飲酒は二十歳になってからお楽しみください。
「いや〜、漸く帰ってこれたッス」
「今日はもう、ベッドで寝たいわ……」
「もう一息でございますよ、主さま、レアさま。報告を済ませるまでが冒険でございますから」
バルーニサ山を下山し、無事に力尽きたアヤナを乗合馬車に詰め込んでグランフェルデンに戻って来た三人は、依頼所に向けて歩いていた。既に日は落ちているが、壁に架けられた荘厳な燭台の明かりのお陰で大神殿の廊下は十分に明るい。依頼の受付時間の終わった今の時間、この区画に用があるのは彼女達のような冒険者位であり、同業だろう集団が何組か、同じ方向へ向けて歩いていた。
「報告が終わったら焼肉パーティするッスよ。寝てる暇は無いッス」
「うーん……正直今日はちょっと食欲ないかも。疲れ過ぎて」
「疲れたッスか。なら尚更お肉を食うッス。お肉食べないと寝ても体力が回復しないッスよ。豚肉がいいッス」
背負ったまま背嚢を漁り始めるレアを、ココロの手がやんわりと止めた。
「レアさま。疲れて食欲がない場合、胃腸の働きが弱っていることもございます。豚肉を摂ることには賛成ですが、もう少し胃腸に優しい料理にしてはいただけないでしょうか」
「む……胃腸に優しい料理ッスか」
「例えば、豚肉の脂身の少ない部位を少量青菜と煮込み、雑穀米を入れて粥にしてみてはいかがでしょう」
「むむむ……そんなので元気になるッスかね?」
「何事も順序がございますし、過剰に摂るのは毒になってしまいます。先ずは雑穀粥で回復をしていただき、休養を取った上で、しっかりと肉を食べていただく方がよろしいかと存じます」
ココロの言葉に、レアはうーん、と腕を組んでいたが、やがて一つ頷いた。
「分かったッス。こういうことは、アタシよりココロの方が詳しいと思うッスから、今回はココロの言う通りにするッスよ」
「ありがとうございます」
「いや、いいんスよ。アタシも、アヤナには最高の状態でお肉を食べて欲しいッス」
レアはそう言うと取り出しかけていた肉を背嚢へ戻す。やり取りを見ていたアヤナは胸を撫で下ろした。
「助かるわ、ココロ」
「いいえ。主さまの体調管理も、わたくしの勤めですから」
「今日は諦めるッスけど、明日こそ焼肉パーティするッスよ。今回手に入れたドラゴンスネイクとハーピーも焼くッス」
「それはアンタだけで食べなさいって言ったでしょうが」
「あだっ!? もう、分かったッスよ。後で食べたいって言ってもあげないッスからね!」
杖で殴られたレアは左手で頭を摩りながら唇を尖らせた。アヤナはいらんとばかりに手を追い払う様に振り、ココロは苦笑いを浮かべる。
「しっかし、最後のアヤナの魔法は凄かったッスね」
「ふふん、そうでしょ? アレが掛け値なしのあたしの全力ね。一日にそう何度も出せるものじゃないわ」
アヤナは胸を張るが、レアはげんなりと首を振った。
「あんなのが何度も飛んで来たら怖いッス。結局、あのでっかいハーピーは骨も残らなかったじゃないッスか」
「そりゃ、デカいのを頼まれたからね。目一杯デカくしたわよ」
「いくらなんでもデカすぎッス! アタシとしては、アヤナに攻撃してもらった後、アタシの斧でケリをつけるつもりだったんスけど……」
「何よ。せっかく頑張ったんだから、文句言わないで欲しいんだけど?」
「……まぁ、それはその通りッスね。悪かったッス」
レアはバツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「でも、あのでっかいハーピーの肉が手に入らなかったのは残念ッス。ヒトデも気付いたらいなくなってたッスし」
「アンラッキースターだっけ。まぁ逃げたんでしょ。卵のあった部屋でも、こっちにちょっとちょっかい掛ける位で、自分が危なくなったら逃げていったしね」
「絶対アヤナに恐れをなしたッスよ。あの時のアヤナ、めちゃくちゃ怖かったッスもん……あだっ!? いちいち殴らないで欲しいッス!」
「アンタが失礼なこと言うからでしょうが」
「言われたくなかったら魔法撃ちながら高笑いするのやめて欲しいッス! アレじゃ、ホントに勇者様じゃなくて魔王様ッスよ!」
「まだ勇者のつもりですけど!? そもそも高笑いなんてしてないでしょうが!」
「──主さま、レアさま。お声が大きくなって参りました。往来での諍いは、控えていただけますと幸いでございます」
ココロに静かに嗜められ、アヤナとレアは気不味そうに視線を晒して口を閉じた。ところで、とココロが首を傾げる。
「先程、主さまが作られた魔法陣、あれはどちらで覚えられたのでしょうか? グランアインさまの意匠とお見受けしましたが」
「グランアイン? 誰それ。別の神様?」
首を傾げ返したアヤナに、戦の神であらせられます、とココロは返した。
「そうなんだ。あれ、あたしにも正直よく分からないのよね。魔法を強化するにはどうしたらいいか考えてたら、あの図形がすっ、て頭に浮かんできたのよ」
「そうなのですか……まさか、グランアインさまも主さまにお力添えを?」
「うーん……分からないわね。あたし、神様らしい存在に会った覚えないし」
「後でソーンダイクさまにお話を伺ってみましょう。神官長であらせられるソーンダイクさまであれば、何かお分かりになることもあるかと」
「そうねぇ……自分の使う力が何なのか分からないってのも良くないでしょうし、それもいいかもね」
ココロの提案にアヤナが頷いた所で、丁度依頼所の扉へ辿り着いた。レアがその扉を押し開ける。
日没後の依頼所は朝のそれよりもかなり賑やかな場所に変わっていた。待合の為のテーブル席は全てが埋まっており、立っている者もかなりの数が見てとれる。
「うひゃあ、人がいっぱいいるッスね……アタシ、並んでくるッス。二人は休んでていいッスよ」
「いいわよ、別に。どうせ座る場所とか無いし」
「そうッスか?」
「ええ」
短く応えるアヤナの表情は固い。どうやら見知らぬ冒険者の数に自然と身体が強張っているようだった。それを見て取ったレアはそれ以上何も言わないことにして雑談を振る。
「そういえば、アヤナとココロはお酒、呑まないッスか?」
「飲むわけないでしょ。あたしまだ十七よ?」
「んお? どういうことッスか?」
アヤナの答えにレアは首を捻る。その反応にアヤナは眉を一瞬顰めると、ふと思い至って訊き返した。
「ねぇ、お酒って何歳から飲んでいいの?」
「え、お酒呑むのに年齢とか関係あるんスか」
「レアさまのお生まれになったところでは分かりかねますが……一般に、所謂"お酒"を呑んで咎められなくなるのは、十二歳からとなります」
アヤナの
「え、あたしが思ってたより大分低いんだけど……しかもその言い方、含みがあるじゃないの」
「はい、主さま。一度醸造した後の絞り滓で醸造した麦酒や葡萄酒がございます。こちらは酒精の少ないものとなっておりまして、井戸水や湧水など、綺麗な水が確保出来ない時に、水代わりとして飲まれることがあります。こちらは、子供が飲むこともございますね」
「そういうものがあるのね……」
「はい。特に、水は数日も経てば腐ってしまいますから。長距離を移動する際に、水を補充できる見込みがない場合は必須となります」
「成る程ねぇ……詳しいじゃない、ココロ」
「酒造も神殿の大切なお役目でございますから」
わたくしは携わってはおりませんが、とココロ。え、とアヤナは目を丸くした。
「神殿ってお酒禁止じゃないの?」
「我を失う程呑むことは禁じられておりますが……酒精は飲み水に苦心するわたくし達に、神がお与えくださった奇跡でございますから」
「神殿がお酒を禁止するようになったら地獄ッスよ」
レアが肩を竦めてゆるゆると首を振った。アヤナは白い目を向ける。
「アンタはお酒好きそうね」
「好きというか……小さい頃からあるのが当たり前だったッスから、飲めなくなるとか考えられないッスよ。そんな目で見ないで欲しいッス」
「でもアンタ、依頼受ける時にも強い酒がどうこう言ってたじゃないの。そもそもアンタ幾つよ」
「アレは強い酒と一緒に食べるのが最高なんスよ。あと、アタシは十五ッス」
「えっ、ココロより年上なの!?」
こんなに背が低いのに!? と目を剥くアヤナに、今度はレアが白い目を向けた。
「アタシがチビなのはネヴァーフだからッス。まぁ確かに平均的なネヴァーフから見て
「主さま……主さまの世界では、アーシアン以外の種族はいないとのお話でしたが。エリンには様々な種族がおり、中でも
「うっ……分かったわ。謝る」
二人の責めるような視線に、アヤナは悄然と頭を下げた。まぁ、怒ってないッスけどね、とレアは片手をひらひら振る。
「そういう訳で、アタシがお酒呑むのは何も問題ないッス」
「まぁ……そうね」
「煮え切らないッスねぇ……そうだ、これを気に、アヤナもお酒飲んでみたらいいんじゃないッスか?
「え……」
ここまで考えもしていなかった選択肢を与えられたアヤナは、呆然とレアの顔を見返した。思っていなかった反応に、レアも小首を傾げて見詰め返してくる。
とにかく悪目立ちしないように生きてきたアヤナにとって、未成年の飲酒は絶対悪だった。法律上でも常識上でもそれは悪いことで、そのことを疑問に思うことは無かったし、その禁を破ろうと考えたこともない。
しかし、この世界では自分が酒を飲むのは
そこまで考えたアヤナの中に持ち上がったのは、未知への好奇心だった。未だこれまで培ってきた常識から来る嫌悪感が袖を引っ張ってくるものの、仲間の勧めに後押しされた好奇心はそれを上回りつつあった。
「……分かったわ。郷に行っては郷に従えとも言うしね。試してみる」
「おお! そうと決まれば報告の後は酒場に繰り出すッスよ!」
「いや、だから今日はもう疲れたんだって……ここで飲めないの?」
「微妙に割高なわりに、ロクなお酒置いてないんスよ、神殿って。ここもそうだと思うんスけど」
「この場でお出ししている酒類は、あくまでもお待ちいただく間、冒険者のみなさまに一息入れていただこうと提供させて頂いているものでございますので……」
話を振られたココロが少し眉尻を下げて答える。口にはしないが、長時間居座られたり酔い潰れられたりするのは困るのだろう。現状を見るとあまり成功しているようには見えなかったが。
「じゃあ、明日はまず酒場巡りをするッス。ココロ、いい酒場に心当たりないッスか?」
「わたくしはまだ酒類を嗜む年齢ではございませんので……お役に立てず、申し訳ございません」
「いや、気にしなくてもいいッスよ。目に映った適当な酒場に入って呑むのは知らない街の醍醐味ッスから」
しょんぼりと頭を下げたココロを励ますように、レアは快活な笑顔を見せた。
「そんなこと話してたら酒場に行きたくなってきたッス。グランフェルデンのお酒はどんな味がするッスかねぇ……」
「アンタ、やっぱり酒好きじゃないのよ」
「これくらいは普通ッスよ。アタシの知ってる酒好きだったら、報告になんて来ないで酒場に直行してるッス」
「いや、報告くらい行きなさいよ……いくらなんでもそんな人いないでしょうよ」
「それが、そうでもないんですよね」
会話に割り込んできた声に三人が振り返ると、困ったように苦笑いを浮かべているソーンダイクが手招きをしていた。結構並んでいるように見えたのだが、彼女達のようにパーティ単位で並んでいたのか、思っていたよりも早く番が回ってきたようだった。
「泥酔したまま報告に来たり、翌朝に酷い二日酔いのままやって来たり……酷い時は酒場からツケの取り立てが来たこともありましたね」
「どうなってんのよ冒険者……」
「まぁ、様々な方がいるということですよ。さて、早速報告をしていただきたいと思いますが……」
ソーンダイクはそこで言葉を区切ると、後ろを振り返る。視線の先にいた少女がそれに気付くと、処理していた書類を適当な手つきで纏めて彼の隣にやって来た。平らな胸にご丁寧に若葉マークをくっつけたその少女は、
「アンタ、ルフィアじゃないの。どうしてアンタが?」
「
にこにこと変わらぬ笑顔を貼り付けたまま、ルフィアは胸元の若葉マークを弾いた。
「彼女にも受付の仕事を覚えて貰おうと思っていまして。一通りは教えましたので、出来れば面識のある貴女方に実践のお付き合いをしていただけないかと……」
「アタシはいいッスけど」
「あたしは……」
アヤナは言葉を切ってルフィアを見つめる。その、見ていて頭が痛くなってくるような笑顔からはとてもではないがまともな応対が出来るように思えない。しかしソーンダイクが言うからにはやらせても良いと判断したということなのだろうか。
「……何かあったら口を出してくれるんですよね」
「はい。私は横で見ていますので。何か足りないところがあれば都度補足させていただきますよ」
隠しきれない疑念が乗った視線をちらちらとルフィアに送りながら問うたアヤナに、ソーンダイクは人好きのする笑顔で頷いた。そうなると、アヤナとしても嫌は言い難い。渋々と頷いた。
「でしたら、構わないです」
「主さまがよろしいのでしたら、わたくしも異存は御座いません」
三人が同意した所で、ソーンダイクが横に一歩避け、空いたスペースにルフィアが入り込んだ。笑顔のまま、メモ用のペンを取る。
「それでは〜、依頼の報告をお願いしま〜す」
──そこからは、アヤナの想像とは裏腹にスムーズに進んだ。
ルフィアの人を小馬鹿にしてるとしか思えない間延びしきった声にはムカついたものの、彼女は人から必要な情報を引き出すのが意外に上手かった。曖昧だったり感覚的な説明が多かったりしたレアに適切な質問を入れて客観的なものに補正し、要所要所でアヤナやココロにも確認を入れて完璧な報告を上げさせていく。その手腕はソーンダイクも文句はないようで、口を挟むどころか、時折感心したように口元に手を当てながら頷いていた。
「──は〜い、これで確認したいことは全部聞けたよ〜。おつかれさま〜」
「おつかれッスー」
「アンラッキースターには逃げられちゃったみたいだけど〜、ハーピーの親玉と〜、卵を全滅させてるから〜、依頼は達成だね〜」
「あのヒトデに逃げられたのは残念ッスけどね……あ、そうだ。これ、バイパーとドラゴンスネイクとハーピーの肉ッス」
レアは思い出した様に葉っぱに包んだ肉塊を三つ並べる。ソーンダイクは笑顔で頷いた。
「結構です。これは遠慮ではありませんので。戦利品はご自身の手で消費してください」
「むぅ……遠慮しなくてもいいのにっていうセリフごと拒否されてしまったッス……」
「当たり前でしょうが……」
目に見えて落ち込んだレアにアヤナは溜め息を吐いた。
「むむむ……そうだ、ルフィアはどうッスか?」
「え、いいの〜? じゃ〜これだけもらうね〜。ありがと〜」
ルフィアはバイパーの肉を手に取ると懐に仕舞い込んだ。
「全部持ってってもいいッスよ?」
「そっちは要らないかな〜」
「むぅぅ……誰もドラゴンスネイクとハーピーの肉に手を出そうとしないッス……」
「そりゃそうでしょ……ほら、諦めなさい」
アヤナは残った肉を手早くレアの背嚢へ詰め込んでいく。
「はぁ……残念ッス。しっかし、あの遺跡は結局なんだったんスかね?」
「そうですね……話を聞く限り、古代に作られたハーピーの研究所か何かだったのでは、と思いますが。資料がないので詳細は分かりませんがね」
ソーンダイクが推論を述べる。
「放棄された後、装置が停止した状態で長らく放置されていたものが、何らかの要因で再稼働したのでしょうね……時期からすると、これにもアンラッキースターが関与していたりするのでしょうか?」
「あれ……そうすると、アンラッキースターを逃したのは不味かったりします?」
「いえ。倒せるならばそれに越したことはありませんが、今回の依頼はあくまでハーピーの駆除です。ハーピーを倒し、孵化施設と卵を破壊した以上、再びハーピーが現れることはないでしょうし、目的は達成したという判断は変わりませんよ。安心してください」
そうですか、とアヤナは胸を撫で下ろす。代わりにココロが一歩前に出た。
「ソーンダイクさま。主さまのことでご相談したいことがございます。聞いていただけますでしょうか?」
「聞きましょう」
「主さまは、アエマさまに見出された勇者でございます。しかし、本日主さまがお造りになった魔法陣には、グランアインさまの意匠が窺えました。主さまは、魔法陣は頭の中に自然に浮かび上がってきたものであると仰っています。このように、他の神がお選びになった勇者にお力をお貸しいただくようなことは、あり得るものなのでしょうか……?」
問われたソーンダイクは、ふむ、と握り拳を顎に添えた。
「あり得る、と思います。アヤナさんのクラス、エクセレントは非常に希少なクラスですので、情報があまりないのですが……エクセレントはいわば、神々から祝福を受けた者のクラスです。複数の神々からお力添えをいただくことも、あるでしょう」
「そうなのですか」
ただ、とソーンダイクは視線をアヤナに向けた。甘さの抜けた怜悧な視線に、アヤナの背が自然と伸びる。
「神々から祝福を受ける、ということは、神々から注目されているということでもあります。くれぐれも、その期待に背くような行いは謹んでください」
「それは……はい」
少し曖昧な返事を返したアヤナに、ソーンダイクは唇を引き絞った。
「少し厳しいことを言います。アヤナさん、今回貴女はその魔法で目覚ましい活躍をしました。ですが、その力は神々によって与えられた物。貴女自身の努力によって勝ち得た物ではないことを自覚してください」
「ソーンダイクさま」
話を聞いていたココロが、カウンターに手を突いて身を乗り出すようにソーンダイクを見据えた。常は優しげに開かれている眉根が、ぎゅっ、と強く寄っている。
「お言葉ですが、主さまはしっかりと努力をなさっています。従者の言葉では客観性に欠けるとお思いかも知れませんが……」
「いいのよ、ココロ。この力が降って湧いたようなものってのはあたしも分かってるから」
アヤナは言い募ろうとするココロの頭にそっと手を置いた。勢いを殺されたココロが向けてきた眉尻の落ちた視線にウィンクで応え、アヤナはソーンダイクの瞳を改めて真っ直ぐ見詰め返す。
「神官長、あなたの懸念は分かっているつもりです。あたしは力を手に入れました。この力に溺れていないかどうかは、正直自信がありません」
ですが、とアヤナは自身の両脇に立っていたレアとココロの肩に手を載せる。
「あたしが間違った道に進もうとした時は、この二人が止めてくれると信じています。ですから、神官長。あなたの懸念するようなことにはならないと思います」
ソーンダイクはアヤナから視線を外し、二人の瞳を交互に見詰めた。強い意志を秘めた視線が二つ返ってきて、彼はその表情を緩める。
「……失礼。努力もせずに身の丈に合わない力を与えられた者が、いかに増長し、いかにロクでもないことをしでかすか。そんな例をいくつも見てきたものですから」
「分かります。神官長の目に、あたしがそういう連中と同じにように映ることも」
「ご理解いただけて感謝しますよ。少なくとも、今の貴女なら問題は無いでしょう。仲間を大切にしてください」
「必ず」
アヤナはソーンダイクへ向けて堂々と胸を張って見せた。彼は柔らかい表情で頷きを返す。そこへ、一時離席していたルフィアが袋を待って戻って来た。
「持ち帰って来た戦利品の売却分と〜、依頼料の後金を待って来たよ〜」
ルフィアはそのまま袋をココロに手渡した。心得たココロは袋の口を開けると手早くその数を数え始める。ココロが動かす貨幣を見て、アヤナは表情を緩めてほぅ、と息を吐いた。
「これが労働の対価ってやつなのね……感慨深いわ」
「んお? アヤナ、働いたことないッスか?」
「無いのよ。バイトとかさせて貰えなかったから」
「そうなんスか? あれ、アヤナってやっぱりお貴族様だったりしたッスか?」
「そんなわけないでしょ。庶民よ、庶民」
アヤナは手をひらひら振りながらすっぱり話を切ると、話題を報酬に戻した。
「ねぇレア、そう言えば取り分ってどうするの? 決めてなかったけど」
「それはもちろん、山分けに決まってるッス。あ、でもアタシは肉があるんで、その分は取り分から引いていいッス。それと、アヤナとココロが使ってた毒消しとかポーションの分は先に分けてから山分けにするッスよ」
「あら、いいの? アンタの取り分が大分少なくなりそうだけど」
「いいも悪いもないッスよ」
アヤナは意地の悪い笑みを見せたが、レアは当然のことだ、という表情を崩さなかった。
「報酬は平等に分配されるべきッスし、途中で消費したものがあるならそれは別で補充されるべきッス。それがチームを長く続けるコツだっておっ父は言ってたッス。アタシもそう思うッス」
「ま、そうね。あたしもそう思うわ。大筋はそれでいいと思う」
「大筋ッスか?」
首を傾げるレアに、アヤナは彼女が担ぐヴォウジェを指差した。
「装備のメンテナンスとか、買い換えとかも今後起こるわよね。その時はまとまったお金が必要になると思うんだけど」
「それは……報酬を分ける時に相談するッス」
「依頼を失敗した時とか、依頼前にお金が必要になった時はどうするのよ。アンタ、お金全部肉に突っ込んで無一文だったじゃない」
「確かに……」
頭を抱えて考え込み始めたレアに、アヤナは片目を閉じて嘆息した。
「とりあえず、山分けする分の半分は共有財産として取っておきましょ。必要になったら、全員の合意の元そこからお金を使うってことで」
「わ、分かったッス」
「お金はココロに預けておきましょうか。ココロならきっちり管理してくれるでしょ」
「承りました。お任せください」
数え終えた報酬を袋に戻しながら、ココロがこくりと頷いた。報酬を懐に仕舞うと、黙って様子を見守っていたルフィアに頭を下げる。
「額面に間違いはございません。確かに、受け取りました」
「うんうん〜。じゃ〜、改めておつかれさま〜。次もよろしく〜」
非常に軽い態度で手を振るルフィアと、その隣に佇むソーンダイクにもう一度頭を下げると、ココロは仲間を振り返って移動を促した。
「一旦移動致しましょう。人が多くなってまいりました」
言われて振り返ると、後ろには彼女達が依頼所に入って来た時と同じ位の列が出来上がっていた。先程までのソーンダイクとのやり取りでも聞かれていたのか、耳目が集まっている気がする。悪意の類では無いものの、にやにやとした生暖かい視線に晒されている気のしたアヤナは、顔に血が登る感覚を覚えながら二人の背を押した。
「そうね、早く行きましょう」
「じゃあ、酒場に行くッス。報酬の分配の話もしないといけないッスし」
「もうそれでいいわ。ココロ、近場の酒場に案内して」
「かしこまりました。こちらでございます」
「やったッス。楽しみッスね! 美味しいお肉も置いてあるといいんスけど!」
ルフィアが次の人〜、と呼ぶ声を背中に、三人は依頼所を後にした。
──なお。一杯目を飲み干した時点で泥酔し、情緒が崩壊して号泣し始めたアヤナと、そんな彼女を少し頬を染めながらドロドロになるまで甘やかし、膝枕して寝かし付けながら満足そうに頭を撫でるココロを見て、二度と一緒に酒場に行くまいとレアが心に決めたのは余談である。
これにてセッション『ハーピーの棲む山』は終了となります。
エリンのお酒事情は中世ヨーロッパを参考にしたでっちあげなので本気にしないでください。
それでは次回の冒険でまたお会いしましょう。