次回とその次でエンディングをふたつ書き切って終わりの予定です
また、最後のアンケートはどっちのエンディングを先に書くか、程度のものなので気軽に答えて貰えればありがたいです。
「マリーが変?」
先生の驚く声が少しばかり聖堂内に響く。
聖堂の人払いは済んでいると聞いてはいるが、それでも反響する声に誰か気づかないかと不安になる。
「少し、声を下げていただけると...。」
「ごめん...。」
サクラコに注意され、軽く咳払いをしながら続ける。
「それで、マリーが変って言うのは...。」
「...きっかけは、ある噂になります。」
"路地裏の蝶"という噂話をご存知ですか?
トリニティ自治区内のブラックマーケットのある路地裏に、人を殺す蝶がいるという怪談です。
勿論、ただの噂話と一蹴することも簡単でした。あそこで人が消えることもそう珍しくは無く、加えて本当に死亡したかの実証も難しい...ですが同時に、火のないところに煙が立つことも無いんです。そこで、私はマリーを極秘に調査に向かわせました。
結果としては、ただのなんでもない噂話で、ヘルメット団が迷いやすい路地裏を占拠し悪用していたとのことでした。マリーの報告通りなら、ですが。彼女が鎮圧したようで、その後は噂話は一時消えました。...そう、一時です。
しかし、その後マリーは体調を崩し、暫く自室に篭っていました。本人は風邪と言っていましたが...今思えば、それも心配をかけさせまいとする優しい嘘だったんじゃないかと思うんです。回復した後も、顔色が良くなく、話しかけても逃げるように...これはヒナタの証言ですね。その後も、集まりに度々顔を出さなかったり、出てもすぐに帰ってしまうこともしばしばで...。
そして、最近ではこんな噂もあるんです。
先程の路地裏の蝶の噂があった場所に、シスターの格好をした誰かがいるという、噂話です。そしてそれと同時に、あの噂話...死をもたらす蝶の怪談も、また口端に上がるようになりました。
...ええ。私は、その人をマリーでは無いかと疑っています。信じたくないですし、彼女がそのようなことをするとは思えませんが...それでも確かめないことには始まりませんでしょうし。
そこまで言って、サクラコはふうと一息ついた。それと同時に、先生は隣に座っていた人物──ミネの方に目をやった。
この様な話題が彼女の耳に入ったなら、いつもの様に暴走しそうなものであるが...今日はそうならなかった。
不思議そうな視線を感じ取ったのか、ミネは静かに、力強く口を開いた。
「...先生にお話する前に、既にサクラコさんからお話は聞いています。そうですよね。」
そう言いながら、ミネはサクラコを睨みつけた。
それに呼応する様に、ひっと小さく声を出しながら、サクラコは縮み上がってしまった。どうやら既に絞られた後のようだ。
持っていたティーカップを机に叩きつけるように置いて、ミネは再び口を開いた。
「とにかく、早期の救護を始めないといけません。こうして顔を突き合わせて話し合っている間に、マリーさんに何が起こってもおかしくありません!」
その言葉と共に飛び出しそうな勢いで立ち上がり、椅子が倒れる音が響いた。その音に負けない程の声量で、彼女はまくし立てた。
「さあ、その場所を案内してください!今すぐに!救護を!!開始しますよ!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
慌てて諫めようと肩をつかみ、片目でサクラコの方を見遣った。だが――。
「...そうですね、ミネさんの言う通りかもしれません。」
その思いがけない言葉に、目を丸くしながら改めてサクラコの目を見た。
しばらく視線が泳いでいたが、やがてはっきりとミネの方向を向いて、再び口を開いた。
「――行きましょう、マリーのいるところへ。」
「ようやく分かってくれましたね。さあ、そうと決まれば行きますよ!」
盾を引っ掴み、幾分か残っている紅茶を飲み干してミネは揚々と聖堂を出た。
「...すいません先生、急に決まってしまいましたが...。」
「大丈夫だよ、生徒のためだしね。」
申し訳なさそうに視線を逸らすサクラコにそう声をかけて、二人もミネの後に続いた。
「なあ、あれって...」
「間違いねえ、救護騎士団長にシスターフッドの長だよな...」
「なんでこんなところに...」
ブラックマーケットの喧騒の中から、そんな囁き声が聞こえる気がする。
恐れとある種の好奇に満ちた視線が、中央通りに注がれている。その視線の先には、堂々とブラックマーケット内を練り歩くミネとサクラコ、そしてそれに隠れるように歩く先生の姿があった。
恰好ぐらいは変えたほうがいいのではないか、という先生の疑問は、
「何故隠す必要があるのですか?これは救護に最も最適な服装と装備です。」
ミネのその力強い言葉と視線に打ち負かされていた。
「もうすぐ...あの路地ですね。」
「急ぎましょう!」
サクラコが向こう側に薄く見える路地を指さすと、ミネは枷が外れたように走り始めた。
その勢いに通りにいた人間は全員脇に逸れていったが...
「そもそもあの周辺に人がいないみたいだね?」
「そうですね...噂のせいでしょうか...。」
少し沈んだ顔でサクラコが応えた。
気づけば、ミネは例の路地の前に既に着いていた。
二人も、急いでミネの元に向かった。
「ここ...ですね。」
少し息を切らしながら額を拭う先生に、サクラコは淡々とそう告げた。
三人の眼前にある路地に、陽の光が差し込んでいる様子は殆ど見えない。入り口となる場所から光は差しているが、色褪せた具合をより明白にする以上の力は無いようだ。
先に進んでいく二人に続きながら、先生はマリーに出会わないことを祈った。
この路地の褪せた匂いは、子供には耐え難いものであろうに、そこにマリーが身を投じることがどうにも受け入れられなかった。
隙間から入り込む風に舞う埃のような微粉に咳き込みながら、重い足取りで歩いた。
暫くして、目の前の二人が歩みを止めた。その両肩から、ゆっくりと、眼前に広がるものを見詰めた。
小さな背中が、路地の中央で丸まっている。
その姿は祈っているようで、ほんの少しだけ差した光も合わさりどこか神秘的に見える。
その足元には、眠るように転がる人がいた。
日に差されたその人の顔は、安らいでいるようで...同時に、死人の顔であることも明白だった。
先生は、その祈る後ろ姿に、ゆっくり口を開いた。
「マリー...。」
君はこんなところにいてはいけない。もう直ぐ陽が暮れるだろう、もう――帰る時間だ。
その言葉に反応するように、少女はゆっくりと立ち上がり、こちらの身体を向けた。
暗がりに紛れているのか、象徴的な黄色いヘイローは見えなくなっている。
その暗闇に混じるような黒い一丁と、それと対照的な真白いもう一丁を取り出し、小さく手を震わせながら、銃口を静かにこちらの差し向けてきた。
「あなた達も...崇高な誓いを以て救済しましょう。』
何故、という疑問が先生の口から出る前に彼女の口が小さく開いたかと思うと、厳かな鐘の音に似た銃声が、路地に響いた。
「危ないッ!」
ミネの叫び声とともに、体を突き飛ばされた。
驚いて見上げると、ミネが盾を構えて立っていた。
よく見ると、その周囲を小さな蝶が待っているように見える。
「大丈夫!?」
「...妙ですね。」
盾を地面に突き立てたまま、ミネは続けた。
「
「防げなかった...?」
「貫通...というよりも、すり抜けてきたと言った方が正しそうですね。
そして恐らく──この銃弾は
冷静に言い放っているが、その後ろ姿は少し不安定に見える。
「精神攻撃か、肉体の内部に対する攻撃か...。」
「その両方だと思われます。」
短く言葉を交わす間にも、マリーは既に銃を構え直している。
再び──銃声が鳴った。
「二人とも、当たらないようにして!」
「安らぎを...。』
その言葉より先か、多少の手の震えを誤魔化すように乱れ打ち、無数の蝶が空に舞っていく。
二人は避けようと身を捩らせ遮蔽の間をくぐっていった。
だが、路地の狭さに阻まれ、幾分かは当たってしまうようだ。
苦しそうな声を上げながら、それでもサクラコは複雑な顔のまま銃弾を数発マリーに浴びせた。
「何故、あのような事を!」
「...。』
マリーはサクラコの疑問には応じず、棺を前面に突き立てて銃弾を防いだ。
しかし間に合わなかったのか、1、2発ほどが彼女の肩を掠めた。
肩を抑えながら、悶えるように棺の裏に隠れる様子を見て、先生は僅かな違和感を抱いた。
キヴォトスの人間が、たったの1、2発、それも肩に掠めた程度であの様な反応をするのだろうか。
同じことをサクラコも感じたのか、少し下がって先生に目配せをした。
「先生、あれは...。」
「うん...明らかに効きすぎだね。」
ヘイローが見えなくなっている──否、消えていることと何か関係があるのだろうか。
その思考を遮るように、マリーは三度銃を構え始めた。
やはり、手は震えているが──その揺らぎは最初よりも幾許か小さくなっているように見える。
あの揺らぎは一体何であろうか。そして、度々放つ言葉の真意は何なのか。それらもまた、先生の中に蟠る疑念の一つだった。
「...二人とも、出来るだけマリーを傷つけないように、お願い。」
もしかすると、今のマリーは先生と同程度の耐久力しか無いのかもしれない。だとすると、少しの銃弾ですら致命傷になり兼ねない。そして──あの揺らぎと言葉の隙間に、解決の糸口があるのかもしれない。
その虞れを両者ともに察したのか、静かに頷き次の攻撃に備えた。
三回目ともなると勝手が分かり始めたようで、銃弾となって撃ち込まれる蝶達を軽々と避けていく。
しかし反撃として銃弾を撃ち込まれることを理解しているのか、直ぐにマリーは棺を構えながら引き下がった。
ふと。
銃を構え直して装填するその瞬間に、焦燥と不安で満ちた表情が瞬きの間だけ見えたような気がした。
「マリー、聞こえる?」
その瞬間を逃すまいと、出来るだけ大きな声で呼びかける。
その声に反応するように、銃を構える動きが一瞬固まった。
「どうして、こんなことをするんだ?」
「...此岸に囚われる者達に、安らぎを齎すため。』
少しの間を置いて、鐘がなるような声でそう答えられた。
だが、それだけではあの顔に説明がいかない。彼女は一体、何を抱えているんだ。
その疑問を解消する前に、再び銃が構えられた。
今度の照準は、先生に向いている。
「...今度は、私が話しかけてみましょう。」
体勢を整え先生の前に立ちながら、ミネは横目で先生の方を見ながらそう言った。
「...お願い出来る?」
「ええ。病根の特定もまた、救護には欠かせませんから。」
ミネが再び正面を捉えた時、銃弾は一直線に先生の元に向かおうとしていた。
「この弾丸に祝福を...受け止めて下さい!」
脇からサクラコの弾丸が飛び出し、蝶の群れをかき消していった。
それに合わせるように、ミネは高く飛び上がった。
「誇りと信念を、胸に刻み!」
その掛け声とともに、ミネが空から盾を構えてマリーの元に落ちていった。
マリーの負けじと棺を構え、両者が激しくぶつかり合う音が路地中に鳴り響いた。
勢いに負けたようにマリーがよろめき、その最中に銃を構えようとしていた。その動作を止めるように、ミネは口を開いた。
「マリーさん、あなたは何故このようなことをするのですか!」
傍に転がっている人だったものを指差しながら、ミネは問い詰めるように叫んだ。
「彼女は苦しみ、安らぎを求めていた。だから──』
「そうじゃありません!」
再び、ミネが叫んだ。
その声に驚いたのか、マリーは少し顔を上げた。
「私が聞きたいのはそのような理由じゃありません!
その言葉に──
マリーは、泣き出しそうな顔を少し見せ、また俯いて隠しながら答えた。
「私が安らぎを与えなければ、彼らは生きる意味もないまま生き続ける苦痛を味わう。だから、私が安息を──』
どこか言い訳がましい聞こえるその言葉に、後ろにいたサクラコが反応した。
「それは私たちの領分じゃありません!」
ツカツカとマリーに近づきながら、サクラコは怒りを顕にしながら続ける。
「私たちは皆罪人であり救われる者...人が人を救える道理はありません!」
「でも...』
「神によって安らぎが与えられる、そう信じて神の教えを実践し、他人に教え、それによって救われると信じ続ける──それが私達の教えです。決して、私達が人を救えることはありません。」
「ならば、この罪は...。』
一呼吸を置いて、顔を隠すように棺を突き立てた。
「私のこの人殺しの罪は、永遠に許される機会を失ってしまいます...だから...!』
泣き叫ぶような声と同時に、棺の蓋が揺らいだ。
「二人とも、下がって!」
不吉な予感を感じ取り、そう叫んだ。
その言葉と同時に、ミネがサクラコを後ろに突き飛ばし...。
棺から飛び出した数多の蝶が、ミネに覆い被さるように勢いよく溢れ出た。
「ミネ──!」
蝶に囲まれた彼女は、生気を奪われたように、盾を地面に突き刺したまま膝から崩れ落ちようとしていた。
「──あなたにも、哀悼を──』
その言葉がマリーの口から溢れた瞬間。
「きゅう...ごぉ!!」
彼女の胴体に、勢いよく盾が突き刺さった。
唐突のことに対応出来ずに地面に伏しそうになるマリーの胸倉をミネは掴み、力を振り絞って言った。
「漸く、あなたの病根が分かりました。
あなたは、自分の犯したことの理由が欲しかった──それこそが、あなたの病気の根元。
私が、貴女にできる救護は────。」
そこまで言い放って力尽きてしまったのか、ミネは眠るように倒れてしまった。
サクラコがミネを回収しに行く中、倒れるように投げ出されたマリーは再び立ち上がり、酷く震えた手で銃を握り直そうとしていた。
「マリー。」
彼女に静かに声を掛けながら、ゆっくり近づいていく。
彼女はきっと、自分のした事の重さと、その責任を取るには自らの命を投げ出さなければいけないという事実に耐えきれなくなったのだろう。
先生には、彼女がどう言った経緯でその手を血に染め、責任から逃れようとしたのかは分からない。
だが、彼女の責任から逃げ出す態度───否、彼女なりの責任の取り方だったのだろう、しかしそれはまた間違っているものでもあった。
だからこそ、先生は言う。
「責任は、私も一緒に背負っていくから。」
マリーは銃を構えながらも、静かに聞き続けている。
「もし、君の行いが真に本望だとしたら、きっと私はそれを否定出来ないし、止めることもできない。
でも、責任感に駆られてそれを続けるんだったら...一緒にその責任を背負って、正しい方向に導いてあげる。
きっと、その責任感の先は不幸だろうしね。
だから───」
先生はついにマリーの眼前に迫り、彼女の握る銃を先を自分に差し向けた。
「本当にそれを望んでいるんだったら、撃て。」
『ああ、哀れな人だ...。あの様な生き方は、正に苦痛の連続だろう。さあ、救済を...。』
マリーの中で、二つの声が混ざり合い反響する。
引き金に指はかかっている。後は引くだけだ。引いてしまえば、遂に救済の道は啓かれる。
マリーは、引き金を───。
引き金を
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引いた。
-
引かなかった。