「結局、大した収穫は無かったわねぇ……本当、何の部屋だったのかしら」
再び中央のホールに戻って来た三人。アヤナはいまいち釈然としない顔で首を傾げた。
「やはり、倉庫だったのでは? 物資や資料の類も多く見受けられました。残念ながら、殆ど原型を止めていないものも多く、その価値は分かりませんでしたが……」
「そういう重要な奴を食べ物と一緒に置く? 缶詰っぽかったのとか、中身真っ黒の瓶詰めとかあったじゃないの」
「そこは……わたくしには分かりかねますが。そう言えば、主さま。先程何かを拾ったように見受けられましたが?」
眉尻を落としたココロがそうアヤナに問い返す。その足には足裏と爪先、甲の部分をドラゴンスネイクの皮で補強した布靴を履いている。急造感が否めず見た目は決して良くないが、その分頑丈で、ココロ曰く履き心地も悪くないらしい。素人が短時間で仕上げたとは思えない出来だった。
「これね。なんかこれだけ別の所に置いてあったし、錆びたりとかもしてなかったから持ってきたけど。何かしらこれ」
アヤナはポケットから取り出した物を改めて目の前に掲げる。それは中心に穴の空いた手のひら大の金属の円盤であった。穴は丸い穴の一箇所に四角い欠きがあり、片面にはその外縁上に規則的な凹凸が作られている。その凹凸も単純な放射線状のものではなく、少し弧を描いており、しかも中央へ行くに従って少しずつ盛り上がっていた。こんな形状の物体、アヤナの知識にはない。強いて言えば、少し捻りながら絞り出したデコレーションケーキのホイップクリームを、先端だけ綺麗に削り取ればこんな形になるかも知れないと、彼女は掘り起こされた幼少の記憶を埋め戻しながら考えた。
「うーん。これ、歯車なんじゃないッスかねぇ。変な形してるッスけど」
ある程度の機械系の知識はあるらしいレアが首を傾げる。
「歯車? 歯車って、横にギザギザのついた丸い奴でしょ? これは片面についてるじゃない。この凸凹だって曲がってるし」
「確かに普通の歯車ってそうなんスけどね。でも、この真ん中の穴の形見て欲しいッス。これ、キー溝だと思うッス」
「キー溝? 何それ」
「回り止めッス。歯車みたいな部品は力が掛かるんで、軸に突起埋め込んで空回りしないようにするッス。あと、歯を横じゃなくて、斜めに付けて回転を伝える角度を変える歯車を見たことがあるッスよ」
「へーぇ、そうなんだ」
アヤナはレアの見解に頷くことにした。機械知識ゼロの自分の考えよりも、罠などの絡繰にも触れるレアの意見の方が正しいだろう。
「まぁ、どっちにしろ何に使うかは分からないんだけど。これ売れたりする?」
「そうですね。珍しいものであれば、買い手はあるかと存じます。使い方や利点などが解れば、更に価値は上がるのですが」
「少なくとも、アタシはそういう歯車見たこと無いッスよ。でもこういう古代遺跡ではよく使われてたりするんスかね?」
「可能性は、無くはないかと。主さま、街に戻ってから鑑定に出すことをお勧めいたします」
「そうね、とりあえず持って帰ってみましょっか」
目ぼしいものはこんくらいだったわね、とそれを再びポケットに仕舞う。
「アタシはめちゃくちゃ収穫あったッスよ」
レアはホクホクした顔で背嚢を揺らした。その中には先程手に入れた蛇肉と真空パックされた肉が詰まっている。元々持参してきた肉も半分以上が残っているので彼女の背嚢は文字通りパンパンだった。
「まぁ、アンタはね」
「後はハーピーとアンラッキースターッスね」
「いや、もう良いでしょ。というか入らないでしょ」
「何を言ってるッスか。お肉は全部持って帰るに決まってるッス。入らなかったら担いで帰るッスよ」
「アンタのその肉に掛ける執念は何処から来んのよ……」
魂ッスかね、と応えるレアに溜め息を落とし、アヤナは最後の通路に向けて歩き出す。すぐにココロがその後ろに付き従い、レアは二人を追い越して前に出た。通路は今までの通路と状態は似たり寄ったりで、天井や壁の隙間から光が漏れている。しかし緑は余りなく、そして少し蒸し暑かった。原因はすぐに判明する。
「ねぇ……これってアレよね。溶岩」
「そうッスね、溶岩ッス」
そこには、通路と同じ幅の穴が50mに渡って空いており、10mはあるだろうか、穴の底では粘性のある液面が時折りごぼりと泡を吐きながら仄暗い赤光を揺らめかせている。覗き込めば強い硫化水素の刺激臭に目がやられるようだった。
「地形から見て、この山が火山であることは間違いありません。溶岩があっても不思議ではございませんが……」
「こんなとこ進んだらこんがり肉になってしまうッス……」
「こんがりじゃ済まないでしょ」
アヤナは臭気を散らすように顔の前で手をパタパタ動かしながら周囲を観察する。
「うーん……この造りからすると、意図せず溶岩が流れ込んだとかじゃなくて、予めここに溶岩を流し込む前提で作ってる感じよね。ここもさっきみたいな落とし穴になってるんじゃないかしら」
「つまり、床のようなものが元来あり、それが開いて穴が見えている状態である、ということですね」
「そういうことよ。だから床を元に戻せば渡れる気がするんだけど……なんかそんな感じの仕掛けはない?」
「探してみるッス」
三人で手分けをして仕掛けを探す。あるという前提で探せば見つけるのも早く、直ぐにココロが壁面の裏にある隠しスペースを見つけ出した。
「ここッスね」
緊急では無いからか、レアが慎重に壁の合わせを探り、ナイフで隙間を埋めていた石膏を削り取り始める。
「うーん。なんか埋め方が雑ッスね……よっと」
レアが板を外すと、人が一人潜り込める位のスペースと、機械部品が複雑に噛み合った絡繰が顔を出した。
「おおう。コイツは大物ッスね……どれどれ……?」
「分かりそう?」
「うーん……多分。ここがこうなって……? 動力が……」
内部に潜り込んだレアががちゃがちゃと手を動かす。それに合わせて歯車やら何やらが連動して動いているようだった。暫くそれを眺めていたアヤナだったが、ふと、ある部分から先が全く動いていないことに気が付いた。動く末端の部分では先端に歯の捻れた歯車のような部品の付いた金属の軸が回転している。その変わった歯車の付近には別の軸があって、途中に何かを止めるための止め輪と、軸に埋められた突起が見えた。
「あれ、これって……」
アヤナはポケットに手を伸ばす。取り出したのは先程の円盤。近付けてみれば、軸の太さはぴったりで、突起はキー溝に丁度嵌まるように見える。凹凸の高さも形状も、丁度その変わった歯車と噛み合いそうだ。
「レア、これここの部品じゃない?」
「んお?」
動きの悪い歯車へランタン用の油を注して動かしながら、しきりに首を傾げていたレアに、アヤナは円盤を見せながら軸を指差した。
「あ、さっきの部品ッスか。これの部品だったんスか?」
「それは分かんないけど。ここ、部品が足りなそうなのよね。で、これが嵌まりそうだなって」
「あー、道理で。なんか思ったように動かないなー、と思ってたんスよね。貸してみるッス」
レアは部品を受け取ると、軸の周りを触り始める。
「うーん。この部品が邪魔ッスね……」
言いながら部品を一つ、また一つと外していく。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ここを外さないと、部品が嵌められないんスよ」
「いや、そうじゃなくて。こんなに部品外しちゃって、戻せるの?」
景気良く部品を取り外していたレアの手が、ぴたりと止まる。
「ちょっと?」
「だ、大丈夫ッス。抜いた順番通りに並べてあるんで、後は逆の手順で組み合わさる所に入れていけば、問題ない筈ッス」
「こんだけ部品あるのに? 色んな所から部品抜いてたみたいだけど、どれをどこから抜いたか覚えてる?」
レアの顔に滝のような汗が浮かぶ。アヤナは溜め息を吐いた。
「ココロ、アンタ、どの部品がどこに嵌まってたか覚えてる?」
「はい。ここから見ることのできた分だけではありますが、大凡のところは分かるかと」
「そう。あたしも大体は覚えてるつもり。二人で記憶を照らし合わせればまぁ、何とか元通りに出来るでしょ」
「アヤナぁ、ココロぉ……!」
「目を潤ませてないでちゃっちゃとやる! 忘れちゃうでしょうが」
「わ、分かったッス」
アヤナとココロが協力して指示を出し、レアがその通りに部品の噛み合わせを考慮して組み立ていく。たまに二人の記憶が食い違ったり、双方覚えていない所もあったりしたが、一つ二つ程度であれば他の部品との兼ね合いを見ればレアが判断できる。少し時間は掛かったが、何とか三人は絡繰を組み立てることに成功した。
「出来たッス!」
「おめでとうございます」
「何とかなって良かったわ。それにしても、この部品はこういう歯車だったのね」
アヤナが倉庫で拾った部品を入れ込んだ箇所をしげしげと眺める。そこには最初彼女が思った通り、円盤の凹凸と変わった形の歯車の歯がしっかりと噛み合っていた。
「こういう歯車だったんスねぇ。なるほど、斜めに歯をつけた歯車と違って、軸同士がぶつからないようになってるんスね」
勉強になるッス、と言いながら、レアは二人に離れるように言う。二人が通路に戻ったのを確認すると、彼女は装置を動かした。音を立てて穴の側面の壁が起き上がり、通路の床になる。
「これで渡れるようになったかな」
「お待ち下さい。これが落とし穴であるならば、渡る最中に作動しては事でございます。レアさま、落とし穴が作動しないように細工出来ないでしょうか?」
「やってみるッス」
頷いたレアは再び機械部品の間に潜っていった。すぐにああでもないこうでもない、という声が聞こえてくる。
「……ちょっと見てくる。ココロはこれ持ってこっちを見てて」
「承りました。お気をつけて」
帽子と外套をココロに預けたアヤナは、機械部品に巻き込まれないように慎重に潜って行った。暫くアヤナの声と、頷くレアの返事、機械を動かす音が響いてくる。周囲を警戒していたココロは、やがてバキッ! と何かが砕ける音を耳にした。
「……終わりましたか?」
「多分ね。なんか何処かのスイッチと繋がってて、それが作動すると床が抜ける構造になってるみたいだったから、その繋がってる部分をレアに壊して貰ったのよ」
「いやー、やっぱりアヤナは頭がいいッスね。すぐに構造を把握してしまったッスよ」
「アンタがどれがどういう部品か教えてくれたからね。それが無かったら難しかったわ」
「それでもッスよ。頼りになるッス」
ベタ褒めするレアに、慣れないアヤナは居心地悪そうに一つ咳払いをすると、振り切るように通路の先を指差した。
「ほら、道も出来た事だし、さっさと先に進みましょ」
「お待ちください、主さま。お二人を疑うわけではございませんが、元は落とし穴でございます。渡るのであれば、一人ずつ渡る方が宜しいでしょう」
「まぁ確かに。重さはあまり掛けない方がいいでしょうし、もししくじっても犠牲は一人で済む、か」
あんまりそういう考え好きじゃないんだけど、と顔を顰めるアヤナに、ココロは笑顔を見せた。
「先陣はわたくしにお任せください。主人の露払いも従者の務めでございます。わたくしは体重も軽く、感覚も鋭い方であると自負しております。また、このところ大してお役にも立てておらず、このあたりで汚名返上とさせていただければ、と存じます」
「役に立ってないって……全然そんなわけないじゃないの。流石に謙遜が過ぎるわよ」
「申し訳ございません。ですが……」
「ハイハイ、ちょっと待つッスー」
アヤナとココロの間にレアが割って入った。
「最初に行くのはアタシッス。これは譲らないッス」
「レアさま……」
「体重云々なら筋肉量考えても一番チビなアタシが一番軽いッス。確かにそんな敏感な方じゃないッスが、足は一番速いッスよ。何より頑丈ッス。アタシが適任だと思うッス」
「いや、アンタ担いでる斧と肉のこと考えなさいよ。それだけであたし位の重さあるでしょうが」
「流石にそこまで重くな……あだっ!?」
頭に杖を落とされたレアは殴られた頭頂部を押さえて踞るが、頭を振ると立ち上がり、毅然と胸を張った。
「ともかく! アタシが最初に行くッス。アタシがこのパーティのリーダーッスから」
「リーダーって普通こういう時はどっしり構えてて、部下に指示を出すもんなんじゃないの?」
「それは頭がいいリーダーの話ッス。ぶっちゃけアタシは二人より大分馬鹿だと思うッスよ。後ろに構えて指示を出すのは正直向いてないッス。アタシに出来るのは、
だから自分が行くのだとレアは言う。
「アタシには二人を守る責任があるッス。アヤナの話を聞いて、それが正しいと判断した責任と、実際に罠をぶっ壊した責任もあるッス。その上で、安全性を確認しないといけないというなら、それを確認するのがリーダーとしてのアタシの責任だと思うッス」
「いや、安全性の確認が大事なんだったら尚更スキルのある奴に任せなさいよ。よく分かんないのに突っ込んで罠を作動させようもんなら、結局みんなが危なくなるでしょうが」
「……確かに……!」
アヤナに論破され、レアは自身の矜持と板挟みになったようで頭を抱えて懊悩し始める。アヤナは小さく息を吐いた。
「ココロ、悪いんだけど頼める? レアと話しながら考え直してみたんだけど、アンタなら何か起こりそうになったら気付けるし、冷静に対処もできると思うのよ。あたしはアンタが一番適任だと思う」
「ありがとうございます。必ずご期待に添えましょう」
穏やかな笑みを見せてココロが一礼する。頷きを返したアヤナは自分の背嚢を下ろすと、中からある物を取り出して未だにぐぬぐぬ唸っているレアに手渡した。
「これは、ロープッスか?」
そ、と頷きながらアヤナは反対側をココロに手渡す。心得た彼女は自分の荷物から同じ様にロープを取り出すと、繋ぎ合わせて自分の腰に端を結んだ。
「これをアンタが持つの。で、ココロに何かあったら全力でこれを引っ張るのよ。まぁ、落とし穴の深さよりこの道の全長の方が長いから、序盤以降は気休めにしかならないかもだけど……少しは保険になるでしょ。これはアンタにしか出来ないわ」
「う……分かったッス」
まだ腑に落ち切らないのか、もやもやとした表情のレアは緩慢な動作で頷いた。
「それじゃココロ。よろしくね。この道の構造なら壁際を通るのが良いと思うわ」
「承知しました。それでは、行って参ります」
頷いたココロがそっと落とし穴の上に足を踏み出す。一歩二歩、足先で確かめるように床を踏んだ彼女は、慎重な足取りではあるが迷いなく進み始めた。レアはココロが進むのに合わせてロープを繰りながら溜め息を吐く。
「リーダーとして自身が無くなってきたッスよ……。アヤナの方がリーダー向いてるんじゃないッスか?」
は? あたしが? と目を瞬かせたアヤナは嘆息すると手をひらひらと振った。
「ないわよ。ないない。あたしは意見を言っただけよ。今回のは全員の意見が揃ったから話を先に進めただけだし。アンタだって、ココロが適任なのは理解出来たんでしょ」
そうなんスけどぉ……、とレアは情け無く眉尻を落とす。アヤナは肩を竦めた。
「煮え切んないわねぇ……アンタは仲間を危険に晒したくなかったんでしょ。それ、リーダーとしては立派な考えだと思うわよ」
「そんなの、当たり前のことじゃないッスか」
「ところが、そうでもないのよ。残念ながらね」
アヤナは視線を上に向けながら、苦く息を吐いた。自分第一で、下のことなど何とも思っていない輩の何と多いことか。
「アンタの足んなかったところは、仲間を危険に晒すってところで考えが止まっちゃって、パーティ全体ではどうかってとこまで考えが行かなかったとこね。あと、もっとあたし達を信じなさい」
「アタシは二人を信じてるッスよ!」
「信じてたら最初からココロに任すって判断になったと思うわよ。心の何処かで信じきれてないから、自分が行くっていう結論になんの」
ま、出会って間もないからしょうがないんだけどさ、とアヤナは目元を緩めた視線をレアに戻す。捨てられた子犬の様な目と合い、思わず苦笑が漏れた。
「反省したんなら、もっとあたし達のことを見なさい。出来ることとか、得手不得手とかね。そしたら、何処までなら任せられるのか、とか、ここは自分じゃないと駄目だ、とか、ちゃんと判断できるようになるでしょ、アンタなら」
「……そうッスかね?」
「その程度にはアンタを信じてるってことよ。頑張んなさい、ギルドマスター」
アヤナは景気を付けるようにレアの背中をばしりと叩いた。レアは揺れもしなかったが、くすぐったそうな顔をしてロープを握り直す。視線の先では通路を渡り終えたココロが二人に手を振っていた。
「じゃあ、次はアヤナが渡るッス。ロープはちゃんと握っとくんで、安心して渡るといいッス」
「ま、それが良さそうね。行ってくるわ」
ひらりと手を振ると、ロープを掴んですたすたと歩いて行く。アヤナがココロの歩いたところをその半分の時間で渡り終えると、ロープの反対側を握っていたココロが会釈で出迎える。
「ご苦労様です」
「ココロこそ。ありがとうね」
「いいえ。足場は渡る間、小揺るぎもしませんでした。お二人が完璧なお仕事をなされた証でございましょう」
「そういう事はレアに言ってやって。あたしは横で口出ししただけだから」
「助言も立派なお役目でございますよ、主さま」
そうこう言う間に荷物と斧をロープの端に結び付けたレアが渡ってきた。一応装備が重いと言われたことは気にしていたらしい。ロープを引っ張って装備を回収すると、背嚢を背負ったレアは再び先頭に立った。
「通ってみたら何ともなくて良かったッス。二人とも、ありがとうッス」
「別に、お礼言われるようなことしてないわよ。ほら、先進むんでしょ」
レアの言葉を遮る様にしてその背を叩いて追い立てる。むぅ、と眉尻を下げながら、彼女は大人しく歩き出した。
少し進むと、元は立派な作りの扉だったのだろう、半壊した石板が見えてくる。その奥は大きなホールになっていて、天井は既に崩落しているのか降り注いだ日光が床に散乱する瓦礫を照らしていた。
その一段高くなった所に、それは腰を下ろしていた。美しい羽根の生え揃った翼に翡翠色の長い髪。少女然とした体格の普通のハーピーと比べて明らかに一回り大きいその個体は、その豊かな胸元に星型の生物を大事そうに抱え込んでいる。その周囲には二体のハーピーが侍り、その個体の指示を待っているようだった。
「あれは……」
「さっきのお肉ッスね」
「もはや肉としか見ていない……じゃなくて。あれが、ココロの鴉が言ってた危険な奴ってことかしらね」
「おそらくは……差し詰め、ハーピーリーダーと言ったところでしょうか」
壁の残骸に身を隠しながら小声で話し合う三人。だが、ふとこちらを見たハーピーが彼女達に気付き、奇声を上げる。
「気付かれたッス!」
「まぁ、遅かれ早かれね」
諦めて壁の影から飛び出した彼女達を見て、ハーピーリーダーは素早く立ち上がった。星を空に逃すと、鋭い歯の並んだ口を開いて威嚇する。
「コンナトコロマデキタカ、ニンゲン!」
ハーピーリーダーは不明瞭な金切り声を発する。三人は目を剥いた。
「肉が喋ったッス!」
「いや、だから肉て……」
「どこで学んだかは分かりませんが、相当頭の良い個体と思われます。ご注意を」
警戒する三人を前に、ハーピーリーダーは宙に舞い上がる。
「コノヤマハ、ワレラノモノダ! コウウンノホシノオカゲデ、ワレラハハンエイヲトリモドシタ!」
「繁栄ねぇ……繁栄するための卵だったら、さっきぐちゃぐちゃになったけど」
アヤナが皮肉げに口を歪めるが、ハーピーリーダーは聞く気がないのか、語気を更に強めて叫ぶ。
「デテイケニンゲン! デナケレバ──マルカジリダ!」
ハーピーリーダーが甲高い鳴き声を上げると、配下のハーピー達が一斉に突っ込んでくる。
「来ます!」
「ま、言葉が喋れても人の言葉が理解出来るとは限らないってことね。よくある話だわ」
「さぁ、掛かってくるッス!」
ココロとアヤナの二人が杖を構え、それを庇うように斧槍を構えたレアが前に出る。しかし、襲いかかって来たのはハーピー達の爪では無かった。
「キェェエエエエッ!」
叫声を上げたハーピーリーダーの身体から魔力が迸る。力強く羽撃いた翼から羽根が舞い散り、鋭い刃となって魔力が巻き起こした突風に乗って襲い掛かる。レアを狙ったそれは、広がりながら少し逸れてアヤナも巻き込んだ。
「ぐううっ!?」
「ちょっ……!」
「主さま!」
反射的に腕で顔を庇うアヤナを護ろうとココロが張った障壁を、羽根は易々と引き裂いてアヤナに襲い掛かる。多少勢いの鈍った羽根はそれでもアヤナの全身に突き立ち、皮膚を引き裂いたが、強く歯を食いしばった彼女は蹈鞴を踏むだけで踏み留まる。全身が火に呑まれたように熱いのに、傷口から熱が吸い取られるかのような不快感。めちゃくちゃ痛いが──それこそ、先程の傷など比べ物にならない位全身が痛いが、
「分かってたけど、やっぱキッツイわ……」
血塗れになった腕を解いて、視線を敵へ向けた。強がるようにぼやきを漏らす、その少し血の気の失せた口元には笑みがある。痛いは痛いが、彼女の身には苦い経験があり、彼女の胸には覚悟があった。その目の意志は、尽きていない。
「主さま! くっ!」
一人巻き込まれずに済んだココロをハーピー達が襲う。しかし先程の孵卵場での経験が活きたか、彼女は多少の傷を負いながらもその襲撃を受け切った。
「ココロから離れるッスよ!」
全身血達磨になったレアが肉に齧り付きながら、ココロに群がるハーピー達を薙ぎ払う。《プロテクション》は一度に一人しか護れない。ハーピーリーダーの攻撃をモロに受けたレアはアヤナよりも重症だったが、喰らった肉を文字通り血肉に変えて、力強く斧を振り切った。平時よりもむしろ力を増した一撃は、ココロに集中して反応の遅れたハーピー達の腰を深々と抉り、血の雨を降らす。ハーピー達は悲鳴を上げ、上手く動かなくなった下半身を抱えてよろよろと離れていった。
「ココロ、アタシはいいッス! アヤナを!」
更にヴォウジェを振り回してハーピーを追い散らしながらレアは叫ぶ。ココロは大きく頷いてアヤナの方へ足を向けた。
「来るな!」
それを言葉で押し止めたのは、ふらつく足取りで後ろに下がろうとするアヤナだった。
「固まってたら、また巻き込まれる。散って。回復魔法は、少しくらい離れてても掛けられるんでしょ?」
「……はい、分かりました」
頷いたココロは自身も少し距離を置き、静かに詠唱を始める。そこへ、血を溢しながらも一体のハーピーが彼女を狙う動きを見せた。アヤナは舌打ちして杖を構える。
「水と豊穣司りし我が神よ。御身が僕の願いを聞き届け給え──」
「クソが……焼き殺してやる! 爆ぜよ炎! 我が敵を焼き穿て!」
ココロに向かって滑空を始めるハーピー。それに気付かない訳は無いだろうに、彼女は詠唱を続ける。彼女の信じたものが、空を灼いた。
「《ファイアボルト》ォ!」
「──癒しの御手を、我が勇者に。《ヒール》」
癒しの光がアヤナの身体から痛みを除いていく。この短時間では完全回復、とはいかなかったが、それでも大分マシに動けるようになった。アヤナは相変わらず血の気の引いた顔に笑みを浮かべてみせる。
「サンキュー、ココロ。あたしはもう良いわ」
「主さま、まだ顔色が……まさか」
「えぇ、多分毒ね。あの羽根に毒でもあったんでしょ」
「毒消しを……」
「だから、良いって言ってんのよ。それも含めてね」
アヤナはココロヘ片目を瞑って見せると、不恰好に空を飛ぶもう片方のハーピーに目を向けた。
「あは……焼き鳥にしてやるわ」
「待つッス」
それを止めたのはレアだった。
「アヤナはそっちのリーダーにデカいのをお見舞いして欲しいッス! ココロはアヤナを護るッス!」
「承りました」
「アンタは!?」
「アタシはもちろん、あいつを引き摺り下ろしてチャンスを作るッスよ」
「ゴチャゴチャ、ウルサイゾ、ニンゲン!」
目標が散らばったことで狙いに迷いが生まれたのか、再度放った突風はココロの二の腕を浅く裂いて終わった。ココロは顔を顰めるが、そのまま左手を口元へ持っていき鋭く指笛を吹く。ハーピーを鴉に始末させるのだろう。アヤナは視界の端に映るハーピーの姿を頭から追い出した。代わりに考えるのは、ハーピーリーダーへ突っ込んで行くレアのオーダーについて。デカいの、と言われたのだ。せいぜい期待に答えねばならぬだろう。
──ところで。彼女には、魔法の術理など分からない。
当然である。彼女は、
では、何故魔法が使えるのか?
正直なところ、それはアヤナにもよくわからない。この世界に来てから、何となく感じ取れるようになった魔力という力。それを、何となく頭に降りてきた言葉に乗せて放つと、炎の矢となって飛んで行くのだ。その程度の理解でしかなく、それで十分でもあった。
ただ、もう一つ、魔法についてアヤナが感覚的に理解していることがあるとすれば。
魔法を使う為に重要なのは、イメージだということだ。
(デカい魔法……魔法を強化するには、例えば……魔法陣とか?)
イメージの元は、かつて病院の待合室で見たアニメ。登場人物が大技を撃つ時に、その背後に巨大な魔法陣を浮かべていたのを朧げに覚えている。脳裏にそのイメージを思い浮かべれば、詳細な図案と方法が『降りて来た』。
ならば、後はこの世界に吐き出すだけだ。
「焔よ、万象流転の赫きよ、その理を我は振わん……」
背中から魔力を噴き出すようにイメージする。思う通りに放たれた魔力は、彼女の背後に彼女の身の丈を超える巨大な魔法陣を形成した。所々に雷の意匠があしらわれた緻密な魔法陣は、アヤナの魔力を受けて真紅の煌めきを放つ。
「あれは、グランアインさまの……」
「ナンダ、ソレハ!? トメロ! ツブセ!」
「させません!」
ハーピーリーダーの命を受け、配下のハーピーが意識を完全にアヤナへ向けた瞬間、高空から翼を閉じて飛来した大鴉の爪がその延髄を抉り取った。断末魔の悲鳴を上げて墜落する配下に舌打ちし、ハーピーリーダーは翼を広げる。
「ツカエナイヤツメ! コウナレバ──」
「どっちを向いてるッスか!? お前の相手はアタシッス!」
その足元に走り込んだレアが、肉を咥えて跳躍する。槍斧の刃を返し、腰溜めに構えた。
「今こそお肉の力を魅せる時ッ! はぁぁぁぁあッ!」
呑み込んだ肉を力に変えて、咆哮と共にその全てを一振りに注ぎ込む。
「ミートッ! ザ! パゥアァァァア!」
「ギャァァァアアッ!?」
ヴォウジェの背にある鉤爪が、ハーピーリーダーの左肩を下から捉えた。そのまま勢いに任せ、持ち上げるように振り回して地面へと叩き付ける。
頭から瓦礫に叩き付けられたハーピーリーダーは、関節を破壊されて動かせなくなった左翼を庇いながらよろりと身体を起こす。
「オノレ、ニンゲン……、ッ!」
その目に映ったのは、紅く赫く魔法陣を背に負い、漏れ出る魔力を火の粉のように散らして、額から流れる血を拭いもせずに凄惨な笑みを己に向ける、一人の
「──罪業全てを焼き払いし焔、天翔万里、悉くを灰燼に帰さん」
「ピッ……ピィィィィイイイッ!?」
恐慌に駆られた
何故だ、何を間違えた、自分達は繁栄するのだ、数を増やし、人間どもを追い出し──それを後押ししてくれる存在も、手中に納めたというのに。
反射的にその姿を天に探し求める。しかし、その姿は何処にも見当たらない。瓦礫に蹴躓いて派手に転倒するも、なお求めるように翼を天に差し伸ばす。
「墜ちよ──」
「ナゼダ……! コウウンノホシヲ、テニ、イレタノニ……!」
「《ファイアボルト》──"ミーティア"ッ!!!」
一瞬感じたのは全てを押し潰すかのように迫る熱。それを熱いと感じる前に、その意識はその存在ごと灰すら残らず消し飛んだ。
《
アエマ様、こんな勇者で大丈夫か?
次回、エンディングです。