冒険記録~ギルド『肉食団』~   作:弧埜新月

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ミドルフェイズ・冒険と覚悟と肉と

「さて……とりあえず最初のホールに戻ってきたわけだけど、これからどうする? 一応、さっき繁殖場みたいなところはぶっ潰したわけだから、これから増えることは無さそうだけど」

 

 中央のホールに戻ってきたタイミングで、アヤナがそう口を開いた。レアがすかさず答える。

 

「まだハーピーのお肉が獲れてないッス。まだまだ探すッスよ!」

「目的変わってない……?」

「え、そうッスか?」

 

 きょとん、とレアが首を傾げる。

 

「目的はハーピーの駆除でございます、レアさま。主さま、他の場所にハーピーがいないとも限りません。特に、奥のホールには何やら強い魔物の気配がある様子。見て回るべきかと」

「まぁ、そうよねぇ……」

 

 ココロの言うことはアヤナも分かっていたことではある。鴉の報告では、奥のホールは何やら危険な気配がして近寄れなかったとのことだった。それがハーピー、それも親玉である可能性は十分ある。

 一方、右のホールはこちらも左側同様天井に大穴が空いていたが、ハーピーらしき姿は確認出来なかったらしい。ただ、何かあると──流石に言葉の話せない鴉の報告からこれ以上の内容を読み取るのはココロにも無理だった──いうことだったので、確認位はしてみても良いだろう。

 アヤナは気怠げに頷くと、で、どっちにする? と二人に訊いた。

 

「あっちがいいと思うッス」

 

 迷う事なく、レアはホールの反対側、入り口から見て右側にあった通路を指差した。

 

「理由は? 一応、あっちにはハーピーいないって話だったけど」

「勘ッス! あっちから肉の匂いがする気がするッス」

「勘って……むしろ肉の匂いさせてんのアンタでしょうに」

 

 彼女の背負った背嚢には多少減ったとはいえまだまだかなりの量の肉がある。肉の匂いというのであれば一番強いのが彼女であるのは間違いなさそうだった。

 

「ハァ……あたしはもう正直どっちでもいいんだけど……ココロは? 何か意見ない?」

「わたくしも、特にはございません」

「じゃあ、決まりッスね」

 

 レアは意気揚々とヴォウジェを手に進んでいく。右側の通路は左側よりも損傷が少ないようで多少薄暗いが、天井や壁に空いた細かい皹や穴のお陰で見る分には苦労しない。光源が少ない所為か緑も疎なので、却って通りやすい位だった。アヤナだけは時折天井に走る皹に窺うような視線を向けていたが。

 そうして進んだ先のホールは、中央から壁で二つに分けられているようだった。壁の中央は四角いトンネル状の凹みがあり、5m程進んだ所にこれまで無かった石の扉が見える。天井には一つ大きな穴が空いているが、壁の向こうにまでは被害が及んでいないようだった。

 そして、そのトンネルの手前から部屋全体に渡って床が5m程陥没していた。明らかに自然の物ではない。何らかの意図があってそのように作ったもののようだった。底は大小様々な瓦礫や何らかのコンテナらしき残骸が散乱しているが、特に目を引くのは、

 

「何あれ……クレーター? 隕石でも落ちたのかしら」

 

 底の方に大した大きさでは無いが、明らかなすり鉢状の凹みが見えた。特にその周辺は瓦礫が多くなっているのが分かる。

 

「だとすると、あの天井の穴は、その隕石が空けたものでしょうか」

 

 いつ頃の物かは分かりかねますが……とココロは首を傾げる。

 

「そうね……でも上手く言えないんだけど、隕石が落ちたのは最後なんでしょうね」

「最後、でございますか?」

「ええ。ほら、穴の横と奥の壁を見比べると、明らか違うじゃない? この穴、多分落とし穴だと思うのよ。横の壁、奥の床と模様同じだし」

 

 こんな馬鹿でかい落とし穴とか意味分かんないけど、と言いながらアヤナは穴の左の壁面とトンネル内の床を交互に指差す。アヤナの言う通り、どちらも同じ正方形の石のタイルパターンになっていた。右の壁面も同じだが、手前と正面はレンガの壁のように積まれた石積みになっている。

 

「ここは倉庫か何かに偽装してたんじゃないかな。もしくは大して重要でない物資の倉庫だったか。で、侵入者が落とし穴に嵌って、上に乗ってたコンテナとかごと落下したんだと思うの」

「隕石が直撃して、落とし穴が作動したのではないのですか?」

「そうだったら床だった所に穴が空いてると思うのよ。でもそんな跡は無さそうだし、瓦礫もコンテナとかの残骸の上にあるしね」

「成る程……流石、ご慧眼でございます」

「言う程じゃないわよ。重要なのは、先にここに来た侵入者がいるってことよね」

 

 ここの関係者がこんな大掛かりな落とし穴態々作動させないだろうし、とアヤナ。しかし、ココロは何が重要なのか分からず首を傾げる。

 

「何が重要なのでございましょう?」

「私達以外に侵入者がいたなら、あの先の扉だって開けてるでしょ? こんな大それた仕掛けがあるんだし、貴重な物でも保管されてたんでしょうけど……」

「ははぁ。その先人の方達がもう持ち去っているのではないか、ということですね」

 

 アヤナの言葉に、ココロは得心したように頷いた。

 

「しかし、先程の繁殖設備のことを考えますと、先人の方が十分に探索をされたとは思えません。可能性はあるのではないでしょうか」

「成る程ね、シュレディンガーの猫ってことか」

「しゅれでぃ……の、猫でございますか?」

「あぁ、ごめんごめん。こっちの世界の例え話なのよ。開けてみるまで分からないっていう」

 

 不思議そうな顔をするココロの頭を苦笑しながら撫でると、アヤナはじっ、と瓦礫を見つめているレアを振り返る。

 

「レア、とりあえず向こう側に行ってみようと思うんだけど」

「分かったッス。だったら少し待つッスよ」

「待つ? 何で?」

「あそこ。蛇がいるッス」

「えっ」

 

 レアが指差した所を見れば、確かに瓦礫の隙間から顔を出した蛇がこちらを見つめているのが分かった。更に、

 

「ちょっと待って。あそこにいるあの水色のデカいのも蛇なの?」

 

 アヤナが震える指を向けた先。彼女達の気配を察したか、瓦礫から這い出した巨大な蛇が鎌首をもたげて威嚇をしてきた。頭の後から背中に掛けて逆立つ棘を生やすその姿は、蛇というより、

 

「あれは、ドラゴンスネイクでございますね。水色なので水属性でしょう。竜の力を浴びて魔獣化したと言われる蛇で、水のブレスを放ってまいります。また、牙や棘には毒もあるので注意が必要です」

「竜みたいな蛇ってことね。流石異世界、なんでもありね……」

 

 呆れた様に溜め息を吐いたアヤナは眉間を揉みながら杖を構える。

 

「向こう側に行くには、あれを排除しないといけないか」

「そういうことッスね。アタシが行ってくるんで、二人は援護を頼むッスよ」

「分かったわ。毒があるみたいだから、噛まれないように気を付けなさいよ」

「了解ッス」

 

 言うなり、レアはスルスルと壁の突起を使って下に降りていくと、蛇達に向かって猛然と斧槍を振り回した。蛇達も負けじと噛み付くが、ポーチから取り出した肉に齧り付きながら振り払い、苛烈に反撃を加えていく。

 

「いや、早速噛まれてるじゃないのよ……」

「レアさまは、戦い方に関しましては不器用な方ですから……。ですが、そんなレアさまが居てくださるからこそ、わたくし達後衛は安心して戦えるのでございます。しっかりとお支えしなくては」

「いやまぁ、その通りなんだけど……」

 

 要所要所で《プロテクション》を挟んで援護するココロの言葉に頬を掻くと、レアに弾かれて尾を振り回しながら怒りを露わにするドラゴンスネイクに杖を向けた。

 

「んじゃま、頼まれた仕事をやりますか」

 

 杖を敵に向ければ、例の情動が顔を出す。知らず頬が吊り上がった。

 

「ほら、お肉にしてあげるわ! 炎よ! 断罪の礫となれ! 《ファイアボルト》!」

 

 杖の先から飛んだ炎の矢がドラゴンスネイクの頭に直撃する。しかし、竜頭の大蛇は鬱陶しそうに炎を振り払うと、鱗の焦げた頭を頭上のアヤナへ向けてかぱりと口を開けた。

 

「えっ」

「しまったッス!」

 

 気付いたレアが止めようとするが、他の蛇に阻まれて足踏みする。その隙にドラゴンスネイクはレーザーのような水流ブレスをアヤナに叩き付けた。

 

「ちょ、まっ……!? ひゃっ……!」

「主さま!」

 

 ココロが障壁を張るが、強力な水流は障壁を容易く突き破り、アヤナの右肩を貫いた。

 

「いッ……!?」

 

 異世界に来て初めて受けた感じたことのない痛みに、アヤナは抗えずよろめいた。膝が砕け、そのままその場に尻餅を突いてしまう。慌てて駆け寄ったココロが傍に膝を突いた。

 

「主さま、申し訳ございません……!」

 

 声も出せずに肩を抑えて蹲るアヤナに《ヒール》を掛けながら、傷口や顔色を窺っていく。ブレスはアヤナの右肩を貫通しており、骨にも罅を入れていた。その顔色はどんどん青褪めていく。痛みや出血の所為だけではない。ココロは腰のポーチに手を伸ばした。

 

「やはり毒……! 主様、これを飲めますか!?」

 

 ココロは封を開けた毒消しのポーションをアヤナの口許へ近寄せるが、歯を食いしばるだけで飲む様子のない彼女を見てすぐさま自分で呷った。そのままアヤナに寄り添うように身体を支え、そっと口付けをする。自らの舌でアヤナの唇を割ると、ゆっくりと毒消しを流し込んだ。

 

「アヤナ、大丈夫ッスか!?」

 

 全身を血だらけにしたレアが荒い息を吐きながら壁を登って戻ってくる。肉を食べて治癒したのか、その褐色の肌には既に傷はない。顔色が悪いのは毒に侵されているからか、はたまたアヤナの容体を気にする故か。

 アヤナに口移しで毒消しを飲ませ終えたココロはレアを振り返った。

 

「レアさま、敵は如何されましたか?」

「全部ミンチにしてきたッス。お肉の力は偉大ッスよ」

 

 にっ、と頼もしい笑みを浮かべてレアは力瘤を作ってみせる。だがすぐにそれを解くと二人の側に駆け寄った。

 

「そんなことよりアヤナッス。大丈夫ッスか?」

「はい、処置は終わりました。毒こそありましたが、負傷自体は傷も小さく綺麗で、酷いものでもありませんでしたので……レアさま、こちら、毒消しでございます。お飲みください」

「ありがとうッス。何か気分が悪かったんスよね」

 

 ココロから受け取った毒消しを、レアは豪快に飲み干した。その間にココロはアヤナを自分の膝に寝かせる。

 

「……ごめん、ココロ、ありがとう」

 

 ようやく痛みが引き、毒が薄れてきたアヤナは膝を貸した従者に弱々しく声を掛けた。だがココロは首を振る。

 

「とんでもないことでございます。むしろ、防ぐことが出来ず申し訳ありません」

「いいのよ……あの《プロテクション》だっけ。元々完全に攻撃を防ぐような魔法じゃ無いんでしょ?」

 

 そう指摘するアヤナの声にココロは俯いた。アヤナは身体を起こす。

 

「あ、主さま、もう少しお休みいただいた方が……!」

「平気よ。魔法って凄いのね。肩折れたと思ったのに、もう動かせるわ」

 

 アヤナは少し強がるように笑って肩を回してみせる。

 

「今回はあたしの覚悟が足りてなかったわ。あと油断……というか慢心かな。そうよね、戦うってこういうことだわ。攻撃を受けることもあるし、受ければ当然痛い」

 

 アヤナは笑みを苦笑いに変えると、肩を落とした。

 

「アンタ達は凄いわ。特にレア。あんな風に攻撃を受けて、普通に動けるんだもの。あたしには無理だったわ。痛いのと気持ち悪いので頭がいっぱいになっちゃって、何にも考えられなかった」

「そのあたりは慣れッスよ。あと気合いッス」

「まるっきり根性論ね。まぁ、今回はそれで正解なんだろうなぁ……」

 

 ふぅ、と溜め息を漏らしているアヤナに、レアがおずおずと声を掛ける。

 

「その、アヤナ。後ろに攻撃を通してしまって、申し訳なかったッス」

「え? あぁ、そんなこと。気にしなくていいわ。アンタの手が届く範囲は限られてるんだし、今回みたいに飛び道具でもあれば、あたし達のところに攻撃が届くことも普通にあり得るでしょ」

「やはり、わたくしがしっかり防げていれば……」

「アンタもよ。無理なことで責任感じたりしないの」

 

 落ち込むココロの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「今回はあたしに痛みに対する覚悟と気合いが足りなかったの。それだけ。アンタ達はちゃんと仕事をしてたわよ」

「そうでしょうか……」

「そうよ。でもそうね、強いて言うなら、あたしが蹲っちゃった時に、レアを放置してあたしに付きっきりになったのは良くなかったかしら。あれ、ぶっちゃけ大した怪我じゃなかったんでしょ?」

 

 重症には違いないが、負傷したのは肩だけだ。痛みさえ堪えられたら右腕以外は普通に動けただろう。レアなら無理やり右腕も動かしたかも知れない。ココロとしても先程レアに向けて答えた通りなので押し黙る他なかった。

 

「まぁ、あたしがあそこで大袈裟に蹲っちゃったから、ココロも慌てたんだろうし、あたしが偉そうに言えることじゃないんだけど……次はあたしももうちょっと根性見せるから、ココロにはもっと冷静に戦局を判断して欲しいわ」

「はい……申し訳ございません」

「うぐ……これ罪悪感半端ないわ……治療は本当に助かったのよ。ありがとね」

 

 ココロの頭を更に強めに撫で回すと、アヤナはこれで話はおしまいとばかりに一つ手を叩いた。

 

「ほら、蛇倒したんでしょ? 血抜きってのしないといけないんじゃない?」

「あっ、そうだったッス! 早速行ってくるッス!」

 

 レアはヴォウジェを片手にいそいそと穴の底へ戻って行く。

 

「ココロも。レアが蛇の相手をしてる間、ちょっと周りを調べてみましょうよ。何かあるかも知れないしさ」

「……はい」

 

 沈んだままのココロに、慰めるのって難しいわね、と後頭部を掻きながらその手を引っ張るアヤナ。

 その後、綺麗に蛇の頭と皮を剥いで肉にしていくレアを横目に穴の底を漁ってみたが、大した成果は上がらなかった。この部屋そのものが罠だったと推察しているアヤナにとっては、念の為の確認と暇潰し以上の意義は無かったのでどうとも思わないが。

 

「見つかったのはこれくらいかぁ」

 

 アヤナがクレーターの底で発見した石の塊を手の上で転がす。表面がつるつるした黒い玉をかち割ったような破片が六つある。

 

「恐らく落着した星のかけらかと……持って帰ればそれなりの値段を付けるところがあると存じます」

 

 捜索の間に幾分気分の持ち直したココロがそう口を出した。それだけでも探した意味はあったかな、とアヤナは内心頷いて、後始末をしているレアを振り返る。

 

「レア、アンタ荷物に余裕あるわよね? これ持てる?」

「んお? 持てるッスけど、何すかこれ」

「星のかけらだってさ。高く売れるかもってココロが」

「分かったッス」

 

 レアは頷くと、星のかけらをアヤナから受け取って背嚢の底へ送り込んだ。一緒に蛇の肉と内臓を取り除いた皮を詰込み、内臓は更に別の革袋に厳重に封をした上で収納して背負う。その顔はご満悦だ。

 

「この冒険が終わったら、みんなに白焼きをご馳走するッス。アヤナはドラゴンスネイクとバイパー、どっちがいいッスか?」

 

 ドラゴンスネイクと一緒にいた普通の蛇の名前だろう名称を挙げ、レアは首を傾げた。

 

「待って。何であたしも食べる前提なのよ。あん時は有耶無耶になったけど、あたしは蛇食べないからね!?」

「アヤナ、食べて合わなかったら仕方ないッスし、アタシももう勧めないッスけど、食わず嫌いは良くないッス。人生100%損するッスよ」

 

 拒否するアヤナに言い諭すように、眉根を寄せたレアはそう指を立てた。思わずアヤナはツッコミを入れる。

 

「そんなにか!?」

「当然ッス。世の中には見た目ちょっとアレな食べ物が沢山あるッスよ。でも、実際食べてみるとそういうのに限って案外美味しかったりするッス。もしかしたら最高の好物と出会えるかも知れないのに、その機会を捨てるなんて人生丸ごとドブに捨ててるみたいなもんッス」

 

 大体、と。

 

「ワニとカエル、美味しかったッスよね? 大して蛇と違いは無いッス」

「これが認めたくない過去の過ちって奴なの!? ココロ!」

 

 結局昼食を完食していたアヤナは天を振り仰ぐと、助けを求めるように頼りになる従者に視線を投げた。ココロは一つ頷く。

 

「主さま。お食べになるのでしたら、バイパーが宜しいかと。ドラゴンスネイクは、竜の因子がどのように作用しているか分かりかねます。おやめになる方が賢明かと」

「そうだったわねアンタもそっち側だったわ!」

 

 アヤナは頭を掻きむしる。

 

「そもそもあれじゃん! バイパーって確かマムシよね!? 毒蛇じゃないのよ!」

「牙の周りの毒腺取って焼けばオッケーッス」

「わたくしは何度も食べたことがございますが、体調を崩したことはありません。もし、安全性をお疑いであれば、毒味役を務めさせていただきますが……」

「そうじゃない! そうじゃないのよぉぉ!」

 

 ついにアヤナは頭を抱えて蹲ってしまった。

 

「というかアンタ達、なんでそんなにあたしに蛇を食べさせたがるのよ!?」

 

 レアとココロは顔を見合わせる。そして、

 

「「だって美味しいッス(です)から」」

 

 そう笑顔で声を揃えた。

 

「美味しいものは、仲間と分け合って食べるのが最高に美味いッス」

「淡白でありながら滋味深い味わいでございます。また、滋養強壮効果もございますので、体力面に不安のある主さまの一助になれば、と」

「何でアンタ達はそう……はぁ、これで嫌がったらあたしが悪者じゃないの」

 

 溜め息を吐いてアヤナは立ち上がる。現代地球(くだらない悪意の巣窟)で人の顔色を窺って生きてきた彼女はとかく人の悪意には敏感だったが……目の前の彼女達にはそれが無い。それなりに擦れている自覚のあるアヤナにとって、二人の純粋さは少し眩し過ぎるものであり……少し懐かしい物でもあった。

 

「分かったわ。大人しくご馳走になるわよ。そこまで言うんだから、美味しいものじゃないと承知しないからね」

 

 アヤナは心に刺さった小さな棘を忘却の海に溶かしながら、レアに指を突き立てた。彼女の内心を知る由もないレアは任せろとばかりに胸を叩く。

 

「腕によりを掛けるッスよ。絶対虜にしてみせるッス」

「言ったわね。覚えとくから。あ、そうそう、蛇は食べるけど、ちゃんとアンタが食べたことある奴にしなさいよ」

「分かったッス。じゃあバイパーにするッスね」

「……やっぱりアンタ、ドラゴンスネイク食べたこと無いんじゃないのよ」

「未知の食材との出会いはワクワクするッスよね!」

「知らない食材人に出すな!」

 

 しれっとふざけたことを抜かすレアの頭を杖でぶん殴る。ココロも同意見であるのか頭を押さえて蹲るレアを見て苦笑いしていた。

 

 ──つい、二人の熱意と善意に負けて頷いちゃったけど。やっぱり気乗りしないわ……でも食べない訳にいかないし、山を降りる前に覚悟を決めておかないとなぁ。

 

 内心の溜め息を押し隠し、アヤナは当初の目的地を指差す。

 

「さて、大分脇道逸れちゃったけど、さっきの扉の先を見て見ましょっか」

「おお、そうッスね。取り合えず上に上がるッス」

 

 所詮非力なインドア少女でしかないアヤナの暴力など大したことでは無いのか、既にけろっとした顔をしているレアがするすると壁を登って行く。

 

「じゃあロープ垂らすッス。アタシがこっち持って引っ張るんで登ってくるッスよ」

「大丈夫? 途中で放したりしない?」

「心配ないッス。二人とも軽いんで」

 

 半信半疑でアヤナがロープを掴むと、力強く上に引っ張り上げられた。殆ど掴まっているだけで登ることが出来たアヤナは、再度ロープを垂らして今度はココロを引っ張り上げるレアを眺める。確かに筋肉質ではあるが、身長は自分の2/3位しか無く、その分細身である彼女。体重も一番軽い筈だが、こうして苦もなく自分達を引っ張り上げている。何処にそんな膂力が詰まっているのかとその背中を見詰めていると、その視線に気付いたのかレアが苦笑する。

 

「こんくらい、ネヴァーフなら普通ッスよ。むしろアタシは戦士として見たら筋力ない方なんで*1、技術で補ってる感じッス」

「え、そうなの!?」

「そうッス。ロープの握り方と引き方にコツがあるッスよ」

 

 今度教えてあげるッス、とロープを仕舞いながら笑うレアはココロを振り返った。

 

「ココロ、扉を調べて欲しいッス」

「承りました。この子をお願いします」

 

 頷いたココロは大鴉を二人に託すと、静々と扉の前まで歩いていく。その背を見送ってレアは腕を組んだ。

 

「どうにも罠とか探すのは苦手なんスよねぇ……性に合わないっていうッスか」

「何か分かるわ。アンタ大雑把そうだし」

「細かい作業とかならむしろ大得意ッスけどね。誰にも負けない自信があるッスよ*2。探すの苦手なのはやっぱり性分だと思うッス」

「あー……アンタ、人のこととか疑わなそうだしねぇ」

 

 そんなことを言っている間に、ココロが扉を調べようと表面に少し触れる。その瞬間だった。

 

 がこンッ! ガラガラドシャッ!

 

 扉のあったトンネルの天井が勢い良く落ち、轟音と共にココロの姿を押し潰した。土煙が視界を遮る。

 

「「ココロっ!?」」

「……大丈夫でございます、主さま。ご心配をお掛けして、申し訳ございません」

 

 泡を食って駆け出そうとした二人に、土煙の奥から声が応えた。その明らかに苦痛を押し殺した声に焦りが募る。

 

「ちょっと、無事なの!? 怪我は!?」

「少し、足を挟まれただけでございます。扉が開いて、倒れ込むことができたので助かりました。怪我は……《ヒール》で、問題なく回復できる範囲かと……」

「トンネル自体に罠があったんスね……すまないッス、ココロ。行かせたアタシの責任ッス……」

「いいえ……探索を請け負ったのは、わたくしでございますから……それよりも、レアさま。この罠を解除していただけますでしょうか……挟まれたままでは治療ができませんので……」

「すぐやるッス!」

 

 ココロの声に応えると、背嚢を放り出したレアが仕掛け天井の罠に取り付いた。少し検分すると、そのまま流れるような動きで罠を解除していく。

 

「これ、扉の動きと連動してるッスね……この部分を外して、と。よし、ココロ! これからこの天井を少し持ち上げるッス! その間に足を抜くッスよ!」

「了解しました。よろしくお願いいたします」

 

 ココロの返事を聞いたレアは仕掛け天井の隙間に上半身を突っ込むと、何やら内部の装置をぎこぎこと動かし始めた。その音に合わせて、仕掛け天井が少しずつ上に上がっていく。

 

「……抜けました」

「やったッスか! じゃあココロ、足を回復して、アタシが合図を出したら扉を閉めて欲しいッスよ!」

「承りました」

 

 レアが更にがちゃがちゃと何かを動かしていく。ややして隙間から頭を引っこ抜いた彼女は、奥に向かって声を掛けた。

 

「オッケーッス! 扉を閉めて欲しいッス!」

 

 レアの声の直後、扉を閉めたのだろう、ガコン、という音共に、ガタガタと音を立ててゆっくりと天井が上がって行った。

 

「あそこ、血が……」

 

 ココロが立っていた場所に、べったりと血の跡が付いていた。血の跡は引き摺るようにして閉まった扉の向こうへ消えている。レアも固い表情で頷くと扉の方へ近付いていく。着いていこうとするアヤナと鴉をレアは手で制した。

 

「まだ罠は生きてるッスよ。動かなくしてくるんで、アヤナ達はここで待つッス。ココロも扉には触らないで欲しいッスよ」

「……分かったわ」

「了解しました」

「グアッグァ!」

「お前も落ち着くッス。お前のご主人は大丈夫ッスから」

 

 何も出来ることのないアヤナは唇を噛んで罠へ向かうレアの後ろ姿を見守る。あることさえ分かっていれば探せるのか、扉の脇を弄っていたレアが一点で手を止めると、そこへ槍斧を力一杯打ち込んだ。薄い石材が砕け散り、内部の絡繰が露出する。レアは手早く構造を確認すると、一箇所に今しがた砕いた壁の破片を捩じ込んだ。そして時間も惜しいとばかりに石の扉に飛びついて押し開く。扉は見た目に反して非常にスムーズに開き、レアは勢い余ってつんのめってしまった。それを、想定していたのか待ち構えていたココロが抱き止める。

 

「ご苦労様です。ご心配をお掛けしました」

「ココロ! 怪我の具合はどうッスか!?」

「既に治癒しております。靴は壊れてしまいましたが……」

 

 綺麗に治療を終えたらしい素足を晒したココロは、背後を振り返った。見れば、彼女の履いていた木のサンダルは両足とも砕けており、足を保護していた巻脚半は血で染まっている。

 

「グァーッ、クルルル……」

「おっと……ふふ、どうやら、おまえにも心配を掛けたようですね」

「カポッ、カポポッ」

 

 ぶつかるように飛び込んできた鴉を受け止めて、ココロは甘えるように喉を鳴らすその頭を撫でてやる。

 

「ココロ……本当に大丈夫なの?」

 

 装備の様子から中身がどうなっていたのか(どんな怪我だったのか)想像がついたのだろう、追い付いてきたアヤナが窺うように声を掛ける。ココロは鴉をレアに委ねると、安心させるように笑みを浮かべて見せた。

 

「はい。扉に鍵が掛かっていなくて幸いでした。中に倒れ込むことが出来ましたので、上半身を潰されずに済みました。怪我の具合であれば、この通りでございます。神殿では事故で足を負傷された方も参られますので、その経験が活きた形です」

「どうして……」

 

 思わず、アヤナの口から言葉が突いて出る。

 

「どうしてそんな、平気な顔していられるのよ……痛かったんじゃないの? 怖かったんじゃ……」

 

 心から案じる様子のアヤナに、はじめきょとん、としていたココロはほわりと微笑んだ。

 

「わたくしのことを案じていただき、ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。此度のことは、わたくしの失態が招いたこと。今は、皆様に累が及ばなかったことに、胸を撫で下ろしているところでございます」

「ココロ……」

「それに……お言葉ですが、主さま」

 

 言い募ろうとするアヤナの唇に、そっと伸ばした指を置く。

 

「わたくしも、主さまと同じでございますよ」

「あたしと……?」

「はい。主さまも、先程怪我をされた時、笑顔をお見せになりました。それと同じでございます」

「……同じじゃないわよ、もう」

 

 何も言えなくなったアヤナは、せめてもの反撃と言うようにココロを抱き締めた。

 

「とにかく、ココロが無事で良かったッス。アタシはココロの靴を修理してみるんで、二人はここの探索をお願いしていいッスか?」

「出来るの?」

 

 少し頬を赤くしてココロを解放したアヤナが、荷物を地面に広げていたレアに問い掛ける。レアは砕けたサンダルを拾い上げた。横から押し潰されたサンダルは中央からひしゃげるようにして縦に裂けており、靴の体を成していない。彼女は苦笑いを浮かべた。

 

「いやぁ、まぁダメかもしんないッスけど……でも裸足は良くないッス。最悪、布と蛇皮で靴を作るッスよ」

 

 そう言って裁縫道具を取り出すと、レアはサンダルと格闘を始めた。アヤナはその背中から視線を外し、改めて部屋を見渡す。

 その部屋は、恐らく倉庫だったのだろう。壁や天井はここまで見た中で最も損傷が少なく、細かい罅や小さい穴の隙間から漏れる光に照らされて、壁に沿って整然と棚やコンテナだったものが並べられているのが見える。そう、だったものだ。損傷の少なかったことで却って湿気でも溜まりやすかったのだろうか、木製の棚もコンテナもすっかり朽ち果てている。中身も同様で、朽ちたコンテナの陰からは錆び過ぎて最早何だったか分からない部品が覗いていた。試しに、崩れ落ちた棚の残骸に埋もれた本を指で摘んでみたが、ガビガビで開けそうもない。アヤナは眉根を寄せて本を放り投げた。

 

「分かっちゃいたけど、こうもガラクタばかりだと徒労感が半端ないわ。ココロ、そっちはどう?」

「はい、主さま。お肉と野菜を発見しました」

「肉ッスか!?」

 

 早々にサンダルの修復を諦めて寝袋を切貼りしていたレアが勢いよく喰いついた。アヤナは嫌そうに眉を顰める。

 

「肉って……何年前のよ。そんな腐った食材いらないわよ」

「はい、年代は分かりかねますが、大変古いものでございます。状態を見る限り、食用には耐えられるかと思われます」

「は!?」

 

 驚いて振り向いたアヤナは、ココロが手にしている物を見て思わず二度見した。そこには、透明な袋に密封された肉がある。袋の表面は中身の肉に隙間無く貼り付いており空気が全くない。

 

「なん……だと……」

 

 手渡された肉入りの袋をペタペタと触りながらアヤナはそれを凝視する。それは間違いなくビニールのような袋で真空パックされた肉だった。火は通してあるのか薄ピンク色の肉は確かに食べれそうに見える。 

 

「真空パック、よね、これ。この世界にそんなものがあるなんて……」

「シンクウパックッスか?」

「簡単に言えば、食材なんかを腐りにくい状態で保存できる袋よ。とはいえ、限度がある筈だけど……」

「古代の遺失技術でございますね。遺跡で稀に見つかるそうで、発見した際は臨時の食糧として重宝されているとか」

 

 実物を見るのは初めてでございます、と手元に残った野菜のパックを矯めつ眇めつするココロ。中身は茹でた人参だろうか。小さく角切りにしたものがいっぱいに詰まっている。

 

「肉を見つけたなら食べた方がいいッス。よくよく考えたらアヤナもココロも怪我したッスよ。血が出たなら肉を食べて補った方がいいッス」

 

 こっちの方はもう少し掛かるんで、ちょっと休憩にするッスよ、とレアは作っていた布靴を振る。早くも形になってきており、器用だというのはあながち嘘ではなさそうである。

 

「そうですね、わたくしも賛成でございます。調理はわたくしが行いましょう」

 

 そう言って、ココロはそれらが入っていたらしい状態のマシなコンテナから別の肉を取り出し、合わせる野菜を吟味し始める。

 

「ちょっと待ってよ。大丈夫なの? それ」

「食べて体調を崩した、という話は耳にしたことがございません」

 

 メニューが決まったのか、幾つかを手に取って手早くナイフで封を切ると、掌に乗せて慎重に匂いを嗅ぎ、少量口に入れてみる。

 

「──問題は無さそうでございますね。それでは、調理を始めさせていただきます」

 

 そう言って道具を並べるココロ。現代地球の常識がちらつくのか、まだ微妙そうな顔をしているアヤナを見て微かに笑う。

 

「冒険をする中で、食糧が潤沢にある、ということは本来滅多にないことでございます。ですので、冒険の中で食べられるものを見分け、調理するのは必須のスキルと言えましょう。若輩の身ですが、これでも冒険に困らないだけの物は身に付けたつもりでおります。貴女さまの従者を、信じていただけますと幸いです」

「……そういう言い方、ずるいと思うの」

 

 アヤナは降参、と言うように手を挙げて溜め息を吐いた。

 

「それで? 何を作るつもりなの?」

「はい。簡素なもので恐縮ですが、スープにいたそうかと考えておりました。どうやら、食材には一度火を通してある様子ですので、そうお待たせすることにはならないかと」

「スープ作るなら、アタシが骨とか肉とかから取った出汁を乾燥させた奴があるッスよ。それを使うといいッス」

「アンタ出汁まで作ってるわけ?」

 

 当然ッス、とレアは得意げに鼻を鳴らした。

 

「お肉を余さず美味しく食べる為にはどんな苦労も厭わないッスよ。使うのは何の肉ッスか? 幾つか種類があるんで、一番合う奴を渡すッス」

「ありがとうございます、レアさま。今回使用するのはパイソンの肉でございます」

「パイソン*3って……やっぱりヘビじゃないの! やだー!」

 

 朗らかな笑顔で受け答えするココロに、まだ覚悟の完了していなかったアヤナは頭を抱えて崩れ落ちたのだった。

 

 

*1
筋力4。ウォーリアであれば5〜6あってもおかしく無いので少し低い

*2
器用7。普通は高くても6。

*3
ニシキヘビ




ココペディア便利……やはり知力4しかいない何処ぞのギルドとは違いますね。一家に一台欲しい。

あ、真空パックその他に関しては私に石を投げないでください。石の投げ先(シナリオ書いた人)は私じゃないので。
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