掛かる。騒ぎに紛れ、ココロが通路の穴から使い魔を送り込んでいたのだ。その結果を見ずに、フレディは両手に構えたナイフでトロウル達に斬り掛かった。薬で強化された一撃が、深く粘ついた粘液に覆われた腹部を傷付ける。粘液をものともしないその鋭い斬撃に、トロウル達は呻き声を上げて後退さった。

 一方、鴉に襲われなかった方のゴブリンは舌打ちしていた。一撃離脱して崩れた天井の陰に隠れた鴉は狙えない。あれがいる所為で高所に陣取っているのに頭上を気にしなければならなくなってしまった。煩わしいことこの上ない。

 優男もトロウル達の図体がデカすぎて狙えず、なら肉女を狙うか、とトロウルに追撃を入れようと動き出したレアに向けて矢を番えたところで、ゴブリンの視界に新しい侵入者が目に入った。

 ココロである。通路内では戦場全体が見通せず、指示や支援が十全に出来ないため出て来たのだ。

 鴉を嗾けたのはこの女だ。そう直感したゴブリンはさっ、と狙いをそちらに変えた。如何にも鈍そうな獲物である。狙いを変えてすぐ矢を当てることなぞ造作もない。

 だがこれに焦ったのはレアだ。ゴブリンがどこを狙うか決めあぐねているのを察知した彼女は、トロウルを狙う動きをして誘いを掛けたのである。

 元々矢を避ける為に余力を残していた彼女は、その余力で床を蹴り付けるとココロの前に飛び出した。

 

「やらせないッス!」

「レアさま!?」

 

 驚いたココロが自分に掛けようとしていた『プロテクション』を霧散させる。放たれた矢は何の護りもないレアの右肩にどすりと突き立った。

 

「ぐぅ!」

「おぉ、結果オーライだが当たったぜ! このまま──」

「ふんッ!」

 

 快哉を挙げたゴブリンの視線の先で、レアは痛みに顔を歪めながら刺さった矢を力尽くで引き抜いた。鏃の返しが更に彼女の身体を傷付け、血が噴き出したが一顧だにしない。矢を打ち捨てるや流れるように肉を取り出してゴブリンアーチャーに突き付ける。

 

「よくもやったッスね!」

 

 まるで短剣か何かのように突き付けられる薄べったい干し肉。まるでお前の未来はこれだと言わんばかりのその切先に、ゴブリンは息を呑んだ。

 しかしレアはその剣先を口に仕舞うと、即座に噛み砕いてしまった。瞬時に流血の止まった腕で斧を握る。

 

「でもお前は後回しッス!」

 

 言うなりレアは地面を蹴った。向かう先には一塊になったままのトロウル達。気配に気付いて飛び退るフレディと入れ替わりで突っ込んだレアは、両手で握り直した戦斧を大きく横に振り被った。

 

「喰らうッス! ブランディィィィッシュ!」

 

 ボッ、と空気が爆ぜる音を置き去りに、戦斧が横殴りに叩き付けられる。反応すらままならなかったトロウル達が上下に割断され、悲鳴も残せずに血飛沫を噴いて斃れ伏す。

 力と耐久力だけは有り余っていたトロウルどもがこうも簡単に膾斬りにされるとは。彼女達が踏み込んで来た時には想像だにしていなかった惨状に、ゴブリン達は恐怖し弓をレアに向けた。

 理解し難かった。確かに矢は刺さった筈だった。血が流れた筈だった。だと言うのに。矢を引き抜き、肉を食べ、傷など無かったかのように巨大な斧を振るう。まるで傷など無かったかのように。全ては無意味だとでも言うように。

 女は、大きく斧を払って血と粘液を落とすとゴブリンを見上げて不敵な笑みを浮かべる。

 

「これが、お肉の力ッス」

 

 気圧される。言っていることは意味不明だったが、その堂々とした振る舞いに、僅かに犬歯の覗く笑みに、無惨に斬り倒された仲間の死体に、ゴブリン達は圧倒された。殺らなければ殺られる。それが分かっているのに、焦った指は上手く矢羽を捉えることが出来なかった。何処か鋭く荒々しい指笛の音が、全く別の世界の物音のように耳から耳へ抜けていく。ようやく、震える手が矢羽を掴んだ。

 

「──グァーッ!」

「ガッ!?」

 

 ココロの指笛を受けた鴉が無防備なゴブリンの側頭部を蹴り飛ばす。一度襲撃を受けていたというのに、完全にその存在を失念していたゴブリンはそのまま階下に叩き落とされ動かなくなる。

 孤立無縁。眼下にはこちらを睨む怪物(レア)。残されたゴブリンアーチャーの精神は最早限界だった。

 

「う、うわぁぁぁあああ!」

 

 無我夢中で弓を向け、怪物に向かって矢を放つ。だがそれは、これまで培って来ただろう技術を全て投げ捨てたような一矢だった。流石にそんなものに当たるレアではない。少し身を捻ってあっさり躱す。

 

「殺られる前にやらないと、殺られる前に──ッ!?」

 

 追い立てられるように次の矢へ伸ばしたゴブリンの手に、フレディが放ったナイフが突き刺さる。矢を取り落として咄嗟に腕を押さえたゴブリンを、後背から襲った鴉が蹴り落とした。

 

「──よし! 終わったッスね!」

 

 動く敵がいなくなったことを確認し、レアはほぅ、と息を吐いて斧の石突を地面に突き立てる。結局自分がやり返す前に戦闘が終わってしまったが、仲間に怪我人が出なかったので良しとすべきだろう。それより気になることが出来た彼女は腕を組む。

 

「しっかし、なんか様子が変だったッスね、あのゴブリン達。すごい変な目でアタシのこと見てたッス」

「あぁ、うん……そうだな。僕は彼等に同情するよ」

 

 ナイフに付いた血を拭いながら、フレディは少し遠い目をした。どういうことッスか? とレアが首を傾げる。

 

「誰しも、理解の出来ないものには恐怖を抱くものだ。君も、高笑いしながら敵を焼き払う女に遭遇したら怖いと思うだろう?」

「それアヤナじゃないッスかー」

 

 レアはそう言って一瞬笑い飛ばし、すぐにはた、と、

 

「って……ちょっと待って欲しいッス。それ、アタシとアヤナがおんなじ位ヤバい奴っていうコトッスか!?」

「うん、君の理解力には問題が無さそうだな」

「酷いッス!」

 

 喚くレアに態とらしく肩を竦めて見せたフレディだったが、ふと気配を感じてその背後に視線をやった。

 

「──レアさま」

 

 いつも柔らかな筈のその声は、凍土を吹き抜ける風のようだった。思わずレアが身を竦めて振り向けば、そこには口許を引き結んだココロが真剣な面持ちで佇んでいる。ひたり、と彼女を見下ろす葡萄色の瞳には、抑え切れていない激情の色が燃え盛る炎のように揺らいで見えた。

 

「お話が、ございます」

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